【三か月目の、倦怠期です?】
「よく言うだろ、三か月で破局するって」
「……は、あぁ……よく聞くな」
――厨房、ドマの隣。
手持ち無沙汰に訪れて、じゃあ芋の皮むきでも、と言うドマに頷いて、ジノは料理の下ごしらえを手伝っていた。
しょり、しょり、と器用に皮をむきながら雑談をしていて、ドマの身辺の話になり。
かつて付き合っていた男が、「料理人にはならず、妻として家庭に入ってほしい」という願望をちらつかせ、それに辟易したドマが、その男を捨てたという話。
それがちょうど、交際三か月だった、というだけの話だが。
「まぁ三か月も経つとさぁ、相手の嫌なとことかも見えちまうんだね。気持ちが冷めるっていうか」
「……三の法則ってやつか……ん、それは仕事か?」
「仕事も恋愛も変わりゃしないね!」
あっはっは、と快活に笑う声に、ジノもわずかに肩を揺らす。それでこうして今、勇者邸の専属コックとして働いていて、一日三食、美味い飯を出してくれるのだから、人生どこでどうなるかわからない。
特に今なんて、リックがまた任務で邸を留守にしているから、多少は手を抜いたってよさそうなものなのに、だ。
「奥様ももう、ここに来て三か月目ですね」
テーブルの向かい、同じように皮むきを手伝っていたミルヴァが……そう、ぼそりと落とす。
季節は春の終わりから夏に変わっており、窓の外の陽射しも日々、強くなってきていた。
「ああ」
と、反射のように声を返し、ジノの手元が止まる。このみょうちきりんな結婚生活の期限は、半年。
あと三か月我慢すれば、自由の身だ――という、頭と。……もう三か月も経ったのか、という頭が、ある。
「時間というものは、思った以上に正直ですね、奥様」
「…………」
淡々とした、その声色。包丁を置いたミルヴァが、銀盆に芋の皮を集める。
半年でいい、と――リックがそう言ったことを、この使用人たちが知ってるのか、定かではないが。
「邸の者たちは、……もう、いなくなる前提では動いておりません」
「おっとぉ」
それ言っちゃうのかい、といった顔で、ドマがミルヴァを見やる。ミルヴァもまた、事実ですので、というような顔。
「……好き勝手言うよなぁ……」
「あっはっはっは!」
ドマの笑い声が再び響く。刃物を使う手元は正確なまま、器用にもう一つ芋を転がした。
「でもまぁ、うまくいってんじゃないかい?三か月も続いてるってことはさ」
「うまくいってんじゃねぇよ……諦めてやってんだよ俺が……」
苦笑混じりのジノの声に、ミルヴァの指先が一瞬だけ止まり、それから何事もなかったように次の芋へと刃を滑らせた。
「ふふ、そうですね。でもそのおかげで、すっかり馴染んでいますよ」
外の陽射しの強さが、窓から差し込む影に濃淡をつける。厨房の石床に落ちた光の模様は、揺らぐことなく静かに広がっていた。
「奥様」
――コンコン、と厨房の出入り口がノックされ、エンがのそりと顔を出した。
いつもの庭師の作業着だったがしかし、腕に御者服をひっかけている。
「おう、エン」
「……リック様が、夕方に、お帰りになるって……」
おや、と、ミルヴァとドマの視線が集まる。噂をすればなんとやら、だ。
恐らく城へ帰ってくるのだろうから、また邸から迎えの馬車を出すのだろう。
「……へぇ……」
「……奥様も、行きますか……」
エンの問いかけを最後に、はらりと厨房に広がる、静寂。
ジノの手元では、芋の皮が、くるくると長く剥けていく。その端をつまみ上げ、ミルヴァが目を上げずに言う。
「邸内、整えておきますね。……ベッドも」
「おい……」
さりげなく付け足された言葉に、ドマがむふ、と小さく吹き出した。空気の揺らぎが、ほんの少し熱を帯びる。
「ミルヴァ、アンタそれ言いたいだけじゃないか~」
「いえ、業務です」
微笑を浮かべたまま、ミルヴァはひとつ、塩の壺を棚から取った。背筋は変わらず凛としている。
ドマが、皮をむいた芋を水にさらしながら、ちらりと横のジノを一瞥。
「ま、でもさ。三か月超えると……逆に、離れらんなくなっちゃったりしてね?」
「……バカ言え」
ぽちゃ、とドマのボウルに芋を落とし、ジノがナイフを置いた。……黙したままに、出入り口のエンのもとへ。なお表情は、不服そうである。一応。
「……すぐ出んのか」
「はい」
にこ、とエンが笑ったのを見て、ミルヴァとドマも、顔を見合わせて笑った。
エンが身を引けば、ジノがそこを通って通路へ。別に、行くとは言っていない。が。
石床に芋の皮が一枚落ちて、それを拾い上げたミルヴァが、ちらとドマを見る。対するドマも芋をかごに放り込みながら、鼻で笑うように肩をすくめた。
「……あの様子じゃ、結局行くだろうね。迎えに」
「でしょうね」
ミルヴァの返答は淡々と、だが妙に確信めいていた。陽光が射す窓の外、庭に面した木々が揺れる気配。すでに馬車の車輪を整える音が、遠くに響いていた。
「それで、迎えに行った帰りにまた……なんかやらかすと」
「ええ。たぶん、服の裾か何か掴まれて、離してくれない、くらいは」
さらさらと、厨房に小さな笑い声が響く。ドマが芋の山に手を伸ばすと同時に、ミルヴァがひとつ、鍋を火にかけた。ほく、と湯気が上がる。
ふたりの視線が自然と揃う――今日も、この邸に、にぎやかな一日が戻ってくる。
「……三か月続いちゃってるしね」
「ええ。充分です」
鍋の中で、芋がくつくつと音を立て始める。その熱と香りが、いずれ帰ってくる者たちを迎える準備となるのだった。
――【三か月目の、倦怠期です?】




