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【勇者×偽物】~離婚は半年後の予定です~  作者: フジイさんち
毎日しっちゃかめっちゃかです
20/30

【奥様、哀れだそうです】

さて、勇者から聞いた話はこうだった。


魔王ファルメスと戦ったのは本当。けれど死闘を繰り広げたのではなく、互いの力試しとして。

魔王は情も慈悲もない存在ではなく、あくまで魔族の王というだけ。魔獣群は率いていなかった。


「えっ、じゃあ魔獣って何なんだ……」

「私たち人間と野生動物みたいなものだよ。国王陛下がそのへんの熊とか野犬を率いてたらおかしいでしょ?」


なるほど、とジノが腑に落ちたように頷く。ということは、魔獣に襲われた村を魔王のせいにするのは、そもそもお門違いだったというわけか。


「し、心臓は……?」

「もらったんだ~。『これがあれば人間どもも納得するだろう』って」

「もらったってお前……」


そんな手土産みたいな……?とジノが眉根を寄せる。もう、話の規模がおかしい。理解できそうで、いまひとつ理解できない次元の話を聞かされている。


「陛下にあげたのは偽物ね。さすがにあの心臓になにかあったら、ファルメスも困るみたいだから」

「お、おう……」

「あ、でも心臓三つあるらしいよ!すごいよね♡」

「お、おう……?」


そりゃすごいが、もうなにがすごいのかわからない。あといつの間にか、いつものように抱きかかえられて寝る体勢になっているのも、わからない。こいつ、いつの間に。


「だ、誰が知ってんだよ、魔王のこと……」

「ジノと、勇者パーティーのみんなかな?この邸の使用人たちは知らない♡」

「うん、教えちゃダメだぞ!?」


これは……今度勇者と、情報漏洩のリスクについて話し合わなければ……と、ジノが拳を固く握った。


ついで、――はた、と動きを止める。抱きしめられた腕の中、手を伸ばしてぎゅっと胸倉を掴みあげ、ずいと額を突きつけた。


「……なぁ」

「あっ♡な、なにジノッ♡♡」

「魔王倒したのが嘘だってんなら、他の武勇伝も、嘘だったんか?」


ぱち、と、(みどり)色の瞳が、ジノを見とめて瞬きをひとつ。月の光が寝室を差し、魔王の霧は、もうどこにもない。

リックはそれには答えず、ジノを抱えたままに起き上がり、ベッドの上に腰を落ち着けた。――ばさり、寝間着の上衣を脱ぐ。


「なッ、おい――」

「ファルメスのこと以外は、嘘じゃないよ」


ぐるりとジノに背を向けて、リックはそれだけを言った。何が――と反論しかけて、ジノの視線がその背に釘付けになる。

――古傷だ。抉ったような傷、穿ったような傷、切り傷も、乱暴に縫っただけのような跡も。

共に風呂に入ったときには、気づかなかった。……というよりも、こいつ、腹側に傷が少ないんだな、と、今……気づいた。


「……お、う……」

「これはね、銀砂竜の。ほら、砂漠のね」


穿ったような傷の一つを指さして、リックが言う。まるで、楽しい思い出を語るような口調。


「こっちが魔獣の群れに襲われてた村を守ったときの奴で~、こっちは確か、西大陸の谷に巣食ってた地竜と戦った時の奴だったかなぁ……?」


――ああ、知ってる、と、ジノの手がその背に伸びた。それはほぼ無意識で、触れたことにすら気づかなかった。

これまでに集めた情報の中の勇者と、目の前の傷は、重なる。確かに。


「……なんで、背中ばっかり……」

「んん?♡」


――ハッ、と気づいてジノが手を引っ込めるよりも前に、がばっと身を翻したリックが、そのままジノに抱きついてきた。勢い余ってベッドに倒れ込めば、ジノからは押しつぶされたような声。


「うッ!ぐっ……お、お前……」

「みーんな”こう”やって、守ったからかな♡」

「は、あ……?」


ジノが思わず見上げれば、こちらを見下ろす眼差しは、どこまでも笑顔で、どこまでも真剣なきらきらした目だった。妙な説得力に、頭を抱えたくなる思い。恐らく、本当なのだろう。


「……そ、かよ」

「うん♡だからジノのことも守ってあげるね♡」


いや一番危険なのお前だが……?ジノが勇者を睨みつける。背に回された手が、ぎゅっと抱き込むように強くなる。

鼻先が触れる距離。さっきまで、布団の中で寒い寒いと震えていたのが嘘のようだ。……っていうか押し倒されてない……?


「……ジノ、あったかい……♡」

「んなことより、服着ろお前」

「えッいる!?」

「いるわ!!」


ええ……と情けなく溶けていった勇者の声を最後に、再び静かになった寝室。ジノが押し返せば、リックは大人しく、隣にばたりと倒れこんだ。

それでもジノを抱き寄せる腕は緩まず、ぬるい吐息と、近すぎる笑みと、暖かい腕。その中で……ジノは、布団を被って目を閉じた。


救世の勇者。助けられた街も、人も数多あって、それこそ国も、こいつが救ったとされている。

そのうちの何人が、……誰がこいつの背中の傷を知ってんだろうな、と、思う。


腕の中に収まりながら、撫でられる髪の感触を、もう止める気力もなかった。――リックの服は、結局ベッドの端でごちゃっとなっていた。




――ところでこちら、魔王城――。


……ファルメスは、主寝室で頭を抱えていた。

近くの引き出しから、何やら桃色の手紙を取り出す。



――ファルメスへ


結婚します!!!

相手は、いつでも私のことを考えてくれてて、私のことを何でも知ってる年上のお兄さん♡

すっごいすっごい世界で一番可愛いから、いつかファルメスにも会わせてあげるね XD XD XD


あ、今度奥さん連れて遊びに行くから!!


リックより――



「……はぁ……」


勇者との激戦から、早三年。人間界では、魔王は勇者に倒されたということになっている。……それは、いい。心臓の一つを渡して、それで誤魔化せと勇者に進言をしたのは自分。

それから今まで全くの平和で、魔王城に人間が攻めてくることも、魔族領に侵攻されることもなくなった。それも恐らく、あの勇者の進言によるもの。

頼りに、頼りになるのだ……。頼りになる友が、つい先日、こうして送ってきた……なんとも言えない手紙。


――まさか、勇者の理想通りの人間がいるだなんて……。

だからこそ、あれは、あの勇者は絶対に、愛が重い。あやつに捕まってしまうとは……なんと……なんと”哀れな”……。


「ファルメス、どうしたの……?……リックのところに呼ばれたんじゃ……?」


妻が、ベッドから手を伸ばしてくる。

その手を取って、ファルメスは重い身体をベッドに沈めた。心臓を使っての転移魔法は、別になにもしんどくはない。

だがまさか、医者代わりに呼ばれるなどと、誰が予想できただろうか。戦友の妻との”初めまして”が風邪の治療だなんて。まったくあの勇者ときたら、と、……愛しい妻を抱き寄せた。


「…………」


式にもよばれてないのになぁ、と、ファルメスがひとつ、ため息。

いじけてなどいない。けれど魔王は、どことなくしゅんとして眠りについた。



* * * * *



「リック様、奥さま、よろしいでしょうか」

「んん……?」


――コンコン、と控えめに寝室の扉がノックされる音を聞いて、ぴく、とジノの眉が振れた。アキアの声だ。

ジノが返事をするよりも先に、リックが起き上がり、欠伸混じりにそちらへ声を返す。


「んあ……?うん、いいよ~」

「失礼いたします、奥さま、お加減は……」


かちゃり、と静かに扉が開いて、水の入った桶とタオルを手に、アキアが寝室に一歩。

ベッドの上、半裸のリックを見て――静かに踵を返す。なお笑顔。


「まぁ、これは失礼いたしました……」

「え……」


思わず顔を上げたジノが、アキアを見て、その視線の先の上裸の男を見て、もう一度アキアを見て、全てを察する。


「ちっちがう違う違うアキア違う!!」

「うふふ、いいんですよお元気なことが一番ですので」

「その”お元気”はなんか違う意味に聞こえるからやめて!?」

「えー♡違う意味ってどんな意味なんだいジノ♡」

「おめぇは黙ってろ!!」



――勇者邸、朝から壮絶である。


体調不良を晒してしまったことも恥ずかしいし、風邪が瞬く間に治ったことについても……少々のっぴきならない事情で口外できない。しかもこの状況で、ミルヴァならともかくアキア。……いや、ミルヴァも黙って頷きそう……。ジノは、がっちりと頭を抱えていた。


「でもですねリック様、病み上がりの奥さまにご無理はなさいませんよう」

「うん、わかってる♡」

「わかってねぇ……!!」


ジノの悲痛な叫びを最後に、奥様体調不良の件は幕を閉じるのだが……。

余談として、この日の昼食にドマから鯛のまるごと炭火焼きが供され、「なんもめでてぇことねぇよ!!」とジノがドマに突っかかっていた話だけを、付け加えておく。

なお、ドマはいつもの通り、「あっはっはっは!」といたずらっぽく笑っていた。






――【奥様、哀れだそうです】

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