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第十一章

翌日の昼、俺は村近くの森へ入った。

誰もいないのを確認して、『過去通路』を発動する。

昨日の夜はすでに充分な魔力量が溜まっていた。しかし、まだ慣れていない環境でちゃんと休みも取れていなかったせいで、立ったまま寝てしまうくらいもう放心状態になっていた。そんなこんなで結局は寝ることにした。

それならばのことだが、朝はなぜかお腹が空きすぎて、ろくに動くこともできなくなっている。このままでは餓死するではないかと本気にそう思うくらいやばかった。

奇しくも朝食というものは準備されていない。

ゴブリンは朝食という概念がないらしい。姉さんも毎日両食だけ準備する。今日もそうだった。

仕方なく自分で朝食をこしらえた。

おかげで時間が余計に間延びした。

この三日間は久しく目まぐるしくなっていた。昔の自分を少し思い出してしまって嫌な気分になった。昔とはいえ、そんなに長い時間ではないはずだった。なぜかすごく長く感じる。


『過去通路』を発動する瞬間、体内の魔力が一瞬沸騰して消えた。

ターゲットをアルバートにして観察する。

『ターゲットにする』というのは『過去通路』の機能の一つで、心の中にそうしたい、だれかをターゲットにしたいと念じて、自然にそうできるのだった。

『過去通路』のスキルは機能系の系統に分類する。

発動して作った通路は、実際は身体の一部みたいなものだ。

手足が心の思うままに動く、つまりそういうこと。

脳回路の実行がどのように回っているのかは分からないが、「コップを掴む」「走る」などの動作はごく当たり前に自然にできる。『過去通路』が身体器官のようなもので、手足と同じような扱いにすればすぐに使いこなせた。

「時間調整―九か月前」

口に出さなくてもいいが、命令みたいで格好いいからついつい言ってしまった。

時間をいじって、速やかに前後をチェックする。

「戦争をやる!」と言っても、当日即座に開戦するわけではない。そのようにする馬鹿も勿論いない。

勝機のない戦争は誰でもしたくない。開戦の前にたくさんの準備が必要で、時間的には何か月経つこともおかしくない。兵の集めから、食糧の貯え、そして情報収集、いちいちのことから時間がかかってしまう。ましてやあの時期が真冬、冬は戦争に一番相応しくない季節だ。

開戦は早くても春になる頃、つまり二か月後だ。

「スキップするか」

そう思いながら、早送りモードに切り替える。

こうして、何か月もスキップした。

あっちの時間にすると、何か月も監視され続けていると思われるが、こっちではほんの僅かな時間しか感じられなかった。本当に時間の速さに驚かれて、前世の自分がどれほどの時間を空費したのか、そう思わざるをえなかった。

しかしそれでいいのか、ネクロマンサーが見た感じでは強そうだけど、スキルの対象にしてもまったく察知されなかった。

『過去通路』のスキルが特殊だった原因もあるし、もしかして今の自分が未来の誰かに観測されてもおかしくないと考えるとぞっとする。いやいや、俺だけが使えるスキルであってほしい。こんなスキルが世の中に二人も使えるとか世界がめちゃくちゃにされかねない。

身勝手な考えでごめんなさい。初めからスキルが選べるのなら、こんなスキルはまずスルーだろう。不安定要素しかないもんだ。

できれば安心且つ安全なスキルがほしい。『火球術』みたいなのは一番の理想である。安全ではないけど、異世界を堪能できるはじまりの魔法だ。

時間をアルバートが国王に献策して、帰宅するところまでスキップした。

時間からして、今より二か月前だと考えると妥当だろう。

あの化け物、つまり魔王そのものを召喚したのは二か月前か。魔物の草原まで侵攻してきて、時間がかかっているのは魔族が全力で抵抗したからだと推測する。

でかいやつだが、移動速度はかなり遅い。

村が壊滅した後、逃亡する他の魔物が化け物の情報を出したことがある。


情報を与えてから化け物がやってくるまでの時間は一時間弱、そんなに時間がかかるものかと思われる。思いのほか移動速度が遅いみたい。

人間に操られた魔王。ビームが撃てる。でかい。移動速度が遅い。

その召喚獣の情報はこれだけだった。


「あれ、もう召喚の準備をしているのか」

帰宅したアルバートは、召喚術の魔法陣を描いている。

筆で直接地面に描くではなく、魔法で墨を運び、地面に描くという、立ったまま地面に絵を描けるかしこい魔法の使い方だ。

アルバートは目を閉じている。閉じているのにさくさくと描いている。

魔力操作の心得があるようだ。俺にはできないけど。

なんだか格好いいな。俺にもそんな特技を学びたい。魔法の才能があるといえば、実はその方面では分からないことも多い。俺には『魔導力』のスキルを持っていて、スキルの説明からしては、持っているか持っていないかは大きな差が作られるようだ。

しかしこれを判断材料にしては少々困ってしまう。ごく普通なスキルなのか、それともわずかな人しか習得していないスキルなのか、それに関しては情報が足りないのだ。

まあ、素質があるかどうかはいざ知らず、『成長呪い』があれば、魔法を習得しても身体能力が伸びられないことは変わりはないのだ。

より多くの魔法を習得しても攻撃力がイマイチだと歯が立たん。『超・スーパーブラックホール・終焉の業火・世界崩壊マジック』みたいなのを習得しても与えたダメージは10以下だったら泣いてしまう。ていうかもう泣いた。

『成長呪い』さえなければ、そんなことになれずに済むかもしれない。皆を守れられるかもしれない。

別にチートスキルを手に入れて、英雄とか伝説人物とかになり、皆にちやほやされたいわけではない。俺は、大切な人が死なせたくないだけだ。

前世の俺が混ざっていることに謝りたい。しかし今世の俺はケアルという少年だった。俺はケアルを乗っ取り、こいつを演じているわけではないのだ。心の中に渦巻いていた素の感情は、そのように物語っている。

ケアルという少年は、間違いなく今世の俺だ。

前世の記憶があるのは、むしろケアルという少年、つまり俺が五歳のある日、突然獲得した意外の記憶に過ぎない。

その記憶が莫大しすぎて、思考もつい前世寄りになってしまった。「ぼく」という自称も、いつの間にか「俺」になっている。

「はあー」ため息交じりに俺はアルバートを見る。

余談ではあるが、アルバートは召喚獣の身体サイズが分からない。

ネクロマンサーの職柄で、いつも通りの死霊召喚獣、つまりスケルトンくらいの身長だろうと思い込んでいる。これから屋敷が潰されるのが目に見える。

どうすんのかね、これは。邪魔するにもなかなかハードルが高いと思う。それができるかものなのかも分からないし。何せ相手は凄腕の魔術師、魔法をぶん放つ前、バリアが張られ、避けられることだろう。

やれることならやるという話ではない。余計に警戒されると難易度がさらに上がってしまう。

それから一時間経ち、俺はスキルをおさめ、やめることにした。

どう邪魔するかは一時間も考えた。

方法はある。

川の底に『過去通路』を開け、川水が通路を通して押し寄せると、すっごい邪魔になるでしょう。召喚さ中に常識もないことが起こり、おっかなびっくりになるに違いない。

楽しそうだしやってみよう♪

ただし、時間のコントロールはかなり難しい。ギリギリ一時間前後に抑えるならともかく、時間を召喚に済んだ後のタイミングに巻き戻されては困る。

では、時間を召喚の魔法陣が描いている時に設定するか。そう思いながら魔力の自然回復を待つことにした。


二日後、俺は森の川へ向かった。

川の深いところに入ると、俺は手を水底へ伸ばし、魔法展開の準備をした。

正直、変な感じだった。まあ、うまく行けるならどんな卑怯な方法でもいい。時間を正確に設定するため、俺はいつもより集中する。

予想では、水が通路に入って、過去に転送され、テーカップにお茶を淹れるみたいにアルバートの屋敷を水没させる。

でも、本当にうまく行けるのか。確かに『過去通路』は生物以外の物質が通せる。そういう設定であれば、水を通すことも可能だ。しかし、そんな大量の水を通させるのは、リスクがないわけがない。

『過去通路』のスケールもかなり大きい。測ったことはないが、バスケットボール四個分並べるくらいの大きさはある。

バタフライ効果というのなら、ばたばたするのは蝶々ではなく、恐竜くらいの生物だろう。少し言い過ぎたか。まあ、まずいことになるのは、それはすでに承知の上のことだ。

ただ、あの時の俺はまだ何も知らなかった。予想はあった。しかし、予想はあくまでも予想で、ことの全貌は何一つ分からないのだった。

それは世界線が変わった後の世界。俺にしては好都合の世界だった。俺のスキルで、こんな素敵な世界になるとは想像もしなかった。さあ、これでは皆は仲良く生きられる。

だけど、人間にとって、世は終焉に近かった。なぜなら、人間は自ら魔物と断ち切ったのだ。自分は魔物より尊い存在であることを顕示し、魔物のことをただレベ上げのための道具に過ぎないと思っている。

だから魔物たちも人間との往来を絶つことにした。人間に差し伸べられる救いの手はなかった。彼らの絶滅を皆は傍観する。


『過去通路』発動。時間同調。

「ぱあああ――」

水が穴に押し込む音がする。

通路に覗き込むと、まずいことになるのは分かった。

どこだここ。辺陬ではなく、帝都とかなり近いところみたいだ。城壁が見える。

時間は?

よし、ちょっと時間は遅いけれど、問題はないようだ。アルバートの屋敷に転移するか。

ターゲット設置。設置完了。

「……吾の刃となり、暗闇を照らし出せ。神々は慈愛の心を持ち、吾らの元へと降臨する。そして、吾らもすべてを捧げよう……うん? なっ! なんだこれ!」

「ぱあああ――」

呪文詠唱の声が聞こえる。

魔法陣はすでに描き終え、準備は整えたようだ。

水の衝撃で、魔法陣の一部は消された。これでは、召喚もできないだろう。

「ゴロゴロゴロゴロ……」

詠唱を中断するわけには行かないと、アルバートは再び集中して詠唱する。しかし、水の中で詠唱することは不可能だ。

もう召喚はできないはずだったが、何をそこまで詠唱を続けようとするのか。それは分からないのだった。

アルバートは必死に水面上へ浮き上がると、詠唱を続ける。

「吾、世のゴロゴロ……祝福……ゴロゴロ……」

もしかして、この召喚術は、中断したらまずいことになるのだろう。これほど強い意志で詠唱するのだから、おそらくそういうことだろうね。

先まで赤く光る魔法陣は、何のわけか黒くなっていた。

魔法陣の上に浮いてあったはずの魔王の種は、引きずられているように魔法陣の中に沈んでゆく。

「まずい、このままでは……」

アルバートは手を伸ばし、魔法の制御を試みる。

これを制御できるとは思わない。部屋中は吸い込まれるような気持ち悪い雑音が鳴りやまなくて耳障りする。

魔法陣から何かが出てくる。

あれは、魔王。どこかの他の世界から召喚してきた魔王。

おいおい、話が違うぞ。なんで召喚が成功したんだ?

そう思うと、魔王の後ろに何かが出てきた。

魔王が、二匹いる。

「やめろおおお、ぐああああ……」

凄まじい魔力が、視認できるほどアルバートの手から発散する。そして魔法陣に吸い込まれる。奪われる。すべての魔力が吸い尽くすまでアルバートは動けない。

そして吸い尽くされた。だけど魔力が吸い尽くされてもまた吸っている。今度は生命力を吸う。

あっという間にアルバートの髪が白くなり、皮膚も皺だらけになった。そこで彼は息が絶えた。

屋敷が壊れ、アルバートの住んでいる王城第三区も地獄になった。

人が泣き叫んで逃げ場もなく殺された。

召喚魔法陣の暴走により、すごい量の召喚獣が現れ、なんと、すべてが魔王だった。

召喚の時、魔法陣の一部が消され、プロセスがおかしくなって、召喚獣が召喚されても隷属紋が付与されていない大問題になっている。

昼から夜まで、魔王が絶え間なく魔法陣から出て、召喚魔法が止まる頃、召喚された魔王は百二十六匹の数だった。

「百、二十六匹? しかもすべてが魔王」

……よし、どこかに逃げよ。俺のせいじゃないぞ……







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