第十章
つまり、その化け物というのは、人間の命令に服従する魔王ということか。召喚された召喚獣はたとえそれが魔王であろうとも、隷属紋があれば、召喚者の命令に従うしかない。
アルバートという男は、利益のあることであれば手を出そうとしている。
ネクロマンサーが人魔戦争に介入して戦況が逆転された。
しかし、まあ、それはどう解決すべきか。俺の能力でも、あれを倒せるとは思えないが。
召喚術の途中で邪魔をして、召喚を失敗させるとかはどうだろうか。
それほど難しくはないと思う。『過去通路』対策の『未来通路』のスキルを彼が持っているわけがない。ていうか運が悪すぎて馬鹿を見る未来しか見えない。そう思うと苦々しい表情になった俺である。
何なんだその魔王の種は、たまたま討伐した結晶マタンゴは、その種を持っている。訳が分かんないぞ。人間がそれを手に入れるとどうすんの? 運が悪すぎて眩暈を覚えた。
状況は分かった。これからは敵壊滅行動に移す。
仮小屋でしばらく落ち着くと、俺は姉さんから村の死者確認を聞くことにした。
聞くこともないけど、大切な人がまだ生きているという希望は俺はまだ持っている。
しかし、その希望も姉さんと話した間に、崩れ去った。
人間の召喚獣の一撃で、村の半分は更地になった。
アニメで見たことのあるそれだ。大型人工機械兵器が口を開け、その口から放出されたビーム光線で、山の半分が削られる。
当時、長兄は山で狩猟、次兄は田植えの仕事、四番目、六番目の兄と姉も仕事で外出した。家に残されたのは俺、妹、そしてトマト畑の手入れをする三番目の姉だった。
するとどこからか光のビームが発射してきた。まぶしすぎて、何も見えない。
村の人々はそのビームの高温に焼かれ、死体は黒焦げ、湮滅し消えた。
プーちゃんの一家もその一撃に巻き込まれて、あっけなく死んだ。
死んでいないゴブリンもいる。
だけど瞬間的な閃光に目が開けられなくなって、そのまま半狂乱状態になっていた。
ビームに直撃されなくても、周りの温度は70度も超え、皮膚は腫れ、皆は泣き叫んで、走って、すぐにその地獄から離れた。
幸いなことに、ケアルの家は村の端っこにあって、ビームもゴブリン村を狙っていない、ただすれ違っただけだったので、ケアルたちもそれほどダメージは受けなかった。
村残り三十人くらいか、傷者の世話をする。
二時間後、化け物が北から向かってきたと、北の魔物が逃亡してここまで来て、俺たちにそう伝えた。
「ちっ、ゴブリンか」「あんな弱いやつはほっとけ」「ふむ、足止めすらできないやつだ。おい、後ろのやつ、早くついて来い。化け物が来るぞ」
みたいな。
親切に情報を与えるはずがない。会話から何が起こったのかそこから推測するしかない。
目の前にいるのは、ウン・レット族の百人ほどの隊列である。ウン・レットは草原の山近くで住む狼のような魔物だった。彼らは通常の狼より二倍以上の身長を持っていて、一番の特徴は、一つの身体に二つの頭があるということだ。
「待ってくれ」
ウン・レット族の中に、他の逃亡者よりびっくりするほどでかいやつがいる。そいつはケアルと他の子供を見て立ち止まった。
そしてゴブリンたちに対話を通した。
「お前らも逃げた方がいい。化け物が来るぞ」
そう言って、ウン・レット族はまた前へ進む。
それから一時間経ち、例のあの化け物、身長三十メートル越のあの召喚獣が現れた。灼熱の光束を打ちながらやってきて、皆は青ざめた。
動けない傷者もいたが、仕方なく重傷人を放置して、皆は逃亡した。
だけど、その場に留まってずっと動かない人がいる。
絶望の人がいれば、何もかもが失って、自ら化け物と立ち向かおうとする人もいる。
「許せない……パパとママを返せ!」ってな。
他の大人たちはその子供たちを抱き上げて、「馬鹿野郎が!」と叱る。そして子供を連れて逃亡する。
子供こそが希望、何があっても子供は守るべきだ。そう思い、大人たちは、絶望の目をしながらも一番適切な行動をする。
あれは死を司る神、死の権化のかたまりだった。ゴブリンなど、とても相手にはならない。
あんなやつを目の当たりにしたら、ベレット勇者のやったことはまるで勇者ごっこのように見える。
勇者、笑わせるな。あんな程度のやつが勇者だと、どう考えてもこれはどこかの情報操作で偽りの情報を作り出したのだとしか思えん。
少なくともその魔王である召喚獣を倒せるほどの力はないはずだ。
「ケアル、カンナ、ご飯食べるわよ」
姉さんは食事の用意ができた後、俺たちを呼ぶ。
夕食の後、姉さんはこれからのことを俺と相談した。カンナはまだ理解の難しい話なので、外で遊ばせた。
「やはりここでもなかなか危険だと思う。あの化け物はいつ来るかは分からない」
召喚獣はここまで来るのかは分からない。姉さんはそれが心配だった。
でも、むやみに逃げ回るのも得策ではない。村離れのゴブリンは死亡率が高い、村を出れば他の魔物に殺されかねない。
「今はまだ安全だよ。あれが来たらまた逃げればいい。多分、あの化け物は人間の召喚したものだと思う。人間の召喚獣であればその国の所属したものだったため、外国に行かせるわけにはいかないと思う。国際問題になるから」
俺はそう解釈して、姉さんも納得がしてほっとした表情になった。
心配ない、どうせもうすぐだ。もう一晩すれば、『過去通路』は使えるようになる。
魔力量はちまちまと回復している。それまで待っていればいいということだ。
『過去通路』のスキルを使って、召喚術に邪魔をする。それだけだ。
それだけをすれば、あの頃に戻れる。
またプーちゃんと一緒に遊び、一緒にジェリー鳥の卵を取りに行き、一緒に鍛冶屋の手伝いをする。そして夜がやってくる。ぼくは家に帰って、お姉ちゃんとお兄さんたちと一緒に夕食をして、一緒に寝る。朝起きて、村で散歩する。村の皆に挨拶して、司祭様に挨拶して、村長に挨拶する。そして山に入って、魔法の練習をする。時々草むらの上に寝転がって、羊雲を眺めながらのどかな時間を過ごす。これは俺の一日だった。
さあ、過去を変えよう。たとえ自分が死ぬことになる確率があっても、こんな現実など俺は受け入れられない。
「ぼくもご飯の野菜採集を手伝うよ。やあ、魚も食べたいな、川で魚を捕まえにいくわ」
魔力回復の間、時間を持て余すより姉さんの仕事を手伝うことにした。俺は努めて微笑むと、小屋を出た。
山へ入る。
そこにある渓流に一足突っ込んで、冷たい水を掬って口に含む。
気持ちいい!
服を脱いで、俺は水中に潜る。この世界に病菌という概念はあるだろうか、身体を定期に清めないと病気になるかもしれない。もう何日も洗っていないので、今日は魚を獲ることも兼ねて、ついでに身体を洗いに来た。
前回はプーちゃんと一緒に風呂場で入浴した。その記憶はまだ鮮明に脳裏に残っている。
プーちゃんはもうこの世にいないのに、すがすがしくて感想一つ何も湧かなかった。まったくけれん味もない気分だ。
こういう時にはせわしく仕事に励んで、頭一杯になれば何もかもが忘れられる。
川を沿って上流に上ると、魚の影が見えた。
渓流の魚は水底の石と同じ色をしていて、見にくくて逆に真っ黒な影が見やすいことが多い。
魚は見つかったけど、どう捕まえるか考えていなかった。
潜って直接に獲るとか、それは無理だ。魚は案外逃げ足が速い、素手ではすぐに逃げられる。
網は論外、今は買う金もないし。釣り竿は、材料があれば手作りはできるけど、釣り針がない。
どうこう考えるうちに、魚は何が聞こえたか、わっと逃げた。
まったくこうなったら、『凍結魔法』でもぶっ放そうか。
『凍結魔法』の魔力消耗も少ないし、ここは出し惜しみせずやるか。
魚一匹が捕まえれば家族の一食は満足できる。一回だけ使うなら問題はない。
俺はさらに上流へ上って探す。山林の中の川では魚もたくさんいるだし、すぐに集まってくる。一度逃げられていたけど問題ない。
そういえば山椒の根の皮を搾った汁を水に流し込むと、魚がその匂いで痺れてしまう。汁のない方へ逃げる魚もいるので、その方向に網を使って魚を捕ると簡単に捕れるという裏技があるそうだ。
なかなか準備が必要な捕り方で、今は無理だ。俺はさらに前へ進む。そして、すぐにもう一群れの魚を見つけた。
今回は近づかないように木陰の下で『凍結魔法』を使うか。
手を前に伸ばして、『凍結魔法』を発動。
小さな氷の種が集約し、前方に放つ。氷が光の下にきらびやかに一閃して魚と直撃する。
激しく飛び上がった水しぶきが、瞬く間に空中で氷結した。魔法の範囲はサッカーボールくらいで小さく、それなのにすごい音が立てた。辺りの魚が水の強打音で速やかに逃げた。
攻撃魔法ではないので、的中の魚は殺されていない。川へ行って見ると、一匹の魚が浮氷の中に凍り付いて、綺麗な標本になっていた。
一発で命中した。ちょっと嬉しい。
俺は氷ごと、魚を家に運び込んだ。すこし太陽の下に置いて、解凍を待つ。姉さんが帰ったら、さばくことを頼もう。
ゴブリンの作ったツールでは、俺にはどうしても使えないのだ。
姉さんは木製の斧とか、石のナイフとかを使っててきぱきと魚をさばくけど、そんな粗末なツールは本当に使えるのか、そう思割れても無理もない、現代人だし、元人間だよ。
「ごめんね、ケアル。夕食の野菜は山で取って来てくれないかな。村の村長に少し用事があって、手が回らないんだ」
姉さんは昼の食事の時、そう切り出した。
「どうしたの?」
多分事情聴取諸々のことだろうけど、一応聞いてみよう。
「村にいるほかの逃亡者もいてね、皆も呼ばれていたんだ。化け物のことが聞きたいって、それに、村でぶらぶらしているのもよくないから、仕事もちゃんと紹介してくれるの」
仕事の紹介。
ケアルもカンナもまだ子供の年齢で、「仕事を紹介してください」と言ったらどっかで遊んでいけと言われるのが普通だろう。
「分かった。じゃカンナちゃん。午後はぼくと一緒に山に行こう」
俺はカンナの方へ向くと、カンナはぎょっとした表情で俺をじっと見る。子供の表情は読みにくいなあ、と思いつつ、俺は微笑む。
カンナをずっとこのあばら屋に放置するわけにはいかない。外にも連れて行こう。
「うん」彼女は破顔して笑う。そして抱きしめる。「兄々と一緒にいく」
「いや、カンナちゃんはわたしと一緒に行く」
姉さんは食べ終え、石製の皿擬きものを片付ける。
「カンナを連れに行くのか」
遊び相手が横取りにされて、少々むっとした。まあ、姉さんも姉さんなりの考えがあるから抗えもできない。というか遊び相手は何なんだ、いい年をして……いや、時々忘れてしまうけど、俺はまだ五歳だった。
「ケアルは魔法が使えるから、山へ入って万が一のことがあっても、魔法を使って脱出もできるじゃない。でもカンナを山に入らせるのはあまりにも危険すぎるわ」
姉さんがそういうと、確かにと俺も頷いた。
仕方がない、自分一人で山へ入るか。
ふと気付いた。山菜ってどういう見た目だろう。食べられる山菜と思って、実は毒の持っているやつだったら、毒で倒れるではないか。
結晶マタンゴに毒殺されるより、こんな阿呆な死に方の方がもっと嫌なんだが。
あちこち野菜を取って帰って、姉さんに弁別させようか。
一応ほぼ毎日食卓に出る野菜は分かる。毎日見ているからね。そうなったら、それだけを取れば大丈夫だろう。俺にとって、すべての野菜がまったく同じ見た目だけど問題ない。多分。
そういうことで、午後は山に入って夕食の山菜を採ることにした。




