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第十二章

『世界線の変動が不可避領域に達しました。

――時空の不対等原則により他の並列世界に移動します。

――抵抗すると時空の法則が破壊されます。ご注意ください。』


それから十秒後、俺は深い眠りに落ちていった。

特に何の夢もなく、ただ意識の流れが逆流し、どこか別の世界の淵に流れていくように感じられただけで、それ以外何も見えなくて、感じられることもなかった。

それは世界線の移動現象と分かり、身体の芯まで焦燥が沁み込んでくると、そのままじっと動かないようにした。


「お兄ちゃん、起~き~ろ~お~」

「うん?」

カンナの声が聞こえた。あいつは俺より早起きすることはあまりなかった。寝る子は育つだからいいことかもしれない。

「お日様はもう、あ~んなにのぼっているんだよん~」

何? このかわいい小動物。

「ああ、とりあえずどいてくれ、今起きるから」

俺の上に馬乗りになったカンナはぺこっと頭を下げて、「よいしょっ」と下に降りる。そしてどこへ行ってしまった。


俺は急いで起き上がり、身支度もせず外に飛び出た。

いつも通りのゴブリン村だった。村人は平和に暮らしている。田植えのゴブリンがいれば、大工の仕事をするゴブリンもいる。

時間が戻っている、ではないはず。

どういうわけか皆は楽しそうに働いている。百二十六匹の魔王を生み出したことはまるで嘘のようだ。

もう詰んだと思って、ワープしたらすぐ対応できるように心構えも充分にできたが、意外と何もなかったことに驚かされ、かえって覚束なくなっていた。

えっと、どういうこと?

空はなんだか紫色に染まっているし、日当たりが弱まっているのだから、農作物もうまく育てないじゃないか。

それはともかく、空は紫色になったぞ、普通ではありえないことだぞ。

「兄さん!」

畑仕事をする二番目の兄をとっつかまえて、心の中に蟠るそれぞれの疑問を問うことにした。

「わけがわからないよ! あれ、あれよあれ!」

俺は空を指さして、慌てるように言う。

「なんだ? ケアルか。どうかしたの?」

と、兄はけろっと言う。神経の太ったキャラを演じているのか、まったく知らんふりをしている。

そんなことはないのは分かる。それを納得しきれないのは俺しかいないのだ。

「空は紫色になったぞ」

俺がそういうと、兄は少し空を見上げて、「これだけなら何が慌てる必要があるのだい?」みたいな表情になっていた。

「ラーグ様のスキルだよ。この空の下にいるすべての眷属者は強力な恩恵を受けているのよ、もう何か月前のことだ。今さら何騒いでいるの、ケアル」

兄は呆れ顔で俺を見る。俺は一旦落ち付いて考える。俺が無言のままにいると、兄はまた畑仕事にかかる。

その時俺が考えているのは、そのラーグ様という名前の人だった。兄の話に出てくる名前だったが、聞いたことのない名前で、またその人は広範囲バフ系スキルを持っているようだ。

どんな感じのバフだろう。自分のステータスを見て確認するか。


「ステータスオープン」

<名前:ケアル>

<種族:ゴブリン>

<レベル:3>

<HP:93/93(+54) MP:396/652(+395) SP:87/100 攻撃力:9(+6) 防御力:9(+6)>

<スキル:『凍結魔法LV3』『鑑定LV2』『過去通路LV2』『未来視LV3』『世界情報LV1』『魔導力LV2』『火炎耐性LV3』『成長呪い(無効)』『成長加速LV1』>

<称号:『勇者殺し』>

<状態:『不断の法輪』の加護を受けてます>

『不断の法輪』:加護により、ステータスが上がります。また、加護の持続の間、腐食・呪い・闇系の攻撃は無効され、精神系の攻撃は軽減されます。


待て待て、ステータス上がりすぎだろう。二倍以上も上がったぞ。なんだこの加護、『成長呪い』も無効化されている。

呪いが解けたのではなく、無効化の効果だったが、それでもなかなかのものだ。


このラーグ様というやつ、十中八九召喚された魔王の一人だろう。つまるところ、俺は魔王の眷属になったというわけか。


「兄さん、ラーグ様の眷属ってどれくらいいるの? もしかして村のすべての人?」

「ああ、それも概ね間違いない。ゴブリン族の皆は受けているからもっと広いと思う。ラーグ様はゴブリン族の魔王、我々はあの方の隷下に属している」

兄は辛労の汗を拭きながら、さりげなく答える。


「隷下?」

物騒に聞こえるこの単語に、心が締め付けられた。戦争が起きれば、前線に行けと命令されることもあり得ることだ。

質問も抗いもできない、隷下だから何も知らなくていいからそうやってくれと幅を利かせる。

魔物の間でちょっぴりのいざこざで殺し合いの争いになるのも日常茶飯事みたいなもので、俺の両親もその火種の犠牲者になった。争いに自ら飛び込むことは、俺にはあまり賛同できない。

というより、戦争になったら、最初に考えるのはちゃっかりと抜け出すことができるのか、そういうことである。

逃げられないと判断できた場合だけ付き合う。俺ならそうする。


「そうだね。でも俺らの村にできることは糧食の生産や、家畜の飼育だけだからね、それはむしろ一番大事なことだ」

確かに魔王であろうとも、お腹が空く時もある。誰でも食事が必要。

「村では三割の小麦と稲を年貢として献上する。今はそうなっている。ゴブリン村落はそれぞれ違うらしいが、詳しくは分からない」

それは正しいことだろう。恩恵を受けている代わりに代償も必要だとそうなっている。むしろ申し訳ないと思うくらいすごい恩恵を受けているじゃないか。

「ラーグ様はお優しい人なのね」

「そうだ。力があれば、族内の人のために役立ちたい。それは本人の談だ」

魔王ってイメージ的には暴虐で無慈悲な奴じゃないか。やはり現実とゲームは違うみたい。

仮に俺が魔王の種を持っていて魔王になったとしても、やりたいことは世界征服ではなく、せいぜい村建設を中心とした活動だろう。

例えば、ゴブリン村のために人間と平和条約を締結するとか、魔物の国を作るとか。俺なりの考えだが、魔王の中にそう飛躍的な考えを持つやつもいるはずだ。

そう考えているケアルはいい子だよ。

うん、いい子いい子。


「ケアル、寝坊しちゃったの? もう、お手伝いの約束をしたんじゃない」


聞き馴染んだ女の子の声だった。

ああ、あの子が俺の後ろにいる。

怒っていて、顔はきっと、フグみたいに膨らんでいるのだ。


その声で俺は全身が硬直した。だから首だけ後ろを振り向くしかできなかった。

「よっ、よ、プーちゃんじゃないか」

そう言うと、俺はようやく全身を振り向くことができた。

すると何か暖かい物がぽつりぽつりと落ちた気がした。


プーちゃんは俺を見て、変な表情になった。


「ちょっと、なんで泣いているの? どこか痛い?」

プーちゃんは心配そうに俺を見る。

眉が八の字になって俺に聞く。

兄も疑惑の顔で俺を見る。


「泣いてなんかない。目にゴミが入っただけだ」俺は涙を拭いて、精いっぱいの笑顔を見せる。「さ、行くよ。お手伝いさんが要るでしょう」

涙を隠すように、俺はすぐさまプーちゃんの前に身を乗り出して歩く。

けれど、プーちゃんは俺の手を掴んだ。

「待って、一緒に行こう」

プーちゃんは、俺の手を掴んでずっと離さなかった。

あのスキルのせいで俺は無感情な人になった。でもなぜかプーちゃんを見た瞬間、俺は泣いてしまった。

やはり無感情というのは嘘、本当の俺はもっと単純な人だった。

 誰が死んだって悲しく感じないのは心が冷たくなったわけではない、事実として受け入れていないからだ。

これからは、きっと村が滅ぼしたり、変な災いに巻き込まれたりはしないはず。『未来視』を使わなくても分かる。俺がそうさせたのだから、そのようになっている。

これからの未来は楽しそうだ。魔物の活動を邪魔するやつはもういない。ゴブリン村を侵攻しようとするやつは、ゴブリンたちの成長ぷりを見て、退いてしまうのだろう。

そして、プーちゃんはずっとそばにいる。ブーちゃんだけではない、家族の皆も、村の皆もそうだ。


――――


(ここからは人間側の話)


――――


私は、それなりにいい人生を過ごしてきたのだと思う。しかし、あまりにも短すぎて、ひょっとして私は神様に捨てられたのではないかと思ってしまった。

もちろん神様なんかいるはずもないが、なぜか今日は女神というやつと出会ってしまった。


私は風見綾子。

大学は生命科学研究学科の専門で、なんとなく首席で卒業した。

そんな肩書きのおかげで私は日本国内のとある有名な製薬会社で働いでいる。

そういう会社で働いでいるとはいえ、私は大学卒業したばかりの女の子、アシスタントくらいの仕事しか回ってこない。

だけど、研究室で手伝いをする五月のとある日、二人の研究員が実験失敗の原因で揉め事に発展し、喧嘩した。そして二人はなぜか薬品の棚とぶつかり合って、棚と一緒に倒れた。

劇毒が室内の空気に混入し、すごいことになった。

こうして、私は毒気に殺された。

なぜか喧嘩の二人はぴんぴん生きている。

二人は職員室へと呼び出され、クビになった。それだけだ。

スキャンダルもかなりの大金を使って隠蔽した。

は?

おかしい。

当事者が生きているのに、無関係の私が巻き込まれて死んだ。

何かの間違いじゃないか。

理不尽すぎて、化けてあいつらを殺そうか。

そうやりたいけどなかなかうまくできない。なぜなら私は現実世界に留まらず、死後の世界に入ったのだ。


真っ暗の世界に光の粒が見えた。私はその粒を追いかけていく。

粒がどんどん大きくなり、広くなり、そして星になっていた。

私はその星をよく観察する。それにしても小さすぎる。これが星と呼ぶのは少々語弊があるようだ。

言い方を換えれば、球体のガーデンみたいなものだと言って分かるだろうか。

私は自分の霊体を操り、地面に降りる。そうすると、なんだか地面がふわふわしていて、それから私は初めて自分が今、霊の状態にいることが知った。

重力も温度も風も感じないのは、私はもう死んでいたから。

ガゼボの中に人の姿が見えた。

「こんにちは、風見綾子さん」

誰かが私の名前を呼んでいる。声の高さからすると女性の人だと分かる。

ガーデンの深くから誰が霧を渡して来た。というより、飛んでいるんじゃないか。

私は死んだからここは死者の世界だろう。ならば何が起きたとしてもおかしくない。

私はその人のシルエットをじっと見据える。

死者の世界にいる正体不明の女の人、もしかして私は幻覚を見ているのか。

「あなたは、誰ですか」

その女性はヴィクトリア風の紫色のドレスを着ている。レースのフリルはやんわりと幾重も垂れて、波打つように草叢の上に這って伸びてくる。

「私は異世界の女神よ。あなたは死んだので、これからはどこかに転生するわ。まあ、私のところに回ったのだから、異世界に転生させるしかないわね」

「異世界?」

なんだそれは。この科学的な世界にそんなものは存在しないはずだ。それに、女神と自称するのだから、おそらくは人の迷信心理を利用して、何かを企んでいるだろう。

ツンケンして異世界の話について聞くと、女神が意に介せずに笑った。

「ふん、驚いているようだね。まあ、嬉しく思いなさい。あなたに、異世界に入る権利を与えましょう。これはめったにないことなの、本来、五十万人に一人しか選ばれないのよ」

「だから異世界って何ですか」

知らないというのは本当だ。女神と自称した目の前の女の人は、どうやらそれは一般常識内の言葉だと思い、解釈もしないで口に出したのだけれど、知らないものは知らない。

「えっ、知らないの。ゲームやったことない? ラノベは? 漫画は?」

「やりません。そんなものは勉強の邪魔になるので。漫画ばかり読む人は阿呆になると聞いたことありますから」

私は、世間の誘惑にかなり耐えられると思う。そうでないといい成績も取れないし、将来もろくな仕事に就けない。

もちろん成績は前途の決定要因ではないことは分かる。毎日遊んでいるやつがいい仕事に就けることもある。でも、それは少数派だと思う。

そうあってほしい。

でもさ、死んだ私には、あっちの世界はもうどうでもいいんだ。

人の命は脆いのね。頑張っても所詮は死ぬ。こうなっては次の人生はそれほど頑張りたい気がしないかな。

私は苦笑いした。もっとも霊体の私の苦笑いは、身体が半透明のせいであまり弁別できないのだが。

いや、霊体……違う、ちゃんと身体があるようだ。もしかしてここは霊の世界なのかも。霊の世界だから、霊体はつまり身体だ。

「異世界はつまり、あなたの世界と異なった世界、魔法やスキル、呪術などが使える世界……えっとつまり、現実世界にできないことでも異世界でいっぱいできるの……」

「ごめんなさい、あの、よく分からないので、私を現実世界に転生してもらいませんか。その異世界とやらは他の人に当ててほしいです。私は、そういうのよく分からないから」

「ま……待て、お願い、話を聞いて」

なんか焦っているように見えるが、私じゃないとまずいのか。

「何ですか」

「えっと、その、異世界に転生しないとー、魂は滅んでしまうよー、なんて」

目を逸らした。

もしかして私、馬鹿にされてない?

こんな分かりやすい嘘はあったことないぞ。

「嘘をついたのですね。女神と自称する人」

「自称だなんて、女神というのは本当だよ」

ふむ、固持して何としても神という身分を表明したいらしい。その様子では嘘じゃないみたい。

自分は世間の一般常識と離れすぎたことは知っている。もしかして死者の世界にも女神という存在がいるかもしれない。

ただ、こいつの女神に似つかわしくない素振りを見て、なんかむかつくのだ。

「複雑な事情があるようですね。異世界に転生するのを拒絶したら困ってしまうのか……でも――もう少し謙虚な態度を取って見せたらどうですか」

そう言われると、彼女はしおらしく頭を下げた。

「ごめんなさい。実は外の世界から魂をこちらへ呼び寄せるのはとても難しいことなの。棚ぼた式の言い方をして、『五十万人に一人しか選ばれない』と言ったらなぜか皆は喜んで、だからいつもそうしている」

そのやり方では、もしかして異世界は厳しい世界なのか。

「ぬか喜びさせるのはよくありませんよ」

「違う! 皆はユニークスキルが授けられ、異世界に転生しても普通の人より快適に暮らせるの」

それはつまり、彼女の話も半分真実なのだろうか。

先までこの子の顔はぼやけてよく見えないが、今ははっきり見えるようになった。

霊の状態では、色々不便がある。その状態じゃ、何もはっきり見えるわけではなく、どうしても視界がぼやけるのだ。

こうして細かく彼女の顔を見ると、ただの十四歳の可憐な少女じゃないか。粧し込んでいてすごく大人びているように見えるが、顔も小さいし、胸もない。

なぜ成熟の女性のふりをするのだ? 自分の弱さを隠すためにそうしたのか。分からないけど、ちょっと可愛いっぽく見える。

「そうなのですか」

「そ、そうよ」

「でも、あなたは何を隠しているのですね」

何のために私を異世界に転生させるのか、それはまだ言っていない。

「それも、ちょっと長い話だ」

「長い話って」

「この世界に、スキルがあるでしょう」

「ふむ、そういう世界か。ちなみに、スキルというのは何?」

そう聞くと、女神はけろっとした顔で私を見る。まるで、私がそう質問するだろうと、前々から知っていたみたいだ。

「スキルはね、あなたの世界のゲームと同じ、『火球術』や『ウオーターボール』みたいな魔法なのよ。直接見たら理解しやすいか」

女神は指先を前に突き出し、「ウオーターボール」を口に出すと、すーっと、水のボールが霧の向こうへ飛んで行った。

そしてドヤ顔を見せる。

「どうだ、すごいだろう」

手で水を出すとか、確かにそれは一般人のできない芸当だ。だけど、私の反応では感心というより、研究対象を見つかった時の反応と等しい。

「なるほど、でもなぜこの世界にこういうものがあるんですか。ちょっと不可解ですね」

それは何のメカニズムによって行われたのか、まったく釈明できない。

「それは私が地球のゲームをモデルに作ったシステムだ」

「システム?」

「そうなの。それぞれの世界は女神が存在する。女神の役割は、世界が誕生する時、世界という枠組みの概念部分を作ること。こちらの世界もあなたの世界と似たり寄ったり、それは私がそうさせたのだ」

「そう、でも魔法はあるんですね」

「それは、それだけじゃつまらなくて、やはりゲームの世界が憧れなの、悪い?」

なんだか彼女の不興を買ったみたい。魔法が面白いから作った。わがままなやつだな。

「いいえ、でも、魔法というものがあったら、皆はそればかり頼ってしまうじゃありませんか。そんな便利なものが生活の質を左右していれば、科学水準も著しく落ちると思いますよ」

我なりにはいいことを言ったと思う。

「ふむ、あなたは一つの間違いを犯したようだ。科学というものは世界の概念から生み出されたもの。私はそれが要らないものと思ったらそれを消すこともできるの。例えば、砂が要らないと思えば、全世界の砂が消せるんだ」

その話に、私はちょっと分からなくなっていた。目の前のこの少女は、そんなにすごい人なの。

私が気に入らなくなったら、根本の概念から消滅されるじゃん。

「つまり、なんでも消すことができるのですか」

私はおずおずと言った。先まで対話の主導権を握ったのに、今では逆になった。

「いや、今は無理よ。世界が誕生する時、概念が必要だから私がいるの、それ以外の改変は世界創造神の同意がないとできない。でもあの人は知り合いでも上司関係でもないから、破格に優遇してもらうはずがないと思う」

世界創造神、なんだかすごい偉い人が話に出てきたよ。

「でも、世界のあらゆる概念は、千も万も総括できないほど、無限に近いじゃありませんか。それを作るには、時間もかなりかかると思います。それだけではありません、間違って矛盾も生じてしまうじゃないですか。ちょっと失礼な話ですけど、あなたには、そんな所業ができるとは思いませんが」

彼女は眉を寄せる。

機嫌が損ねたか? やばい、存在が消されてしまう。

いや、世界創造神が同意しないとできないか。

それでも怖い。

「本当に失礼ね。私は八次元にいる女神よ。こうしてあなたと対話するこの身体は仮初めの身体なの。五次元の概念を作るなど造作ないこと。人間には分からないか。困ったな」

「八次元⁉」

「うん? それはあまり触れない方がいいよ。八次元の言葉であなたと対話すれば、複雑しすぎて聞いた途端に脳が爆発してしまう。本当だよ」


お腹空いた。

バナナ食べたい。

てへっ。

もう、なんなんですかこいつ。脳が爆発するとか言って。怖いから家に帰りたいよ。

八次元とか五次元とか、そんなの知りたくもない。

あれ、五次元?

「あの、ここは五次元の世界ですか」

私はつい聞いてしまった。

私の住んでいる世界は四次元の世界。x、y、z軸そして時間、この四つがあるから四次元。

「そうなの、五次元の生物は、誰でもタイムスリップできる」

「タイムスリップ?」

「けど、制限はある。それはごく一部のスキルを使うしか実現できない技になっている。でないとあなたの世界、つまり四次元の世界に召喚された人には不公平でしょ」

確かに、いきなり誰でもタイムスリップできる世界に飛ばされたら大変なことになる。

誰かさんが過去の私を殺すこともできる。

「それは、物騒ですね。そんな世界」

私は正しい意見を述べた。

「いいえ、あなたは五次元の世界に生活していないから、分からないかもしれないけど、あなたの想像した世界と違うわ」

女神は指摘する。

「敵になった人は、タイムスリップして、過去の私を殺すこともできます。そうじゃありませんか」

できればやはり元の世界に連れ戻してもらいたい。

しかし、私の考えを聞いて、女神はクスクスと笑った。

「五次元の人はね、過去の記憶も未来の記憶も、つまり生前の記憶全部持っているの。いや、正確に言うと、『閲覧』できる、かな。自分はどのような死に方にされるのか、記憶を見れば分かるんだ。だから誰が自分を殺そうと、その回避方法もちゃんと考えているからね」

それは安全な世界なのよと、彼女はアピールする。「だから何の心配もない」そう言いたそうな気がする。

「すべての記憶は持っているのですか、未来からの記憶も」

「そうよ。五次元の空間はあくまでも地球のゲームシステムを再現するためのチョイス、『空間魔法』や『未来視』などのスキルが実現するために五次元の世界が必要だからそうしたんだ」

どうやら四次元擬きの五次元世界みたいだ。

女神の話によると、人の記憶もちゃんと弄っていて、生前の記憶をすべて持っているわけではないようだ。

魔法システムを作るには、五次元世界という枠組みが必要というのは女神様たちの間の常識らしい。

「でも、私も結局、そのスキルと関わってしまうじゃないですか。ほら、女神様の作った世界で、スキルはなかなか重要なんじゃない、それは危ないというかなんというか」

「女神」ではなく、私は彼女を「女神様」と呼ぶようになった。

やはり格上の存在だと分かってしまったのだ。

「そうだけど……世界の秩序を乱すスキルは、ちゃんと封印している。正常な人は学べないの」

そういえば、女神様は未来までの記憶も持っているのだ。

つまり最初から私がどういう話を持ち出すのかは、全部把握済みというわけか。

それじゃ、逃げたくても逃げられないのではないか。

そう思いながら女神様を見る。

屈託のない笑顔だ。

「あなたの考えは分かる」

「私との接触は、女神様はすべてお見通しってところかと、今はそう考えていました」

「それはないから安心してほしい。私はこの部分の記憶を『閲覧』していないし、そのつもりもないよ。ほとんどの五次元生物は記憶のままに未来を再現していないの。脚本通りの人生は、誰でも望んでいないよ」

それは、どうだろうか。人を見たら泥棒と思え。私は、人を軽く信じないタイプなんだ。

「力尽くで私を取り込めばそれでいいんじゃありませんか。神様でしょ」

「そんなことはしないよ。未来が分からないから、あなたに拒絶された時、かなり焦ったんじゃないか。まあ、それは置いといて、転生特典として、一つのユニークスキルを選ぼうじゃないか」

「待て待て、この世界は今どうなっているのか、また言っていませんよ。女神様」

どうしても私を異世界に転生させたい原因、それはまだ言っていない。

「まったく、抜け目のないやつだな」

「そんなやつですみません」

私が待つと、女神様はため息をつく。

「実は、私も把握しきれないものがあるのよ」

「把握しきれないもの?」

「要するに、私の目を盗んで、ひそかに転生してきた無法の転生者がいる。間違って勝手に転生してきた者もいるけれど。つまりだな、私の一切知らないタイミングで転生してきたのだ」

女神様でも万能じゃないらしい。それぞれの転生者も違いがあるようだ。

女神様の話によると、外でも魔法の世界があって、そこの人が魔法の力を極め、転生の魔法すら覚えるようになったという。

彼らは今際の際に、呪文を詠唱し、転生先も選択できるんだ。それだけじゃない、前世の記憶も保てる。

あいつらは厄介だった。なぜなら転生の魔法も今世が覚えている。

対抗しない場合、永遠に輪廻し続けられてしまう。


「そうですか。いいえ、そうなんですね――でも、私と何が関係がありますか、無法の転生者は」

「ふむ、まあ、話はまだ長いよ、よく聞くがいい。無法の転生者はね、大体、使用禁止されていた異常スキルを持っている」

「異常スキル?」

「そう、異常スキルは使用する度、予想しない方向に世界が変わってしまうの。そういうスキルは『マイナススキル』とも呼ばれている」

どういうスキルだろう。

想像力が貧困だし、スキルの概念もあまり触れたことがなくて、何も思い浮かばなかった。

でも、五次元の世界の魔法は、おそらく時間や空間に関係があるんじゃないか。

「もしかして、私を異世界に転生させて、そのようなスキルを持つ人を倒してほしいのですか」

「いえ、そうじゃないんだ。あれは、どうやら邪魔が入らない限り、マイナススキルを使う気はないらしい」

なんだ、そうじゃないのか。

「じゃ、私に何をしてほしいのです?」

「軌道修正。あいつのやらかしたことで、世界がめちゃくちゃになっている。だから世界を元の状態に戻してもらいたい」

端的に言えば、尻拭い役がほしい、ということか。

「それは……私のできる範囲内のことなら」

できるならいいが、できないことを請うてもできないぞ。そういう意味合いの含んだ無難な言い方をする。

「ふむ、覚悟があればそれでいい」

女神様は満足そうに言う。

「ちなみに、世界を修正するには、どうすればいいのですか」

「ほう、いい質問ね。実は元々の世界は、魔王はまだいない。しかし、彼のやったことで、魔王が復活した。つまり、あなたに魔王を倒してもらいたい」

魔王を倒す。

なるほど、私に戦ってほしいといわけか。

「魔王を倒す……分かりました」

異世界で情報収集すればいい。それは大事だ。

女神様に与えられた使命は魔王を殺すというのなら、それはそれで使命を果たすべきだろう。人を殺すことはやったことないから、難しくなる可能性もある。

魔王は知っている? いや、それくらい知って当然だろう。おとぎ話によく出てくる魔王と勇者の話は、ゲームと漫画の中に限定された設定ではない。

ゲームはやったことがないから、スキルや異世界は知らないが、魔王は知っている。


「では、ユニークスキルを一つ選ぼうかな」

女神様は目を閉じて、何かを展開する。

するとスキルの名前が私の前に現れる。

ユニークスキルか。結構多いな。

私はあえてスキルを見ないようにする。

「そういえば、女神様はどんなものを司る女神様ですか? 名前も一応聞きたいのですが」

女神様は驚くように私を見る。

「珍しいな。転生者はほとんど私のことを案内役にしか見ていない。しかし、名前を知られるの禁則行為よ。神の御名が人に知られたら、その人が神に命令することができるの」

女神様の言葉を聞いて、私は少し悲しく思えた。


学生時代にも、私はあまり人に覚えられるような人ではなかった。皆は新作のゲームや漫画などで盛り上がる時、私はずっと教室の後ろで勉強をしていた。

そんなものは何が面白いのか、私には理解できなかった。

おかげで友達もいないし、学期修了まで名前すら誰に呼ばれたこともなかった。

今考えると、私も少しやりすぎたのだった。学業は確かに大事なんだが、他にも色々大事なことがある。でも私は学業以外のすべてを無視した。

蔑ろにした。

私と女神様は同じ孤独感を持っているけど、でも私の方が低劣で、「ざまあみろ」と言われたら、確かにその通りで言い返すこともできないはずだ。


「そういうのであれば、仕方ありません」

私は気分転換もかねて、スキルの方を向く。


一体どういう仕組みで、このメニューみたいなものを出現させるのだ?

スキルの一つを触る。指先から伝わってきた感触は磨いた石みたいな感触だった。

そして、触ったスキルの上に、スキルの説明欄みたいなものが現れた。

一々驚いては時間があっという間に過ぎてしまう。

「この『ワープポイント』というスキルはどう?」

『ワープポイント』:一つの場所に「ポイント」を置けば、後は素早くそこへワープして行くことができます。必要MP:0

「それは外れだぞ! スキルの概念も知らない素人にとってそりゃ便利だろうと思うけどさ、異世界では『空間移動』の魔法があるから、あっちで習ってよ。いきなり大外れを引いたんじゃないか。もっと強力なユニークスキルを選ぶだな」

なんだよ、その「親切な」口ぶり。確かに私は魔法のスキルを知るのは今日初めてだ。でも、いきなり素人呼ばわりか。

『空間移動』があるなら、それを言うだけでいいんじゃないか。

「この『果報は寝て待て』はどうです?」

『果報は寝て待て』:すべてのことがうまく行けるようにする補助効果があります。

「これは運を高めるスキルだよ。これを選ぶのはおかしいじゃないか」

「ふんふん」私は笑った。「戦わずして人の兵を屈す。運が誰よりも高ければ、戦う相手がいきなり脳卒中で死ぬかも」

「脳卒中?」

「ええ、相手が寝違えて脳卒中しました」

「どれだけ相手が運が悪いのよ!」

女神様は思わず突っ込んだ。

そしてため息交じりに言った。

「あのね、これは農作物などに使うユニークスキルなんだ。普通は戦う時に使わない。だからこれは却下ね」

却下もあるのかよ。選ぶ自由度が低い! 抗議だ!

いいスキルと思ったのに。

「じゃあ、この『蓮火共滅』とか、強そうではありませんか。名前からして」

『蓮火共滅』:相手の生命力を削ります。ただし自分の生命力も同じ程度に削られます。

「いいのか、あなたが死んだって相手は死ねないぞ」

女神様は信じられないように私を見る。なんだか女神様に冷やかされた気がした。

「そう言われるとちょっと悲しいです」

「私にはあまりお勧めできないよ、このやり方」

「でもさ、私が死んだら、女神様はもう一度私を転生させて、私はまたあの人にこのスキルを使って、そう繰り返したらどうでしょうか」

女神様はきょとんとした顔で押し黙る。

やはり女神様もこの策の完璧さに驚かれたんじゃないか。

「何か言ってください。どうですか、素敵なアイデアでしょう」


女神様は目を瞬かせて、困った顔になる。

「君は性格変わってないか。意外と変なことを言い始めたんじゃないか」

女神様はため息をつく。

それは分かったことだ。

私は死んでから、確かに性格が変わった。溌剌さを取り戻したというか、むしろ生きていた頃の自分は死んでいるように感じたと、今はつくづくそう思っている。

「ちょっとね、楽になったんです。生前はスローライフとか考えたこともありませんでしたね。でも、あんまり変わってないですよ。ただ、こんなにたくさん人とおしゃべりするのは初めてで、普段と違う一面が表に出ただけです」

私は微笑んで言う。

「なんだ、お前は友達がいないのか」

喧嘩腰で言っているように聞こえる。

「きついこと言いますね、女神様」

「いや、君は付き合いにくいやつと思ったけど、案外そんなにないかもしれない」

「それは、褒め言葉ですか」

女神様は振り向いて小さな背中を見せる。

「でもね、そんな面倒くさいことをするより、私自分の手でやる方が楽じゃないか」

「そ、それは一理あります。でも……」

しかし女神様はそれはできなかった。

私を転生させるまでそうしたくない理由もちゃんとあるはず。

「君を何回も転生させること、それは過分干渉だよ。言ったんじゃないか、世界の改変は創造神の同意が必要、だから過分な干渉はできない」

そういえば、創造神なんというやつも前の話題に言及したことがある。

「それもそうか。ゾンビ戦法も意外とできないものですね」

「正直、お前の発案を聞いた瞬間、冗談だと思ったぞ。そんなこと、正気の沙汰じゃないわ」

どうやらそれ以外にもたくさん問題があるようだ。

道徳の問題か? いや、それ以上にまずい問題か。

「分かりました。では、他のスキルを見てみましょうか」

あんまり追究しない方がいいと、直感がそう言い聞かせた。私は話を逸らす。

「お願いね。できれば強力な……」

すべてのユニークスキルをできるだけ仔細にチェックしたいけど、多すぎてかなり無理な話だ。

大まかに分類するならできる。

敵を攻撃するパワー系のスキルと、制御系のスキル。そして実用系のスキルと、能力上昇系のスキル。最後は呪い系のスキルだ。

女神様は、私にパワー系のスキルを選んでほしいとの考えみたい。

呪い系のスキルはパワー系のスキルより強力なスキルだが、所謂、人を呪わば穴二つという、自分もその反動を受けてしまうスキルだった。

制御系のスキルは相手の動きを封じるスキルだ。でも攻撃手段がなければ応用もできない。

実用系のスキルは、場合によって使えるものもありそう。

能力上昇系のスキルは、うまく使えばかなり強力なスキルになるじゃないかと思うが、私には論外だ。

「そういえばさ、女神様は本当に地球のゲームをモチーフして世界を作ったのですか。それなら女神様の作った世界は、地球と同じ環境の世界じゃないですか」

私は聞いてみる。

実は引っかかるものがあって、どうしても気になるのだ。

「そうよ。何が問題でもあるのか」

「それじゃさ、例えば、この『ミラータイム』というスキルがあって、スキルを使うと、もう一人の私を構成する物質の運び方とか、色々あるじゃないですか」

『ミラータイム』:もう一人の個体(使用者と同じ容貌)を生成し、自動的に相手を攻撃します。消耗MP:100

こう、空中にもう一人の私を生成する? ちょっと分からない。生物体の体内成分や構成はかなり複雑だろう、それなのに直接生成するのか。

自動的に相手を攻撃する。その言い方では、生成された個体は知恵のない、ただの殺人兵器じゃないか。

攻撃じゃなく、他のことを手伝わせることはできるだろうか。

このスキルだけじゃない。他にもたくさん問題になるスキルがある。すべてのスキルはとにかく、科学には解釈できないんだ。

「それは……本当に聞きたい」

女神様は真剣な顔で私を見る。

聞くだけでは問題があるのかね。まあ、聞きたいのは本当だ。

「はい、ぜひ教えてください」

私も真剣の顔を見せる。

聞いた後、「お前は聞いてはいけない秘密を知った。これからはお前を抹消する」とか言われたら、なんだか割に合わない気もするが、それはないだろう。

「物好きにはやはりこれは欠点だろうね。物を言わせることも利かないし」

「言ってはいけないことですか。私は死人だから別にいいでしょう」

「そうじゃなくて。はあ~嗜虐心はないよ、私」

「?」

なに、その言い方。私はだんまりと決め込んで、女神様の答えを待つ。

女神様は仕方なく疑惑を解いてくれた。

「それはね、異世界は『空間』、『時間』、そして、第五次元の『æÑêÕn#6^£』で構成されいている世界ということだよ」

とある部分が急に聞こえなくなった、いえ、分からない単語が出た、それも違う。どういうこと?

「今、なにいって……」

ぱたっ、ぱたっ。

鼻血が一滴、また一滴としたたり落ちる。

雫の落ちる音は、まるで大きな石でも落ちたように聞こえた。

「何――っ、これ!」

「そうなるのか。いや、そうならない方がおかしい。高次元の言葉は低次元の生き物には理解できない。勝手に理解しようとすると、脳が過負荷してしまう」

その話は前からも聞いた。八次元の言葉を聞くと、脳が爆発するのだとか。

くそ、不覚をとった。

私は鼻血を抑えながら憤懣やるかたない目でその人を見る。

「霊の状態じゃダメージがないと思ったんですが――あなたという方は、もう少し配慮してくださらないですか。ああ~もう……」

ぶつぶつと文句を言う私であった。

霊体には、脳があるとは思わない。いったいどうなっているんだ。

「何言っているの。身体は最初から与えたのだ。霊体では発声器官がなくてコミュニケーションもできないじゃないか」

は? 身体があったら知らないわけが……

両手を上げると、まるで生まれたての赤子のような、健康な色の腕が見えた。

可愛い服まで用意されている。

「ほら――」

女神様は魔法を使って、どこからか鏡を出した。

私は鏡の中の自分を見る。

正直、前世には鏡を見ることがあまりなかった。おしゃれする時間が惜しいと思ってそうしないのだった。

女の子なのに自分の身なりも気にしていないなんて、おかしいと思わないかって、母によく言われた。

でも鏡を見ない一番の理由は、自分の容貌に自信がないからだった。

私のために用意された身体は、生前の私と似ても似つかない身体だった。生前の身体よりふわふわしていて、小柄も軽佻浮薄さが一切感じなかった。顔形も華奢で可愛らしく、首が折れてしまいそうに細い。

その通りの神の作った身体だ。機動性も半端ない気がする。いや、気のせいか。

間に合わせの身体だとしても、凡人の身体とは思わないほどの完璧さだった。

しかし、その短い命もすぐ散ってゆく。

鼻血が止まらない。

「女神様、鼻血が止まりません」

私は助けを求める。

女神様は私の頭に手を当てる。

「大丈夫だ。八次元の言葉じゃない。神経の損傷は精々だ」

「それも大変なことになりますよ」

「魂は無事なら何とかできる。ほれ~」

女神様の手は温かい。そしていい匂いがする。

私の頭を撫でると、すぐに痛くなくなった。

鼻血も流さなくなった。

気持ちいい、もっと撫でられたい。

「魔法をかけたんですか」

私が言うと、女神様は手を止めた。

もっと撫でたいので、かなりしょんぼりした。

「魔法ではない。まあ、人間の話にすると、『神の奇跡』、だな」

女神様は微笑むと、続けて言う。

「先の質問はまだ答えていないから、言っとくね。つまり、四次元の生き物の見えない部分に魔法の根幹がある。ということだ」

「五次元の部分ですか」

「そう」

五次元の部分が四次元の人にとって、折り畳んでいるものなので、中に何があるのか全く見えないのだ。魔法はその折り畳んでいる部分にメカニズムを隠している。

そう解釈する女神様はよほど子供っぽかった。魔法は好きなのね、女神様は。


――――――――


「それでは、女神様、この『物質生成』のユニークスキルをください」

二時間弱選びまくった結果、私はついに狙い定めた。

女神様の意見を聞いた後、ほとんどのスキルは除外した。

幼い少女の外見をしている女神様は、その外見とは裏腹に、慎重しすぎた傾向があるのだ。

その慎み深さはさらに彼女の可愛さを引き立ているが、これほどの量のスキルを全部目を通してくれと強要されて、堪忍の緒は切れた。

だから「却下」の二文字を下す前に、私は待ったをかける。

「でも、『物質生成』は、簡単なものしか生成できないよ。砂や水ならともかく、それ以上複雑なもの、例えば拳銃や爆弾などは生成できないんだ。現代武器で魔王と戦いたい気持ちは分かるけど、それもダメなんだ」

多分、『物質生成』を使って武器を生成する腹だろうと、女神様はそう思っている。

「『物質生成』は錬金術の基本という話もありますし、つまり、科学先駆者たちの憧れなんですよ。製薬会社に勤めている私にはうってつけのスキルじゃありませんか」

私の考えは間違いなければ、『物質生成』は単一の元素を作り出すことができる。そうであれば、色々試したい。物質を生成して、異世界で薬でも作れるんじゃないか。

そう考えると、これしかいらないと思っていた。

魔王を討伐した後のことも考えないとな。今生はうまくやりたいので、まずは稼ぎ口を楽に見つかるスキルがほしいと思った。そのため『物質生成』を選んだ。

金銀財宝はいくらでも自分の手で作れるし、それくらいの知識もあるのだから、生きるのにはもってこいのスキルだ。

しかし、その時の私はまだ知らなかった。私の向かうべき世界は、薬を作るなど、だらだら時間を費やせる世界ではなかった。

女神様は何も言ってくれなかった。

詳細を聞かないでいる私にもノリノリしすぎたのだ。それも私の考え不足だった。

五次元や世界創造神などを持ち出して、なるほど、それは真実を晦ますためのカモフラージュか。

世界はすでにボロボロになった真実。

人間が滅びかけた真実。

魔王は百二十六頭もいる真実。

それを言ったら私は絶対に行かないと察したのだ。だから女神様は何も言わないことにした。

「それならもう止めはしない。ではそのユニークスキルにしよう」

その言い方はまるでスキルを選んだのは私ではなく、女神様だったようだ。

しばらくして女神様は何もない空中に手を伸ばして、「開け」と命令した。

するとそこの空気が変わった。何もないところにドアが出現した。

「それは?」

「そこのドアをくぐるといい。心配しないで、ドアは安全な場所と繋いでいるから」

「分かった。あの、他に何があります? ちょっと注意したいこととか」

やはり新しい世界に行くのに不安はある。

「そうね、では、一つ忠告をしよう」妙に言い淀む感じがする。「異世界にはね、ゴブリンという種族があるの、そのゴブリンとやらと絶対に関わらないで、その中に魔王より厄介なやつがいる」

ゴブリン? 分からないけど、人間以外の生物らしい。魔王より厄介だということは、ちゃんと知能もあるかもしれない。

「そうですか。分かりました。あの女神様、この後また会えるんですか」

「会えるとも、あなたが死んだら、また私のところに転生するから」

「そ、そうですか。ならば会わない方がいいかも」

そう言って、私はドアを開け、「では、行ってくる」と伝えて、異世界に入った。


――――――――


女神様は異世界へ通じるドアを見続ける。

ドアの向こうは見えない。女神様はあの子を心配している。

「大丈夫か、あの子は」

異世界が女神様の不注意で無理ゲーになっていた。世界を救えるのは勇者。でも勇者はもう何年も現れてこない。だから女神様は他の世界の勇者を召喚してきた。

「悪いことをしたわ、でもこの方法しかないの、だから許して。とはいえ、勇者はまだ足りない、せめて二十人、いや、四十人を召喚しないと世界は滅んでしまう。いっそ、学校の一クラス全員を召喚してきたらどうかな」

そう言って、女神様は光となって、消えた。

さて、風見綾子はこれからどうなっているのか、それもまた別の話だ。



(~おしまい~)















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