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恋する淫魔と大剣使いの傭兵  作者: 上原のあ
三章 町での滞在、お仕事
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三章 六 傭兵の旧友

お待たせしました。少しストックができてきたので投稿を再開します。

 ゼルギウスに送ってもらえるようになってから、随分気が楽になった。店ではヴェロッテとゾフィがかなり気を遣ってくれている。その分できる仕事はきっちりこなそうとシェスティは思っていた。

 時折、忙しいときには調理補助のようなこともするようになった。野菜の皮むきとかカットとかその程度のことなのだが、手際の良さを褒められた。


「いやー、ゾフィはこういうの全然うまくならなくって!」


 とヴェロッテが笑って言ったのに対して、ゾフィは少しむくれていたが、調理場の方でできる仕事があるならよかった、と笑っていた。


 表は相変わらず忙しそうだから、あまり負担を減らす役には立っていないのかもしれないと思ったのだが、聞けば以前は洗い物もゾフィがやっていたらしい。昼時の一番忙しい時間には、かなり洗い物がたまってしまっていたようなので、それだけやってもらえるのでもありがたいのだと言われた。


 ひと月だけというのが惜しい、と言われて、シェスティはちょっとだけ困ってしまう。確かにここは随分居心地がよかったから。


 そういった調子で、一廻がすぐに過ぎていった。節約の甲斐もあって、ゼルギウスに対して支払う報酬分もたまってきている。


 この数日でゼルギウスの食の好みもなんとなくわかっていた。予想通り、ゼルギウスは生の野菜をあまり好まないのだ。だからサラダは好んで手をつけなかった。何かしら火を通しておくと、そこまで抵抗を覚えないらしい。それでもきっと、自分で買うとなると野菜を選ばないのだろうけど。


 穏やかに微笑みながら自分の作ったものを口に運ぶ彼の表情が好きだった。美味しいですか、と問うと、必ずああ、と返してくれる。代り映えない感想と言えばそれまでだったけれど、あまり感情を言葉に示さない彼が、どことなく穏やかに応えてくれるその瞬間が、シェスティにとっては嬉しかった。


 まだ契約期間は一割も終わっていなくって。


 ――ああ、こうしてずっといられたらな、なんて思ったりして。




 仕事が終わって、夕前の鐘を聞きながらエプロンを外し、二人に挨拶をしてから店を出る。裏口から表に回ると、普段は一人で待っているゼルギウスが、今日は見知らぬ男性と話をしていた。


 追い払う――というでもなく、世間話をしているらしい。ゼルギウスがそうして人と話しているのは、珍しいことだった。


 ティアラントの平均的な男性よりも少しだけ背が低い――といっても、小柄なシェスティからすれば、頭一つ分は大きいくらいの男性。髪はブロンドの長髪で、夕陽を受けてきらきらと輝いている。その艶やかさは、少し薄暗くなってきたこの時間でもはっきりとわかった。そんな髪を、ひとまとめにくくって下ろしている。服装もゆるやかで、少しローブのようだった。魔術師だろうか――となんとなく、思う。


「あれ、……ああ、待ち人が来たんじゃないかい?」


 男がシェスティに気が付いてそう言った。


「ああ――すまない、シェスティ」


「いえ。えっと、お知り合いの方ですか? お邪魔でしたか?」


 近寄りながらそう問いかける。間違いなく、シェスティにとっては知らない人間だった。


「いや、旧友なのだが、たまたまここで再会した」


 よくよく見るとその耳は尖っている。――エルフだ。そう思った。


 エルフは人間族の中でも、その身体構成が少し精神世界(アストラル)に比重を置いていて、魔術に長けている者が多い、と聞く。シェスティがエルフを見たのは、初めてのことだ。


 ティアラントは周辺の他国に比べてトールマン以外の種族が多いが、エルフはどちらかというと隣国であるフェルバックに多く住んでいて、ティアラントではそうそう見かけない。


 ところによってはトールマン以外の者――主に獣人やドワーフだが――が迫害されるような国もあるのだが、ティアラントはギルドがそれを強く取り締まっていること、またそもそもの成り立ちが迫害を受けた移民によるものだったという歴史もあって、多種多様な種族が入り乱れている。

 エルフが多くないのは、保守的だということもあるが、単純にそもそもその土地で爵位を得るなどして一定の地位を確立していて、迫害されることがないから、ということもある。


 変にじろじろと見ては失礼だと思って、シェスティは礼をした。


「はじめまして、シェスティです。えっと、ゼルギウスさんには、護衛の依頼で一緒に旅をしてもらっています」


「ああ――さっき、ゼルギウスから聞いたよ。はじめまして。僕はノルベール」


 彼は見分を広めるべく旅をしており、ここでゼルギウスと出会ったのは本当にたまたまなのだという。その雰囲気から、ある程度魔術に対する抵抗力があって、短時間なら〔解呪〕の必要はなさそうだと判断した。

 そういえば、旅をしている中で、こうしてきちんと魔術を扱うことのできる者に出会ったのは、これが初めてかもしれない。


「なあゼルギウス、今から空いてるか? 久しぶりに話そうよ」


 どうやら、ここでの立ち話では満足な会話はできなかったらしいとみえる。それはゼルギウスにとっても同じだったのだろう。


「……そうだな。すまないシェスティ、今日は――」


 申し訳なさそうにゼルギウスがこちらを見やった。それに対して笑顔で返す。


「あ、はい。私のことは、お気になさらないでください。せっかくですもの、たくさん話してきてください」


 どういう関わりなのかはわからなかったけれど、ノルベールとゼルギウスは随分と親しい間柄のようだった。お互い旅をしているというのなら、そう出会うことも多くないのだろう。こういった機会にたくさん話しておいたほうがいい、と思う。


「ああ、ありがとう。……ノルベール、とりあえず俺は、彼女を家に送ってから戻る」


「はあ……わかった」


 ノルベールはなんとも言い難い表情でゼルギウスを見ていた。ゼルギウスはそれを意に介した風もなく、話を続ける。


「待っている間、席を取っておいてもらえないか」


 ゼルギウスにそう言われて、ノルベールは眉尻を下げた。


「んー……この辺の店、詳しくないんだよね。どこで待ってたらいい?」


 なら、と言って、ゼルギウスは一つの酒場の名と場所をノルベールに告げた。丁寧に道順まで細かく伝えている。そんなにわかりにくい場所ではなさそうに感じたけれど、ノルベールは大真面目に聞いていた。


「うん、わかった」


 随分長々とした説明が終わり、彼は納得したように首肯した。それからようやく一行は歩き出した。行く道は途中まで一緒だ。


「シェスティ。買い出しは必要か?」


 歩きながらゼルギウスにそう問われ、家に残っている食材を頭の中に並べる。


「えーっと……いえ、昨日買ったもので十分です。ゼルギウスさんの分は用意しなくて大丈夫ですか?」


「ああ。帰りは遅くなると思う。風呂も適当に入っておいてくれ」


「わかりました」


 戸締りはしておけよ、と付け加えられて、わかってます、と苦笑する。


「……………………」


 そんな二人を見るノルベールの表情が、どことなく苦いものであることに、シェスティは気が付かなかった。

本文とは関係ないのですが、書いているうちに〈個人技能〉についての説明を入れるのを忘れたまま入れるタイミングを失っていることに気が付きました。すみません。

二章三話に挿入しておいたのですが、わざわざ読み返して頂くのもどうかと思うので、こちらにも記載しておきます。


「〈個人技能〉とは、人が生まれつき持つ特異な才能のことで、変更したり、他人に伝授することのできない能力だ。誰しもその内容はそれぞれだが、必ず一つの〈技能〉をもって産まれる」

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