三章 五 軒先で待つ男
勤めだしてから、九日ほど経過した。
この短い間にも、同僚のゾフィには、何度か助けられている。雑談のように後をつけられた話をしたら、店長も含め、ギルドへしょっぴいて罰則を与えなかったことを逆に責められたほどだった。
おかしな客が増えていることに、申し訳なさはある。けれど、「シェスティは嬉しくないんでしょ? ああいうの」とゾフィが肩をすくめて言ってくれたことに、かろうじて救われている。
そろそろ夕の鐘が鳴る頃だろうか、という時間だった。洗い物の途中、裏口の戸が開く音がした。店長か、ゾフィか、どちらかが外の空気でも吸いにいったのだろう、と作業を続けながらぼんやり思う。
席は空いていて、今お茶を飲んでいる男女ふたりが本日最後の客になりそうだ。
「シェスティ、今日はもう上がっていいよ」
今あった分の洗い物を終え、手を拭いたちょうどそのタイミングで、店長がそう声をかけてくる。
「まだ、少しありますけど……」
「あの二人だけだし、あのテーブルさんが帰ったらもう店じまいしても文句言われることはないだろうさ」
その表情には、軽く言っているようだが心配の色が浮かんでいるのに、シェスティは気付く。意地を張って、下手な心配をかけるよりも甘えてしまったほうがよさそうだ。
「じゃあ……すみません。お先に失礼しますね」
「はいはい。心配しないで、給料減らしたりはしないから」
クスクス笑いながら、裏口から店を出る。ゾフィもついでに挨拶すればいいだろうと視線を巡らして、思わず「あっ」と声が出た。
「すみませんゼルギウスさん、遅くなりました」
ゾフィはどうやら、ゼルギウスと話していたらしい。そういえば、戻るのが遅かった……と思っていると、ゾフィが「あれ」と間の抜けた声を上げる。
「シェスティ、この人とは本当に知り合い?」
「え? はい。…………あ」
不思議な問いにとりあえず頷いてから、数秒して、ゾフィの意図に気がつく。ゼルギウスが、出待ちをしている不審者だと間違えられていて、ゾフィはこっそり追い払おうとしてくれていたのだ。昨日の尾行騒動もあったことだ、シェスティの方からも話しておかなくてはいけなかった。
「すみません、お話しておくのを忘れていました」
慌ててゾフィに、彼は雇っている護衛なのだと説明する。
「今朝くらいは仕事前に顔を出していただいて、挨拶していただいた方がよかったですね」
「申し訳ない、俺の気が回らなかったせいで、手間を取らせてしまいました」
一緒にゼルギウスが軽く頭を下げたのに、慌ててゾフィが手を振った。
「いやっ、こっちこそすみません! てっきり、いつものシェスティ目当ての男の、妄想の約束で家までついていこうとするすっごいヤバい人かと……あ、いえ、そのぉ……失礼なこと言って、すみません」
「……いえ、そう思われるのも致し方ないでしょう」
ゼルギウスは微妙な顔つきでシェスティに目をやった。ゾフィにとっても、ゼルギウスにとっても、それが『かなり可能性の高い』事態だという意識が共有されている。思わず、身を縮こまらせてしまった。
「あ、あの、私が先に言っておけばよかったので……」
全員で謝り倒すような空気になって、なんだかおかしくなってしまい、全員で少し笑った。
「えっと、明日から私が上がる時間に来てもらうことになると思います。ヴェロッテさんにも、伝えておきますね」
「いいよー、私から伝えとく。護衛さん大きいし結構知らないとビビっちゃうから……この人は追い払わなくていいってことで」
うんうん、と頷いてから、ゾフィはちらりと横目でゼルギウスを伺う。
「むしろ、あなたがシェスティ狙いの不審者を追い払ってくれると、私たちとしても助かるんですけど……」
「……ああ、裏手から忍び込もうとしていた奴なら、数名……」
ゼルギウスは全く表情を変えず、淡々とそう返した。明らかに不審で声をかけたか、それとも彼の威圧感で声をかける間も無く逃げたかわからないが、とにかくいてくれるだけで随分気が楽になりそうだとシェスティはほっと胸をなで下ろした。
「……既にやってくれてたんだぁ……す、すみません、本当に」
「仕事なので」
その言葉に、ゾフィがすすすとシェスティに近寄ってきた。
「かっこいい人だね?」
「え! ……えっと、はい」
「護衛なんだ」
「護衛です」
少しだけ熱くなった頬を隠すように少しゼルギウスと逆の方に顔を向ける。ゾフィが満面の笑みを浮かべて、「そっか!」とうんうん頷いた。
「じゃあ、私は仕事に戻るよ」
「あ……すみません、長話を」
「いいよー。あ、でも、店長には明日、謝っといてくれると嬉しいかな」
ゾフィはぱちんとウィンクをした。
「ご迷惑をおかけしました。……俺たちも帰ろう、シェスティ」
「はいっ。……あ、夕食の買い出しだけ、してもいいですか?」
「ああ。……では、失礼します」
ゼルギウスが丁寧に頭を下げた隣で、シェスティも軽く会釈してからその場を去った。
後日、ゾフィからは色々と根掘り葉掘り聞かれることとなった。
彼女いわく、ゼルギウスは長い間この街で活動し、寡黙さで一見威圧感はあるけれども傭兵にしては紳士的な態度であるとか腕も立つとかで、傭兵ギルド関係者の女性の間で噂の立つこともあったそうだ。背負っている大剣などから、この人が、と思い当たる程度には、名は知られていたらしい。
どういう経緯でとか、一度出て行ったのではないのかとか、客のいない間の隙を狙ってとにかく目を輝かせるゾフィに、シェスティはしどろもどろになりながら、護衛と依頼人でしかない、と弁解するばかりしかできなかった。
余談ですが、改稿で最も変更された話です。元はゾフィ視点でしたが、シェスティ視点に変更しました。




