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『異世界戦術医の善行スローライフ〜地球ガチャで限界集落を救っていたら、相棒の処刑人料理人と裏支配者になっていた〜』   作者: 月神世一


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EP 8

忍び寄る転生詐欺師!ステータス偽装と劣化コピーの罠

 朝の光が、ポポロ村の広大な田畑を黄金色に染め上げていた。

 街道沿いにある小料理屋『鬼龍』の二階──中村優太が間借りしている即席の診療所には、窓から涼やかな高原の風が吹き込んでいる。

 優太は身支度を整え、見慣れたグレーのジップアップパーカーの袖をまくると、洗面台の蛇口をきゅっと閉めた。

 左手首の耐衝撃デジタルウォッチが示す時刻は、午前六時四十五分。

 階下へ降りると、すでに厨房では龍魔呂が朝の仕込みに入っていた。

 黒い前掛け姿の巨躯が、鏡面のように研ぎ澄まされた本焼き包丁で、透き通るような白身魚を薄造りにしていく。まな板に刃先が当たるトントントンというリズミカルな音と、J.S.バッハの無伴奏チェロ組曲の深い低音が、心地よく店内に満ちていた。

「おはよう、龍魔呂」

「……おう。朝飯はカウンターの上だ」

 並んでいたのは、炊きたてのサンライスの麦飯、ピラダイのあら汁、そして薄切り大根の浅漬け。

 優太は手を合わせて静かに箸を進めた。口に運ぶたび、昆布に似た海草と焼き魚の骨から引かれた滋味深い出汁が、身体の隅々まで染み渡る。

 食べ終えた器を流し台へ運び、スポンジで素早く洗い上げる。清潔な布巾で水滴を拭い、棚へ伏せた瞬間、視界の端に淡いシステムログが走った。

【日常の労働(皿洗い)を感知】

【善行ポイント:+1P獲得(累計1,703P)】

「地道な積み重ねこそ最大の備えだな」

「毎朝ご苦労なこった」

 龍魔呂がカウンター越しに、棚のガラス瓶から取り出した角砂糖を二粒、口へ放り込んだ。

 ボリッ、ボリボリッ……。

 小気味のいい破砕音を響かせ、ブラックのポポロ・コーヒーをぐいと煽る。

 二人はそれぞれ無添加の青い紙巻タバコと赤箱のタバコを咥え、軍用マッチと真鍮ライターで火を灯した。二筋の紫煙が、朝の柔らかな空気の中へと溶けていく。

「さて、午前中は村の外周の巡回診療に行ってくるよ。最近、開墾作業で無理をして筋膜を痛めてる連中が多いからな」

「気をつけろよ。……昨夜あたりから、街道の境界線付近の空気が妙に生臭ぇ。ハエが湧くような、濁った欲の匂いが漂ってやがる」

 龍魔呂が目を細め、タバコの煙の向こうへ冷徹な視線を投げかけた。

 彼がそう言う時は、十中八九ろくでもないトラブルが近づいている証拠だった。

 ポポロ村の東側、三大国の緩衝地帯へと続く大平原の境界線。

 そこには、各国の隊商や旅の冒険者が行き交う街道の結節点があり、普段は露店や馬車がぽつぽつと並ぶ程度の長閑な広場が広がっていた。

 だが今朝は、異様な熱気と人だかりができていた。

「さあさあ寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 帝都や王都の特権階級しか手に入らない、奇跡の古代遺物(アーティファクト)の特別直売会だぁ!」

 威勢のいい、だがどこか胡散臭い濁ったダミ声が響き渡る。

 広場の中央に設営された極彩色の天幕の前で、二人の男が台座の上に立っていた。

 一人は、四十歳前後の小太りで浅黒い肌をした男──火原元(ひばら はじめ)。

 泥臭い土木作業着の上から、これ見よがしに安物の模造宝石を散りばめたローブを羽織っている。

 もう一人は、三十五歳前後の神経質そうな細身の男──鮫島剛(さめじま つよし)。

 仕立ての良さそうなスーツ風の魔導服をまとい、薄い金縁眼鏡の奥から狡猾そうな三白眼をぎらつかせていた。

 二人は、かつてルナミス帝国の秘密監獄に収監されていたが、仮面結社「ナンバーズ」の幹部の手引きによって脱獄した札付きの転生者だった。

「いいかい皆様! ダンジョン攻略や魔獣退治で命を落とす冒険者の九割は、ただ単に『装備の等級(ランク)』が足りないだけなんだ!」

 鮫島が手にした水晶板──ステータス鑑定器を掲げ、甲高い声で聴衆を煽り立てる。

「この私が持つユニークスキル『神の瞳』で鑑定した、正真正銘の神話級(SSR)武器! 伝説の古代迷宮から発掘された『天魔絶刀・月蝕』だ! 通常なら帝国オークションで金貨五百枚は下らない至宝を、今回はポポロ村の皆様にだけ、特別に金貨五十枚でお譲りしよう!」

 鮫島が指し示した台座の上には、妖しげな紫色の輝きを放つ漆黒の刀剣が鎮座していた。

 集まった若い冒険者や農民たちが、どよめき声を上げる。

 鮫島が鑑定器の魔導スクリーンを群衆へ向けると、そこには驚くべきステータスが投影されていた。

【対象:天魔絶刀・月蝕】

【等級:神話級(SSR)】

【攻撃力:+4,500/切れ味:不壊/魔力伝導率:99.8%】

「す、すげぇ……! 攻撃力四千超えだと!?」

「しかも不壊属性持ち!? これ一本あれば、一瞬でSランク冒険者に成り上がれるじゃないか!」

 若者たちが色めき立ち、財布の紐を緩めようとする。

 火原が下品な笑みを浮かべ、傍らに積まれた黒い壺や羊皮紙の束を指差した。

「へへっ、さらにだ! この『開運・魔力無限増幅の霊感壺』を枕元に置いて寝るだけで、誰でも毎月魔力の上限が二倍になる! そしてこちらの『次世代ダンジョン攻略投資サロン・会員権』に入会すれば、寝ているだけで配当金が毎日金貨一枚ずつ振り込まれる仕組みになってるんだよ!」

 典型的な、現代日本の悪徳マルチ商法と霊感商法をそのまま持ち込んだ詐欺の手口だった。

 だが──この世界の人々は、純朴な者が多い。

 特に、その甘言に完全に絡め取られていた哀れな青年が、最前列にいた。

「ほ、本当かよ……! これを持っていれば、俺様だって一発逆転できるのか……!?」

 人だかりの隙間から身を乗り出していたのは、紅蓮の鱗を首元に生やした竜人の青年──ポポロ村自警団員のイグニス・ドラグーンだった。

 体躯こそ大柄で屈強だが、身にまとっているのはボロボロのシャツと、タローマンで購入した泥だらけの作業ズボン。

 彼は以前、くしゃみで自警団詰所の床を焦がして敷金を没収され、アパートを出禁になって以来、広場のドームテントで極貧生活を送っていた。手取り十四万の安月給から、器物損壊の弁償代としてニャングルに毎月容赦なく天引きされ、日々の食事すらタローソンの見切り品おにぎりで凌ぐ日々。

「親父、お袋……見ててくれよ……!」

 イグニスは涙ぐみながら、震える手で麻袋を取り出した。

 中に入っているのは、過酷な山林開墾のアルバイトで爪に火を灯すようにして貯めた、金貨三十枚と銀貨の束──彼の全財産だった。

「実家に送るはずだった仕送り写真の撮影代と、来月の生活費のすべてだ……! これに賭ける! 俺様は『天魔絶刀』を買って、一攫千金で帝都の超高級レストランへ親父とお袋を招待してやるんだぁぁぁ!!」

「まいどありぃ! 兄ちゃん、いい買い物したぜぇ!」

 火原が下卑た笑みを浮かべてイグニスの全財産をひったくり、代わりに紫の光を放つ刀を手渡した。

 イグニスは宝物のように刀を胸に抱きしめ、天を仰いで感涙にむせび泣いていた。

「おい、イグニス。何をしてるんだ?」

 人だかりの後方から、落ち着いた通る声がかけられた。

 背中に救急用タクティカルリュックを背負った中村優太だった。

「あ、優太さん! 見てくれよこれ! 神話級の伝説武器『天魔絶刀』だぜ! これで俺様の人生は完全勝利だぁ!」

 無邪気に刀を掲げるイグニスに対し、優太の目は一切笑っていなかった。

 防衛医大生として、また戦術の訓練を受けた観察者として、優太の視線は冷徹にその「刀」の細部をスキャンしていた。

(……おかしい)

 優太は眉をひそめた。

 紫色の淡い発光──一見すると高密度の魔力が宿っているように見えるが、大気中に放たれている熱量と電磁波のバランスが不自然極まりない。まるで、安物の蓄光塗料に微弱な励起魔法をかけて無理やり光らせているだけのようだ。

 さらに、刀身の重心。

 長さ八十センチ前後の反りのある刀であるなら、鍔元から三分の一の位置に重心がなければ手首の腱や関節に過度なモーメント負荷がかかるはずだ。しかし、イグニスが片手で持っているその刀は、風に吹かれた薄板のように頼りなく浮き上がっている。

「イグニス、その刀を少し見せてくれ」

「え? いいけどよ、触るとあまりの神話級パワーに腰抜かすぜ?」

 優太は手袋を装着し、慎重に柄を受け取った。

 指先から伝わってくる質量密度、熱伝導率の異様な低さ。

 そして、刀身を指の背で軽く弾いた。

 ──ペコン……。

 澄んだ金属音ではなく、中身の詰まっていないブリキ缶を叩いたような、濁った空洞音が微かに響いた。

(比重が軽すぎる。内部に無数の微細空洞(ス」)があるか、あるいは金属の結晶構造そのものが形成されていない。……これは鋼鉄ですらない。ただの粗悪な鋳造品の抜け殻だ)

 優太の瞳の奥に、戦術医としての怜悧な光が宿る。

 ふと台座の上を見れば、鮫島が別の冒険者に「神話級の盾」を売りつけようと、ステータス画面を自慢げに見せびらかしていた。

【対象:聖王の円盾】

【等級:神話級(SSR)】

【防御力:+3,800/全属性無効化】

 だが、優太の動体視力は、その魔導スクリーンの文字の隅に、一瞬だけノイズのように走った「微細な歪み」を見逃さなかった。

 魔導文字のフォントの輪郭が、周囲の背景光とわずかにズレている。

 それは、地球でいうところの「ディスプレイのドット抜けを無理やり透過テクスチャで上書きした合成画面」特有の違和感だった。

「おいおい兄ちゃん、うちの最高級の神話武器にケチつける気か?」

 火原が太い腕を組み、下品な黄ばんだ歯を剥き出して優太を睨みつけてきた。

「素人は引っ込んでな! そいつは正真正銘の国宝級だ! 文句があるなら、金貨百枚出してから言ってもらおうか!」

「いえ、素人なりに感心していたところですよ。……実に興味深い『構造』をしていますね」

 優太は怒ることもなく、穏やかな笑みを浮かべて刀をイグニスへ返した。

 だが、その眼差しは、獲物のバイタルサインを冷徹に記録する執刀医のそれだった。

「イグニス、その刀はまだ使わずに、大事にテントへしまっておいてくれ。絶対に、岩や硬いものを叩いちゃ駄目だぞ」

「お、おう? 分かったぜ! 神話級だからな、ここぞという決戦まで封印しとくぜ!」

 喜んでテントへと走っていくイグニスの背中を見送りながら、優太は静かに踵を返した。

(劣化コピーによる粗悪品の量産と、ステータス鑑定画面の意図的な改竄偽装。……しかも、あの男たちの手口、完全に組織化されている。放っておけば、この村の若者や生活困窮者が根こそぎ毟り取られる)

 優太はジップアップパーカーのポケットから、無添加の青い紙巻タバコを取り出した。軍用マッチを擦り、火を灯す。

 紫煙をゆっくりと肺から吐き出しながら、耐衝撃ウォッチのベゼルを回す。

「一人で無双は禁止だ。……暴力で殴り倒すだけなら簡単だが、それでは詐欺の被害金も戻らないし、背後の組織も炙り出せない。知恵と悪知恵、そして仲間たちの力を使って、逃げ場のない包囲網を敷く」

 優太は村長庁舎の執務室へと向けて、力強く足を踏み出した。

 ポポロ村の平穏を踏みにじる詐欺師たちに対する、戦術医の「外科的切除作戦」が静かに幕を開けようとしていた。

読んでいただきありがとうございます。

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