EP 6
ポポロ村流おもてなし〜PG通貨戦争と触手と配信晒し〜
石造りの村長公邸客間には、張り詰めた沈黙が満ちていた。
帝国徴税監察使バルガスは、テーブルの上に置かれた白磁のカップを凝視したまま、額から脂汗を滝のように流していた。
差し出されたのは、体温と同等の摂氏三十八度──戦術医の中村優太が「副交感神経を優位にし、血管攣縮を防ぐ」と称して淹れた、中途半端極まりない『ぬるい陽薬茶』である。
窓の外を見れば、大口径の魔導主砲をキュッ、キュッと磨くケンタウロス自警団長マンミアと魔導戦車、そして無言でバズーカに油を差す屈強な農民たち。部屋の内側を見れば、可憐に微笑みながら「顎、砕いちゃおっかなぁ〜?」と呟く兎耳村長キャルルと、眉間に吸い付けられた十数本の魔導ライフルの銃口。
極め付けに、出入口の扉に背を預けた巨漢・鬼神龍魔呂が、真鍮製オイルライターを親指で弄んでいた。
カチッ……シュポッ。
静寂を裂く硬質な着火音と、揺らめく黄色の炎。
その奥に宿る底なしの虚無に、バルガスは喉の奥をヒュッと鳴らし、完全に硬直していた。
「ひ、ひぃ……ッ……」
ガチガチと音を立てて震えるバルガスの前に、小柄な人影がぬっと進み出た。
頭部にピンと立った三角の猫耳を生やし、金糸のベストをまとった商業の怪童──ゴルド商会支店長のニャングルである。
ニャングルは腕に抱えた黒檀の算盤を、パチンと小気味よく弾いた。
「あぁ、そうそう、監察使ハン。大事なことを言い忘れてましたわ」
ニャングルは三白眼を細め、悪魔のようなビジネススマイルを浮かべた。
「ウチのポポロ村で流通しとる公認通貨は、帝国通貨やなくて『PG』なんですわ。……もし帝国の徴税局が、筋の通らん武力介入やら理不尽な経済制裁を仕掛けてくるっちゅうんなら、こっちにも考えがありますで? ポポロゴールドを使って、大帝国相手に『通貨戦争』でも仕掛けましょか?」
「つ、通貨戦争だと……!? 一介の農村のローカル通貨で、帝国の基軸通貨に敵うはずがなかろう!」
バルガスが上ずった声で言い返すと、ニャングルは鼻で嗤い、算盤の珠を電光石火の速さで上下させた。
「敵うも敵わんも、ウチの背後には大陸最大の商業結社『ゴルド商会』と、ドンガン地下帝国のミスリル決済枠が丸ごとついてますのや。ポポロ村の農産物や先端魔導兵器の輸出決済を全部『PG建て』に切り替え、帝国の旧式紙幣の受け取りを一斉拒否したらどうなります? ……あんたらの懐に入っとるその分厚い紙幣の束、明日にはただの『ケツ拭き紙』になりまっせ?」
「なッ……!?」
「いや〜、怖い顔してはるなぁ! 冗談ですやん、冗談♡ ほら、震える口元にこれでも咥えて落ち着きなはれ」
ニャングルは懐から、上質なたばこ葉を巻いた極太の『ポポロシガー』を一本抜き、バルガスの口元へ突き出した。
「一本につき金貨三枚、ツケでええですからね。きっちり利息は年利三十パーセントで計算しときますわ♡」
「だ、誰が吸うかぁぁぁッ!!」
バルガスが悲鳴を上げて仰け反ったその時、客間の扉がバンッと賑やかに開け放たれた。
「はーい! 全宇宙のリスナーのみんな、息してるぅ〜!? メガゴッドチューバーのキュララちゃんだよ〜♡」
飛び込んできたのは、桜色のツインテールに長いアホ毛を揺らした、天使の翼を持つ少女キュララだった。
手には最新鋭の魔導タブレット端末が握られ、宙に浮かぶ自律浮遊型の撮影オーブが、部屋の隅々をピカピカと照らし出している。
「ちょ、キュララ様!? 今、極めて重要な外交交渉の真っ最中なのですが……」
「いいのいいの、リバロン! はいカメラ回ったー! 【速報・帝国徴税官のイキリ顔、晒しちゃおっかな〜♡】枠で緊急生配信スタートだよん!」
キュララが魔導タブレットを掲げると、空中に半透明の巨大な配信ウィンドウがパッと展開された。
画面の片隅には、天文学的な数字がリアルタイムで激しく回転している。
【現在の同接視聴者数:42,500,000人】
【コメント欄】:
『出たー! ポポロ村のヤバい役人撃退枠www』
『あのオッサン、顔真っ青で草』
『後ろの戦車の砲口、完全にオッサンの眉間にロックオンしてて腹痛い』
『おい誰か特定班動け! どこの部署の役人だ!?』
「あ、リスナーさんから特ダネ情報入りましたぁ〜!」
キュララはパチリとウインクを飛ばし、タブレットの画面をバルガスの鼻先へ突きつけた。
「帝国徴税局査察第三課、バルガス監察使(四十八歳)! 帝都郊外の別邸に愛人を囲って隠し子を二人作ってるの、本妻の実家(大貴族家)に完全にバレてないやつですね〜!? さらに公金の横領プール口座から毎月三十万ゴールドが愛人のネイルサロン開業資金に流れてる明細、リスナーのハッカー神から画像付きでDM届いちゃいましたぁ〜♡」
「ぐぎゃぁぁぁッ!? な、な、何故それを貴様らが知っているのだぁああッ!?」
バルガスは泡を吹いて眼球を飛び出させた。妻の実家は帝国元老院の重鎮であり、この情報が公になれば全財産没収の上に地下牢行きは免れない。
「おやおや、それは聞き捨てなりませんねぇ」
リバロンが眼鏡の奥の瞳をすっと細め、胸ポケットから手帳を取り出した。
「帝国内務省のオルウェル内務官の直通デスクへ、最高級の封蝋を施してこの生配信のアーカイブを転送しておきましょう。あの御方は脱税と不正蓄財の匂いには極めて敏感ですので、今夜中には帝都の監察局があなたの別邸を包囲することでしょう」
「や、やめてくれ! それだけは頼むから見逃してくれぇッ!」
バルガスがテーブルに額を擦りつけて懇願する中、客間の床板がギシギシと音を立てて波打ち始めた。
「皆様、ごきげんよう♡ 何やら楽しそうなお話をされていますわね」
床の隙間から咲き乱れる極彩色の花々と共に、翡翠色の長い髪を優雅になびかせた絶世の美女が姿を現した。
世界樹の祝福を受けしエルフの姫君、ルナ・シンフォニアである。
清楚で可憐な純白のドレスをまとい、その微笑みは聖母のように慈愛に満ちている。……しかし、その背後から蠢き出たのは、この世の生物とは思えない太いピンク色の触手群だった。
「ル、ルナ様……! その魔植物は……!?」
「ええ、我が愛しの催眠魔植物『ハッピー・ドリーム』ですわ♡」
花弁の中央からは、甘ったるい香気を放つ粘液──ダラダラとしたヨダレが滴り落ちている。
ルナはおっとりと小首を傾げ、耳元を植物の葉に寄せて耳を澄ませた。
「あら……庭の土手草さん達から垂れ込みが届きましたわ。……まあ、そこの監察使様、先週の酒宴の帰り道、酔っ払っておねしょをしてしまわれたのですか? ……えっ、大きい方も!? 恥ずかしさのあまり、汚れた下着を深夜のポポロ山の中にスコップで埋めて隠した……? まあまあ、なんて不衛生で哀しい殿方なのでしょう!」
「な、な……ッ!? だ、誰にも見られていなかったはずだぞッ!?」
「植物達の根は、大陸中の大地と繋がっておりますのよ♡」
ルナは慈悲深い聖母の笑みのまま、杖を軽く振った。
「お可哀想に……極度のストレスで括約筋の制御を失っておられるのですね。ハッピー・ドリームの極上幻覚触手で脳内をキメて、幼児から教育をやり直しましょうか? ……あ、ついでにお金に困っているなら、腎臓を片方お売りになってはいかがです? 摘出しても、私の世界樹魔法で無限に再生して差し上げますから、売っては再生、売っては再生で実質無限の富ですわよ♡」
ニュルニュルニュルッ!
甘いヨダレを撒き散らしながら、無数の艶かしい触手がバルガスの身体へ殺到した。
太い触手が首筋に巻き付き、頬をペタペタと優しく、だが暴力的な粘着力で撫で回す。
「ひ、ぎゃあぁあああッ!? 触手! 触手が顔を舐めてくるぅぅううッ!! 臓器売買の提案がナチュラルすぎるだろぉおおッ!!」
泣き叫ぶバルガスの耳元へ、ニャングルが算盤をチャリチャリ鳴らしながら囁きかけた。
「お、その恥ずかしいおもらし情報、村の地下メインサーバーに入力しときましょか? ウチのブラックメール・フォルダ、あんたらの恥部でパンパンですわ! パンドラの箱、全世界へ開けてみますぅ〜?」
「やめてくれ! 死んでしまう! 社会的に死んでしまうぅぅッ!!」
そこへ、客間の隅からノロノロと、色褪せた芋ジャージをまとった青髪の人魚族の少女が歩み出てきた。
自称・帝都の正統派地下アイドル、リーザ・シーランである。
手には使い古されたみかん箱を抱え、鼻の穴にはピカピカに磨かれた五円玉を大事そうに詰めていた。
「……大丈夫ですの、おじさん?」
リーザは虚ろな目でバルガスを見つめ、みかん箱を床にドスンと置くと、その上に飛び乗った。
「そんなに漏らしそうなら、わたくしが『おもらししない歌』でも歌って差し上げましょうか? ……それとも、だっぷんだぁおじさんしますの?」
「だ、だっぷんだぁおじさんって何だぁぁあああッ!?」
リーザが大きく息を吸い込み、奇天烈な前衛的アンセムを喉から絶唱しようと身構えた──その瞬間。
ハッ……ハッ……ハックシュンッッ!!
客間の空気を切り裂くような、中村優太の盛大なくしゃみが炸裂した。
全員の視線が一瞬で優太へと集まる。
優太はポケットからティッシュを取り出して優雅に鼻をかむと、至極真面目な顔でバルガスを見つめた。
「失礼。……ハッピー・ドリームの幻覚花粉が鼻腔粘膜を刺激したようです。ですが監察使殿、医学的見地から言わせていただければ、これ以上の精神的負荷は急性心不全および汎発性血管内凝固症候群(DIC)を誘発する恐れがあります。命あっての物種ですよ」
優太のどこまでも平穏で、冷徹なまでの診断。
そして周囲を取り囲む、魔導重火器、悪魔の商人、生配信のカメラ、暴走触手、奇天烈アイドル、そして真鍮ライターを弄ぶ伝説の処刑人──。
バルガスの精神のリミッターが、音を立てて完全に崩壊した。
「ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃいいッ!! あ、悪魔だ! 貴様らは全員悪魔だぁぁぁあああッッ!!」
バルガスは履いていた高級革靴すら脱ぎ捨て、靴下のまま猛烈な勢いで客間から転がり出た!
引き連れてきた私兵たちも、大盾やハルバートを広場に放り出し、我先にと馬車すら置き去りにして街道の彼方へ脱兎のごとく逃げ出していく!
「待ってくれぇぇ! 置いていかないでくれぇぇぇ!!」
砂煙を上げ、文字通り裸足で逃走する悪徳役人たちの無様な後ろ姿。
その光景を、キュララの配信オーブがドアップで全世界へ配信し続けた。
【コメント欄】:
『靴置いて逃げたぞwwwwww』
『ポポロ村の防衛力、国家レベルで草』
『神回確定! スパチャ10万投げとくわ!』
拍手喝采と爆笑が巻き起こる中、優太の視界の隅に黄金の光文字が流れた。
【地域社会の防衛および不当な収奪の完全阻止を感知】
【村落への多大な治安貢献:善行ポイント+300P獲得(累計1,702P)】
「……ふぅ。血を流さずに解決できて何よりだ」
優太が息を吐くと、キャルルが木製トンファーを納刀し、満面の笑顔で駆け寄ってきた。
「優太さん、お見事でした! あの『ぬるい陽薬茶』、相手の出鼻を挫くのに最高でしたね!」
「いや、みんなの連携のおかげだよ。一人で無双するより、ずっと効果的で安全だ」
優太が笑うと、背後からボリッ、ボリボリッという硬質な破砕音が響いた。
見れば、龍魔呂が角砂糖を奥歯で噛み砕きながら、静かに紫煙を天井へと燻らせていた。
「……くだらねぇ茶番だったが、まあ、腕を振るわずに済んだのは重畳だ」
「同感だ。……さて、龍魔呂」
「あァ?」
「そろそろ腹が減ったな。店に戻って、美味い出汁の効いた昼飯でも作ってくれないか?」
「……あいよ。今日はピラダイのアラ炊きにしてやる」
男二人は並んで歩き出し、悪党を撃退した後の長閑なポポロ村の路地へと戻っていった。
読んでいただきありがとうございます。
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