EP 5
強欲徴税官のご来訪と、ぬるい陽薬茶の罠
砂塵を巻き上げ、街道の静寂を踏みにじるようにして、豪奢な六頭立ての馬車がポポロ村の中央広場へと乗り込んできた。
車輪には金箔が施され、車体にはルナミス帝国の徴税局を示す意匠が誇らしげに刻まれている。その前後を固めるのは、重厚な鋼鉄鎧に身を包み、大盾と幅広のハルバートを携えた三十名ほどの私兵部隊だった。
「ここが例の無法地帯、ポポロ村か。……フン、薄汚い田舎者が身の程も弁えず寄り集まった肥溜めだな」
馬車から降り立ったのは、仕立ての良いビロードのマントを羽織った恰幅のいい中年貴族──帝国徴税監察使のバルガスだった。
油ぎった顔に薄い口髭を蓄え、冷酷さと貪欲さを露骨に滲ませた小粒の瞳が、村の家並みを舐め回すように見据えている。
「前村長が公金を横領して逃亡したと聞いた時は耳を疑ったが……好都合だ。行政責任の不履行、治安維持の放棄、そして国庫への納入遅延。過去十年に遡って『懲罰的特別追徴税』を課すに足る十分な理由になる。払えぬなら、この肥沃な土地と作物をすべて帝国の直轄領として没収し、住民は鉱山の奴隷として売り払ってくれるわ」
下卑た笑みを浮かべるバルガスと私兵たちは、周囲を威圧しながら村長庁舎の重厚な扉を乱暴に蹴り開けた。
通されたのは、庁舎一階の応接客間だった。
室内には、白木の大きな丸テーブルと革張りの椅子が設えられている。
上座には、可憐な白い兎耳をぴんと立てた新村長キャルルがちょこんと腰掛け、その背後には燕尾服を寸分の乱れもなく着こなした人狼執事リバロンが、涼やかな顔で直立していた。
傍らの小机では、三角の猫耳を生やしたゴルド商会支店長のニャングルが、腕を組んで黒檀の算盤を睨みつけている。
「おやおや、出迎えがウサギの小娘と獣人共とはな。ポポロ村の格式の低さには反吐が出るぞ」
バルガスはふんぞり返り、革張りのソファへドカりと体重を預けた。従えてきた護衛の兵士二人が、抜刀こそしないものの、威嚇するように腰の柄へ手をかけて左右に陣取る。
「本題に入ろう。前村長ロップが貴様らの納税積立金を持ち逃げした事実はすでに把握している。よって帝国徴税局は、ポポロ村に対し『金貨一万枚』の即時緊急追徴課税を申し渡す。猶予は本日日没まで。一括で支払えぬ場合、村の全資産を差し押さえ、逆らう者は反逆罪としてこの場で首を刎ねる!」
傲慢極まりない恫喝が、室内の空気をびりびりと震わせた。
普通の農村であれば、村長が泡を食って土下座し、泣き叫びながら慈悲を乞うところだろう。
しかし──客間の空気は、驚くほど平穏だった。
「まあまあ、バルガス監察使殿。長旅でさぞお疲れでしょう」
静かで、耳に心地よく染み通る穏やかな声が響いた。
部屋の隅から銀のトレイを携えて歩み出てきたのは、動きやすいグレーのパーカーに身を包んだ青年──中村優太だった。
優太は柔らかな微笑みを浮かべ、バルガスの前のテーブルへ、湯気をかすかに立てる白磁の茶器をことりと置いた。
「……なんだ貴様は? 小間使いか?」
「この村で臨時医官を務めております、中村優太と申します。まずは我が村特産の『陽薬茶』でも召し上がって、一息ついてください。喉が渇いていては、有意義な交渉もできませんから」
バルガスは怪訝そうに眉をひそめ、差し出されたカップを見下ろした。
琥珀色の澄んだ液体から立ち上っているのは、野草の爽やかな香りと、微かな柑橘系の甘み。毒見の魔導具をさりげなく茶器に近づけるが、反応は何もない。
「……フン、毒など仕込んではおらんだろうな」
バルガスは毒気を抜かれたようにカップを手に取り、喉を潤すために一気に口をつけた。
「ぶっ……! な、なんだこれは!? ぬるい! ぬるすぎるぞ!!」
思わず叫んだバルガスの額に青筋が浮かぶ。
熱々でもなければ、キリリと冷えているわけでもない。人肌よりわずかに温かい程度──摂氏およそ三十八度前後の、なんとも形容しがたい「中途半端にぬるい茶」だった。
「申し訳ありません。ですが、戦傷医療および生体リズムの観点から申し上げますと、極度の緊張状態や長時間の移動で交感神経が高ぶっている胃粘膜に対し、熱湯や氷水は著しい血管攣縮を引き起こします。体温と同等のぬるい液体こそが、副交感神経を優位にし、血圧を安定させ、論理的思考を司る大脳皮質への血流を最大化するのです」
優太は一切の淀みなく、澄み切ったプロの笑みを浮かべて解説した。
「ふ、ふざけるな! 誰が医学講釈を垂れろと言った! 私は金の話をしているのだぞ!」
バルガスは苛立ちに任せてカップをテーブルに叩きつけた。
しかし、一口胃に流し込んでしまった「ぬるい陽薬茶」に含まれる鎮静成分と、優太の淡々とした低反発の受け答えによって、振り上げた拳の行き場を失い、出鼻を完全に挫かれていた。怒気を爆発させようにも、なぜか肩の力がふっと抜けてしまう。
「話を逸らすな! 金貨一万枚だ! 出せぬと言うなら、今すぐ外の部隊に合図を送り、この庁舎ごと焼き払わせるぞ!」
再び声を荒らげるバルガスに対し、リバロンが音もなく進み出た。
「おや、外の兵力についてお話しなさるのですか? ……それでしたら監察使殿、一度外の景色をご覧になってはいかがでしょう」
リバロンは片眼鏡の奥の瞳をすっと細め、優雅な所作で客間の厚手のカーテンをシャッと引いた。
「……な、なんだと?」
バルガスが眉をひそめ、窓の外の広場へと視線を向けた。
その瞬間、彼の肥え太った頬が、引きつるように痙攣した。
窓の外──のどかなはずの広場のあぜ道に展開されていたのは、農村の風景などでは断じてなかった。
ドンガン地下帝国から供与された、鈍いガンメタルに輝くミスリル装甲の『魔導中型戦車』二両。
その砲塔の上で、上半身は凛々しい白銀の甲冑、下半身は見事な白毛の軍馬という偉丈夫──自警団長のケンタウロス女性マンミアが、無表情のまま巨大な布を手に、大口径の魔導主砲をキュッ、キュッと念入りに磨き上げている。
主砲の砲口は、寸分の狂いもなく、この応接客間の窓──正確にはバルガスの座っている位置へと真っ直ぐに向けられていた。
さらにその周囲では、麦わら帽子を被った農民たちが、誰一人として言葉を発することなく、肩に担いだ『九九式魔導誘導バズーカ』や『魔導ライフル』の槓桿をチャキリ、チャキリと引き、油を差して整備している。
畑の脇では、角砂糖をボリボリと奥歯で砕く龍魔呂が、漆黒の大型バイクに腰掛けながら、研ぎ澄まされた本焼き包丁の刃先を陽光に透かしてじっと見つめていた。
極め付けに、足元から生えた喋るニンニクが、畑から身を乗り出して「ねぇねぇ! あの馬車のおじさん、あんなに太っててコレステロール値大丈夫ぅ!? てかさっきから脇汗すごいよ!?」と銀河系最悪の口臭と共に叫んでいる。
「な……ッ!? な、なんだあの重火器の群れは!? 戦車だと!? 馬鹿な、一地方の農村に配備されていい兵装ではないぞ!!」
バルガスは額から滝のような冷汗を噴き出させ、ガタガタと膝を震わせた。引き連れてきた私兵たちのハルバートなど、あの魔導主砲の一撃で跡形もなく消し炭にされるのは明白だった。
「えぇ〜? 何を仰っているんですか、バルガス様ぁ〜?」
丸テーブルの上座で、キャルルが両手を頬に当て、心底不思議そうに小首を傾げた。
「私達は、ただの平和で無害な村人達ですよ〜?」
そう言い放つと、キャルルは明後日の天井の隅へと視線を泳がせ、口をすぼめた。
「ピピ〜ピピピ〜♪ ピ〜ピピ〜♪」
どこか抜けた、前村長直伝の見事なシラ切り口笛が室内に響き渡る。
「こ、これがどこが無害な村人なのかぁあああッ!?」
絶叫するバルガスに対し、それまで黙っていた商人のニャングルが、パチンと派手に算盤の枠を叩いた。
「あんた達、ちゃんと経済計算できてますんか?」
ニャングルは金糸のベストを正し、鋭い三白眼でバルガスを射すくめた。
「ウチの村はな、前村長が逃げた後も、帝国への正規の年貢と商業税はゴルド商会経由で一銭の狂いもなく満額納めてますのや。あんたが吹っかけてきとる金貨一万枚なんぞ、法的な根拠のないただのカツアゲやないですか。……ええですか? わざわざ帝都から正規の軍団を派遣してこの村を力ずくで潰すとなると、兵站の維持費だけで金貨三千枚、ドンガンの重火器で相打ちになって失われる装備と兵士の賠償金で金貨一万五千枚。完全に大赤字、コストが見合いまへんのや」
ニャングルの指先が目にも留まらぬ速さで算盤の珠を弾き、冷徹な数字を突きつける。
「さらに言うなら、ポポロ村は三大国の『緩衝地帯』ですわ。もし帝国がここを武力制圧しにかかったら、ウチは真っ先に西のレオンハート王国と北のアバロン魔皇国に緊急救援要請を出します。そうなったらどうなります? 国境線の均衡が崩れ、三大国の全面戦争の引き金が引かれることになりますのや。……あんた、自分の私利私欲の横領重税のために、世界大戦を始める度胸がおありで?」
「う、ぐ……ッ……!!」
完璧なマクロ経済と地政学の論理で退路を断たれ、バルガスは喉を詰まらせた。
そこへ、キャルルが椅子から立ち上がり、にっこりと極上の花が咲くような笑みを浮かべてバルガスへと歩み寄った。
だがその紅い双眸には、一切の光が宿っていなかった。
「ねぇ、監察使様ぁ? これ以上グダグダ言うなら……」
キャルルは腰の木製ダブルトンファーにそっと手を添え、囁くような甘い声で告げた。
「……顎、砕いちゃおっかなぁ〜?」
カチャリ、チャキッ──!
その言葉と完全に呼応し、客間の壁の掛け軸の裏、天井の点検口、そして背後の扉の隙間から、自警団員たちが構える十数本の九九式魔導ライフルの銃口が一斉に突き出され、バルガスと護衛の眉間へピタリと吸い付けられた。
「ひっ……!?」
さらに、部屋の入り口に立っていた龍魔呂の右手が、ポケットから真鍮製のオイルライターを取り出し、親指で弾いた。
カチッ……シュポッ。
静かな黄色のオイル炎が立ち上った瞬間、部屋全体の気圧がドスンと跳ね上がったかのような、天災級の殺気がバルガスの首筋を撫でた。
一歩でも動けば、首と胴体が泣き別れになる──その絶対的な死の気配を、傲慢なだけの役人の本能すらもが正確に嗅ぎ取っていた。
ガチガチガチガチッと、バルガスの歯の根が激しく音を立てて鳴り始める。
「まあまあ皆さん、銃を引いてください。監察使殿はお客様ですよ」
その殺伐とした極限の空間に、優太が再び柔らかく割って入った。
優太は新しい茶器に琥珀色の液体を注ぎ、震えるバルガスの手元へと優しく押し戻す。
「一人で無双する気はありませんが、この村の仲間たちはみんな、自分たちの日常を守るためにとても真面目なんです。……さあ監察使殿、冷めないうちにどうぞ。もう一杯、ぬるい陽薬茶をおかわりされますか?」
満面の笑みをたたえる戦術医の瞳の奥に、バルガスは底知れない「知恵と悪知恵」の深淵を見た。
しかし、ポポロ村の恐ろしさは、まだほんの序の口に過ぎなかった。
読んでいただきありがとうございます。
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