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『異世界戦術医の善行スローライフ〜地球ガチャで限界集落を救っていたら、相棒の処刑人料理人と裏支配者になっていた〜』   作者: 月神世一


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EP 6

サークルクラッシャー朱雀と、四神泥沼昼ドラカルテ

 中庭に立ち込めていた豚骨スープの白煙が活性炭フィルターによって完全に浄化された直後、今度は別種の、息の詰まるような重圧がアパートの敷地を覆い尽くしていた。

 大気がミシミシと不吉な軋み音を立て、局所的な重力異常によって地面の小石がフワリと浮かんではパチパチと爆ぜる。

「う……ぐぅ……回路が……熱膨張で……破断する……!」

 中庭の片隅、錆びた自転車置き場の横で、体長二メートルほどの銀色に輝くメカライオン──五大聖獣のリーダーである聖獣ガオンが、前脚を抱えて地面に突っ伏していた。

 超合金ミスリルの装甲板の隙間から、プスプスと紫色のショート火花が漏れ出している。腹部装甲の内側からは、まるで金属の歯車が噛み合わずに激しく削れ合っているような、痛々しい異音が響いていた。

「しっかりしろ、ガオン! バイタルを測定する!」

 中村優太は駆け寄り、タクティカルリュックから聴診器と非接触型魔導パルスチェッカーを取り出した。

 左手首の耐衝撃デジタルウォッチで時間を測りながら、ガオンの胸部装甲に聴診器のチェストピースを当てる。

「主機生体魔導炉の心拍数、毎分二百四十。冷却油の循環圧力が危険域まで跳ね上がっている。極度のストレス性胃痙攣と、交感神経の暴走による回路過負荷(オーバーヒート)だ」

「優太殿……すまぬ……。だが、もう限界なのだ……。我が誇り高き『聖獣機神ガオガオン』の合体機構が……あの不届き者どもの痴情のもつれによって……完全に機能不全に陥っておるのだ……!」

 ガオンが悲痛な機械音を漏らし、震える前脚で頭上の二階を見上げた。

 優太が視線を向けると、そこには三大国の軍事境界線すら霞むほどの、凄まじい「愛憎の四竦み」が展開されていた。

 発信源は、男子棟であるA棟の二階奥──203号室のベランダだった。

 深紅の豪奢なシルクに金糸の刺繍が施された特注チャイナドレスをまとい、スリットから白磁のような太ももを惜しげもなく覗かせている絶世の美女──南方を司る聖獣・朱雀である。

 艶やかな黒髪を夜会巻きに結い上げ、濡れたような切れ長の瞳で長い真鍮の煙管(キセル)をくゆらせていた。ふぅ、と甘美な香りを放つ紫煙を中庭へ吹き下ろし、蠱惑的な笑みを浮かべる。

「あらぁ? ガオン坊や、またお腹を壊して倒れているのぉ? そんなに堅苦しい法律ばかり気にして生きているから、金属の身体が錆びつくのよぉ♡」

 鈴を転がすような、だが男の理性を骨抜きにする甘い美声。

 その言葉が落ちた瞬間、向かいの女子棟──B棟の二階ベランダから、殺気立った気配が一斉に噴き上がった。

「朱雀ッ! 貴女という女は、どこまでこの部隊を引っ掻き回せば気が済むのですか!」

 B棟201号室のベランダを蹴破らんばかりに身を乗り出したのは、濃紺のインテリ風スーツを着崩した美青年──東方を司る聖獣・青龍だった。

 銀縁眼鏡の奥の瞳を青白い電撃で光らせ、胸元をギリギリと掻きむしっている。

「先週、私の部屋で『あなたと二人だけの世界線を創りたいの』と囁き、私の蔵書である古代魔導理論書を朝まで読ませておきながら……なぜ翌朝、白虎の部屋から朝帰りをしているのですか! 私の知性への冒涜です!」

「あァん!? ガタガタうるせぇぞ青龍テメェ!」

 隣のB棟202号室から飛び出してきたのは、上半身裸に革のライダースベストを羽織り、両腕に巨大な削岩用ミスリルドリルを装着した金髪の巨漢──西方を司る聖獣・白虎だった。

 ドリルを火花散らして空転させ、青筋を立てて怒鳴り散らす。

「朱雀が本当に惚れてんのは、俺のこの魂の回転力だ! 『今夜……大人のホテル行かね?』って誘ってきたのは朱雀の方だぞ! テメェみてぇな理屈っぽいガリ勉男が、朱雀の隣に立つ資格なんざねぇんだよ!」

「ふふ……どちらも暑苦しくて鬱陶しい殿方ねぇ♡」

 朱雀は煙管の灰をトントンと手すりに落とし、妖艶に小首を傾げた。

「私はただ、寂しかったからお話し相手をしていただいただけでしてよ? ホテルのお部屋のベッドが、どんな感触か知りたかっただけ。……本気になっちゃうなんて、野暮な殿方たちねぇ♡」

「な、なんですってぇぇぇッ!?」

「ぐぎゃあぁぁぁッ! 弄ばれてただけかよ俺はぁぁッ!!」

 青龍が眼鏡を割らんばかりに絶叫し、白虎がベランダの手すりをドリルで削り粉砕する。

 その狂乱の横──B棟203号室の薄暗いカーテンの隙間から、青白い顔をした黒髪の少年がユラリと姿を現した。

 北方を司る聖獣・玄武。

 両手首には痛々しい包帯が幾重にも巻かれ、その周囲には目に見えるほど濃密な黒紫色の重力障壁が渦巻いていた。その瞳にはハイライトが一切なく、底知れぬ怨嗟の光が揺らめいている。

「……朱雀さん……僕を見てくれないなら……」

 玄武は震える手で果物ナイフの切っ先を自らの手首の包帯へと押し当て、啜り泣くような声で呟いた。

「……また手首、切っちゃうよ……? 重力結界でアパートごと押し潰して、僕も朱雀さんも、みんな一緒にミンチになれば……永遠に一つになれるよね……?」

「ひ、ヒィィィィィッ!? 玄武がまた刃物を持っておるぅぅッ!!」

 ガオンが前脚で頭を抱え、金属の悲鳴を上げた。

「見ろ、優太殿! あのサークルクラッシャー女が男共を狂わせ、白虎と青龍が決闘騒ぎを起こし、玄武がメンヘラ化して自傷未遂を繰り返す! こんなドロドロの精神状態で合体できるわけがなかろう! 我がなぜこんな不潔な痴情の塊共と魂を一つにし、大宇宙の法を執行せねばならんのだぁぁぁッ!!」

 ガオンの冷却ファンが激しく逆回転し、内部温度が限界値の四百度を突破しようとしていた。

 隣で腕を組んで見ていたマンミアも、額に手を当てて深くため息を吐き出す。

「優太殿、これが『ポポロ・コーポ最大の公害』だ。四神の痴情のもつれのせいで、世界調停機構の主力であるガオガオンが完全に職場放棄・出社拒否を起こしているのだ」

「……なるほどな。状況は完全に把握した」

 優太は静かに立ち上がり、耐衝撃ウォッチのベゼルを回した。

 戦術医としての視線が、ガオンの痙攣する装甲と、ベランダで睨み合う四柱の神獣を冷徹にスキャンする。

「他者の境界線を無視した過剰な思わせぶり行動(朱雀)、承認欲求と独占欲を肥大化させた認知の歪み(青龍・白虎)、そして自己否定と見捨てられ不安を暴力的なアピールへ転嫁する境界性パーソナリティの典型例(玄武)……。さらにそれを真面目すぎる管理職(ガオン)が一人で抱え込み、心身症へ至っている。……典型的な、集団力学の機能不全(メルトダウン)だ」

 優太の瞳に、病巣の切除を期すメスのような光が宿る。

「放置すれば、玄武の重力崩壊でポポロ村の区画ごとクレーターになる。……外科的かつ心理学的に、この膿を出し切る」

 優太は意識を集中させ、視界の隅のシステムインターフェースを呼び出した。

【現在保有善行ポイント:3,355P】

 目的は、調停聖獣の急性心身症治療、および破滅的な集団精神病理の解体と地域安全の確保。私利私欲は微塵もない。

「頼む……金属生体の過熱を即座に鎮静化し、神経伝達を正常化させる医療物資を寄越せ」

【100Pを消費:地球ガチャを実行(残余:3,255P)】

【使用者の明確な救命意志、打算なき精神医療の決意を感知──特殊判定成功】

【排出等級:SSR(地球工業用・高熱伝導フェーズチェンジ冷却サーマルジェル&超高純度複合健胃制酸薬『メガ・ガスター』極大アンプル一式)】

 淡い光が収束し、足元に銀色の耐圧医療クレートが出現した。

 優太は躊躇なくケースを開け放ち、高圧シリンジに冷却ジェルと制酸薬を充填した。

「ガオン、動くな! 主機魔導炉の緊急冷却と制酸処置を行う!」

 優太はシステマの脱力歩法でガオンの懐へ滑り込み、装甲の隙間にある冷却配管のメンテナスバルブを一撃で開放した。

 シリンジのノズルを直結し、高圧サーマルジェルを一気に圧入する!

 シュバァァァァァッッ!!

 白い急速冷却蒸気がガオンの排気スリットから勢いよく吹き上がった。

 同時に、液状制酸薬がガオンの生体魔導胃壁へと浸透していく。

「あ……あぁ……! 胃の……灼けつくような痛みが……スーッと引いていく……!」

 ガオンの全身から噴き出していた紫の火花がピタリと収まり、過熱していた装甲板がみるみるうちに常温へと戻っていった。

 主機の回転数が安定し、澄んだアイドリング音を刻み始める。

「よし、バイタルの安定を確認。……次は、あの上で茶番を演じている問題児たちだ」

 優太は聴診器を外すと、中庭の中央へと毅然とした足取りで歩み出た。

 二階のベランダで見下ろす四神へ向け、よく通る明瞭な声を張り上げる。

「二階の諸君、全員刃物とドリルを下ろして、私の話を聞きなさい!」

 凛とした声の響きに、喚き散らしていた青龍と白虎が息を呑み、ナイフを構えていた玄武の手がピクリと止まった。

 朱雀が煙管を唇から離し、興味深そうに目を細めて優太を見下ろす。

「あらぁ? 下界のちっぽけなお医者様が、わたくしたち神獣の愛の語らいに口を挟むおつもりかしらぁ?♡」

「愛の語らいなどという美名で誤魔化すな。ただの『境界線(バウンダリー)の侵害と依存症の連鎖』だ」

 優太の冷徹な一言が、鋭利なメスのように朱雀の眉間を射抜いた。

「朱雀さん、あなたの行動原理は愛情ではない。他者を意図的に性情や言葉で誘惑し、自らに依存させることでしか自己の存在価値を確認できない『過剰適応型サークルクラッシャー』の典型だ。相手が本気になった瞬間に『ただお茶を飲んだだけ』と逃げの態勢を取り、責任を回避して悦に浸る。……極めて幼稚で、不健全な自己愛の防衛機制ですよ」

「な……ッ!?」

 朱雀の妖艶な笑みが、一瞬で凍りついた。

 優太は息をつく間もなく、青龍と白虎へと視線を向けた。

「そして青龍、白虎! あなたたちもいい加減に目を覚ませ! 相手の思わせぶりな態度に翻弄され、パーソナルスペースを自ら差し出して『俺を選べ』と吠えるのは、恋愛ではなく単なる『所有欲と承認欲求の暴走』だ。相手の内面を見ず、偶像に執着して同僚に刃を向けるなど、神獣としての矜持はどこへ行った!」

「ぐ……ッ……!」

「な、何もそこまで言わなくても……!」

 青龍が眼鏡を押さえて絶句し、白虎がドリルの回転を気まずそうに停止させた。

 そして優太は、最後に玄武へと、静かで温かみのある眼差しを向けた。

「玄武、ナイフを捨てなさい。……手首を切って重力を歪めても、誰もあなたを心からは愛してくれない。他者を脅迫して手に入れた関心は、ただの同情と恐怖だ。そんなものは、あなたの凍えた心を一ミリも温めはしない」

「う……あ……うわぁぁぁん……!」

 玄武はナイフを取り落とし、ベランダの手すりに突っ伏して子供のように泣き崩れた。

 周囲に渦巻いていた黒紫の重力障壁が、潮が引くようにスッと霧散していく。

「……ちなみに言っておきますが」

 優太はポケットから一枚の小冊子を取り出し、ヒラヒラと掲げて見せた。

 表紙には、美麗な神気イラストと共に『聖獣機神ガオガオンの社内恋愛事情は辛いよ。』とデカデカと印刷されている。

「あなた方のこの一連の痴情のもつれ、世界神ルチアナ様が全部ネタにして同人小説として天界裏マーケットで売り捌いていますよ。すでに全宇宙で十万部突破のベストセラーです」

「「「「は、はぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!?」」」」

 四神の叫びが、完璧にハモった。

「私の切ない乙女心が、ルチアナの小遣い稼ぎにされていただなんてぇぇッ!?」

「私の知性的なアプローチが、大衆の娯楽ポルノとして消費されているだとぉぉッ!?」

「俺のホテル行かね発言が、全宇宙に筒抜けになってんのかよぉぉッ!?」

「僕のリスカ未遂が……挿絵付きで全国流通……死にたい……消え去りたい……!」

 羞恥と怒りで顔面を真っ赤に染め上げた四神は、さっきまでのドロドロの敵対関係など完全に忘却し、一目散に自室の窓を閉め切って布団の中へと潜り込んでいった。

 中庭に、奇跡のような平穏と静寂が戻ってきた。

【神獣部隊の集団精神機能不全の外科的解体および重力崩壊の阻止を感知】

【重要調停機関のメンタルヘルス改善:善行ポイント+300P獲得】

【現在保有善行ポイント:3,555P】

 視界の隅に流れるシステムログを見届け、優太は深く息を吐き出した。

 ガオンがゆっくりと四肢で立ち上がり、威厳あるライオンの姿で優太の前に平伏した。

「中村優太殿……見事だ。数百年もの間、我が頭を悩ませてきた四神の病理を、薬と論理の力だけで一瞬にして解体してみせるとは……! 心より感謝申し上げる」

「いえ、お役に立てて良かったです。ガオンさん、胃のサーマルジェルは一週間ほど持ちますから、無理をせず休んでくださいね」

 ガオンが深々と頭を下げて202号室へと戻っていくのを見届け、優太はマンミアと共にポポロ・コーポを後にした。

 夕暮れ時、茜色の光がポポロ村の石畳を優しく包み込んでいた。

 小料理・BAR『鬼龍』の暖簾をくぐると、店内にはJ.S.バッハの『無伴奏チェロ組曲』が静かに満ちていた。

 カウンターの奥では、黒い前掛け姿の鬼神龍魔呂が、仕上砥石で鏡面のように研ぎ澄まされた包丁を布巾で丁寧に拭い清めていた。

「……帰ったか、優太」

「ああ。ポポロ・コーポの回診を終えてきたよ」

 優太がカウンター席に腰を下ろすと、龍魔呂は湯気立つポポロ・コーヒーをことりと差し出した。

 そして、棚のガラス瓶から角砂糖を二粒摘み上げ、口の中へ放り込んだ。

 ボリッ、ボリボリッ……。

 小気味いい破砕音が店内に響き渡る。ブラックのコーヒーをぐいと煽った龍魔呂は、赤箱の無骨な紙巻タバコを取り出し、真鍮製オイルライターを親指で弾いた。

 カチッ……シュポッ。

 静かな黄色の火が灯り、紫煙が天井へと立ち上っていく。

 優太も無添加の青い紙巻タバコに軍用マッチで火をつけ、深く息を吐き出した。

「四神のサークルクラッシャー劇……噂通り凄まじかったよ」

「あァ……あの連中か。神獣なんざ名ばかりの、ただの厄介な同居人共だ。……だが、ガオンの胃痛を止めたのは上出来だ。あいつが動かねぇと、いざって時に村の防衛陣が組めねぇからな」

「ああ。少しでも村の備えになればいいさ」

 二つの紫煙が、夕暮れの店内で静かに溶け合っていく。

 しかし、龍魔呂の漆黒の双眸が、ふっと窓の外──村の鍛冶小屋の方角へと向けられた。

「……だが優太、気を抜くなよ。コーポの住人を手懐けたところで、この村にはまだ『最も言葉が通じねぇ頑固者』が残ってやがる」

「最も言葉が通じない頑固者……?」

「世界樹防衛端末の『ネギオ』だ。……明日の朝、あの毒舌ネギに論理で挑む村人たちが、またケツから生薬を注入されて泣き叫ぶ羽目になるぞ」

 龍魔呂の不穏な言葉に、優太は苦笑混じりにタバコの灰を落とした。

 限界集落ポポロ村の明日は、さらに苛烈な知恵比べと医療の嵐が吹き荒れようとしていた。

読んでいただきありがとうございます。

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