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『異世界戦術医の善行スローライフ〜地球ガチャで限界集落を救っていたら、相棒の処刑人料理人と裏支配者になっていた〜』   作者: 月神世一


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13/32

EP 13

逆上の魔獣カプセルと、泣き叫ぶ子供

 大広場を包み込んでいた拍手喝采と嘲笑の嵐が、狂気の咆哮によって一瞬で引き裂かれた。

「ふざけんな……ふざけんじゃねぇぞぉぉぉッ!!」

 壇上で膝をついていた火原元が、血走った眼球孔から溢れんばかりの殺意を撒き散らしながら跳ね起きた。

 全身の血管が怒怒と浮き上がり、安物の模造宝石が擦れ合って耳障りな金属音を立てる。その太い右手に握られていたのは、禍々しい紫黒色の燐光を放つ手のひら大の多面体結晶──アバロン魔皇国の闇市場から密輸された、極めて危険な違法兵器『魔獣カプセル』だった。

「俺をまたあの地獄の炭鉱へ送り返す気かぁ!? 四百年も暗闇でツルハシ振れってのかよ! 冗談じゃねぇ! こんな貧乏村、跡形もなく消し炭にしてやる! 皆殺しだぁぁぁッ!!」

 火原は腕を限界まで振り絞り、その紫黒の結晶を特設ステージの石畳へ向けて叩きつけた!

 ──ピシィッ、バギィィィンッッ!!

 甲高い炸裂音と共に、結晶の外殻が粉々に砕け散った。

 中から噴き出したのは、鼻孔を灼くような焦熱の硫黄臭と、光すら呑み込む濃密な黒紫の瘴気だった。大気が激しく波打ち、ステージの木組みがギシギシと悲鳴を上げて軋む。

 グロォォォォォォォォッッッ!!

 鼓膜を直接揺るがす、内臓の奥底まで震わせる超重低音の咆哮。

 瘴気の中から姿を現したのは、全長四メートルを超える巨躯を誇る禍々しき異形──アバロン魔皇国原産の特A級危険魔獣『黒角暴竜(ブラック・ホーン)』だった。

 鋼鉄をも容易く貫く三重の漆黒の角、分厚い岩盤のような外殻甲装、そして太い丸太のような四肢には鋭利な鉤爪がギラリと光っている。口蓋からは粘性の高い強酸性の唾液が滴り落ち、触れた石畳をシューシューと白煙を上げて溶かしていった。

「ぎ、ぎゃあぁぁぁぁぁッ!? 本物の魔獣が出たぁぁぁッ!!」

「逃げろ! 踏み潰されるぞ!」

 それまでペテンの論破劇に沸き立っていた数百人の観客たちが、一瞬で雪崩を打ってパニックに陥った。

 怒号、悲鳴、押し合う群衆。平穏だった大広場は、刹那のうちに阿鼻叫喚の坩堝へと叩き落とされる。

 その混乱の最中、壇上で最も無様に崩壊したのは、他ならぬ詐欺師の相棒・鮫島剛だった。

「ひ、ひぃぃぃぃぃっ!? ば、馬鹿野郎火原! 何を出しとるんだ貴様はぁぁッ!?」

 鮫島はペテンのメッキが剥がれ落ちた赤錆びのトタン板に縋り付いたまま、泡を吹いて腰を抜かしていた。

 彼のユニークスキル『ステータス偽装』は、文字の表記を書き換えるだけの虚飾に過ぎない。本人の肉体強度はリバロンの指摘通り「スライム以下」──ただの虚弱な現代人の器そのものだった。

 黒角暴竜が苛立たしげに振り払った極太の尻尾が、突風を巻き起こしてステージの天幕を吹き飛ばす。

 その余波の風圧を受けただけで、鮫島の細い身体は木の葉のように吹き飛ばされ、石畳をゴロゴロと転がった。

「ぎゃふんっ!? あ、足が! あばら骨が折れたぁぁぁッ!! 助けてくれぇぇッ!!」

 風圧で肋骨にヒビが入り、履いていた高級革靴の底が裂け、破れた靴下から指を覗かせながら、鮫島は涙と鼻水を垂れ流して四つん這いで這いずり逃げていく。強者ぶって情弱を嘲笑っていた詐欺師の、これが惨めな本性だった。

「ハハハハハッ! 死ね! 全員食い殺されちまえぇぇッ!」

 狂乱する火原は、魔獣の背後から脱走経路へと駆け出そうとする。

 だが、カプセルから解き放たれた黒角暴竜は、使役者の命令など毛頭聞き入れる気などなかった。暴走した血の飢えに任せ、血走った赤い眼球をキョロキョロと巡らせる。

 その凶悪な視線が──逃げ惑う群衆の最後尾、広場の中央に取り残された「小さな影」を捉えた。

「う……うわぁぁぁんっ……! おかあさぁぁんっ……!」

 足をもつれさせ、硬い石畳の上に激しく転倒したのは、頭部に丸い獣耳を生やした小さな幼女だった。

 擦りむいた両膝から血を滲ませ、砂利の上に手をついたまま、逃げ去る親の背中を見失って泣き叫んでいる。

 その痛切な泣き声が、魔獣の捕食本能を決定的に刺激した。

 グルルルルァァァッ……!

 暴竜が涎を撒き散らしながら、巨大な漆黒の角を低く構えた。

 狙いは定まった。四本の太い脚が大地を抉り、数トンの質量が時速六十キロを超える突進となって、泣きじゃくる幼女目掛けて一直線に爆発する!

「ああっ!? 子供が……!!」

 空中で撮影を続けていたキュララが、悲鳴混じりの声を上げた。

 配信画面のコメント欄が、絶望の叫びで埋め尽くされる。

【コメント欄】:

『嘘だろ!? 子供が取り残されてる!!』

『誰か助けて!! 間に合わない!!』

『突進直撃したらミンチになっちまうぞ!!』

「村の子供に、手ぇ出してんじゃねぇぞぉぉぉッ!!」

 壇上からキャルルが作業着の裾を翻し、木製ダブルトンファーを握りしめて弾丸のように跳躍した。

 同時に、リバロンが燕尾服の袖から十数枚の鋼鉄名刺を抜き放ち、ニャングルが怒号を上げて自警団のライフル部隊へ合図を送る。

 だが──距離がある。魔獣の突進速度はあまりにも異常であり、彼らの迎撃が届く前に、暴竜の巨大な角門が幼女の華奢な身体を粉砕してしまう。

 ──その絶対的な死の軌道上へ、風よりも速く割り込んだ影があった。

「そこまでだ」

 鋭く、研ぎ澄まされた冷徹な声。

 中村優太だった。

 優太は背負っていたタクティカルリュックのチェストストラップを瞬時に外し、遠心力を利用して地面へと投げ捨てていた。デッドウェイトをゼロにし、脚力を極限まで解放。

 右手のホルダーから引き抜かれたのは、特注の『折りたたみ式ワスプ薙刀』。

 カチャリッ、ジャキィィンッ!

 頑強なラッチが噛み合い、黒染めの高張力特殊鋼シャフトが一気に伸長する。

 優太は幼女の直前へと滑り込み、幼女を自らの両足の間に抱え込むようにして低く身構えた。左手首の耐衝撃デジタルウォッチが、冷たい陽光を反射する。

(対象:推定体重三・二トン、初速秒速十七メートル。正面から受け止めれば運動エネルギーの直撃で胸郭陥没、内臓破裂は免れない)

 優太の脳内にある戦術アルゴリズムが、コンマ数秒で衝撃の分散ベクトルを弾き出す。

 恐怖はない。打算もない。ただ目の前にある幼い鼓動を、絶対に絶滅させないという医療従事者としての強靭な意志が、彼の体幹を鋼のように固定していた。

「泣くな、目をつむっていろ!」

 幼女の頭を優しく左手で胸元へ引き寄せ、優太は薙刀を斜め四十五度の角度で構えた。

 突進してくる黒角暴竜の巨大な角が、優太の眼前数十センチにまで迫る!

 ──無双薙刀流・受け流し剛術『波濤崩し』。

 激突の瞬間、優太は正面から押し返すのではなく、システマの脱力によって自らの上半身を螺旋状に捻った。

 薙刀の特殊鋼ブレードの背を、暴竜の角の根元──最も応力が逃げやすい傾斜面へと滑らせるように接触させる!

 キィィィィィィィィィンッッッ!!

 火花が夜空の星のように激しく飛び散り、鼓膜を劈く摩擦音が大気を裂いた。

 三トンの突進エネルギーが、合気と八極の体重移動によって、優太の右足の爪先から大地の石畳へと逃がされていく。

 石畳がバリバリと蜘蛛の巣状に割れ砕ける中、優太は薙刀の柄を梃子のように使い、暴竜の頭部をわずかに上方へと跳ね上げた!

 ズッシャァァァァァッッ!!

 進路を強引に逸らされた黒角暴竜の巨躯が、優太と幼女の頭上すれすれをかすめ飛び、背後の特設ステージの支柱へと猛烈な勢いで激突した!

 派手な倒壊音と共に、木組みと天幕が粉微塵に吹き飛ぶ。

「う……ぐっ……!」

 優太のパーカーの右袖が衝撃波で弾け飛び、前腕の皮膚から微かに赤い血が滲む。

 しかし、その両足は一歩も引いていなかった。抱え込んだ幼女には、掠り傷一つ負わせていない。

「お兄ちゃん……! ふぇ……うわぁぁぁん!」

「大丈夫だ。君はかすり傷一つない。……もう、絶対に誰も近づけさせない」

 優太は荒い息を整えながら、幼女の涙を指先でそっと拭った。

 だが、倒壊したステージの残骸を跳ね除け、黒角暴竜が再びぬらりと身を起こした。

 角をわずかに削られたことで逆上し、その瞳は完全に血の赤へと染まりきっている。全身の甲装が怒りで逆立ち、大気を焦がす熱波が広場を包み込む。

 グルアァァァァァァッッ!!

 幼女が恐怖のあまり、優太の胸元に顔を埋めて、いっそう激しく泣き叫んだ。

「こわいよぉ……! うわぁぁぁぁん!!」

 その──子供の痛切な泣き叫ぶ声が、大広場に響き渡った、まさにその瞬間だった。

 …………スッ。

 空気が、止まった。

 熱波が吹き荒れていたはずの大広場の気圧が、突如として深海の底のように重く沈み込み、肌を刺すような絶対零度の静寂へと塗り潰された。

「……え?」

 駆け寄ろうとしていたキャルルの足が、本能的な悪寒に打たれてピタリと止まる。

 リバロンの毛並みが総毛立ち、ニャングルが息を呑んで背後を振り返った。

 広場の外縁──漆黒の大型アドベンチャーバイクの傍らに、静かに立ち尽くしていた一人の男がいた。

 鬼神龍魔呂。

 黒革のジャケットに身を包んだ百九十センチの巨躯。

 その男の両目から、一切の感情の光が完全に消失していた。

 光を吸い込み、何者も映し出さない、底なしの虚無の暗黒。

 かつて地下闘技場の冷たい泥水の中で、病死した弟ユウの亡骸を抱きしめ、人間性のすべてを自ら焼き捨てたあの日の闇──伝説の殺人機械「死を呼ぶ四番(DEATH4)」の魂が、完全に覚醒していた。

『子供が腹を空かせて泣く世界なんざ、存在してるだけで反吐が出る』

 龍魔呂の脳裏に、かつて自ら定めた絶対の境界線が蘇る。

 泣いている子供がいる。

 その子供を泣かせた原因が、目の前に存在している。

 ならば──下す処断は、最初から一つしかなかった。

 龍魔呂の右手が、ゆっくりとレザージャケットの内ポケットへと滑り込んだ。

 指先が引き抜いたのは、使い古された真鍮製のオイルライター。

 男の親指が、静かに跳ね上がり──。

 カチッ……。

 静まり返った大平原に、硬質な金属の開閉音が、残酷な死刑宣告のように鳴り響いた。

読んでいただきありがとうございます。

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