EP 12
完全論破!張りぼての伝説武器とスライム以下の男
大広場の天幕を揺らす風が、ピタリと止んだ。
数百人の冒険者や農民、商人たちが息を呑み、特設ステージの中央へと視線を注いでいる。
宙を飛び交う自律浮遊型の撮影オーブが、超高解像度のレンズで中村優太の手元を捉え、虚空に展開された巨大な配信スクリーンへと鮮明に投影していた。
【ゴッドチューブ同時接続者数:15,200,000人突破】
【コメント欄】:
『待って、あのグレーのパーカーの兄ちゃん、何を取り出したの!?』
『見たこともない黒い箱……古代の魔導具か!?』
『ワクワクしてきた! キュララちゃんもっとアップで映して!』
優太は周囲のざわめきに一切動じることなく、耐衝撃ハードケースから取り出した機器を手際よく組み上げていった。
先端に白色LEDと極小CCDカメラを備えた、直径わずか三・九ミリの『工業用ビデオ内視鏡』。そして、超音波振動の減衰率から金属の結晶密度と強度を数値化する『ポータブル反発式硬度計』。
「さあ、まずは昨日、こちらの竜人の青年が金貨三十枚と引き換えに購入したという『神話級武器・天魔絶刀』から拝見しましょう」
優太が壇上のテーブルに置いたのは、イグニスが抱えていた、すでに燐光の消え失せた漆黒の刀剣だった。
刀身の根元には、昨朝タローソンの見切り品ネギに当たって生じた無残な亀裂がくっきりと残っている。
「お、おい! そんな傷物のガラクタを今さら持ち出して何の意味があるってんだ!」
模造宝石をジャラつかせた火原元が、太い腕を振り回して下品に吠えた。
「そいつはそこのトカゲが扱い方を誤って勝手に壊したんだよ! うちの複製技術は完璧だ! 神話級の威力を引き出せない素人の自爆に付き合ってられるか!」
「扱い方の問題ではありませんよ、火原さん」
優太は感情を交えず、淡々とした声で返した。
内視鏡のフレキシブルプローブを手に取ると、手元のジョイスティックを指先で微細に操作し、プローブ先端の極細カメラを刀身の亀裂の隙間へと滑り込ませた。
カチ、とモニターのスイッチが入る。
外部出力ケーブルを通じて、キュララの配信スクリーンに刀剣の「内部断面」がリアルタイムで映し出された。
「な……ッ!?」
それを見た観客たちから、驚愕のどよめきが上がった。
映し出されていたのは、伝説の武器に宿るべき神秘の輝きなどでは断じてなかった。
金属の内壁は、まるで腐った軽石か、発泡スチロールの断面のように、無数の不揃いな空洞が密集してボコボコに鬆が入っていた。
「これが、あなたの作った『神話級武器』の内部構造です」
優太はモニターを指し示し、明瞭な口調で解説を始めた。
「本来、実戦に耐えうる刀剣は、鋼材を幾重にも折り返して鍛錬し、不純物を徹底的に叩き出して均一な結晶構造──緻密なマルテンサイトの層を形成します。それによって外側の硬度と内側の粘り強さを生み出すのです。……しかし、この刀の内部には炭素の結合組織が一切存在せず、気泡を抱き込んだまま急激に固められた粗悪な鋳造屑に過ぎません」
優太は硬度計のプローブを刀身の腹に押し当て、カチリと打撃パルスを打ち込んだ。
液晶画面に、冷徹な測定結果がデジタル数字で表示される。
【硬度測定値:ロックウェル硬さ HRC 12.4】
「名刀と呼ばれる鋼の硬度は通常HRC60前後を誇ります。ですが、この刀の硬度はわずか十二。これは地球の基準で言えば、加工前の生アルミニウムやブリキ板と同等です。ネギのような強固な植物性繊維が直撃しただけで、応力集中に耐えきれず剪断破壊を起こすのは、物理学および材料力学の観点から見て必然の結果です」
「ぶ、物理学だか材料何だか知らねえが……!」
「あなたは土木作業の経験から、金属の『外見の形』だけを複製することはできた。しかし、金属の原子配列、炭素含有量、熱処理の温度変化といった『成分配列の理論』を何一つ理解していなかった。だから中身がスカスカの、張りぼての劣化コピーしか生み出せなかったのです」
完璧な論理による解体。
火原の顔面からサッと血の気が引き、額から大粒の脂汗が吹き出した。
「う、嘘だろ……! 俺の金貨三十枚は、そんなゴミ屑に化けてたのかよ……!」
最前列で見ていたイグニスが、怒りと悔しさに全身を震わせる。
観客たちからも、「おい、ふざけるな!」「俺たちにそんな鉄屑を売りつけてたのか!」と怒号が飛び交い始めた。
「だ、騙されるな皆様! そいつの言うことなどすべて出鱈目だ!」
壇上で青ざめる火原を突き飛ばし、青いスーツを着た鮫島剛が前に躍り出た。
薄い金縁眼鏡を指で押し上げ、手にした水晶板を狂ったように掲げる。
「刀が壊れたのは火原の不手際だ! だが、この私が仕入れた本日の目玉商品『聖王の円盾』は正真正銘の至宝だ! 見ろ、この私の『神の瞳』が弾き出した鑑定結果を! 数字は嘘を吐かない!」
ステージ奥の魔導スクリーンに、神話級の威容を誇るステータスが眩く拡大表示された。
【対象:聖王の円盾】
【等級:神話級(SSR)】
【防御力:+3,800/全属性魔導攻撃無効化/不壊】
「見たまえ! 防御力三千八百! 全属性無効化! これほどの奇跡の盾が、張りぼてであるはずがないだろう!」
必死に叫ぶ鮫島に対し、優太は左手首の耐衝撃デジタルウォッチを静かに見つめた。
午前十一時五十九分五十秒。
一秒、一秒と、運命のカウントダウンが進んでいく。
「鮫島さん。あなたのユニークスキル『ステータス偽装』は、確かに見事なハッキング能力ですね。ステータス画面の表示情報、フォントの輪郭、魔導文字のメタデータだけを自在に書き換える。……しかし、文字を書き換えたところで、物質そのものの強度は一ミリも向上しない」
「な、何を馬鹿なことを……!」
「そして何より──その虚飾の魔法には、『四十八時間』という厳格な持続限界が存在する」
ピタリと、鮫島の動きが凍りついた。
その瞳の奥に、底知れぬ恐怖が走る。
「な、なぜ……それを貴様が……!?」
「一昨日の正午、あなたはこの広場に天幕を広げ、客寄せのためにその盾の鑑定ステータスを起動させましたね。……あれから、ちょうど四十八時間が経過します」
優太が腕を掲げた瞬間──。
ピピッ、ピピッ、ピピッ──。
耐衝撃ウォッチのアラームが、正午ジャストの訪れを澄んだ電子音で告げた。
その瞬間だった。
ステージ奥の魔導スクリーンに、バリバリと激しい紫色のノイズが走った。
投影されていた文字が激しく明滅し、バグのように歪み、文字化けを起こしながら急速に書き換わっていく。
【警告:メタデータ改竄効果の消失】
【対象:ただの錆びたトタン板の寄せ集め】
【等級:最下級】
【防御力:+3/全属性無効化:なし/耐久値:0】
パキパキ、と乾いた音が広場に響き渡る。
台座の上に鎮座していた『聖王の円盾』の表面から、安物の銀メッキと蓄光塗料がパラパラと剥がれ落ちていった。
現れたのは、ポポロ村のゴミ捨て場から拾ってきた廃材のトタン板を、針金と接着剤で丸く貼り合わせただけの、茶色く錆びついた粗大ゴミだった。
「あ……あぁ……あぁぁぁ……ッ!!」
鮫島が両手で頭を抱え、膝から崩れ落ちた。
「うわああああっ! リスナーのみんな見て見てぇ〜♡」
キュララが歓声を上げ、撮影オーブを鮫島の絶望に歪んだ顔面と、赤錆びたトタン板へと限界までクローズアップさせた!
【ゴッドチューブ同時接続者数:18,000,000人】
【コメント欄】:
『トタン板wwwwwwただの粗大ゴミじゃねえか!!』
『神話級(笑)防御力+3ってスライムの体当たりでも粉砕するぞ!』
『全世界にペテンの瞬間が生配信されてて草枯れる』
『この詐欺師、帝国の脱獄囚だ! 通報完了!』
「おやおや、なんとも見苦しいメッキの剥がれ方ですねぇ」
静かな足音と共に、燕尾服姿の人狼執事リバロンが歩み出てきた。
片眼鏡の奥の瞳を冷ややかに細め、一枚の羊皮紙を鮫島の鼻先へ突きつける。
「帝国警察への脱獄囚照会は完了しております。鮫島剛、火原元。あなた方の身元は完全に割れておりますよ。……ちなみに鮫島殿、あなたの実際のステータス画面も拝見いたしましたが、腕力・耐久力ともに『スライム以下』。我が主が小指で軽く触れただけでも複雑骨折する虚弱体質だそうですね」
「ひ、ひぃぃぃっ……!」
鮫島が恐怖のあまりガタガタと震え上がり、床に這いつくばる。
そこへ、チャリチャリと金属音を激しく鳴らしながら、金糸のベストをまとった商人のニャングルが割り込んできた。
黒檀の算盤を小脇に抱え、手には巻物のように長い請求書が握られている。
「はいはいはい! お待たせしましたなぁ、ペテン師の旦那方!」
ニャングルは三白眼をぎらつかせ、悪魔のような満面の笑顔で請求書を鮫島の額へパチンと叩きつけた。
「ポポロ村商業特別条例およびゴルド商会営業規律に基づき、被害金金貨二百枚の即時全額返還! ……に加えてやな! 不法出店料、虚偽鑑定による市場攪乱罪、村落風評被害への慰謝料、キュララハンの天界配信回線使用料、さらに我がゴルド商会の取り立て手数料を含めまして……」
ニャングルの指先が目にも留まらぬ速さで算盤の珠を弾き、冷酷な合計額を突きつける。
「締めて『金貨五万枚』の即時お支払いでっせ♡ 払えんかったら、あんたらの隠し口座と裏金庫を全部差し押さえた上で、ドンガン地下炭鉱で四百年ほど強制労働してもらいましょかぁ!」
「ご、ごまん……!? そんな金あるわけねぇだろぉぉぉッ!!」
鮫島が泡を吹いて卒倒しかけた。
広場を埋め尽くした群衆から、割れんばかりの拍手喝采と罵声が巻き起こる。
悪知恵と科学の力、そして仲間たちの完璧な連携によって、詐欺師たちの逃げ道は完全に断たれた。
──だがその時。
壇上で膝をついていた火原元の濁った瞳に、狂気の光が宿った。
「……ふざけんな……ふざけんじゃねぇぞぉぉぉッ!!」
火原は獣のような唸り声を上げ、ローブの内ポケットへと手を突っ込んだ。
その太い指先が掴み出したのは、禍々しい紫色の魔光を放つ、手のひら大の結晶体──アバロン魔皇国産の違法『魔獣カプセル』だった。
「俺をまたあの地獄の炭鉱へ送り返す気かぁ!? ふざけるな! こんな村、全部ぶっ壊してやる! 皆殺しだぁぁぁッ!!」
火原の咆哮と共に、破滅の結晶が広場の石畳へと叩きつけられようとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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