↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『万有引力は異世界にも働くのか』  作者: 赤CABINたーる1


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/9

計算違い。

「……本当に全部降ろすんですかい?」


荷馬車の上にいた作業員が、うんざりした声を上げた。


「全部です」


ニュートンが答える。


「旦那、本当にこの人に任せていいんですか?」


「俺に聞くな!」


商人の男は苛立たしげに頭を掻いた。


「……いや、聞いてくれ。俺も今から聞くところだ」


そう言って、ニュートンに向き直る。


「先生とやら。あんた、名前は?」


「アイザック・ニュートンと申します」


「ニュートン……聞かない名前だな」


「遠方から来ましたので」


「そうか。俺はバルドだ。この倉庫と、ここにある荷馬車を預かってる」


バルドは荷台を指さした。


「それで、ニュートン先生。全部降ろしたら、積める量が増えるんだな?」


「それは、まだ分かりません」


「……は?」


「調べてみなければ、増やせるかどうかも判断できません」


バルドは口を開けたまま固まった。


作業員の一人が吹き出した。


「旦那、こりゃ面白い人を連れてきましたね」


「笑い事じゃねえ!」


バルドはニュートンを睨んだ。


「増やせるかどうか分からないのに、全部降ろせって言ったのか?」


「はい」


「はい、じゃねえよ!」


ニュートンは少し考えた。


「では、荷物を降ろさずに調べる方法を考えましょうか」


「……できるのか?」


「多少は。ただし、時間がかかるでしょう」


「どれくらいだ?」


「分かりません」


「分からないことばっかりじゃねえか!」


倉庫の前に笑い声が響いた。


ニュートンは不思議そうに周囲を見回した。


何がおかしいのか、よく分からなかった。




結局、荷物を降ろすことになった。


ただし、バルドの提案で、すべてを一度に降ろすのではなく、荷物の位置を記録しながら順番に降ろすことにした。


「その方が、どこに何を積んでいたか分かるだろう」


「確かに。その通りです」


ニュートンは素直に頷いた。


バルドは少し意外そうな顔をした。


「……あんた、自分のやり方にこだわる人間じゃないのか?」


「より良い方法があるなら、そちらを採用すべきでしょう」


「へえ」


バルドは口元を緩めた。


「なら、話は早い」


作業員たちが木箱を運び始めた。


ニュートンは荷台の長さと幅を測り、紙に簡単な図を描いた。


荷車は四輪だった。


前輪側には方向を変えるための仕組みがあり、後輪側には太い木製の車軸が通っている。


荷台の中央には、長年の使用で生じたと思われる小さなたわみがあった。


「……ふむ」


ニュートンはしゃがみ込んだ。


車軸を支える木材に、細い亀裂が走っている。


「バルドさん」


「何だ?」


「この部分は、以前から傷んでいたのですか?」


バルドは覗き込んだ。


「ああ、そこか。古い荷車だからな」


「修理の予定は?」


「次の輸送が終わったら、まとめて直そうと思ってる」


ニュートンは亀裂を見つめた。


「……そうですか」




木箱が半分ほど降ろされたところで、ニュートンはあることに気づいた。


箱の大きさが、ほとんど同じだった。


しかし、運んでいる作業員の様子が違う。


ある箱は一人で軽々と持ち上げられる。


別の箱は、二人がかりでも苦労していた。


「中身は何でしょうか?」


ニュートンが尋ねた。


「小麦粉、干し肉、布、それから金属製品だ」


バルドが答える。


「全部、北の町へ運ぶ荷物だ」


「重さは記録されていますか?」


「重さ?」


「はい。箱ごとの重量です」


「そんなもん、いちいち量ってねえよ」


ニュートンは少し驚いた。


「では、どのように積む順番を決めているのですか?」


「重そうな箱を下に、軽い箱を上に。それだけだ」


「なるほど」


ニュートンは頷いた。


理にかなった方法だった。


重い荷物を下に置けば、重心が低くなり、荷崩れの危険を減らせる。


しかし、それだけでは車軸への負荷を均等にできるとは限らない。


「秤はありますか?」


「倉庫にあるぞ」


「使わせていただけますか?」


「好きにしろ」




しばらくして、倉庫の前には木箱が整然と並べられた。


ニュートンは一つずつ重量を量り、紙に記録していった。


バルドはその様子を眺めていた。


「……先生」


「はい」


「これ、全部やるのか?」


「ええ」


「何箱あると思ってる?」


「まだ数えていません」


「四十六箱だ」


ニュートンは手を止めた。


「……なるほど」


「なるほど、じゃねえよ」


バルドはため息をついた。


「日が暮れちまうぞ」


ニュートンは少し考えた。


「では、同じ品物をまとめて量りましょう」


「最初からそうしろ!」


「ただし、同じ品物でも重量が異なる場合があります」


「細けえなあ……」


そう言いながらも、バルドは作業員たちに指示を出した。


作業は思ったより早く進んだ。




午後。


荷物の重量が、おおよそ明らかになった。


ニュートンは紙の上に、荷台を横から見た図を描いた。


「荷車の重さを、仮に無視するとします」


バルドが眉をひそめた。


「無視していいのか?」


「荷物によって増える負荷を比較するためです。実際の車軸には、荷車自身の重さもかかります」


「……ふうん」


ニュートンは図の前後に点を打った。


「荷台の重さは、主に前後の車輪を通して地面に伝わります」


「そりゃそうだろう」


「しかし、どちらにどれだけ伝わるかは、荷物を置く位置によって変わります」


ニュートンは紙に線を引いた。


「例えば、同じ重さの箱でも、後ろに置けば後輪側の負担が大きくなります」


「……ほう」


「反対に、前へ置けば前輪側の負担が増えます」


バルドは図を覗き込んだ。


「つまり、前と後ろに均等に積めばいいのか?」


「必ずしもそうではありません」


「またかよ!」


ニュートンは顔を上げた。


「車軸や車輪の強度が、前後で同じとは限りませんから」


バルドは黙った。


ニュートンは続けた。


「それに、道が平らとは限りません。坂道や凹凸によって、荷重のかかり方は変化します」


「……なるほどな」


バルドは腕を組んだ。


「じゃあ、今の積み方はどうなんだ?」


ニュートンは計算した数字を示した。


「後輪側に、かなり負担が偏っています」


バルドは荷車を見た。


「……そういや、後ろの車輪ばかり傷むんだよな」


「それは関係しているかもしれません」


ニュートンは頷いた。


「ただし、傷みの原因がそれだけとは限りません」


「分かった分かった。先生は簡単に決めつけねえんだな」


バルドは苦笑した。




荷物を積み直すことになった。


ニュートンは重い箱を前後に分散させ、荷台の中央付近に重量が集中しすぎないように配置を考えた。


ただし、前輪が旋回するときに荷台へ干渉しないこと、馬への負担が増えすぎないことも考慮する必要があった。


作業員の一人が口を開いた。


「先生、こっちの箱は横にしない方がいいですよ」


「なぜですか?」


「中に瓶が入ってるんです。横にすると割れるかもしれません」


「……なるほど」


ニュートンは図を修正した。


別の作業員が言った。


「それと、布の箱は上にしてくれませんか。雨が降ったら、すぐ覆いをかけられるようにしたいんです」


「承知しました」


さらに別の男が口を挟んだ。


「この樽は一番奥に置くと困りますよ。途中の村で降ろす荷物なんで」


ニュートンは手を止めた。


「……途中で降ろすのですか?」


「ええ」


ニュートンは積荷の一覧を見直した。


到着地。


荷降ろしの順番。


荷物の性質。


重量だけでは、最適な配置は決まらない。


「……これは、思ったより複雑ですね」


作業員たちが笑った。


「でしょう?」


「俺たちだって、毎日考えて積んでるんですよ」


ニュートンは頷いた。


「ええ。よく分かりました」


彼は紙の端に、新しく項目を書き加えた。


『荷降ろしの順序』


『破損の危険』


『雨への対策』


バルドはその様子を見ていた。


「先生」


「はい」


「俺たちの仕事、ただ箱を積むだけだと思ってたか?」


ニュートンは少し考えた。


「……正直に申し上げれば、ここまで多くの条件があるとは思っていませんでした」


バルドは笑った。


「そうかい」


「勉強になります」


その言葉に、作業員たちの表情が少し和らいだ。




夕方近く。


荷物の積み直しが終わった。


見た目には、最初と大きく変わっていない。


しかし、箱の配置はかなり異なっていた。


バルドは荷台を見上げた。


「……で、先生」


「はい」


「結局、何箱増えた?」


ニュートンは答えた。


「増えていません」


沈黙。


「…………は?」


「積載量は、増えていません」


バルドは両手で顔を覆った。


「おい……」


作業員たちも顔を見合わせた。


ニュートンは続けた。


「ですが、後輪側に偏っていた負荷は、ある程度分散できたと考えられます」


「それで?」


「それに、先ほど確認した亀裂が気になります」


ニュートンは荷台の下を指さした。


「この荷車に、これ以上の荷物を積むべきではありません」


バルドは黙っていた。


「……あんた」


低い声だった。


「俺が何を頼んだか、覚えてるか?」


「はい。積載量を増やしたいと」


「そうだ」


「ですが、危険な状態で積載量を増やす方法を提案することはできません」


バルドはニュートンを睨んだ。


しばらく、誰も口を開かなかった。


やがて。


「……ちっ」


バルドは舌打ちした。


「金を払ってまで聞く話じゃなかったな」


ニュートンは静かに頷いた。


「ご期待には沿えませんでした」


「まったくだ」


バルドは背を向けた。


ニュートンは紙をまとめ始めた。




「おい、先生」


帰ろうとしたところで、作業員の一人に呼び止められた。


先ほど、瓶の入った箱について教えてくれた男だった。


「ちょっと待ってくれ」


「何でしょう」


男は荷台の下を指さした。


「さっきの亀裂なんですがね」


「はい」


「実は、前から気になってたんです」


ニュートンは顔を上げた。


「そうなのですか」


「ええ。最近、荷車がやけに揺れるようになって」


男は声を落とした。


「旦那には何度か言ったんですが、忙しいから後にしろって」


ニュートンは亀裂を見た。


「……なるほど」


「先生が言ってくれて、少し助かりました」


男は苦笑した。


「俺たちが言っても、なかなか聞いてくれないんで」


ニュートンは首を横に振った。


「私は、見たことをお伝えしただけです」


「それが大事なんですよ」


男は笑った。


「見えてても、言えないことってありますから」


ニュートンは少し考えた。


そして、静かに頷いた。




帰り道。


ニュートンは、商業区を歩いていた。


報酬は得られなかった。


時間も使った。


紙とインクも消費した。


それでも、今日の出来事は無駄ではなかった。


荷物の重量。


車軸への負荷。


作業員たちの経験。


そして、商人の事情。


同じ問題を見ていても、人によって重要なものは異なる。


バルドにとっては、輸送費を減らすこと。


作業員にとっては、荷物を壊さず、安全に運ぶこと。


ニュートンにとっては、正確な計算をすること。


どれも、間違いではなかった。


しかし。


「……計算が正しいだけでは、足りないのか」


ニュートンは小さく呟いた。


元の世界でも、学問と人間の思惑が衝突することはあった。


それでも、目の前の問題に対して、正しい答えを示せば十分だと考えていたのかもしれない。


だが、今日のバルドは、その答えを求めていなかった。


彼が求めていたのは、荷物を増やす方法だった。


ニュートンは歩きながら考えた。


危険を承知で積載量を増やすことはできない。


しかし、だからといって、何もできないわけではない。


「……ふむ」


彼は足を止めた。


そして、懐から紙を取り出した。


先ほど描いた荷車の図。


その横に、輸送費の計算を書き加えた。


荷物の量。


輸送回数。


護衛費。


荷車の修理費。


「……待てよ」


ニュートンは眉を寄せた。


そもそも、バルドが減らしたいのは荷車の数ではない。


輸送にかかる費用だ。


積載量を増やすことは、そのための一つの方法にすぎない。


「ならば……」


彼は紙に新しい式を書き始めた。




その夜。


宿の食堂には、いつものように温かな灯りがともっていた。


マーサが皿を運びながら、ニュートンに声をかけた。


「先生、今日はどうだった?」


「仕事は、うまくいきませんでした」


「ありゃ、そうかい」


「ええ」


ニュートンは椅子に腰掛けた。


「ただ、もう一度お話を伺いたいと思っています」


マーサは笑った。


「諦めが悪いねえ」


「よく言われます」


「だろうね」


マーサはスープを置いた。


「でも、あんまり根を詰めるんじゃないよ」


「ありがとうございます」


ニュートンは匙を手に取った。


そのとき、食堂の扉が開いた。


「こんばんはー!」


リーナだった。


「おや、リーナちゃん」


「マーサさん、まだご飯ある?」


「あるよ。座んな」


リーナはニュートンを見つけると、隣の椅子に腰掛けた。


「先生、今日は何してたの?」


「荷馬車の積載量について調べていました」


「……荷馬車?」


「ええ」


「今度は荷馬車なの?」


「はい」


リーナは呆れたように笑った。


「先生って、本当に何でも調べるのね」


「興味深い問題でした」


「またそれ!」


二人は笑った。


やがて、リーナが言った。


「そういえば、明日からしばらく町を離れるから」


ニュートンは顔を上げた。


「北の街道ですか?」


「そう。前に話した護衛の仕事」


「……そうでしたね」


「何かお土産でも買ってこようか?」


「いえ、お気遣いなく」


「遠慮しなくていいのに」


ニュートンは少し考えた。


「では、一つお願いしてもよろしいでしょうか」


「何?」


「街道の状態を、できるだけ詳しく覚えてきていただけますか」


リーナは瞬きをした。


「……道?」


「はい。坂の傾斜や、路面の凹凸、ぬかるみの有無などです」


「…………」


「特に、荷馬車が大きく揺れる場所があれば、教えていただきたいのですが」


リーナは額に手を当てた。


「先生」


「はい」


「私、遊びに行くんじゃないのよ?」


「承知しています」


「魔物から商人を守る仕事なの」


「もちろんです。安全を最優先にしてください」


「……だったら、道なんか見てる余裕ないかもしれないでしょ」


ニュートンは頷いた。


「その場合は、構いません」


リーナはしばらく彼を見つめた。


そして、ふっと笑った。


「……まあ、覚えてたらね」


「ありがとうございます」


「その代わり、帰ってきたらご飯おごってよ」


ニュートンは少し困った顔をした。


「……今は、あまり持ち合わせが」


「冗談よ!」


リーナは声を上げて笑った。


マーサも厨房から笑っていた。




食事を終えたあと。


ニュートンは部屋に戻った。


机の上に、今日の記録を広げる。


荷車の図。


重量の一覧。


積み直した配置。


そして、輸送費についての計算。


彼は紙の端に、一つの問いを書いた。


『何を最小にすべきか』


荷物の重さか。


輸送回数か。


費用か。


危険か。


答えは、問題の立て方によって変わる。


ニュートンは筆を置いた。


窓の外では、夜の町が静かに眠り始めていた。


彼はもう一度、紙に目を落とした。


そして、問いの下に短い一文を書き加えた。


『まず、目的を確かめること。』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。