↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『万有引力は異世界にも働くのか』  作者: 赤CABINたーる1


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
6/9

測れないもの。

「……おかしい」


ニュートンは机の上に広げた紙を見つめていた。


そこには、数日前に冒険者ギルドで行った実験の記録が書かれている。


『水晶は魔力に反応して発光する』


『魔力の属性によって光の色が変化する』


『紙を挟んだ状態でも反応する』


『紙の厚さを増すと、発光が弱まる』


ニュートンは最後の一文に指を置いた。


「……なぜだ?」


あの日、ギルドで見た水晶は、実に興味深い性質を持っていた。


受付係が触れると青く、リーナが触れると赤く光る。


しかし、自分が触れても何も起こらなかった。


指先でも、手の甲でも、結果は同じだった。


ところが、魔力を持つ者が紙を挟んで触れた場合、水晶は反応した。


しかも、紙を厚くすると光は弱くなった。


これは何を意味するのだろう。


魔力は紙を通過するのか。


それとも、紙を隔てても何らかの作用が水晶に届くのか。


ニュートンは『初等魔法理論』を開いた。


昨日、書店の老人から譲り受けた本である。


そこには、魔力について次のように記されていた。


『魔力は生物の体内に蓄積され、術者の意思によって放出される』


『魔力の消費量は、術式の規模および持続時間に比例して増大する』


ニュートンはしばらく考え込んだ。


「……放出、か」


もし魔力が身体から放出される何らかの実体であるならば、紙によってその一部が遮られている可能性がある。


しかし、そうであるとは限らない。


水晶が反応しているのは魔力そのものではなく、魔力によって生じた別の現象かもしれない。


あるいは、紙が水晶の感度に影響している可能性もある。


ニュートンは筆を取った。


『水晶の発光が弱まる原因は、現時点では不明』


そして、その下に書き加えた。


『紙以外の物質でも、同様の現象が起こるか』




「またギルドに行くの?」


朝食の席で、リーナが尋ねた。


「ええ。以前の実験について、もう少し調べたいことがあります」


「水晶のこと?」


「はい」


リーナはパンを口に運びながら、呆れたように笑った。


「よっぽど気に入ったのね、あれ」


「興味深い装置ですから」


「でも、あれって魔力を測るだけの道具よ?」


「その『測る』ということが、問題なのです」


「……どういうこと?」


ニュートンは少し考えた。


「例えば、あなたの身長を測るとしましょう」


「うん」


「その場合、物差しを使えば長さを知ることができます」


「そうね」


「では、魔力は何を基準に測っているのでしょう?」


リーナは首を傾げた。


「……魔力の量じゃないの?」


「その量を、どのように定めているのかということです」


「ええと……」


リーナはしばらく考えたあと、両手を上げた。


「分かんない!」


ニュートンは頷いた。


「私もです」


「なんで嬉しそうなのよ!」


リーナは笑った。


「まあ、いいわ。今日は昼からギルドに行く予定だし、一緒に来る?」


「よろしいのですか?」


「ただし、今日は私も仕事があるから、ずっと付き合ってあげられないわよ」


「承知しました」


「本当に?」


「できる限り」


「またそれ!」




冒険者ギルドは、今日も多くの人で賑わっていた。


依頼書の貼られた掲示板の前には冒険者たちが集まり、受付では何人もの職員が忙しそうに働いている。


ニュートンとリーナは、以前と同じ受付へ向かった。


「あら、リーナさん」


受付係の女性が顔を上げた。


「こんにちは」


「今日は依頼の報告ですか?」


「それもあるんだけど、こっちの人がまた水晶を調べたいんだって」


受付係はニュートンを見た。


そして、思い出したように微笑んだ。


「ああ、以前いろいろ試されていた方ですね」


「その節はありがとうございました」


ニュートンは頭を下げた。


「本日は、前回の実験をもう少し詳しく調べたいのですが」


「どのようなことですか?」


「紙を挟んだ際の反応についてです」


受付係は少し考えた。


「前回のような簡単な確認でしたら構いませんが、測定器はギルドの備品ですので、長時間の使用は難しいですね」


「承知しました」


「それでしたら、今は登録希望者も少ないので、少しだけお使いいただけますよ」


「ありがとうございます」




水晶は以前と同じものだった。


拳ほどの大きさの透明な球体。


台座に固定され、内部には淡い光が漂っている。


ニュートンは持参した紙を机に並べた。


「まずは、何も挟まない状態でお願いします」


リーナが水晶に手を触れる。


赤い光が広がった。


「次に、紙を一枚挟んでください」


リーナは紙を置き、その上から手を重ねた。


光は先ほどより弱くなった。


「では、二枚」


さらに弱くなった。


「四枚」


水晶の内部には、かすかな赤い光が残った。


ニュートンは記録を書き込んだ。


「……なるほど」


「前と同じじゃない?」


リーナが言った。


「ええ。少なくとも、前回の結果を再現できました」


「それって大事なの?」


「非常に」


ニュートンは頷いた。


「一度だけ起こった現象では、偶然や見間違いの可能性がありますから」


続いて、ニュートンは布を取り出した。


「今度はこちらを挟んでください」


「布?」


「はい」


リーナが布越しに水晶へ触れる。


赤い光が灯った。


しかし、紙を挟んだ場合とは明るさが異なっていた。


「……ほう」


ニュートンは身を乗り出した。


「次は、この木片を」


「木まで持ってきたの!?」


「薄いものを選びました」


リーナは苦笑しながら木片を受け取った。


水晶の上に置き、手を重ねる。


今度は、ほとんど光らなかった。


「……反応しませんね」


ニュートンは呟いた。


「木だと駄目なのかしら」


「まだ分かりません」


ニュートンは木片を手に取った。


「紙と木では、厚さも異なります。材質による違いなのか、厚さによる違いなのか、これでは判断できません」


「じゃあ、もっと薄い木を持ってくれば?」


「そうですね」


ニュートンは頷いた。


「あるいは、紙をさらに重ねて、同程度の厚さにする方法もあります」


受付係が苦笑した。


「申し訳ありませんが、そろそろ次の方がいらっしゃいますので……」


ニュートンは顔を上げた。


「失礼しました」


慌てて道具を片づける。


リーナは小さく笑った。


「ほら、言ったでしょ。ずっとは使えないって」


「ええ。ですが、十分に興味深い結果が得られました」


「よかったわね」




ギルドを出ると、リーナは依頼のために別の場所へ向かった。


ニュートンは一人、中央通りを歩いていた。


手には実験の記録がある。


紙。


布。


木。


異なる物質を挟むと、水晶の反応が変化する。


しかし、その原因は分からない。


そもそも、光の強さを目で比較していること自体に問題があった。


人間の目は、光のわずかな違いを正確に測定できるわけではない。


「……数値が必要だ」


ニュートンは呟いた。


だが、どうすればよいのだろう。


水晶の発光を、何らかの方法で比較する。


例えば、同じ距離に置いた紙をどの程度照らすか。


あるいは、光によって生じる影の濃さを比較する。


いくつかの方法が頭に浮かんだ。


しかし、どれも十分な精度を得られるとは限らなかった。


考えながら歩いているうちに、見覚えのある看板が目に入った。


『古書と筆記具』


ニュートンは足を止めた。




「おや、先生じゃないか」


書店の老人が顔を上げた。


「こんにちは」


「昨日も来たばかりだろう」


「ええ。今日は少しお聞きしたいことがありまして」


老人は笑った。


「また魔法かね」


「はい」


「まったく、熱心なことだ」


ニュートンは机に記録を広げた。


「魔力測定器についてなのですが」


その言葉を聞いた老人の表情が、わずかに変わった。


「……測定器?」


「はい。ギルドで使われている水晶です」


ニュートンは紙を指さした。


「魔力を持つ者が直接触れると発光します。しかし、間に物質を挟むと反応が弱まるのです」


老人は黙って記録を見つめた。


「紙を厚くするほど、光は弱くなりました。また、布や木でも反応が異なりました」


「……ほう」


「ただし、光の強さを目視で判断しているため、正確な比較ができません」


ニュートンは老人を見た。


「魔力測定器の発光を、数値として記録する方法はあるのでしょうか」


老人はしばらく黙っていた。


そして、椅子から立ち上がった。


「少し待っていなさい」


店の奥へ消えていく。


ニュートンは本棚を眺めながら待った。


やがて老人が戻ってきた。


手には、一枚の古い紙が握られていた。


「これを見てみなさい」


紙には、複雑な図が描かれていた。


中央には円形の装置。


その周囲には、細かな目盛りと記号が並んでいる。


「……これは?」


「昔の魔力測定器の設計図だ」


ニュートンは目を凝らした。


「この目盛りは……」


「光の強さを比較するためのものだ」


「では、魔力量を数値として表せるのですか?」


老人は首を横に振った。


「そう単純な話ではない」


ニュートンは顔を上げた。


「どういうことでしょう?」


「例えば、同じ魔力量を持つ二人がいたとしても、測定器の反応が同じになるとは限らん」


「……なぜです?」


「魔力の性質が異なるからだ」


老人は図の一部を指さした。


「魔力には属性がある。それは知っているだろう?」


「はい」


「属性が異なれば、水晶の反応も変わる。単純に光の強さだけを比べても、魔力の量を正しく比較できるとは限らんのだ」


ニュートンは設計図を見つめた。


「……なるほど」


同じ量でも、性質が異なれば測定結果が変わる。


それは、測定器が対象そのものではなく、対象と装置の相互作用を観測している可能性を示していた。


「では、この装置は……」


ニュートンは図の中央を指さした。


「属性による反応の違いを補正するためのものですか?」


老人の眉が動いた。


「……なかなか鋭いな」


「違いますか?」


「いや。大筋では合っている」


ニュートンは紙に目を戻した。


そこには、彼の知らない記号がいくつも並んでいた。


しかし、図の構造には見覚えがあった。


測定対象から何らかの作用を受け、それを別の量へ変換する。


そして、変換された結果を目盛りで読み取る。


原理こそ不明だが、測定器としての考え方は理解できた。


「この装置を作られた方は、どなたなのでしょう?」


ニュートンが尋ねた。


老人は答えなかった。


代わりに、設計図をゆっくりと折り畳んだ。


「……昔の研究者だよ」


「その方は、今も研究を?」


「いや」


短い返事だった。


ニュートンは老人を見つめた。


しかし、それ以上は尋ねなかった。




「お兄さん!」


店の奥から声が聞こえた。


エマだった。


少女は一枚の紙を手に、嬉しそうに駆け寄ってきた。


「ちょうどよかった!」


「こんにちは、エマ」


「見て見て!」


エマは紙を広げた。


そこには、いくつもの丸と数字が書かれていた。


「昨日からね、光を出せる時間を測ってたの!」


「ほう」


ニュートンは紙を覗き込んだ。


「最初は三十秒くらいだったんだけど、今日は四十秒できたの!」


「それは素晴らしい」


「でしょ!」


エマは得意げに笑った。


「でもね、何回もやると短くなっちゃうの」


「なるほど」


ニュートンは頷いた。


「疲労による影響かもしれませんね」


「だから、休んでからもう一回やってみたの!」


「結果は?」


「また長くできた!」


ニュートンは微笑んだ。


「よく観察していますね」


エマは嬉しそうに笑った。


その様子を、老人は黙って見つめていた。


やがてエマが言った。


「ねえ、お兄さん」


「何でしょう?」


「私も、いつかおじいちゃんみたいに魔法の研究ができるかな?」


ニュートンは少し考えた。


「もちろん、できると思います」


「本当?」


「ええ。ただし、研究には根気が必要です」


「根気?」


「すぐに答えが出なくても、諦めずに考え続けることです」


エマは少し考えた。


そして、大きく頷いた。


「分かった!」


少女は紙を大切そうに抱えた。


「じゃあ、明日も測ってみる!」


ニュートンは微笑んだ。


「楽しみにしています」




帰り際。


老人がニュートンを呼び止めた。


「先生」


「はい」


「少し、聞いてもいいかね」


「何でしょう」


老人はしばらく考えていた。


そして、静かに口を開いた。


「もし、あるものを正確に測る方法が見つかったとして」


ニュートンは黙って聞いていた。


「それを、誰もが自由に測れるようにするべきだと思うかね」


奇妙な質問だった。


ニュートンは少し考えた。


「……何を測るかによるでしょう」


老人は目を細めた。


「ほう」


「測定によって知識を得ることと、その知識をどう扱うかは、別の問題です」


「……そうか」


老人は小さく頷いた。


「そうだな」


しばらく沈黙が続いた。


やがて老人は、設計図を引き出しにしまった。


「また来なさい、先生」


「ありがとうございます」


ニュートンは頭を下げた。




宿へ戻る道すがら、ニュートンは老人の言葉を思い返していた。


測る方法が見つかったとして。


それを、誰もが自由に測れるようにするべきか。


なぜ、あの老人はそんな質問をしたのだろう。


単なる学問上の問題ではないように感じられた。


しかし、今は判断する材料がない。


ニュートンは考えるのをやめ、歩き始めた。


宿に戻ると、マーサが夕食の準備をしていた。


「おかえり、先生」


「ただいま戻りました」


「今日はどうだった?」


「大変興味深い一日でした」


「そりゃよかった」


マーサは笑った。


「ところで先生、明日は帳簿を手伝ってくれるんだろうね?」


ニュートンは立ち止まった。


「……あ」


「忘れてたのかい?」


「申し訳ありません」


マーサは呆れたように笑った。


「まったく。研究もいいけど、食べていくことも考えなきゃいけないよ」


「おっしゃる通りです」


ニュートンは頭を下げた。




その夜。


ニュートンは机に向かい、今日の実験記録を整理した。


紙。


布。


木。


それぞれの物質によって、水晶の反応は変化した。


しかし、光の強さを正確に測ることはできなかった。


さらに、書店の老人から聞いた話によれば、属性によっても反応が異なるという。


つまり、同じ光の強さが、同じ魔力量を意味するとは限らない。


ニュートンは筆を取った。


『測定値は、必ずしも測定対象そのものを表すとは限らない』


そして、もう一行を書き加えた。


『何を測っているのかを知らずに、数値だけを信じてはならない』


筆を置き、窓の外を見た。


二つの月が、夜空に浮かんでいた。


ニュートンはしばらくその光を眺めていた。


やがて、机の上に置かれた本へ目を戻す。


『初等魔法理論』


まだ読み終えていないページが、数多く残されている。


ニュートンは小さく笑った。


「……学ぶことが多いな」


そして、今日の記録の最後に一行を書き加えた。


『明日は帳簿』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。