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第8話 それ、俺の商品なんだけど。

《残り1点です。》


「知ってるよ!」


俺は走った。


市場を抜ける。


角を曲がる。


荷車を避ける。


果物屋の籠を飛び越える。


「待て!」


後ろから声。


例の男だ。


金貨三百万で剣を買うと言っていた男。


「待ったら売れる!」


「何がだ!」


「俺の剣!」


「意味が分からん!」


俺も分からん。


スマホを見る。


商品ページは消えていない。



《鍵》


価格:《1》


残り:《1点》



そして。



《購入しますか?》



「相棒!」


《はい。》


「買われたらどうなる!」


《不明です。》


「所有権は俺だよな!?」


《登録上は、あなたです。》


「じゃあ他人が売れるのおかしいだろ!」


《通常であれば不可能です。》


「通常じゃないんだろ!」


《はい。》


そこだけ即答。


腹立つ。


宿まであと少し。


通りを二本抜ければ見える。


ポン。


通知。



《この商品を2人が閲覧しています。》



「増えた!」


《はい。》


「一人は俺だろ!」


《はい。》


「もう一人は!」


《閲覧者情報は非公開です。》


嫌な予感しかしない。


俺は走りながら商品画像を拡大した。


俺の部屋。


机。


剣。


その横。


黒い人影。


顔は見えない。


画像を横へ送る。


二枚目。


人影が剣の横に立っている。


三枚目。


剣へ手を伸ばしている。


四枚目。


剣がない。


「……消えた」


《商品画像が更新されています。》


「これ静止画だよな?」


《はい。》


「じゃあ誰が撮ってんだよ」


《不明です。》


「だよな!」


男が俺の横に並ぶ。


「何が見える」


「俺の部屋」


「何?」


「そこに剣が出品されてる」


男の足が止まった。


俺も数歩先で止まる。


「……誰が出品した」


「知らない」


男の顔から血の気が引いた。


まただ。


剣の話になると、


こいつは明らかに何かを隠す。


「心当たりある顔だな」


「ない」


「嘘つけ」


「今は宿へ急げ!」


また走る。


宿が見えた。


入口は壊れていない。


窓も割れていない。


外から見る限り、


何も起きていない。


それが逆に怖い。


階段を上がる。


二階。


廊下。


俺の部屋。


扉は閉まっている。


鍵もかかっていた。


「……中にいるんだよな」


《商品画像上では。》


「今も?」


《最新画像を取得します。》


数秒。


画像が更新された。


部屋。


机。


剣。


戻っている。


「……ある」


「何がだ」


「剣」


さっきの画像では消えていた。


今は机の上に戻っている。


そして人影は、


窓の前。


こちらに背を向けて立っていた。


「開けるぞ」


男が腰へ手を伸ばす。


だが、


そこには剣がない。


代わりに懐から短剣を抜いた。


「ちゃんと武器持ってたのか」


「今それを言うか?」


「ちょっと安心した」


「早く開けろ」


鍵を差し込む。


回す。


カチャ。


扉を少しだけ開ける。


部屋。


誰もいない。


机。


椅子。


ベッド。


窓。


そして剣。


いつも通り。


男が先に入る。


ベッドの下。


窓。


壁際。


何もない。


俺も入る。


剣には触れず、


まずスマホを見る。


商品画像。


そこにはまだ、


人影がいる。


俺は画面と現実を交互に見た。


現実。


誰もいない。


画面。


いる。


「相棒」


《はい。》


「これ、いつ撮った画像?」


《現在です。》


「何秒前?」


《リアルタイムです。》


「じゃあ、こいつどこにいる」


《そこです。》


「いねえよ」


《います。》


「どこ!」


画面に赤い枠が出た。


人影を囲う。


その場所は――


俺の目の前。


何もない空間。


一歩下がる。


「……マジ?」


《はい。》


男が短剣を構えた。


「何がいる」


「人」


「どこだ」


「目の前」


「見えんぞ」


「俺も見えない」


「ならなぜ分かる」


俺はスマホを見せた。


男には文字は読めない。


だが画像は見える。


画面を見た瞬間、


男の表情が変わった。


「それを下げろ」


「なんで」


「いいから下げろ!」


反射的にスマホを下げる。


その瞬間。



――コン。



目の前。


何もない空間から音がした。



――コン、コン。



男が後退する。



「境界の向こうだ」



「……何が?」



男は答えない。



ポン。



スマホが鳴った。



《価格が変更されました。》



商品ページを見る。



《鍵》



価格。



《1》



から。



《0》



「…………」



《無料になりました。》



「勝手に値下げすんな!」


《価格:0》


《送料:購入者負担》


《残り1点》



「無料で俺の剣を配るなよ!」


《私が出品したものではありません。》


「分かってる!」


男が机の剣へ手を伸ばす。


「触るな」


今度は俺が止めた。


「なぜだ」


「所有者は俺なんだろ」


《はい。》


「だったら俺が持つ」


剣を掴む。


何も起きない。


鞘からは抜かない。


それだけはやめておく。


男が手を出す。


「その剣を渡せ」


「三百万」


「今それを言うのか」


「今だからだよ」


「無料で出品されているぞ」


「だから対抗価格三百万」


「理屈がおかしい!」


ポン。



《購入手続きが開始されました。》



「は?」



《購入者が商品情報を確認しています。》



「誰だよ!」


《非公開です。》



《配送方法を確認しています。》



「売ってない!」



《出品者へ問い合わせています。》



「だから出品者誰だよ!」



数秒。



《所有者確認中》



俺は黙った。


ここだけは頼む。


まともに働いてくれ。



《所有者:あなた》



「よし」



続いて。



《所有者の承認が必要です。》



選択肢。



《承認》


《拒否》



迷う必要はない。


《拒否》


押す。



《拒否しました。》



「通った!」



《取引を終了します。》



商品ページが消える。



「……終わった?」



《取引は終了しました。》



「出品も?」



《確認します。》



数秒。



《出品情報が削除されました。》



俺はベッドへ座った。


一気に力が抜ける。


「最初から所有者確認しろよ……」


《同意します。》


「お前もそう思うよな」


《はい。》


男は安心していなかった。


部屋の中央。


さっき人影が表示されていた場所を、


ずっと見ている。


「おい」


返事なし。


「取引は終わったぞ」


「そういう問題ではない」


「じゃあどういう問題だよ」


男は床を見た。


そして、


静かに言った。


「昔、同じことがあった」


俺は顔を上げる。


「同じ?」


「持ち主のいる物が、勝手に取引された」


「盗まれた?」


「違う」


「じゃあ何」


男は少し考えてから答えた。


「買われた」


「……誰も売ってないのに?」


「ああ」


背中が冷える。


さっきの剣と同じだ。


「何が買われた?」


男は窓の外を見る。


「町だ」


「は?」


「町一つ」


「土地?」


「人も含めてだ」


冗談には聞こえない。


「値段は?」


「知らん」


「買った奴は?」


「知らん」


「売った奴は?」


男が俺を見る。


「いなかった」


部屋が静かになる。


窓の外から、


市場の声だけが聞こえる。


誰も売っていない。


なのに、


買われた。


「その町はどうなった」


「消えた」


「全員?」


「ああ」


「どこに?」


「分からん」


俺はスマホを見る。



《残高:2世界》



昨日まで、


意味の分からないポイントみたいなものだと思っていた。


一世界。


二世界。


ただの単位。


そう思いたかった。


「相棒」


《はい。》


「この“世界”って単位」


指が止まる。


聞きたくない。


だが聞く。


「本当に世界そのものじゃないよな?」


長い沈黙。


《単位の定義情報がありません。》


「否定は?」


《できません。》


最悪だ。


まだ何も分からない。


残高が二だから、


二つの世界を持っている。


そんな単純な話とは限らない。


勝手に決めつけるのは危険だ。


だが。


気持ちの悪い一致ではある。


俺は画面を閉じた。


「で」


男を見る。


「その消えた町と、この剣は何の関係がある?」


返事はない。


「金貨三百万で買おうとした」


沈黙。


「この剣は鍵だと言った」


沈黙。


「世界と世界の間にある何かを開く」


男の眉が動いた。


「そこまで知っているなら――」


「お前が言ったんだろ」


言ってから、


妙な違和感が残った。


お前が言った。


本当に?


薄暗い店。


テーブル。


剣。


金貨三百万。


扉が吹き飛んだ。


一緒に逃げた。


路地。


市場。


あの時の男。


目の前の男。


同じだ。


ずっとそう思っていた。


なのに。


顔を、


ちゃんと思い出せない。


服は?


声は?


最初に腰へ下げていた剣は?


「……お前」


「何だ」


「最初に会った時、何着てた?」


男の表情が変わった。


「急に何を言っている」


「答えろ」


「そんなことに何の意味がある」


「顔、見せろ」


「見えているだろう」


「ちゃんとだ」


俺は一歩近づく。


男が一歩下がる。


その動きで、


違和感が確信に近づいた。


「俺に金貨三百万を提示した奴」


男は黙る。


「あれ、お前だよな?」


返事がない。


スマホが震えた。



《人物情報を照合します。》



「できるのか?」


《保存されている画像情報と比較します。》


男が扉へ向かって動いた。


「待て!」


腕を掴む。


振り払われる。


スマホに表示。



《照合完了》



《一致率:42%》



「……は?」



低すぎる。



「相棒」


《はい。》


「同一人物?」


《同一人物と判定できません。》



俺は男を見る。



「お前、誰だ」



沈黙。



「三百万の男はどこにいる」



長い沈黙。



やがて男が、


ゆっくり笑った。



見覚えのない笑い方だった。



「やっと気づいたか」



――コン、コン。



机の上の剣が鳴る。



同時にスマホ。



ポン。



《第二世界からメッセージが届きました。》



開く。



《その人から離れてください。》



俺は男を見る。



男も、


俺のスマホを見る。



そして。



部屋の扉に鍵をかけた。



内側から。



「……おい」



男が短剣を抜く。



「少し遅かったな」



俺は剣を握った。



抜かない。



まだ。



ポン。



第二世界から、


もう一通。



《その人は商品ではありません。》



「……どういう意味だ」



次。



《中身が違います。》



男が一歩近づく。



俺は一歩下がる。



ベッドが背中に当たった。



逃げ場がない。



「相棒」



《はい。》



「こいつについて市場で分かることは?」



《照会します。》



数秒。



《該当情報:1件》



詳細。



分類。



《人間》



状態。



《使用済み》



「人間に使用済みって付けるなよ……」



所有者。



《不明》



そして。



登録価格。



《金貨320枚》



俺は固まった。



三百二十。



その数字には覚えがある。



剣を仕入れた時に払った金額。



金貨三百二十枚。



偶然。



そう思いたい。



「購入履歴は?」



《確認します。》



男の顔から、


笑みが消えた。



「やめろ」



「なんで?」



「確認するな」



初めて。



こいつが本気で焦った。



ポン。



《関連する購入履歴:1件》



「あるのかよ……」



取引時期。



《約3週間前》



俺が、


この世界に来た頃。



その下。



《取引対象情報が一部欠損しています。》



さらに一行。



《購入者情報を復元しますか?》



選択肢。



《はい》


《いいえ》



俺の指が止まる。



男が言った。



「押すな」



「そう言われると――」



スマホを見る。



「押したくなるんだよな」



《はい》



押した。



《購入者情報を復元中――》



男が短剣を構えた。



スマホが震える。



《復元率:1%》



「またカウント始まったよ……」



俺は剣を握り直した。



今度のカウントダウンは、



逃げるためじゃない。



こいつが誰なのか。



そして。



三週間前、



俺が何を買ったのか。



それを知るための数字だった。

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