第7話 送料は、そちら持ちで。
《今から迎えに行きます。》
接続率。
51%。
「来なくていい」
52%。
「聞こえてる?」
53%。
《現在、第二世界への返信機能は利用できません。》
「一方的すぎるだろ」
《同意します。》
市場の真ん中。
俺は木箱を抱えたまま立っていた。
中には青い石。
《帰還標》
帰るための目印。
そして数メートル先の露店には、
同じ系列だという黒い金属板。
こっちも《帰還標》。
店主はいない。
さっきまでいたはずなのに。
追ってきていた黒い外套の男も、
いつの間にか見えなくなっていた。
嫌なものだけ残って、
人間だけ消えていく。
この世界、
商売には向いてない気がする。
「相棒」
《はい。》
「帰還処理って何」
《対象を本来の位置へ戻す処理と推測します。》
「対象は?」
《不明です。》
「石?」
《可能性があります。》
「札?」
《可能性があります。》
「俺?」
間。
《可能性を否定できません。》
「そこは即否定してくれよ」
接続率。
56%。
俺は青い石を見る。
金貨十枚。
返せと言われている。
なら話は簡単だ。
「これ返したら終わるんじゃない?」
《可能性はあります。》
「第二世界に発送できる?」
《現在、配送先として選択できません。》
「接続したら?」
《可能になると推測します。》
「じゃあ接続待つしかないのか」
《推奨はしません。》
「でも止められない」
《はい。》
「詰んでね?」
《現時点では。》
「現時点では、を付ければ何でも許されると思うなよ」
俺は箱を閉じた。
その時。
――コン。
手の中で音がした。
「…………」
箱を見る。
――コン、コン。
青い石。
いや。
石そのものからではない。
もっと奥。
箱の向こう側。
そこにもう一枚、
薄い壁があるみたいな音。
聞き覚えがある。
剣。
石畳。
同じ音。
「相棒」
《はい。》
「これ、全部同じじゃないか?」
《音響情報を比較します。》
数秒。
《一致率:99.8%》
「ほぼ同じじゃねえか」
《はい。》
剣の内側。
石畳の下。
そして帰還標。
場所は違う。
なのに、
同じ場所から叩かれている。
そんな気がした。
――コン。
今度は、
黒い金属板。
布の上に置かれた《帰還標》が鳴った。
――コン。
俺の箱。
――コン。
金属板。
交互。
「……会話してない?」
《規則性を検出しています。》
――コン、コン。
――コン。
――コン、コン。
――コン。
《一定周期です。》
「意味は?」
《不明です。》
接続率。
61%。
突然、
市場の音が小さくなった。
人はいる。
店もある。
声も聞こえる。
なのに、
遠い。
昨日、
レシートを境界配送した時と似ている。
「来るぞ」
誰かが言った。
俺じゃない。
相棒でもない。
振り返る。
黒い外套。
さっきの男が、
人混みの向こうに立っていた。
顔は見えない。
「お前、誰だ!」
男は答えない。
代わりに、
俺の持つ箱を指差した。
そして言った。
「それを捨てろ」
「十枚したんだけど」
「金の話をしている場合か!」
「俺にとっては大事なんだよ!」
「死ぬぞ!」
「それ先に言えよ!」
男がこちらへ走り出す。
同時に、
接続率が跳ねた。
67%。
74%。
「急に上がったぞ!」
《外部から接続処理が加速されています。》
「向こうから?」
《はい。》
82%。
市場の人間が、
一人ずつ止まり始めた。
果物を持った女。
値切っていた男。
荷車を押す老人。
全員、
同じ方向を見る。
俺ではない。
俺の後ろ。
「……何?」
振り返る。
何もない。
石畳。
建物。
空。
それだけ。
なのに、
全員が見ている。
86%。
黒い外套の男が叫ぶ。
「見るな!」
「またそれかよ!」
俺も見る。
何もない。
だが。
スマホのカメラ越しでは、
違った。
画面の中。
俺の背後に、
扉がある。
細長い、
白い扉。
現実にはない。
スマホの中だけにある。
「……何だこれ」
《画像情報に異常を確認。》
「お前にも見えてる?」
《はい。》
89%。
扉には、
取っ手がない。
鍵穴もない。
ただ中央に、
小さなくぼみ。
丸い。
青い石と、
ほぼ同じ大きさ。
俺は箱を見る。
「まさか」
《帰還標との形状一致率:98.9%》
「差し込むなってことだよな?」
《推奨しません。》
「だよな」
黒い外套の男が、
さらに叫ぶ。
「絶対に入れるな!」
「分かってる!」
91%。
スマホが鳴る。
ポン。
第二世界からメッセージ。
《到着しました。》
「…………」
目の前には、
誰もいない。
ただ。
スマホの画面の中で、
白い扉が、
内側から叩かれた。
――コン、コン。
接続率。
95%。
「相棒」
《はい。》
「確認」
《どうぞ。》
「俺、あれ開けてないよな?」
《はい。》
「青い石も入れてない」
《はい。》
「接続も許可してない」
《はい。》
「じゃあなんで到着してんの?」
数秒。
《向こう側から開けようとしています。》
「帰るわ」
俺は即座に背を向けた。
《どちらへ?》
「知らん。ここじゃない場所」
走る。
今度は迷わない。
商品を抱えて逃げる。
せどりとして正しいかは知らない。
人としては、
たぶん正しい。
接続率。
96%。
黒い外套の男が追いついてきた。
「止まれ!」
「どっちだよ! さっき捨てろって言っただろ!」
「捨ててから走れ!」
「十枚!」
「命より金貨十枚が大事なのか!」
「そう言われると悩むな!」
「悩むな!」
正論だった。
だが、
今さら地面に置くのも怖い。
帰還標。
帰るための目印。
これを捨てた場所に、
何かが来るなら?
市場のど真ん中だ。
もっと駄目だ。
「人のいない場所!」
男が言う。
「どこ!」
「北門の外!」
「遠い?」
「走れば五分!」
「接続あと4%なんだけど!」
男が黙った。
「間に合わねえじゃねえか!」
97%。
スマホが震える。
《配送機能が追加されました。》
「今!?」
画面を見る。
《第二世界への境界配送が利用可能です。》
俺は足を止めかけた。
「これだ!」
《発送しますか?》
「青い石!」
《商品を選択してください。》
一覧。
《帰還標》
一件。
「発送!」
《配送方法を選択してください。》
《直接受渡》
《市場配送》
《境界配送》
「境界配送!」
《送料を計算します。》
「今それやる!?」
98%。
《計算中》
「急げ!」
《計算中》
黒い外套の男が俺のスマホを見る。
「何をしている!」
「送り返す!」
「できるのか!?」
「多分!」
「多分!?」
《送料を算出しました。》
画面。
《送料:1世界》
「…………」
走りながら、
二度見した。
「高っ!!」
《残高:1世界》
全財産。
昨日、
レシート一枚を売って手に入れた、
意味不明の売上。
それが全部消える。
青い石の仕入れ値。
金貨十枚。
送料。
一世界。
「着払い」
《選択できません。》
「購入者負担」
《選択できません。》
「送料込み?」
《出品者負担です。》
「クソ仕様!」
99%。
時間がない。
払う。
いや待て。
相手が返せと言っている。
こっちは頼まれて返す側だ。
なんで俺が送料を払う。
「相棒!」
《はい。》
「メッセージ送れる!?」
《接続率上昇により可能です。》
「送れ!」
《内容をどうぞ。》
「送料は、そちら持ちで」
《送信します。》
ポン。
《送料は、そちら持ちで。》
99%。
返事。
一秒。
二秒。
ポン。
《承知しました。》
「通った!」
《配送条件が変更されました。》
《送料:購入者負担》
「よし!」
《発送しますか?》
「発送!」
箱を開ける。
青い石が、
白く光った。
《境界配送を開始します。》
石の端が消えていく。
昨日のレシートと同じ。
少しずつ。
存在そのものが、
向こうへ移っていく。
半分。
残りわずか。
接続率。
99.9%。
「間に合え……!」
最後の一片が、
消えた。
《発送完了》
同時。
《第二世界:接続率100%》
「…………」
遅かった。
スマホの中。
白い扉が開いた。
光。
俺は目を閉じる。
数秒。
何も起きない。
恐る恐る、
目を開ける。
市場。
人。
黒い外套の男。
全部ある。
扉だけが、
消えていた。
「……終わった?」
《第二世界との接続が完了しました。》
「それ終わってないやつだろ」
ポン。
《配送完了》
続いて。
《受取完了》
「早いな」
さらに通知。
《購入者からメッセージが届きました。》
開く。
《確かに受け取りました。》
その下。
《ありがとうございます。》
普通。
あまりにも普通。
昨日から初めて見る、
まともな取引メッセージだった。
俺は少し安心した。
「……いい人だったのか?」
黒い外套の男が言った。
「何を送った」
「青い石」
男の顔は見えない。
だが、
空気が変わった。
「どこへ」
「第二世界」
男が黙った。
「知ってるのか?」
返事はない。
スマホが鳴る。
ポン。
《返却報酬を受け取りました。》
「報酬?」
画面。
《残高を更新しました。》
《残高:2世界》
「増えた」
送料は向こう持ち。
仕入れ値は金貨十枚。
売上――というか返却報酬、
一世界。
「……利益出たな」
《はい。》
「金貨換算できないけど」
《はい。》
「でも増えた」
《はい。》
悪くない。
いや。
かなりいい。
金貨十枚で仕入れて、
一世界。
相場は知らない。
でも残高は倍になった。
これが商売なら、
成功だ。
たぶん。
ポン。
またメッセージ。
同じ相手。
《もう一つお願いします。》
「…………」
俺は黒い金属板を見る。
露店に残された、
もう一つの《帰還標》。
「これ?」
メッセージ。
《違います。》
「じゃあ何だよ」
数秒。
返事。
《あなたが持っている鍵です。》
俺の手が止まった。
鍵。
剣。
宿に置いてきた。
男を見る。
男も、
俺を見ていた。
「……お前」
低い声。
「剣をどこに置いた」
「宿」
「一人で?」
「剣だからな」
男が走り出した。
「おい!」
「宿へ戻る!」
「なんで!」
男は振り返らない。
ただ、
一言。
「あれは一人にするな!」
意味が分からない。
剣だぞ。
スマホが震えた。
《第二世界から商品が出品されました。》
「……は?」
今度は、
向こうから?
画面を開く。
商品画像。
暗い部屋。
机。
椅子。
ベッド。
見覚えがある。
俺の宿だ。
そして、
机の上に置いた剣。
商品名。
《鍵》
価格。
《1》
出品者。
《――》
その下。
《購入しますか?》
俺は走りながら、
画面を見た。
「相棒」
《はい。》
「これ……俺の部屋だよな」
《はい。》
「剣も俺のだよな」
《所有者登録上は、あなたです。》
「じゃあ誰が出品した?」
返事はなかった。
代わりに。
商品画像の中。
誰もいなかったはずの俺の部屋で、
剣の横に、
人影が立った。
そして。
こちらを向いた。
ポン。
《残り1点です。》
「煽ってる場合か!」
俺は走った。
今までで一番速く。
仕入れも。
利益も。
相場も。
今だけは、
どうでもよかった。
たぶん。




