第6話 金貨十枚。安すぎる。
《第二世界への接続を開始します。》
「開始しなくていい」
《接続条件を確認中――》
「聞けよ」
《確認中――》
「拒否押したよな?」
《はい。》
「じゃあ止めろ」
《できません。》
「なんで拒否ボタンあったんだよ」
《不明です。》
「作った奴呼んでこい」
返事はなかった。
俺はスマホを睨む。
画面中央。
細い線が一本。
その下に、
1%。
「…………」
増えている。
2%。
3%。
「遅いな」
《接続には時間を要します。》
「止める時間もあるってこと?」
《ありません。》
「じゃあ速くても遅くても最悪じゃねえか」
ポケットに入れようとして、
やめた。
見ていない間に100%になった方が怖い。
もう片方の手には、
金貨十枚で買った木箱。
中には青い石。
見れば見るほど、
普通だ。
綺麗でもない。
光ってもいない。
魔力がどうとか、
そういうのも俺には分からない。
ただの、
ちょっと青い石。
「これのせいなんだよな?」
《第二世界から最初に閲覧された商品は、その物体です。》
「出品取り消し」
《実行します。》
画面を待つ。
《出品を取り消しました。》
「お」
できた。
昨日から初めて、
俺の指示がまともに通った気がする。
「接続は?」
4%。
「止まってないな」
《はい。》
「ですよね」
意味がない。
出品を消しても、
第二世界はこちらを見つけたまま。
むしろ、
こっちから商品を隠しただけだ。
ポン。
通知。
《第二世界からメッセージを受信しました。》
「もう購入希望者ですらなくなったぞ」
開く。
一行。
《返してください。》
「…………」
何を。
とは聞く必要がなかった。
青い石を見る。
「これ、お前らの?」
返信欄はない。
読むだけ。
また通知。
《返してください。》
同じ文章。
「相棒」
《はい。》
「向こうに返信できる?」
《現在はできません。》
「接続したら?」
《可能になると推測します。》
5%。
「じゃあ接続待ちか」
《推奨はしません。》
俺は画面を見た。
「……お前が?」
《はい。》
珍しい。
こいつが、
はっきり止めた。
「理由」
《第二世界からの接続要求には、通常の市場接続と異なる処理が含まれています。》
「例えば?」
《権限要求。》
画面が切り替わる。
《要求権限》
《商品情報》
《取引履歴》
《位置情報》
《所有権情報》
「最後の何?」
《所有権情報です。》
「読めば分かる」
嫌なのはそこじゃない。
商品情報。
分かる。
取引履歴。
まあ分かる。
位置情報。
嫌だけど、
昨日もう狙われた。
問題は。
所有権情報。
「誰の?」
《対象が指定されていません。》
「俺の可能性は?」
《否定できません。》
「切れ」
《できません。》
「スマホの電源」
《推奨しません。》
「壊す」
《さらに推奨しません。》
「川に投げる」
《困ります。》
「お前が?」
数秒。
《はい。》
俺は黙った。
今までなら、
「端末故障の可能性があります」
とか、
そういう返事をしたはずだ。
困ります。
初めて聞いた。
「……お前、スマホ壊れたらどうなるの?」
返事がない。
「相棒?」
《接続率が上昇しています。》
話を逸らした。
絶対に。
7%。
「まあいい」
よくない。
だが今聞いても答えないだろう。
俺は青い石を箱へ戻した。
蓋を閉じる。
割れた蓋なので、
ちゃんとは閉まらない。
金貨十枚。
婆さん。
消えた露店。
《返してください。》
分からないことだらけだ。
こういう時は、
分かるところから確認する。
「仕入れ値、十枚」
《はい。》
「第一世界への出品価格、百枚」
《はい。》
「いいね0」
《はい。》
「そこ強調しなくていい」
《事実です。》
「第二世界では?」
《価格情報は取得できません。》
「相場なし?」
《不明です。》
「じゃあ、いくらなら買う?」
《購入希望価格は提示されていません。》
「返せ、だけか」
《はい。》
変だ。
欲しいなら、
普通は値段を出す。
少なくとも俺ならそうする。
売る気のない相手なら、
高値で釣る。
それすらない。
返してください。
つまり向こうは、
これを商品だと思っていない。
自分たちの物だと思っている。
「……盗品じゃねえだろうな」
《可能性はあります。》
「マジかよ」
婆さん。
どこ行った。
もし次に会ったら、
十枚返してもらう。
いや。
その前に説明してもらう。
スマホが鳴った。
ポン。
また第二世界。
だが、
今度の文章は違った。
《返却期限を設定します。》
「おい」
その下に、
数字が現れた。
23:59:59
23:59:58
23:59:57
「またカウントダウンかよ!」
《私も嫌な予感がします。》
「お前が言うと怖さ倍増するんだよ」
接続率。
11%。
返却期限。
23:58:41。
二つの数字が、
同時に減ったり増えたりしている。
気分が悪い。
「とりあえず宿戻る」
《賛成です。》
「今日はもう何も買わない」
《昨日も似た発言をしていました。》
「今日は本気」
《記録しておきます。》
市場を歩く。
できるだけ普通に。
走らない。
騒がない。
青い石を見せない。
それだけ。
なのに、
妙な感じがする。
見られている。
昨日までなら、
気のせいだと思った。
今日は思わない。
露店。
通行人。
荷車。
建物の窓。
誰かが見ている気がする。
「相棒」
《はい。》
「俺、追われてる?」
《周辺に追跡行動は確認できません。》
「ならいい」
《ただし。》
「言うと思った」
《先ほどから同一人物が、約四十メートルの距離を維持しています。》
「それ追跡って言うんだよ!」
振り返らない。
「どんな奴?」
《黒い外套。成人男性と思われます。》
「武器」
《確認できません。》
「昨日の男?」
《違います。》
知らない奴。
最悪。
俺は露店の並ぶ通りを曲がった。
歩く。
次を左。
また右。
適当に歩いているように見せる。
「まだいる?」
《約四十一メートル。》
「確定だな」
《追跡の可能性が高いです。》
「宿には戻れない」
《賛成です。》
じゃあどこへ行く。
市場。
人が多い。
その方がいい。
俺はわざと、
一番混んでいる通りへ入った。
果物。
肉。
武器。
服。
何でもある。
客引きの声。
値切る声。
怒鳴る声。
この騒がしさなら、
簡単には何もできない。
たぶん。
「兄ちゃん!」
突然、
横から声をかけられた。
心臓が跳ねた。
見る。
知らない店主。
「いいのあるぞ!」
「今いらない」
「見るだけ見てけ!」
「今日は買わない日なんだ」
「見るだけタダだ!」
その言葉に、
足が止まった。
駄目だ。
それは危険な言葉だ。
見るだけ。
昨日もそうだった。
俺はそのまま歩こうとした。
「兄ちゃん、これ!」
店主が何かを持ち上げる。
小さな金属板。
黒い。
角が欠けている。
「古代の札だ!」
「いらない」
「金貨五枚!」
「いらない」
「三枚!」
「下がるの早いな」
「二枚!」
「…………」
駄目だ。
見るな。
「相棒」
《はい。》
「止めろ」
《何をですか?》
「俺を」
《購入を推奨しません。》
「もっと強く」
《買うな。》
「よし」
歩く。
「一枚!」
後ろから声。
足が止まる。
「…………」
《買うな。》
「でも一枚だぞ」
《買うな。》
「仕入れとしては」
《買うな。》
「市場反応だけ確認して」
《買うな。》
強い。
俺は振り返らず歩いた。
少し成長した気がする。
十メートル。
二十メートル。
ポン。
スマホが鳴った。
《出品可能商品を検出しました。》
俺は止まった。
「…………」
《先ほどの商品です。》
「言うなよ!」
振り返る。
店主は、
まだ金属板を持っている。
金貨一枚。
市場反応あり。
「相棒」
《買うな。》
「まだ何も言ってない」
《買うな。》
「一枚だぞ?」
《買うな。》
「……分かった」
俺は再び歩き出した。
今度こそ。
買わない。
絶対。
五歩。
ポン。
《第二世界から商品情報へのアクセスがありました。》
「は?」
青い石じゃない。
画面には、
さっきの黒い金属板。
《対象商品を照合中》
俺は振り返った。
店主がいない。
「またかよ」
露店はある。
商品もある。
なのに、
店主だけが消えている。
黒い金属板は、
布の上に置かれていた。
《照合完了》
スマホに文字。
《同一系列商品を確認》
「系列?」
青い石。
黒い札。
全然似ていない。
《第二世界における登録名称を取得しました》
画面に、
商品名が表示される。
《帰還標》
「……きかんひょう?」
《翻訳候補:帰るための目印》
俺は箱の中の青い石を見る。
《対象:帰還標》
「待て」
帰るための目印。
誰が。
どこへ。
スマホが震える。
《第二世界:接続率 21%》
その直後。
《帰還標を検出したため、接続速度が上昇します。》
21%。
27%。
34%。
「おいおいおい!」
《帰還処理を開始します。》
「誰の!?」
返事はない。
40%。
俺は黒い金属板へ手を伸ばしかけた。
《触れないでください。》
「なんで!」
《所有者情報を検出しました。》
「誰だよ!」
画面に文字が出る。
《所有者:――》
一瞬だけ、
何かが表示された。
人の名前。
だったと思う。
だが、
すぐに文字化けした。
《所有者情報を保護しました。》
「今の見せろ!」
《できません。》
「なんで!」
《本人から非公開に設定されています。》
俺は固まった。
本人。
つまり、
いる。
この石にも。
この札にも。
持ち主が。
そして。
ポン。
第二世界から、
またメッセージ。
今度は、
《返してください。》
ではなかった。
《そこにいたんですね。》
「…………誰が?」
返信できない。
なのに。
次のメッセージが来る。
《ずっと探していました。》
そして。
《今から迎えに行きます。》
接続率。
51%。
俺は青い石を見た。
金貨十枚。
昨日までなら、
高いと思っていた。
今は、
安すぎる。
たぶん。
命まで込みなら。




