↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/19

第5話 売上金が使えない。

《残高:1世界》


何度見ても変わらない。


一。


世界。


「…………」


俺はスマホを伏せた。


もう一度見る。


《残高:1世界》


「やっぱり世界だな」


《はい。》


「表示バグとか」


《正常です。》


「翻訳ミス」


《正常です。》


「一円の間違い」


《違います。》


「じゃあ説明してくれ」


《できません。》


「だと思ったよ」


石造りの小さな部屋。


宿、と呼んでいいのかは微妙だ。


ベッド。


机。


椅子。


以上。


風呂はない。


トイレは廊下の先。


窓は閉めても少し風が入る。


一泊、金貨二枚。


この世界に来たばかりの頃は高いと思った。


今は安いと思う。


人間、基準なんて三週間で壊れる。


机の上には、例の剣。


あの男は帰った。


正確には、


「明日また来る」


と言って帰った。


剣を置いて。


金貨三百万枚で買うと言っていた男が、


商品を置いて帰った。


意味が分からない。


だが、


もっと意味が分からない物が、


俺の手元にはある。


《残高:1世界》


「なあ」


《はい。》


「これ使えるの?」


《使用可能です。》


「マジで?」


思わず起き上がった。


「何に?」


《確認します。》


画面が切り替わる。


《残高の利用先を検索中》


数秒。


《検索完了》


一件。


「少なっ」


表示された項目を開く。



《市場機能の拡張》



「……課金かよ」


《表現としては近いかもしれません。》


「異世界まで来て課金させられるとは思わなかった」


項目をタップする。


さらに三つ。



《鑑定》


《保管》


《翻訳》



全部、


価格は同じだった。



《必要残高:1世界》



「高くない?」


《比較対象がありません。》


「全財産だぞ」


《はい。》


「一個しか買えない?」


《はい。》


嫌な三択だ。


鑑定。


商品の情報が分かるなら、


せどりでは強い。


というか強すぎる。


保管。


説明がない。


だが名前だけなら、


在庫を置ける機能だろう。


これも欲しい。


そして翻訳。


「翻訳って、今も会話できてるよな?」


《はい。》


「じゃあいらなくない?」


《詳細情報を表示しますか?》


「頼む」


《翻訳》


《市場を経由して取得した文字情報の翻訳精度を拡張します。》


「文字か」


思い当たる。


剣。


あの文字。


昨日まで読めなかった。


所有者登録が終わった瞬間、


《第一境界》


と読めた。


「……これも必要そうだな」


三択から二択になるどころか、


三択のままだった。


「相棒ならどれ選ぶ?」


《判断材料が不足しています。》


「お前のおすすめ」


《ありません。》


「役に立たねえ」


《三回目です。》


「まだ数えてたのかよ」


俺はベッドへ倒れた。


天井を見る。


鑑定。


保管。


翻訳。


全部欲しい。


残高は一。


これ、


ゲームだったら一時間くらい悩むやつだ。


だが現実だ。


セーブして試すこともできない。


「……保留」


《承知しました。》


結局、


何も買わなかった。


こういうところだけは昔から変わらない。


欲しい物ほど、


一晩考える。


そして翌日売り切れて後悔する。


何度もやった。


それでも治らない。


ポン。


通知。


俺は反射的にスマホを見る。


昨日から、


この音が嫌いになりつつある。


《新しい出品先を確認できます。》


「そういやあったな」


《出品可能世界:2》


一つは、


今いる世界。


たぶん。


もう一つ。


昨日増えた場所。


「見るだけならタダ?」


《はい。》


「見るだけな」


念を押した。


誰に対してなのかは分からない。


画面を押す。



《出品先を選択してください》



一件目。



《第一世界》


状態。


《接続中》



二件目。



《第二世界》


状態。


《未接続》



「名前そのまんまかよ」


《正式名称を取得できていません。》


「第二世界に繋いだら?」


《不明です。》


「危険?」


《不明です。》


「帰れなくなる?」


《不明です。》


「爆発する?」


《可能性を否定できません。》


「最後だけ怖えよ」


画面には、


《接続》


のボタン。


押さない。


絶対押さない。


今日はもう、


何も起こさない。


俺はスマホを机に置いた。


そして剣を見る。


「……お前も今日は静かにしてろよ」


当然、


返事はない。


――コン。


「…………」


返事するなよ。


翌朝。


腹が減った。


世界の謎より、


まず飯である。


宿を出る。


市場はもう人でいっぱいだった。


昨日、


地面から腕が生えてきた場所とは思えない。


石畳も直っている。


露店も並んでいる。


誰も気にしていない。


この世界の復旧速度、


妙に早い。


「串焼き一つ」


「三枚だ」


「昨日二枚だっただろ」


「今日は三枚だ」


「なんで」


「肉が高い」


「じゃあ二枚」


「三枚」


「二枚」


「三枚」


「二枚と半分」


店主が睨んできた。


「半分の金貨なんてねえよ」


「じゃあ二枚」


「三枚だ!」


交渉失敗。


仕方なく三枚払う。


串焼きを受け取る。


一口。


うまい。


「……三枚でもいいか」


《交渉の意味がありませんね。》


「うるさい」


歩きながら食べる。


昨日、


レシート一枚を売った。


売上は一世界。


今日は、


肉一本に金貨三枚払った。


どちらが高いのか、


俺には分からない。


たぶん、


比べること自体が間違っている。


市場の端。


地面に布を敷いただけの露店があった。


ガラクタ。


錆びた金具。


欠けた皿。


壊れたランプ。


片方しかない靴。


こういう店は好きだ。


「見るだけ」


店主の婆さんが言う。


「触るなら買いな」


「厳しいな」


しゃがむ。


一つずつ見る。


価値があるかは分からない。


だから面白い。


新品なら、


だいたい値段が決まっている。


中古は違う。


壊れているなら、


もっと違う。


見る人間によって、


ゴミにもなる。


宝にもなる。


布の端に、


小さな箱があった。


手のひらサイズ。


木製。


蓋が割れている。


金具は錆びていた。


「これいくら?」


「十枚」


「高っ」


「なら置け」


即答。


強い婆さんだ。


箱を持ち上げる。


軽い。


振る。


カラカラ。


中に何か入っている。


「開けていい?」


「壊すなよ」


蓋を開ける。


中には、


小さな青い石。


宝石というほど綺麗ではない。


曇っている。


傷だらけ。


「石付き?」


「それ込み」


「何の石?」


「知らん」


「箱は?」


「知らん」


「どこで手に入れた?」


「忘れた」


強い。


情報が何もない。


スマホを出す。


「相棒」


《はい。》


「これ分かる?」


カメラを向ける。


数秒。



《商品情報を取得できません。》



「だよな」


《ただし――》


「ん?」


《市場接続反応があります。》



俺の手が止まった。


「……この箱に?」


《内部の物体です。》


青い石を見る。


昨日の剣と同じ。


この世界の商品なのに、


市場が反応している。


《出品可能商品を検出しました。》



商品名。



《不明》



状態。



《破損》



価格。



《算定不能》



「またか」


婆さんが俺を見る。


「買うのかい」


「五枚」


「十枚」


「六枚」


「十枚」


「七枚」


「十枚」


「全然下がらねえな」


「なら置け」


俺は箱を見る。


青い石。


市場接続反応。


価格算定不能。


昨日なら、


迷った。


今日は違う。


「……八枚」


「十枚」


「九枚」


「十枚」


強すぎる。


俺はため息をついた。


「分かった。十枚」


金貨を渡す。


婆さんは数える。


一枚。


二枚。


三枚。


きっちり十枚。


そして、


俺に箱を押し付けた。


「毎度」


「負けた気がする」


《完全に負けています。》


「黙れ」


歩き出す。


仕入れ値、


金貨十枚。


商品名、


不明。


用途、


不明。


相場、


不明。


普通なら買わない。


だが。


昨日、


ただのレシートが売れた。


なら、


これが売れない理由もない。


俺は少し笑った。


「出してみるか」


《出品しますか?》


「第一世界に」


《承知しました。》


画面が切り替わる。



《商品を登録します》



《仮名称:青い石》



「雑だな」


《名称を変更しますか?》


「いや、それでいい」


《価格を設定してください》



ここで止まる。


値段。


一番難しいところだ。


安すぎれば損。


高すぎれば売れない。


相場はない。


比較対象もない。


仕入れ値は十枚。


「……百枚」


《金貨100枚で出品しますか?》


十倍。


強気。


でも、


売れなければ下げればいい。


「出品」


《出品しました。》



閲覧数:0



「まあ最初はな」



十秒。



閲覧数:0



三十秒。



閲覧数:0



一分。



閲覧数:0



「…………」



《いいね:0》



「表示しなくていいよ」



《事実です。》



「分かってる」



俺はスマホをポケットに入れた。



「様子見だな」



《同意します。》



その瞬間。



ポン。



「ほら来た」



スマホを取り出す。



購入通知ではなかった。



《警告》



「…………」



嫌な二文字。



《第二世界から商品が閲覧されました。》



俺は画面を二度見した。



「待て」



第二世界は、


まだ接続していない。



《閲覧数:1》



そして。



《購入希望者から質問が届きました。》



嫌な予感しかしない。



開く。



一行。



《それを、どこで拾いましたか?》



「買ったんだけど」



婆さんの露店を振り返る。



いない。



布も。


ガラクタも。


婆さんも。



さっきまでそこにあった店が、



丸ごと消えていた。



スマホが震える。



《第二世界:接続要求を受信しました。》



選択肢。



《許可》


《拒否》



俺は迷わず、



《拒否》



を押した。



《拒否できません。》



「なんで選択肢出したんだよ!」



画面が暗転した。



白い文字。



《第二世界への接続を開始します。》



その下。



《接続条件を確認中――》



俺は、


金貨十枚で買った箱を見た。



やっぱり。



相場不明の商品を仕入れる時は、



もう少し慎重になるべきだった。



たぶん。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。