第4話 発送方法が分からない。
00:00:58
00:00:57
00:00:56
「走れ!」
「走ってる!」
本日何回目か分からない会話をしながら、石造りの門をくぐる。
背後では、
――コン、コン。
今度は剣じゃない。
石畳だ。
俺たちが走る、その真下から聞こえてくる。
誰かがいる。
いや。
何かがいる。
地面の下を、同じ速度でついてきている。
「相棒!」
返事はない。
スマホを見る。
画面右下の丸いアイコンは消えたまま。
表示されているのは、
《現在地:地球》
そして、
《見つけました。》
その二つ。
「全然見つけてねえよ!」
ここは地球じゃない。
少なくとも三週間、
俺はそう思って生きてきた。
空には月が二つある。
通貨は金貨。
店では見たことのない肉が焼かれている。
そして今、
隣では剣を抱えた男が全力疾走している。
これを地球と言い張るなら、
俺の知っている地球の方が間違っている。
00:00:49
「おい!」
男が前を指す。
門の先。
道が二つに分かれている。
「右だ!」
「理由は!?」
「左は行き止まりだ!」
「それを先に言え!」
右へ曲がる。
その瞬間。
――ドン。
左側の石畳が吹き飛んだ。
「うおっ!」
破片が頬をかすめる。
穴。
真っ黒な穴が開いていた。
深さが見えない。
そして、
その中から何かが出てくる。
手。
人間の手に見えた。
白い指。
五本。
石畳の縁を掴む。
「……人?」
男が叫ぶ。
「見るな!」
またそれか。
この世界の連中、
都合が悪くなるとすぐ見るなと言う。
当然、
見た。
穴から伸びた腕。
肘。
肩。
そこまでは人間だった。
問題は、
その先がなかった。
顔も、
胴体もない。
腕だけ。
なのに、
そいつは地面を掴んでこちらへ這ってくる。
「見なきゃよかった!」
だから言った、と男が叫んだ。
00:00:38
スマホが震えた。
丸いアイコンが戻る。
「相棒!」
《はい。》
「どこ行ってた!」
《少々。》
「少々で済ますな!」
《位置情報の偽装に処理能力を使用していました。》
「成功したのか?」
《成功しました。》
画面を見る。
《現在地:地球》
「これが?」
《はい。》
「思いっきり見つかってるぞ!」
《想定外です。》
「お前も想定外とかあるの!?」
返事はなかった。
それより。
00:00:31
「これゼロになったら何が起きる?」
《推測があります。》
「今すぐ言え!」
《取引が確定します。》
「さっき受取評価は不要って言ってただろ!」
《受取評価と取引確定は別処理の可能性があります。》
「もっと分かりやすく!」
一秒。
《残り時間は、支払い期限かもしれません。》
俺の足が一瞬止まりかけた。
「……誰の?」
《不明です。》
「俺?」
《不明です。》
「購入者?」
《不明です。》
「じゃあ何で言った!」
《推測です。》
役に立つのか立たないのか、
本当に分からない。
00:00:22
ポン。
通知。
購入希望者。
《見つけました。》
また同じ文章。
だが、
その下に一行増えている。
《発送を待っています。》
「発送!?」
思わず叫んだ。
「何だ!」
男が振り返る。
「商品を送れって!」
「剣をか!?」
「分からん!」
「なら送るな!」
「俺もそう思う!」
ポン。
《発送を待っています。》
二回目。
00:00:15
「相棒、発送しなかったら?」
《取引不成立になる可能性があります。》
「それだけ?」
《不明です。》
「絶対それだけじゃないだろ!」
――ドン。
後ろでまた石畳が吹き飛ぶ。
腕が増えた。
一本。
二本。
三本。
地面から白い腕が這い出してくる。
00:00:10
「発送ってどうやるんだよ!」
《発送方法を選択してください。》
「出た!」
画面に三つの項目。
《直接受渡》
《市場配送》
《境界配送》
「知らねえの三つ出てきた!」
《選択してください。》
「違いは!?」
《不明です。》
「お前ええええ!」
00:00:07
男が画面を見る。
文字は読めない。
それでも三つの選択肢があることは分かったらしい。
「一番下だ!」
「読めないだろ!」
「いいから押せ!」
「理由!」
「その剣が鍵なら――」
00:00:05
「境界を越える!」
00:00:04
俺は一番下を押した。
《境界配送》
00:00:03
《発送する商品を選択してください。》
「今から!?」
00:00:02
画面に二つの商品が表示された。
《名称不明の剣》
《紙片》
00:00:01
俺は――
《紙片》
を押した。
00:00:00
音が消えた。
本当に、
全部。
走る足音も。
男の声も。
背後で石畳を砕いていた音も。
風の音さえ消えた。
世界が止まった。
いや。
俺だけが、
止まっていない。
「……相棒?」
声は出た。
だが自分の声すら、
妙に遠く聞こえる。
スマホを見る。
《取引時間を終了しました。》
「間に合ったのか?」
《最終処理中です。》
「レシート送ったぞ」
《確認しています。》
「剣じゃなくてよかったんだよな?」
返事がない。
「おい」
《確認しています。》
嫌な沈黙。
数秒後。
画面が切り替わった。
《商品:紙片》
《配送方法:境界配送》
《配送先:非公開》
《送料:――》
送料の欄だけ、
何も表示されない。
「着払いで頼むぞ」
《その設定はありません。》
「そこはないのかよ」
俺はポケットに手を入れた。
レシートを取り出す。
まだある。
「……発送したんじゃないの?」
《最終処理中です。》
その瞬間。
レシートの端が、
消えた。
燃えたわけじゃない。
破れたわけでもない。
ただ、
端から少しずつ、
そこに存在しなくなっていく。
「うわっ」
手を離す。
だがレシートは落ちなかった。
空中に浮いたまま、
消えていく。
一センチ。
二センチ。
半分。
そして、
最後の一片まで消えた。
ポン。
《発送しました。》
「マジで発送しやがった……」
《発送通知を送信しました。》
「どこに?」
《配送先は非公開です。》
「追跡番号」
《ありません。》
「補償」
《ありません。》
「匿名配送?」
《不明です。》
「怖すぎるだろ、この配送方法」
数秒。
ポン。
《購入者が商品を受け取りました。》
「早っ!」
発送から十秒も経っていない。
《購入者が商品の確認を行っています。》
「レシートだぞ」
《はい。》
「何を確認するんだ」
《不明です。》
そして。
ポン。
《取引が完了しました。》
世界の音が戻った。
「うおっ!」
突然、
男の声。
風。
足音。
全部が一気に耳へ入ってくる。
背後を見る。
白い腕が、
止まっていた。
三本。
石畳から伸びたまま、
ぴくりとも動かない。
次の瞬間。
崩れた。
灰みたいに。
跡形もなく。
「……終わった?」
男が剣を抱えたまま、
俺を見る。
「何をした」
「レシート送った」
「れしーと?」
「説明すると長い」
スマホが震えた。
《売上金を受け取りました。》
俺は固まった。
そうだった。
売ったんだ。
あのレシートを。
「いくら?」
《換算処理中です。》
「金貨?」
《換算処理中です。》
「円?」
《換算処理中です。》
「まさかポイントじゃないよな?」
《換算処理が完了しました。》
画面を見る。
《売上:1》
「…………」
一。
「何が?」
《単位情報を取得します。》
数秒。
画面に、
見たことのない文字が現れた。
読めない。
文字なのか、
記号なのかすら分からない。
だが、
相棒がその下に翻訳を表示した。
《売上:1》
《単位:世界》
「…………は?」
男がスマホを覗き込む。
「どうした」
「俺にも分からん」
《残高に反映します。》
《残高:1世界》
いやいや。
待て。
金じゃない。
少なくとも、
俺の知っている金ではない。
「相棒」
《はい。》
「世界って、売買できるの?」
長い沈黙。
《不明です。》
「だよな」
少し安心した。
こいつまで、
「はい」と答えたらどうしようかと思った。
男を見る。
「なあ」
「何だ」
「一世界って、いくら?」
「何を言っている?」
「だよな」
その時。
男が抱えている剣が鳴った。
――コン。
一回。
スマホも同時に震える。
画面に、
新しい通知。
《残高を確認した商品があります。》
「……商品?」
《購入希望者からメッセージが届きました。》
嫌な予感。
開く。
《支払いを確認しました。》
《鍵の所有権を移行します。》
「鍵?」
男を見る。
男も俺を見る。
そして、
剣を見る。
赤い宝石が、
光っていた。
「おい」
男の声が震える。
「何をした」
「だから俺も分からんって」
剣の鞘に刻まれていた文字が、
一つずつ光り始める。
俺には読めない文字。
だった。
昨日までは。
なのに今は、
意味が分かる。
《第一境界》
《所有者登録》
《完了》
最後に、
俺のスマホが鳴った。
ポン。
《新しい出品先が解放されました。》
その下。
《出品可能世界:2》
「…………」
俺は画面を見た。
剣を見た。
もう一度画面を見る。
そして、
一つだけ確信した。
これは、
普通のせどりじゃない。
まあ。
普通のせどりで、
世界なんか仕入れないけど。
俺はスマホをポケットにしまった。
「とりあえず」
男を見る。
「この剣、三百万の話からやり直そうか」
男はしばらく黙っていた。
そして。
「……値上げする気だろ」
「もちろん」
商売とは、
タイミングが大事なのである。
たぶん。




