第3話 受取評価は、まだしない。
――コン、コン。
もう一度。
――コン、コン。
「…………」
俺は剣を地面に置いた。
そっと。
丁寧に。
こういう時、雑に扱ってはいけない。
理由は簡単だ。
怖いから。
「今、鳴ったよな?」
男に聞く。
返事がない。
「聞こえたよな?」
男は剣を見たまま動かない。
「おい」
「……触るな」
やっと返ってきた言葉が、それだった。
「もう触ってたんだけど」
「二度と触るな」
「いや俺の仕入れ商品なんだけど」
「商品ではない!」
「金貨三百万で買おうとしてた奴が言うなよ」
男が黙った。
スマホを見る。
00:05:51
カウントダウンは止まっていない。
その上には、さっき届いた通知。
《受取評価をお願いします。》
嫌な予感しかしない。
こういう通知は知っている。
商品が届いた。
中身を確認した。
問題がなければ評価する。
それで取引終了。
普通なら、そうだ。
問題は――
「商品、ここにあるんだよな」
足元を見る。
剣はそこにある。
誰にも送っていない。
梱包もしていない。
そもそも、この世界に宅配便があるのかすら知らない。
なのに相手は、
《商品を確認しました。》
と言った。
「相棒」
《はい。》
「受取評価したらどうなる?」
《取引が完了するものと推測します。》
「その取引って何」
《不明です。》
「評価しなかったら?」
少し間があった。
《不明です。》
「お前今日そればっかだな」
《未知の市場ですので。》
そこで俺は指を止めた。
「……今なんて言った?」
《未知の市場です。》
「お前にとっても?」
返事がない。
画面右下の丸いアイコンが、一度だけ揺れた。
「相棒?」
《はい。》
「お前、これ知らないのか?」
数秒。
《知りません。》
初めてだった。
こいつが、
自分からはっきり「知らない」と言ったのは。
その時。
ポン。
また通知が来た。
購入者からだった。
今度は一行ではない。
《評価は不要です。》
《商品は正常に受領しました。》
《次の商品を出品してください。》
「…………は?」
俺は最後の一文をもう一度読む。
次の商品。
つまり――
剣だけじゃない。
こいつは、
俺が持っている何かを、
まだ買うつもりらしい。
――コン。
足元で剣が鳴った。
さっきまでとは違う。
一回だけ。
まるで、
話を聞いていたみたいに。
00:05:17
「なあ」
男を見る。
「これ、開けたらどうなる?」
「やめろ」
即答だった。
「まだ何もしてない」
「考えるな」
「考えるくらいいいだろ」
「駄目だ」
「厳しいな」
男が一歩近づく。
さっきまでの怯えた顔とは違う。
本気だ。
「その剣を抜くな」
俺は足元の剣を見る。
鞘には金。
柄には赤い宝石。
刀身に文字があることは、仕入れた時に確認している。
つまり一度は抜いている。
「もう抜いたことあるぞ」
男の動きが止まった。
「……いつだ」
「買った日」
「どこで」
「爺さんの店」
「どこまで抜いた」
「普通に全部」
男の顔が引きつった。
「何か起きたか?」
「爺さんに怒られた」
「それだけか?」
「あと値段が上がった」
「それは関係ない!」
だよな。
俺もそう思う。
男は何かを考え込んでいる。
その間に、俺はスマホへ目を戻した。
《次の商品を出品してください。》
消えていない。
「出品って言われてもな……」
今持っている物。
剣。
スマホ。
財布。
向こうの世界の小銭。
鍵。
レシート。
それから――
ポケットを探る。
指先に紙が触れた。
取り出す。
昨日買ったカードのレシートだった。
「まだ持ってたのか、これ」
《不要物ですか?》
「経費になるかもしれないから不要ではない」
《何の経費ですか?》
「聞くな」
危うく異世界で現実に戻されるところだった。
ポン。
また通知。
《出品可能な商品を検出しました。》
「……は?」
画面を見る。
一覧に、一件。
商品名。
《紙片》
状態。
《使用済み》
推定価格。
《算定不能》
俺の手にあるレシートのようなものが、画面に映っていた。
「待て待て待て」
剣じゃない。
魔道具でもない。
ただの紙だ。
少なくとも俺にはそう見える。
なのに。
《出品しますか?》
選択肢が二つ現れた。
《はい》
《いいえ》
俺は迷わず、
《いいえ》
を押した。
「売るか、こんなもん」
《理由を確認しても?》
「なんか怖い」
《合理的です。》
お前に言われると余計怖い。
だが次の瞬間。
消したはずの出品画面が、
勝手に戻った。
《紙片》
《出品準備中》
「おい」
《操作していません。》
「俺もしてない」
《出品準備完了》
「待てって!」
画面に価格欄が現れる。
数字が、
一桁ずつ埋まっていく。
1
10
100
1000――
止まらない。
「相棒、止めろ!」
《停止操作を受け付けません。》
10000。
100000。
男が俺のスマホを覗き込む。
「今度は何だ」
「知らん!」
1000000。
そこで数字が止まった。
金貨ではない。
円でもない。
見たことのない記号が、
数字の後ろについていた。
俺は息を止める。
「……これ、金なのか?」
《通貨情報を取得できません。》
「じゃあ何だよ」
《不明です。》
またそれか。
そして。
画面の一番上に、
見たことのない表示が出た。
《閲覧数:1》
「…………」
嫌な予感がした。
《閲覧数:2》
増えた。
《閲覧数:7》
「おいおい」
《閲覧数:31》
《閲覧数:108》
《閲覧数:406》
誰かが見ている。
俺の手の中にある、
ただのレシートを。
《いいね:1》
「…………マジかよ」
《いいね:3》
《いいね:8》
《いいね:21》
増えていく。
「相棒」
《はい。》
「これ、誰が見てる?」
《閲覧者情報を取得できません。》
「どこの市場?」
《接続先情報を取得できません。》
「出品取り消し」
《操作を受け付けません。》
「役に立たねえ!」
《本日二回目です。》
数えてんじゃねえ。
閲覧数は止まらない。
812。
1,406。
3,219。
そして。
ポン。
《購入希望者から質問が届きました。》
「質問?」
嫌だ。
見たくない。
だが見ない方がもっと怖い。
通知を開く。
一行。
《これは、どちら側の物ですか?》
「…………どちら側?」
意味が分からない。
俺は男を見る。
男も画面を見ていた。
読めないはずなのに、
俺の顔で何かを察したらしい。
「何と書いてある」
「どちら側の物ですか、だって」
男の表情が消えた。
「……答えるな」
「知ってるのか?」
「答えるな」
「だから、何を――」
男が俺の手首を掴んだ。
「絶対に答えるな」
強い。
冗談ではない。
さっき剣を渡せと言った時より、
明らかに必死だった。
スマホが震える。
《返信しますか?》
《はい》
《いいえ》
俺は《いいえ》を押す。
今度は受け付けた。
質問画面が閉じる。
「これでいいんだろ」
男は答えない。
代わりに、足元の剣を見る。
00:03:42
カウントダウン。
忘れかけていた。
「そういやこれ、ゼロになったらどうなるんだ」
《不明です。》
「もう驚かねえぞ」
《成長しましたね。》
「嬉しくねえ」
その時だった。
レシートの出品画面に、
新しい表示が出た。
《購入希望価格が提示されました。》
「……は?」
金額を見る。
読めない通貨。
だが数字だけなら読める。
50。
「さっきの価格より安い?」
《単位が異なるため比較できません。》
別の通知。
《購入希望価格が提示されました。》
今度は、
300。
さらに、
800。
12。
7000。
次々と数字が並ぶ。
全部、通貨記号が違う。
「オークションかよ」
《類似した状態です。》
「ただのレシートだぞ?」
《その認識が正しい保証はありません。》
指が止まった。
「どういう意味だ」
《あなたにとって不要な紙片でも、別の市場では価値が異なる可能性があります。》
その言葉だけは、
妙に納得できた。
価値なんて、
見る奴によって変わる。
百円でもいらない物を、
一万円出して欲しがる奴がいる。
逆もある。
高かった物が、
誰にも見向きされなくなることもある。
それは知っている。
嫌というほど。
「……値段と価値は別、か」
《概ね同意します。》
俺はレシートを見る。
昨日までなら、
ただの紙だった。
今も俺にとっては、
ほぼただの紙だ。
だが画面の向こうには、
これを欲しがっている何かがいる。
問題は――
そいつらが、
何者なのか分からないことだ。
ポン。
また質問。
今度は別の購入希望者だった。
《製造世界を開示してください。》
背筋が冷える。
「……製造世界?」
男が息を呑んだ。
今度は、はっきり分かった。
こいつは知っている。
「おい」
男は俺から目を逸らした。
「お前、さっきから何を知ってる」
「何も知らん」
「嘘つけ」
「知らん」
「じゃあなんで『製造世界』って言葉に反応した」
男の顔が固まる。
しまった、という顔だった。
俺は一歩近づいた。
「世界と世界の間にある扉」
男は黙る。
「この剣が鍵」
沈黙。
「そして、どちら側の物か。製造世界」
俺はスマホを持ち上げた。
「全部繋がってるんじゃないのか?」
「…………」
「この市場、別の世界と繋がってるのか?」
長い沈黙。
遠くから、
何かが石畳を踏み砕く音が聞こえた。
追手も忘れちゃいけない。
最悪だ。
男がようやく口を開いた。
「市場などではない」
「は?」
「それを市場だと思っているのは、お前だけだ」
意味が分からない。
「じゃあ何なんだ」
男は答えようとした。
だが、その瞬間。
スマホが激しく震えた。
《警告》
《出品情報から位置情報が逆算されています。》
「位置情報!?」
《現在地の特定率――》
12%。
18%。
26%。
数字が上がっていく。
「出品取り消せ!」
《実行中》
33%。
「早く!」
《取消要求を送信しています。》
41%。
男が剣を拾った。
「走るぞ!」
「またかよ!」
48%。
俺はレシートをポケットへ突っ込む。
スマホを握る。
男と一緒に市場の奥へ走った。
55%。
閉じた露店を飛び越える。
61%。
「相棒!」
《取消処理中です。》
「何秒!」
《不明です。》
「時間くらい分かれ!」
69%。
後ろで、
何かが鳴った。
――コン。
剣だ。
男が走りながら抱えている剣から、
あの音。
――コン、コン。
「おい! それ鳴ってるぞ!」
「分かっている!」
76%。
路地の先に、
古い石造りの門が見えた。
男が叫ぶ。
「あそこまで走れ!」
「行ったら助かるんだろうな!?」
「知らん!」
「お前もそれかよ!」
82%。
スマホが震える。
《出品取消――失敗》
「ふざけんな!」
89%。
《現在地の特定を妨害します。》
「できるのか!?」
返事がない。
92%。
画面右下。
丸いアイコンが消えた。
まただ。
95%。
「相棒!」
反応なし。
97%。
画面が暗くなる。
そして、
白い文字が一行だけ現れた。
《位置情報を偽装します。》
99%。
数字が止まった。
一秒。
二秒。
三秒。
《現在地:取得完了》
「……終わった」
そう思った。
だが、その下に表示された場所を見て、
俺は足を止めた。
《現在地:地球》
「…………は?」
男が振り返る。
「止まるな!」
違う。
俺たちは今、
地球にはいない。
少なくとも、
俺はそう思っていた。
スマホが鳴った。
ポン。
購入希望者から、
新しいメッセージ。
《見つけました。》
そして同時に、
足元の石畳が、
内側から叩かれた。
――コン、コン。
00:00:59




