第2話 売った覚えはない。
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00:09:56
数字が減っている。
当たり前だ。
カウントダウンなのだから、減るに決まっている。
問題は――
何の時間だ、これ。
「走れ!」
背後で男が叫んだ。
言われなくても走っている。
店の裏口を蹴り開け、細い路地へ飛び出す。
右手に剣。
左手にスマホ。
そして後ろからは、何かが建物を壊しながら追ってくる音。
最悪の組み合わせだった。
「相棒!」
《はい。》
「説明!」
《何についてですか?》
「全部だよ!」
《質問の範囲が広すぎます。》
「じゃあこの数字!」
走りながら画面を突きつける。
00:09:41
《取引完了までの残り時間です。》
「それは見れば分かる!」
《では説明不要ですね。》
「お前、余裕あるな!?」
後ろで轟音。
振り返らない。
振り返ったらたぶん足が止まる。
こういう時は前だけを見る。
三週間で学んだ。
この世界では、好奇心の強い奴から死ぬ。
たぶん。
「さっきお前、『購入しますか?』って聞いたよな?」
《聞きました。》
「誰が何を買うんだ」
返事が止まった。
三秒。
五秒。
走っている時の五秒は長い。
《不明です。》
「お前が聞いたんだろ!」
《表示された選択肢を読み上げただけです。》
「役に立たねえ!」
《心外です。》
路地を右へ曲がる。
市場に出た。
昼間なら人で埋まっている場所だが、今はほとんど誰もいない。
閉じた露店。
積み上げられた木箱。
干された謎の魚。
俺は木箱の陰へ滑り込んだ。
少し遅れて、男も飛び込んでくる。
「貴様……足だけは速いな」
「褒め言葉として受け取っとく」
「それより剣を渡せ」
「三百万」
「この状況で交渉するのか!?」
「商売はタイミングが大事なんだよ」
本当かどうかは知らない。
だが、無料で渡す気はない。
仕入れ値は金貨三百二十枚。
まだ一枚も回収していない。
男が俺の胸ぐらを掴んだ。
「金の問題ではない!」
「金貨三百万って言った奴がそれ言う?」
「事情が変わった!」
「じゃあ値上げだな」
「なぜそうなる!」
スマホが震えた。
00:08:12
その下に、新しい文字が現れる。
《市場接続:安定》
続いて、
《商品情報を更新しました。》
「……商品情報?」
剣を見る。
画面を見る。
そこには、さっきまで存在しなかった項目が増えていた。
――商品名。
《名称不明》
「不明なのかよ」
――状態。
《使用済み》
「中古か」
――出品者。
《該当情報なし》
――所有者。
《該当情報なし》
俺は眉をひそめた。
「待て」
男も画面を覗き込んでいる。
「なんだ、その文字は」
「俺にも分からん」
正確には読める。
意味が分からない。
一番下。
――取引履歴。
《1件》
金貨3,000,000枚。
間違いない。
さっきと同じだ。
俺は剣を持ち上げた。
「これ、俺が持ってるよな?」
《はい。》
「売ってないよな?」
《少なくとも、あなたが売却操作を行った記録はありません。》
「じゃあなんで取引履歴がある」
《不明です。》
「買った奴は?」
《不明です。》
「売った奴は?」
《不明です。》
「何なら分かるんだよ」
少し間が空いた。
《残り7分43秒です。》
「それは分かってる!」
男が俺たちの会話を聞きながら、顔色を変えていた。
さっきから妙だ。
剣の値段を見た時より、
店が襲われた時より、
今の方が明らかに怯えている。
「おい」
男は答えない。
「この取引、知ってるのか?」
「……知らん」
「今の間はなんだ」
「知らんと言っている」
嘘だ。
値下げ交渉と同じだ。
人間は、都合の悪いことを聞かれた時だけ返事が遅くなる。
俺は剣を抱え直した。
「じゃあ質問を変える」
男を見る。
「この剣、何の鍵なんだ?」
沈黙。
遠くで何かが倒れる音がした。
追ってきている。
男は路地の奥を見た。
そして、小さく言った。
「扉だ」
「それは鍵だからそうだろ」
「そういう意味ではない」
「じゃあどういう意味だ」
男の視線が剣へ落ちる。
「世界と世界の間にある――」
スマホが震えた。
男の言葉が止まる。
画面が真っ黒になった。
「……おい?」
圏外。
いや、それは最初からだ。
だが、丸いアイコンまで消えている。
「相棒?」
反応なし。
初めてだった。
この世界に来てから、
こいつが返事をしなかったことは一度もない。
電源ボタンを押す。
反応しない。
もう一度。
駄目だ。
「壊れた?」
その瞬間。
画面中央に白い文字が浮かんだ。
《接続先を変更します。》
「変更?」
《現在の市場から切断。》
《新規市場へ接続します。》
待て。
市場って、一つじゃないのか。
さらに文字が出る。
《接続先――》
そこで止まった。
代わりに、
見覚えのある通知音が鳴った。
ポン。
あまりにも普通の音。
この世界には似合わない。
そして表示された。
《購入者からメッセージが届きました。》
俺は固まった。
男も固まった。
「……購入者?」
取引履歴には、
購入者不明と表示されていたはずだ。
恐る恐る通知を開く。
メッセージは一行だけだった。
《商品を確認しました。》
背筋が冷えた。
俺は剣を見る。
傷一つ増えていない。
鞘も閉じたまま。
ずっと俺が持っている。
なのに。
スマホがもう一度鳴った。
ポン。
《受取評価をお願いします。》
「…………」
俺は相棒に聞いた。
「これ、どういうことだ?」
数秒後。
消えていた丸いアイコンが戻ってきた。
そして、
いつもの調子で表示した。
《売った覚えは?》
「ない」
《私もです。》
その直後。
剣の向こう側から、
誰かが鞘を叩いた。
――コン、コン。
俺の手の中にある剣の、
内側から。
00:05:59




