第14話 壊れていても、値段はつく。
午前六時十五分。
ピピピピピピッ。
「……うるせえ」
アラームを止める。
あと五分。
そう思ったところで、昨夜のことを思い出した。
古い携帯ゲーム機。
押し入れの奥から発掘した、懐かしい代物だ。
「……あれ、いくらだったっけ」
昨夜、メリカリで見つけた売却済みの商品。
動作未確認。
本体のみ。
それでも、思っていた以上の値段で売れていた。
「……世の中、分からんもんだな」
もう一度スマホを確認しようとしたが、やめた。
午前六時二十分。
「……やべえ」
今日も仕事だ。
俺は布団から這い出した。
◇
午前七時二十五分。
職場の駐車場に到着。
「……よし、今日も間に合った」
エンジンを切り、車を降りる。
始業は七時四十五分。
まだ二十分ほどある。
この時間が、なかなか大事なのだ。
「おはようございます」
「おはようございます」
挨拶を交わし、いつもの喫煙所へ向かう。
タバコに火をつける。
「……ふう」
朝の一服。
これを済ませないと、何となく仕事が始まった気がしない。
自販機で買ったブラックコーヒーを飲む。
そして、スマホを取り出した。
メリカリ。
検索履歴には、昨夜調べたゲーム機が並んでいる。
「……結構売れてんな」
同じ機種でも値段はバラバラだ。
箱付き。
美品。
動作確認済み。
ジャンク。
「……ジャンクって便利な言葉だな」
いや、便利というより、重要な言葉だ。
動かない。
壊れている。
部品が欠けている。
そんな商品でも、状態をきちんと説明すれば買い手がつく場合がある。
「……捨てる神あれば拾う神あり、か」
妙にしっくりきた。
神様が本当に拾いに来たら困るが。
「何見てるんですか?」
隣に来た同僚が聞いてきた。
「古いゲーム機っす」
「買うんですか?」
「いや、売る方っす」
「へえ。持ってるんですか?」
「押し入れから出てきたんすよ」
「動くんですか?」
「分からんっす」
「じゃあ売れないんじゃ?」
「それが、売れてるんすよ」
画面を見せる。
「えっ、壊れてても?」
「そうみたいっす」
「何に使うんですかね」
「……俺も知らん」
二人でしばらく画面を眺めた。
世の中には、いろいろな需要がある。
それだけは確からしい。
時計を見る。
午前七時四十分。
「……そろそろ行くか」
タバコを消し、コーヒーを飲み干す。
スマホをポケットにしまった。
ジャンク品の相場調査は、ここまでだ。
これからは本業の時間。
「……帰ったら充電器探すか」
そう呟き、仕事場へ向かった。
◇
午前七時四十五分。
仕事開始。
「今日、午後からあっちの作業お願いします」
若いリーダーが声をかけてきた。
「了解です」
「よろしくお願いします」
「はい」
いつもどおりの一日が始まった。
ただし、今日の俺には仕事が終わってからの予定がある。
押し入れの発掘調査。
目的は、古いゲーム機の充電器。
「……見つかるといいんだけどな」
「何か言いました?」
「いや、何でもないです」
危ない。
仕事中まで、せどりのことを考えていた。
……これは少し、ハマり始めているのかもしれない。
◇
十七時十五分。
仕事終了。
帰り道。
いつものコンビニに寄り、飲み物を買う。
ついでにメリカリを開く。
「……いや、まずは動作確認だな」
売るなら、状態を調べなければならない。
動くのか。
充電できるのか。
ボタンは反応するのか。
画面は映るのか。
何も分からないまま出品して、あとで揉めるのは面倒だ。
「……充電器探すか」
そう決めて、家に向かった。
◇
帰宅。
夕飯の前に、押し入れを開ける。
「……さて」
昨日より本格的な発掘作業が始まった。
収納ケース。
紙袋。
ダンボール箱。
謎のケーブル。
「……何のコードだ、これ」
端子を眺める。
見覚えがあるような、ないような。
「……違うな」
次。
「……これも違う」
次。
「……何でこんなにあるんだよ」
古い充電器やケーブルというものは、不思議と捨てられない。
いつか使うかもしれない。
そう思って取っておく。
そして、いざ必要になった時には見つからない。
「……意味ねえじゃん」
さらに奥を探す。
すると、小さな袋が出てきた。
「……お?」
中には、見覚えのある充電器。
「……これだ!」
端子が一致した。
「よっしゃ!」
たかが充電器を見つけただけなのに、妙な達成感がある。
俺はゲーム機を取り出し、充電器を接続した。
コンセントに差す。
「…………」
反応なし。
「……おい」
少し待つ。
「…………」
まだ反応なし。
「……死んでんのか?」
何年も放置していたのだ。
簡単には起動しないのかもしれない。
俺はそのまま充電しておくことにした。
◇
夕飯。
テレビでは、魔法少女が派手な必殺技を放っていた。
「……すげえな」
敵が吹き飛ぶ。
建物も吹き飛ぶ。
どう考えても修理代が大変なことになりそうだ。
「……あの街、保険下りんのかな」
どうでもいいことを考えながら、酒を飲む。
そして、ふと思い出す。
「……ゲーム機」
充電を始めてから、しばらく経っている。
俺は席を立ち、電源ボタンを押した。
「…………」
小さなランプが光った。
「……おっ!」
画面が一瞬、明るくなる。
だが。
すぐに消えた。
「……は?」
もう一度押す。
画面が光る。
そして消える。
「……何だこれ」
何度か試してみたが、結果は同じだった。
「……壊れてんな」
少なくとも、正常とは言い難い。
「……まあ、仕方ねえか」
長い間放置していたのだから、当然かもしれない。
だが。
「……これでも売れるんだよな?」
俺はスマホを手に取った。
メリカリを開く。
検索欄に機種名を入力。
さらに、条件を追加する。
《ジャンク》
《売り切れ》
「……あるな」
同じような症状の商品が見つかった。
電源が入らない。
画面が映らない。
充電できない。
ボタンが反応しない。
「……みんな壊れてんじゃねえか」
それでも、売れている。
「……すげえ世界だな」
俺は画面をスクロールした。
中には、状態の悪そうなものもある。
傷だらけ。
汚れあり。
部品欠品。
「……俺の、まだ綺麗な方じゃね?」
もちろん、動作状態は別問題だ。
だが、見た目だけならそこまで悪くない。
「……出してみるか」
俺はゲーム機を机の上に置いた。
◇
まずは掃除。
柔らかい布で表面を拭く。
細かな隙間の埃を取り除く。
「……結構汚れてんな」
長年の汚れは、簡単には落ちない。
無理にこすって傷を増やしても困る。
できる範囲で綺麗にする。
「……こんなもんか」
次は撮影。
正面。
背面。
左右。
上下。
画面。
傷のある部分。
「……写真、多くね?」
最初の漫画は、まとめて撮ればよかった。
だが、ゲーム機はそうはいかない。
状態が分かる写真が必要だ。
「……これ、買う側も大変だな」
画面の傷。
ボタンの状態。
端子部分。
気になるところはいくらでもある。
「……よし」
撮影終了。
俺はメリカリの出品画面を開いた。
◇
商品名。
機種名を入力する。
続いて、説明文。
「……どう書くんだ、これ」
少し考える。
動作確認の結果は、正直に書く。
充電器を接続するとランプが点灯する。
電源ボタンを押すと、一瞬だけ画面が光る。
しかし、すぐに消える。
正常に起動しない。
「……こんな感じか」
さらに、傷や汚れについても記載する。
長期間保管していたこと。
修理や部品取りを前提に検討してほしいこと。
そして。
《ジャンク品として出品します》
「……よし」
最後に価格。
ここが難しい。
売れた商品を参考にする。
だが、状態が違う。
付属品も違う。
「……うーん」
安すぎるのも嫌だ。
高すぎて売れないのも嫌だ。
「……ちょい高めでいくか」
売れなければ値下げすればいい。
俺は価格を入力した。
そして。
《出品する》
タップ。
「……よし!」
二品目。
出品完了。
◇
五分後。
「……お?」
通知が来た。
《いいね!がつきました》
「……早っ」
まだ五分だぞ。
誰かが見ている。
それだけで少し嬉しい。
「……買ってくれてもいいんだぞ?」
もちろん、画面の向こうには聞こえない。
十分後。
また通知。
《いいね!がつきました》
「……おお」
二件。
さらに数分後。
「……またか」
三件目。
「……人気者じゃねえか」
ゲーム機が。
俺ではない。
そこは間違えてはいけない。
◇
二十一時。
「……売れねえな」
出品してから一時間ほど。
いいねは増えた。
だが、購入はされない。
「……様子見か?」
初めて出品した漫画は、あっという間に売れた。
そのせいで、感覚がおかしくなっている。
普通は、そんなにすぐ売れないのかもしれない。
「……まあ、気長に待つか」
そう思い、スマホを置いた。
だが。
五分後。
また開く。
「……増えてねえ」
十分後。
「……変化なし」
十五分後。
「……お前ら買えよ」
理不尽なことを呟く。
いいねを押した人たちは、何も悪くない。
ただ気になっただけかもしれない。
比較しているのかもしれない。
給料日を待っているのかもしれない。
「……俺だって、すぐ買わねえもんな」
そう考えると、少し冷静になった。
◇
二十二時。
アイカスを手に取る。
ブハァァァッ。
白い水蒸気を吐き出しながら、スマホを見る。
「……ん?」
コメントが届いていた。
《こちらの商品、購入を検討しています。お値下げは可能でしょうか?》
「……来た!」
初めての値下げ交渉。
「……なるほど、こう来るか」
俺は腕を組んだ。
値下げ。
もちろん、できなくはない。
だが、出品したばかりだ。
しかも、いいねは複数ついている。
「……どうするかな」
相手は丁寧な文章で聞いてきている。
無視するのも違う気がする。
「……よし」
俺は返信を入力した。
《コメントありがとうございます。出品したばかりのため、大幅なお値下げは考えておりませんが、お気持ち程度でしたら対応可能です。ご希望額はございますか?》
送信。
「……大人の対応だな」
自分で自分を褒める。
そして、返事を待つ。
一分。
三分。
五分。
「……来ねえな」
さっきまで即座に売れることを期待していた男が、今度はコメントの返信を待っている。
「……忙しいな、俺」
もちろん、実際には何もしていない。
ただスマホを眺めているだけだ。
◇
二十三時。
返信は来なかった。
「……寝るか」
ゲーム機は売れていない。
値下げ交渉も途中だ。
だが、今日は新しいことを覚えた。
壊れていても、商品になること。
状態を正直に書くこと。
写真で伝えること。
そして。
「……いいねと購入は別物、か」
これが一番大きな発見かもしれない。
俺はスマホを置き、布団に入った。
目を閉じる。
「……明日、売れてるといいな」
そんなことを考えているうちに、眠りに落ちた。
◇
夢を見た。
知らない場所だった。
石畳の道。
見たこともない建物。
遠くにそびえる、巨大な城壁。
「…………」
俺は、その街を歩いていた。
いや。
歩いているというより、誰かの目を通して眺めているような、不思議な感覚だった。
空の色が、妙に青い。
風が吹く。
どこかで鐘が鳴っている。
そして。
「……また会ったのう」
声がした。
振り向く。
そこには、白い光があった。
人の形をしているようにも見える。
だが、顔は分からない。
「……誰だ?」
俺が尋ねると、光は少しだけ揺れた。
「忘れたのか?」
「……何を?」
「お主に、話したはずなのじゃが」
「……知らん」
しばらく沈黙が流れた。
そして、声が小さく笑った。
「まあ、よい。まだ時間はある」
「……何の時間だよ」
答えはなかった。
代わりに、景色が変わる。
石畳の街。
暗い廊下。
白い扉。
扉の向こうから、音がした。
コン。
コン。
コン。
三度。
「……何だ?」
俺が扉に近づこうとした、その時。
「お主は、まだ知らぬ」
声が聞こえた。
「何をだよ」
「……価値を」
「は?」
「物の価値も、人の価値も」
「……何の話だ?」
白い光が、遠ざかっていく。
俺は手を伸ばした。
「おい、待て!」
だが、指先は何にも触れなかった。
◇
ピピピピピピッ。
「……うるせえ!」
目を開ける。
見慣れた天井。
自分の部屋。
スマホのアラームが鳴っている。
午前六時十五分。
「……夢か」
妙な夢だった。
何かを見た気がする。
誰かと話した気もする。
だが。
「……何だったっけ」
思い出せない。
知らない街。
誰かの声。
それだけが、ぼんやりと残っている。
「……まあ、いいか」
俺はアラームを止めた。
そして、何となくメリカリを開く。
昨夜出品したゲーム機。
通知が一件。
《コメントが届きました》
「……お?」
夢のことなど、すっかり頭から消えていた。
俺は通知を開く。
そこには、短い文章が表示されていた。
《半額になりませんか?》
「…………」
俺は画面を見つめた。
「……ならねえよ」
朝から、現実は容赦がなかった。




