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第13話 初評価、いただきました。

午前十時。


「……さて」


俺はブラックコーヒーを片手に、喫煙所のベンチへ腰を下ろした。


タバコに火をつける。


「……ふう」


朝からそれなりに忙しかった。


だが、今日の俺には仕事以外にも気になることがある。


『くさネコ』全巻セット。


昨日の朝、コンビニから発送した人生初の商品だ。


「……そろそろ届く頃か?」


スマホを取り出し、メリカリを開く。


取引画面を確認。


《配送中》


「……まだか」


まあ、そんなに早く届くわけがない。


発送したのは昨日だ。


配送業者だって、魔法を使えるわけではない。


「……瞬間移動できりゃ楽なのにな」


そう呟いて、コーヒーを飲む。


ふと、昔見たアニメを思い出した。


魔法少女が時間を巻き戻したり、世界そのものを変えてしまったりする話だ。


あいつらなら、荷物一つ運ぶくらい簡単だろう。


……いや。


世界を救うために戦っている魔法少女に、漫画の配達を頼むのはどうかと思う。


「……送料いくら取られるんだろ」


時間を巻き戻せるなら、昨日の俺に一つだけ伝えたい。


ダンボールの高さを決める前に、プチプチの厚みを計算しろ。


それだけだ。


世界を救うより、俺には切実な問題だった。



     ◇



十二時。


昼休憩。


飯を食べながらスマホを確認する。


《配送中》


「……まあ、そうだよな」


少し期待していたのだが、変化はない。


別に急いでいるわけではない。


購入者から催促されたわけでもない。


ただ、初めての取引だから気になる。


「何見てんの?」


同僚が声をかけてきた。


「昨日発送したやつっす」


「ああ、漫画?」


「そうっす」


「届いた?」


「まだっすね」


「そんな何回も見ても早くならねえぞ」


「……分かってるんすけどね」


分かっている。


分かっているのだ。


それでも確認してしまう。


荷物の追跡というものは、不思議な中毒性がある。


何も変わっていないのに、つい開いてしまう。


「……ゲームのロード画面みてえだな」


「何が?」


「いや、こっちの話っす」


昔のゲーム機なら、読み込みが終わるまで待つしかなかった。


今はスマホで配送状況まで確認できる。


便利な時代だ。


だが、便利になったせいで、待つ時間まで気になるようになった。


「……知らなきゃ気にならねえのにな」


俺はスマホを伏せ、飯の続きを食べた。



     ◇



十五時。


最後の休憩。


今日は微糖のコーヒーを買った。


タバコを吸いながら、何となくスマホを開く。


「……おっ」


表示が変わっていた。


《配達完了》


「……届いた!」


思わず声が出た。


「何が?」


隣にいた同僚が振り向く。


「漫画っす。届いたみたいです」


「よかったじゃん」


「いやー、よかったっす」


「そんなに心配だったのか?」


「初めてなんで」


「なるほどな」


俺は画面をもう一度確認した。


確かに配達完了になっている。


あのダンボールが、無事に購入者のもとへ届いたのだ。


「……やるじゃねえか」


自分で切って、折って、テープで留めた箱。


途中で何度も作り直した箱。


あの不格好な工作の成果が、ようやく目的地に到着した。


「……ちょっと感動するな」


「大げさだろ」


「いや、二時間かかったんすよ」


「何に?」


「梱包に」


「……二時間?」


「はい」


「……何やってんだよ」


俺が聞きたい。


本当に。



     ◇



十七時十五分。


仕事終了。


「お疲れさまでしたー」


「お疲れー」


車に乗り込み、エンジンをかける。


スマホを確認する。


《配達完了》


変化なし。


「……まあ、そうだよな」


購入者だって、届いた瞬間に開封できるとは限らない。


仕事中かもしれない。


出かけているかもしれない。


帰宅してから確認するのかもしれない。


「……気長に待つか」


そう呟いて、スマホを置いた。


ところが。


帰り道の信号待ち。


また気になる。


「……いや、運転中はやめとこう」


俺は前を向いた。


家に帰れば、ゆっくり確認できる。


急ぐ必要はない。


初めての取引で浮かれている自分が、少しおかしかった。



     ◇



帰宅。


「……ただいま」


誰もいない部屋に声をかける。


靴を脱ぎ、荷物を置く。


そして。


スマホを開く。


「……お?」


メリカリの通知が届いていた。


《購入者から受取評価が届きました》


「……来た!」


思わず声が大きくなった。


ようやく。


ようやくだ。


初めての受取評価。


俺は画面を開いた。


取引を完了するためには、こちらも購入者を評価する必要がある。


「……なるほど」


問題なく取引できた相手だ。


迷う理由はない。


俺は評価を入力し、送信した。


画面が切り替わる。


《取引が完了しました》


「…………」


そして。


初めての評価が表示された。


《良かった》


「……おお!」


さらにコメントが添えられている。


《丁寧な梱包で、安心して受け取れました。ありがとうございました。》


「…………」


俺はしばらく画面を見つめた。


丁寧な梱包。


その一言に、二時間の苦労が全部詰まっている気がした。


「……分かってくれるか」


いや、購入者は二時間かかったことなど知らない。


当然だ。


だが、それでいい。


時間をかけたことより、無事に届いたことの方が大事なのだから。


「……よっしゃ!」


俺は小さく拳を握った。


初めての取引。


無事完了。


売上金も反映された。


「……俺、せどらーじゃね?」


たった一件で、ずいぶん気が大きくなった。


もっとも。


昨日買った梱包資材の代金を思い出すと、少しだけ現実に引き戻される。


「……初期投資だからな」


誰に言い訳しているのか分からない。


だが。


赤字スタートでも、悪い気はしなかった。


自分が出品したものが売れた。


自分で梱包した。


自分で発送した。


そして、相手に喜んでもらえた。


「……面白えな、これ」


俺はもう一度、評価コメントを読み返した。


夕飯を食べながら、いつものようにアニメを流す。


画面の中では、長生きするエルフの魔法使いが、仲間と旅をしていた。


「……いいよな、エルフは」


時間がたっぷりある。


急ぐ必要もない。


百年くらい平気で過ごせそうだ。


「……受取評価も百年後だったりしてな」


想像してみる。


《商品を受け取りました。少し確認に時間がかかりました》


発送から百年。


「……遅すぎんだろ!」


思わず一人で突っ込んだ。


そんな取引、俺が先に寿命を迎える。


そもそも、百年後にメリカリが残っているのかも怪しい。


「……まあ、今回は早かったけどな」


初めての受取評価は、思ったより早く届いた。


しかも、嬉しいコメント付きだ。


俺は酒を一口飲んだ。


「……うまい」


今日の酒は、少しだけ特別だった。



     ◇



食事を終え、風呂に入る。


部屋に戻り、アイカスを手に取った。


少し高めのリキッドタイプ。


吸い込んで、ゆっくり吐き出す。


ブハァァァッ。


白い水蒸気が、目の前に広がる。


「……ふう」


落ち着く。


今日も一日、よく働いた。


そして、初めての取引も無事に終わった。


「……さて」


俺はスマホを開いた。


メリカリ。


売上金を確認する。


数字が表示されている。


「……おお」


何度見ても、嬉しいものだ。


だが。


「……これ、増やせるんじゃね?」


そんな考えが浮かんだ。


家にある不要なものを売る。


売れた金を貯める。


また何かを売る。


「……いいじゃん」


今までなら、使わなくなったものは押し入れにしまうか、捨てるかの二択だった。


だが、売るという選択肢が増えた。


「……ちょっと探すか」


俺は立ち上がった。



     ◇



まずは本棚。


漫画。


小説。


雑誌。


昔買った設定資料集。


「……結構あるな」


一冊ずつ眺める。


読み返したいもの。


もう読まないもの。


何で買ったのか分からないもの。


「……これ、誰が買ったんだ?」


俺だ。


間違いなく俺だ。


だが、記憶にない。


人間とは不思議な生き物だ。


買う時は欲しくて仕方なかったものでも、数年後には存在すら忘れている。


「……これも売れるかな」


スマホで相場を調べる。


「……安っ」


別の本。


「……おっ」


また別の本。


「……高っ!」


同じような本でも、値段は全然違う。


古いから高いわけでもない。


新しいから高いわけでもない。


「……何だこれ」


人気。


希少性。


状態。


付属品。


いろいろな条件で値段が変わるらしい。


「……奥が深いな」


俺は本を一冊、机の上に置いた。


まだ出品はしない。


もう少し調べてみたい。



     ◇



次は押し入れ。


扉を開ける。


「……うわ」


いろいろ詰まっている。


使っていないバッグ。


古い服。


何かの箱。


そして。


「……お?」


奥に、小さな収納ケースがあった。


引っ張り出す。


蓋を開ける。


「……懐かしっ!」


中には、昔遊んだ携帯ゲーム機が入っていた。


今のスマホとは違う。


小さな画面。


物理ボタン。


少し厚みのある本体。


「……まだあったのか」


手に取る。


懐かしい重さだ。


子供の頃、夢中になって遊んだ記憶がよみがえる。


画面を覗き込む。


電源ボタンを押す。


「…………」


何も起きない。


「……そりゃそうか」


何年も放置していたのだ。


電池が切れていてもおかしくない。


そもそも、まだ動くのかどうかも分からない。


「……充電器、どこだ?」


収納ケースを探す。


ケーブル。


説明書。


よく分からないアダプター。


「……これか?」


違う。


「……こっちか?」


これも違う。


「……何で全部似てんだよ」


昔のゲーム機は、機種ごとに充電端子が違うことも珍しくない。


今みたいに、何でも同じケーブルで充電できるわけではなかった。


「……不便な時代だったな」


そう言いながら、少し懐かしくなる。


結局、充電器は見つからなかった。


「……まあ、いいか」


俺はゲーム機を机に置いた。


何となくメリカリを開く。


機種名を入力。


検索。


「…………」


目を疑った。


「……は?」


画面に並んでいるのは、同じようなゲーム機。


しかも。


「……こんな値段で売れてんの?」


予想より高い。


かなり高い。


「……いや、待て」


俺のは動くか分からない。


傷もある。


箱もない。


充電器も見つからない。


同じ値段になるとは限らない。


「……ジャンクってやつか」


試しに検索条件を変えてみる。


《ジャンク》


《動作未確認》


《本体のみ》


「…………」


出てきた。


しかも、売れている。


「……マジかよ」


動くか分からないゲーム機に、金を払う人がいる。


「……何で?」


俺には、よく分からなかった。


だが、売れているという事実は変わらない。


「……直す人がいるのか?」


部品取り。


修理。


コレクション。


理由はいろいろあるのだろう。


「……なるほどな」


俺はゲーム機を裏返した。


細かな傷。


少し変色した部分。


長い間しまい込んでいたせいか、隙間には埃もたまっている。


「……これでも売れるのか」


まだ信じられない。


だが、売れた履歴は確かに存在する。


「……面白えな」


昨日までなら、ただの古いゲーム機だった。


動くかどうかも分からない。


そのまま押し入れに戻していたかもしれない。


それが今は、値段のつく商品に見えている。


「……いや、待てよ」


俺は少し考えた。


自分には価値がないと思っていたものでも。


誰かにとっては、欲しいものかもしれない。


逆に。


自分が大切にしているものでも、他人には価値が分からないことがある。


「……値段って、面白いな」


俺はゲーム機を机に置き、もう一度売れた商品の一覧を眺めた。



     ◇



気づけば、時計は二十三時を回っていた。


「……やべえ」


明日も仕事だ。


早く寝なければならない。


だが、検索をやめられない。


古いゲーム機。


昔の周辺機器。


限定カラー。


箱付き。


説明書付き。


動作未確認。


ジャンク品。


「……同じ機種なのに、全然違うじゃねえか」


売れた値段を比べるだけでも面白い。


まるでゲームの攻略情報を調べている気分だ。


「……これ、ハマるやつだな」


俺はスマホを置いた。


机の上には、古いゲーム機が一台。


その隣には、売ろうか迷っている本が一冊。


そしてスマホには、初めての取引で獲得した評価が一つ。


《良かった》


「……よし」


明日は、ゲーム機をもう少し調べてみよう。


充電器も探してみよう。


もし動かなかったとしても、正直に状態を書けばいい。


売れるかどうかは、出品してから考えればいい。


「……まあ、まずは寝るか」


部屋の電気を消す。


布団に入る。


スマホのアラームを確認する。


午前六時十五分。


「……明日も早えな」


目を閉じる。


今日、初めての取引が終わった。


たった一つの評価。


たった一件の売上。


だが、それだけで、今まで見向きもしなかったものが違って見え始めた。


古い本。


使わなくなった道具。


壊れたかもしれないゲーム機。


誰かにとっては、まだ価値があるのかもしれない。


「……捨てなくてよかったな」


そう呟き、俺は眠りについた。


机の上には、古い携帯ゲーム機が置かれている。


電源が入るかどうかも分からない、小さな機械。


その価値を、今の俺はまだ知らない。


ただ一つだけ、確かなことがあった。


明日の俺は、きっとまたメリカリを開く。


そして、こう思うのだろう。


『これ、いくらで売れるんだ?』


……せどらーへの道は、どうやら思っていたより深そうだった。

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