第11話 異世界より先に、まず出品。
ここから新章開幕です!
物語は少しだけ時間をさかのぼり、主人公が異世界へ渡る前の日常へ。
剣も魔法もない、ごく普通の毎日。
そんな日々の中で、何が始まったのか。
すべての始まりとなる、主人公の過去をお楽しみください。
ピピピピピピピピ。
「…………」
ピピピピピピピピ。
「……うるせえ」
布団の中から右手を伸ばす。
枕元を探る。
ない。
もう少し右。
「あった」
指先に触れたスマホをつかみ、画面も見ずにアラームを止めた。
静寂。
「……最高」
この瞬間だけは、世界中の問題が解決したような気分になる。
もっとも、解決したのはアラームの音だけだが。
俺は布団を頭までかぶった。
あと五分。
五分だけ寝よう。
そう決めた。
決めたはずだった。
ピピピピピピピピ。
「……クソが」
スマホを手に取る。
午前六時二十分。
スヌーズ機能。
人間の弱さをよく理解した、実に性格の悪い発明だ。
「……五分って短すぎんだろ」
文句を言いながら体を起こす。
窓の外は薄明るい。
鳥の鳴き声が聞こえる。
田舎の朝だ。
「……お前らは元気でいいな」
鳥に仕事があるのかどうかは知らん。
少なくとも、タイムカードを押す必要はないだろう。
俺は布団から抜け出した。
まず向かうのはトイレ。
換気扇を回し、いつものようにタバコに火をつける。
用を足しながら一服。
「……ふう」
ようやく頭が起きてくる。
健康的かと聞かれれば、間違いなく健康的ではない。
だが、朝から説教してくる人間もいない。
一人暮らしのいいところだ。
悪いところは、誰も朝飯を作ってくれないこと。
そして、寝坊しても誰も起こしてくれないこと。
「……まあ、どっちも自分のせいだな」
タバコを消し、洗面所へ移動する。
顔を洗う。
髭を剃る。
歯を磨く。
鏡を見る。
「……疲れてんな」
まだ仕事に行ってもいないのに。
昨日の疲れが残っている。
疲れというものは、どうして毎日きっちり持ち越されるのだろう。
有給休暇でも取ってくれればいいのに。
俺は作業着に着替えた。
財布。
鍵。
スマホ。
タバコ。
ライター。
忘れ物を確認する。
「……よし」
玄関の鍵をかけ、駐車場へ向かった。
そこには小さな軽自動車が停まっている。
通勤用だ。
別にもう一台、英国製の車も持っている。
そっちは気に入っているが、毎日の通勤に使うには少々気が引ける。
燃料代もそうだが、田舎の狭い道や駐車場では軽自動車の方が何かと便利なのだ。
「……結局、軽が最強なんだよな」
運転席に乗り込み、エンジンをかける。
スマホを接続し、お気に入りの音楽を流す。
朝の眠気を吹き飛ばすには、少々うるさいくらいがちょうどいい。
「……さて、行くか」
車を走らせる。
田んぼ。
畑。
山。
たまに家。
また田んぼ。
どこまで走っても、景色が大して変わらない。
これが田舎だ。
嫌いではない。
むしろ、都会の渋滞に毎日巻き込まれるくらいなら、こっちの方がいい。
ただし。
コンビニが遠い。
店が少ない。
欲しいものが近所に売っていない。
そのあたりは、どうにかしてほしい。
しばらく走り、いつものコンビニへ寄った。
駐車場にはトラックが二台。
朝から働いている人間は、俺だけではないらしい。
「……ご苦労さんです」
誰に言うでもなく呟いて店に入る。
まず向かったのは飲み物の棚。
ブラックコーヒー。
いつもの缶に手を伸ばす。
が。
「……今日は微糖だな」
昨日の疲れが残っている。
こういう日は、少し甘いものが欲しくなる。
本当に疲れている時は、小さな缶のデミタスを選ぶこともある。
あれは量が少ない。
だが、妙に満足感がある。
ついでにおにぎりを一個。
栄養ドリンクは少し迷って、今日はやめた。
毎日飲んでいたら、栄養より先に財布が減っていく。
そして。
レジへ向かう途中、足が止まった。
トレーディングカードの売り場だ。
「……おっ」
新しいパックが並んでいる。
ような気がした。
近づいて確認する。
「……前からあるやつか」
残念。
別にカードゲームが大好きというわけではない。
ただ、人気の商品には目が行く。
定価で買えるものが、後から思わぬ値段になることもある。
逆に、買った瞬間から値下がりすることもある。
世の中、そんなに甘くない。
「……まあ、今日はいいか」
コーヒーとおにぎりだけ買って店を出た。
車に戻り、時刻を確認する。
「……おっと」
のんびりしている場合ではなかった。
ここから職場までは、もう少し。
七時四十五分には仕事が始まる。
俺はおにぎりで朝飯を済ませ、再び車を走らせた。
音楽が流れる。
コーヒーをひと口。
「……ああ、うまい」
微糖の甘さが、眠い頭に染みる。
今日も一日が始まる。
別に特別な予定はない。
世界を救うつもりもない。
誰かに選ばれた覚えもない。
ただ、仕事へ向かっている。
いつもと同じ朝だった。
◇
職場は、町外れにあるクリーンセンターだ。
家庭や事業所から運ばれてきた廃棄物を受け入れ、処理し、資源になるものを選別する。
簡単に言えば、ゴミを扱う仕事。
だが、実際にはそれだけではない。
搬入してくる客の誘導。
設備の点検。
機械の清掃。
選別作業。
必要があれば解体作業。
その日の状況によって、やることはいくらでも変わる。
「おはようございまーす」
更衣室へ入ると、先に来ていた同僚が振り返った。
「おはよう。今日も眠そうだな」
「生まれつきです」
「昨日も同じこと言ってたぞ」
「毎日生まれ変わってるんで」
「便利な体だな」
「できれば次は金持ちに生まれたいっすね」
同僚が笑った。
こういうくだらない会話は嫌いじゃない。
むしろ好きだ。
朝から全員が難しい顔をしていたら、それだけで帰りたくなる。
もっとも。
ここには、そういう冗談があまり通じない人もいる。
「おはようございます」
背後から声がした。
振り返る。
リーダーだ。
俺より年下だが、仕事に関しては誰よりも真面目な男だ。
「おはようございます」
「今日、午前中にあそこの設備を確認したいんですけど」
「了解です」
「昨日、少し音が気になったんで。運転前に見ておきたいんですよ」
「分かりました」
「あと、選別ラインの方も確認お願いします」
「了解です」
「午後は搬入が多いかもしれないんで、誘導もお願いします」
「了解しました」
挨拶から仕事の話に入るまで、約二秒。
相変わらず早い。
この人は本当に仕事が好きなのだろう。
いや。
好きという言葉では足りない。
仕事が趣味で、仕事が特技で、休憩時間の話題も仕事なのだ。
たぶん夢の中でも設備点検をしている。
「……すげえな」
俺は小声で呟いた。
「何が?」
隣の同僚が聞いてきた。
「いや、何でもないっす」
「また変なこと考えてただろ」
「多分」
「多分って何だよ」
笑いながら作業場へ向かう。
七時四十五分。
今日も仕事が始まった。
◇
クリーンセンターの仕事は、意外と体力を使う。
選別ラインには、さまざまなものが流れてくる。
空き缶。
プラスチック。
金属片。
そして、なぜここに混ざっているのか分からないもの。
「……おいおい」
俺は流れてきたものを見て、思わず呟いた。
「何だよ、これ」
隣の同僚が覗き込む。
「どうした?」
「いや、これ」
「……ああ」
「何でこんなもん入れるんだろうな」
「知らん」
「俺も知らん」
二人で笑った。
笑い事ではない。
混入物によっては、機械が止まる。
最悪の場合、設備を傷めることもある。
だから選別は大事なのだ。
流れてくるものを確認し、必要なものを取り除く。
単純に見えるが、油断はできない。
「……よし」
手を動かす。
目を動かす。
時々、時計を見る。
「……まだ九時か」
時間の進み方がおかしい。
休日の一時間は一瞬なのに、仕事中の一時間は妙に長い。
誰か、この現象を研究してくれないだろうか。
十時。
ようやく休憩になった。
「……生き返る」
休憩室でブラックコーヒーを買い、喫煙所へ向かう。
缶を開けてひと口。
続いてタバコに火をつけた。
「……ふう」
この組み合わせが落ち着く。
コーヒーだけでも悪くない。
タバコだけでも悪くない。
だが、両方そろうと休憩している実感が違う。
「今日、何か面白いことあった?」
同じく一服している同僚に聞く。
「まだ午前中だぞ」
「だから聞いてるんじゃないっすか」
「特にないな」
「ですよねー」
「お前は?」
「俺もないっす」
「じゃあ何で聞いたんだよ」
「何か起きてるかなと思って」
「平和でいいじゃねえか」
「まあ、それはそう」
実際、何も起きないのが一番だ。
設備が止まらない。
事故が起きない。
客とのトラブルもない。
そんな一日なら、十分に当たりだろう。
タバコを消し、空き缶を片付ける。
休憩は終わりだ。
「……さて、戻るか」
再び作業場へ向かった。
今度は設備点検だ。
リーダーと一緒に、気になる箇所を確認する。
「昨日、ここから少し音がしたんですよ」
「どの辺です?」
「このあたりです」
「……ああ」
耳を澄ませる。
機械には、それぞれ普段の音がある。
毎日聞いていると、少し違うだけでも気になるものだ。
「一回、止めて確認します?」
「そうしましょう」
決められた手順で設備を停止し、安全を確認する。
カバーを開ける前に、動かない状態になっていることを確かめる。
こういうところで手を抜くと、笑い話では済まない。
「……ここですかね」
「そうですね」
原因を確認し、必要な処置をする。
リーダーは相変わらず真剣だ。
「これで様子を見ましょう」
「了解です」
「午後も確認お願いします」
「了解しました」
「あと、次の点検なんですけど」
「……はい」
まだ続くのか。
いや、仕事だから当然なんだが。
この人の頭の中には、仕事の予定表しか入っていないのだろうか。
たまにはアニメの話でもしてみたい。
「リーダー」
「はい?」
「休みの日って何してるんです?」
「家のこととか、いろいろですね」
「仕事のこと考えたりします?」
「まあ、気になることはありますね」
「……ですよね」
予想どおりだった。
「何でです?」
「いや、すげえなと思って」
「何がです?」
「仕事愛です」
リーダーは少し困ったように笑った。
「別にそんなことないですよ」
いや、ある。
絶対にある。
ただ、口には出さなかった。
この人が真面目に仕事をしてくれるから、助かっている部分も大きいのだ。
ふざけるのが好きな俺でも、それくらいは分かる。
◇
十二時。
昼休憩。
「……腹減った」
朝のおにぎり一個では、さすがに足りない。
昼飯を食べ終え、コーヒーを片手に喫煙所へ向かう。
タバコに火をつけて、スマホを取り出した。
ニュース。
天気。
動画。
そして、最近よく見るようになったフリマアプリ。
名前は『メリカリ』
個人同士で、いらなくなったものを売ったり買ったりできるアプリだ。
「……へえ」
画面には、いろいろな商品が並んでいる。
ゲーム機。
漫画。
古着。
カード。
家電。
中には、こんなものまで売るのかと思うような商品もある。
「……すげえな」
俺は画面をスクロールした。
売り切れた商品には、価格が表示されている。
同じものでも、状態や付属品によって値段が違う。
「……なるほどね」
以前から興味はあった。
だが、実際に売ったことはない。
買う側として眺めるのと、売る側になるのでは話が違う。
写真を撮る。
説明を書く。
値段を決める。
売れたら梱包して発送する。
考えてみれば、結構やることがある。
「……めんどいな」
そう思う。
思うのだが。
「……でも、面白そうなんだよな」
売れたら、ちょっと嬉しいだろう。
それに、家には使わなくなったものがいろいろある。
捨てるくらいなら、誰かに使ってもらった方がいい。
もちろん、売れるかどうかは別の話だ。
タバコを消し、アプリを閉じた。
午後の仕事が待っている。
「……帰ったら、やってみるか」
その時点では、軽い思いつきだった。
◇
午後は搬入客の対応から始まった。
「すみませーん!」
車から降りてきた人が声をかけてくる。
「はい、どうしました?」
「これ、どこに降ろせばいいですか?」
「そちらは、あっちの場所になります。案内しますね」
持ち込まれたものを確認し、決められた場所へ誘導する。
初めて来る人には、分かりにくいことも多い。
「ここで大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫ですよ」
「ありがとうございます」
「いえいえ、お気をつけて」
車が出ていく。
「……次っと」
一台終われば、また一台。
忙しい時は、休む間もない。
途中で別の作業を頼まれることもある。
解体。
片付け。
設備の確認。
何でも屋かと思う日もある。
まあ、実際そんなものだ。
十五時。
最後の休憩。
「……疲れた」
自販機で買ったデミタスを手に、喫煙所へ向かう。
小さな缶を開け、ひと口。
続いてタバコに火をつけた。
「……ああ、うまい」
甘いコーヒーとタバコ。
疲れた時には、これが妙に落ち着く。
俺は小さい缶を見つめた。
「……もうちょい入れてくれよ」
同僚が笑った。
「大きいの買えばいいだろ」
「このサイズがいいんすよ」
「じゃあ文句言うなよ」
「それはそれ、これはこれ」
「意味分かんねえ」
俺もよく分からん。
だが、この甘さがちょうどいい。
スマホを見る。
時刻は十五時過ぎ。
あと少し。
……いや。
まだ二時間以上ある。
「……長えな」
「聞こえてるぞ」
「心の声です」
「声に出てるんだよ」
また笑われた。
こういう時間があるから、何だかんだ仕事を続けられるのかもしれない。
◇
十七時十五分。
ようやく仕事が終わった。
「お疲れさまでしたー」
「お疲れー」
「明日もよろしく」
「……明日のことは明日考えましょう」
「お前なあ」
笑いながら職場を出る。
駐車場へ向かう足取りは、朝より少し軽い。
体は疲れている。
だが、仕事が終わったというだけで気分は違う。
軽自動車に乗り込む。
エンジンをかける。
音楽を流す。
「……帰るか」
夕方の田舎道。
空が少し赤い。
朝と同じ道なのに、帰りは妙に短く感じる。
不思議なものだ。
家に着く頃には、すっかり腹が減っていた。
「……さて、飯だな」
玄関を開ける。
誰もいない部屋。
「ただいまー」
返事はない。
まあ、一人暮らしだから当然だ。
冷蔵庫を開ける。
中身を確認する。
「……何作るかな」
適当に肉と野菜を取り出した。
テレビをつける。
録画していたアニメを再生する。
オープニングが流れ始めた。
「……おっ、始まった」
フライパンを温める。
油をひく。
肉を焼く。
ジュウッという音が、部屋に響いた。
「……いい匂い」
塩。
こしょう。
少しニンニク。
難しい料理ではない。
だが、自分で食べる分には十分だ。
皿に盛る。
ご飯を用意する。
そして、冷蔵庫から酒を取り出した。
「……お疲れ、俺」
プシュッ。
一口飲む。
「……ああ、生き返る」
今日、二回目の生還である。
アニメを見ながら飯を食う。
仕事のことは考えない。
明日のことも考えない。
ただ、目の前の料理と画面の中の物語を楽しむ。
こういう時間が好きだ。
派手なことは何もない。
だが、それでいい。
食事を終え、食器を片付ける。
風呂に入る。
湯船に体を沈めた瞬間、思わず声が出た。
「……ああああ」
おっさんみたいな声だ。
いや、実際おっさんなんだが。
「……疲れた」
天井を見上げる。
明日も仕事。
明後日も仕事。
休みになったら、またすぐ仕事。
人生とは、なかなか忙しい。
「……宝くじでも当たんねえかな」
買っていないけど。
◇
風呂から上がり、部屋へ戻る。
スマホを手に取った。
時刻は二十一時を少し過ぎたところ。
「……さて」
昼休みに見ていたアプリを開く。
『メリカリ』
商品がずらりと並んでいる。
俺は部屋の隅へ目を向けた。
そこには漫画が積まれていた。
『くさネコ』
タバコ好きの猫が主人公の、何とも言えない漫画だ。
可愛いのか。
可愛くないのか。
面白いのか。
くだらないのか。
その全部が混ざっている。
「……まあ、面白かったけどな」
全巻そろっている。
読み終わった後は、ずっと置きっぱなしだった。
「……これ、売れるかな」
俺は漫画を机へ並べた。
スマホで写真を撮る。
一枚目。
「……暗いな」
照明の位置を変える。
二枚目。
「……影が邪魔だな」
角度を変える。
三枚目。
「……何で俺の指が写ってんだよ」
撮り直し。
四枚目。
「……まあ、こんなもんか」
商品を売るだけなのに、写真一枚でこんなに苦労するとは思わなかった。
次は説明文だ。
タイトル。
『くさネコ 全巻セット』
状態。
中古品。
多少の使用感あり。
大きな破れはなし。
「……よし」
発送方法。
「……ん?」
ここで手が止まった。
ネコポス。
宅急便。
ゆうパケット。
いろいろある。
「……どれだよ」
漫画の全巻セットが、薄い封筒に入るわけがない。
重さもある。
大きさもある。
送料を間違えれば、利益が消える。
「……危ねえな」
俺は本を重ね、サイズを確認した。
箱に入れることも考える。
送料を調べる。
販売手数料も確認する。
「……結構引かれるんだな」
売れた金額が、そのまま手元に入るわけではない。
当たり前の話だ。
だが、実際に計算すると少し寂しい。
「……まあ、捨てるよりはいいか」
次は値段だ。
同じ漫画の全巻セットを検索する。
出品中の商品。
売り切れた商品。
状態の違い。
巻数の違い。
特典の有無。
「……なるほど」
高いものもある。
安いものもある。
売れていないものもある。
値段を決めるのは、思った以上に難しい。
「……これくらいかな」
俺は価格を入力した。
もう一度、説明文を読む。
誤字はない。
状態も書いた。
写真も確認した。
「……よし」
画面の下にあるボタン。
《出品する》
俺は指を止めた。
「…………」
別に、大したことではない。
ただの中古漫画だ。
売れなければ、それまで。
それなのに。
初めて出品するというだけで、少し緊張する。
「……何ビビってんだよ」
自分で笑った。
そして。
画面を押した。
《出品が完了しました》
「……おお」
本当に出品できた。
当たり前だが、少し感動した。
自分の漫画が、知らない誰かに向けて並んでいる。
誰が見るのだろう。
誰が買うのだろう。
そもそも売れるのだろうか。
「……まあ、気長に待つか」
俺はスマホを机へ置いた。
テレビでは、さっきのアニメの続きを再生している。
少しだけ見てから寝よう。
そう思った。
その時。
ピコン。
「……ん?」
スマホが鳴った。
画面を見る。
『メリカリ』からの通知だ。
《商品が購入されました》
「…………」
俺は画面を二度見した。
『くさネコ 全巻セット』
間違いない。
さっき出品したばかりの商品だ。
「……え?」
時刻を見る。
まだ数分しか経っていない。
「……早っ!」
思わず声が出た。
本当に売れた。
しかも、こんなに早く。
「……マジかよ」
俺は取引画面を開いた。
購入者からのメッセージは、まだない。
だが、取引は始まっている。
次は梱包。
そして発送だ。
「……ああ、そうか」
売れたら終わりではない。
むしろ、ここからが本番だ。
俺は机の上の漫画を見つめた。
さっきまで、ただの読み終わった本だった。
それが今は、誰かが金を払って買ってくれた商品になっている。
「……面白えな、これ」
自然と笑みがこぼれた。
明日は仕事へ行く前に、梱包の準備をしよう。
発送方法も、もう一度確認しなければ。
やることが増えた。
少し面倒だ。
でも。
不思議と嫌ではなかった。
「……よし」
俺はスマホを握り直した。
「明日も何か出してみるか」
こうして。
俺の、もう一つの仕事が始まった。
もちろん、この時の俺はまだ知らない。
売るという行為が、こんなにも面白いものだということも。
そして、いつか。
値段をつけられないものにまで、向き合うことになるなんて。
そんなことは、考えもしなかった。
今夜はただ。
初めて商品が売れたことが、嬉しかった。
「……さて、寝るか」
スマホを充電器につなぐ。
アラームを確認する。
午前六時十五分。
「……明日も早えな」
布団に入る。
目を閉じる。
明日も、いつもと同じ一日が始まる。
たぶん。
いや。
きっと。
そう思いながら、俺は眠りについた。
新章第1話、いかがでしたでしょうか?
異世界での騒動から一転、今回は何とも平和な日常でした。
仕事をして、飯を食って、初めての出品。
果たして主人公は、立派なせどらーになれるのか?
次回、第12話もよろしくお願いします!
※なお、作者も朝の「あと五分だけ」には勝てません(笑)。




