↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
7/19

反転者

リディアは、その日から王宮魔術師団へ通うようになった。

理由は単純だった。

自分の魔法について、もっと知りたかったからだ。


そしてもう一つ。

エドガーと一緒にいる時間が、少しだけ楽しみになっていた。


研究室では、二人で古い文献を読み漁った。

昼になると、近くの食堂で食事をする。

帰りには王宮の庭を歩く。

そんな時間が積み重なっていった。


魔法を使わない日でも。

エドガーは変わらなかった。


「今日は使わないんですか?」


「使いません」


「残念ですね」


「どうして残念なんですか」


「あなたへの好感度が上がらないので」


「……」


「冗談です」


「絶対に冗談じゃないでしょう」


そんな会話をするようになった。


ある日。

リディアは研究室で古い肖像画を見つけた。


「この人は?」


「三百年前の魔術師です」


「隣の男性は?」


エドガーの手が止まった。


「……反転者です」


「この人も?」


「記録上は」


肖像画の中の女性は、穏やかな笑みを浮かべていた。

その隣の男は、彼女を見ていた。

まるで。

世界に彼女しかいないような目だった。


「この二人は、どうなったんですか?」


「記録が途中で途切れています」


「どうして?」


「反転者が、その女性魔術師を守るために王国を離れた」


「それだけ?」


「その後の記録がありません」


リディアは肖像画を見つめた。


「……恋人だったのかな」


「おそらく」


「じゃあ、私たちも」


「私たち?」


「……何でもありません」


エドガーが笑う。


「今、何か言いましたよね」


「言ってません」


「言いました」


「聞かなかったことにしてください」


そのとき。

研究室の扉が開いた。


入ってきたのは、王宮魔術師の一人だった。


「副団長。街で騒ぎが」


「何?」


「昨日治療を受けた人たちが、アストレア公爵令嬢に抗議すると」


リディアの胸が冷たくなる。


「……抗議?」


「はい」


「人数は?」


「かなりいます」


エドガーが立ち上がった。


「場所は?」


「中央広場です」


二人が広場へ向かうと。

そこには大勢の人間が集まっていた。


「呪いの魔女を追い出せ!」


「もう治療なんて受けたくない!」


「人の心を壊す魔法を禁止しろ!」


リディアは足を止めた。

自分に向けられる声。

それはもう、昔から聞き慣れていた。

それなのに。


「私のせいです」


「違います」


「でも」


「あなたが誰かを助けたことは、罪ではありません」


「……」


「ここにいてください」


エドガーは一歩前へ出た。


「王宮魔術師団副団長、エドガー・ヴァレンタインです」


群衆がざわめく。


「今回の治療は、王宮の正式な要請によるものです」


「だから何だ!」


「彼女を責める理由にはならない」


「でも、俺たちはあの女が嫌いなんだ!」


エドガーは静かに答えた。


「それは、あなたたちの自由です」


リディアが驚く。


「ただし」


彼の声が鋭くなる。


「嫌いだからといって、彼女がしたことまで否定するのは違う」


広場が静まり返る。


「彼女は三百人を救った」


「でも、俺たちは……」


「嫌いになった?」


「そうだ!」


「なら、それを彼女の罪にするな」


エドガーは一歩も引かなかった。


「あなたたちが彼女を嫌うのは、彼女が選んだことではない」


その言葉を聞いた瞬間。

リディアの胸が痛くなった。

ずっと。

自分のせいだと思っていた。

嫌われるのは、自分の魔法のせい。

魔法を使ったのも自分。

だから全部、自分の責任だと思っていた。


でも。


「……エドガー」


彼は振り返らない。

ただ。


「帰りましょう、リディア」


そう言った。

その帰り道。

リディアは小さく尋ねた。


「どうして、そこまでしてくれるんですか?」


「分かりません」


「分からない?」


「気づいたら、あなたの味方をしていました」


「それも魔法ですか?」


エドガーは足を止める。


「……たぶん」


「え?」


「でも」


彼はリディアを見る。


「魔法のせいだけにはしたくありません」


リディアは息を呑んだ。


その夜。

エドガーは王宮へ戻った。

待っていたのはグレンだった。


「お前は、何をしている?」


「彼女を守っています」


「やめろ」


「できません」


「反転者だからか?」


エドガーの表情が固まった。


「……知っていたんですね」


「当然だ」


グレンは古い資料を机に置く。


「三百年前の記録を読んだのだろう」


「はい」


「なら、最後まで読め」


「最後?」


グレンは一枚の紙を差し出した。


そこには。

三百年前の反転者が最後に残した言葉が記されていた。


『彼女を愛することは、彼女の魔法を受け続けることではない』


その下に。


『彼女が魔法を使わなくても、なお彼女を選べるかどうか。それが反転者に与えられた最後の試練である』


エドガーは黙って読んだ。


グレンは言った。


「もしお前の感情が魔法によって作られたものなら、いずれ消える」


「……」


「だが、本物なら」


グレンは目を細める。


「お前は、魔法がなくても彼女を選ぶだろう」


エドガーは紙を握った。


「なら、確かめます」


「何?」


「僕自身の気持ちを」


その頃。


リディアは屋敷の窓辺に座っていた。

夜空を見上げる。

昔から、夜が嫌いだった。

嫌われることを思い出すから。

けれど。

今夜だけは。

少しだけ星が綺麗に見えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。