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嫌われる令嬢の隣

「どうして、私のところに来たんですか?」


王宮へ向かう馬車の中で、リディアは尋ねた。


三百人を治療した翌日。

エドガーは何事もなかったように彼女を迎えに来た。


「昨日、命令書を見つけた時点で嫌な予感がしていました」


「それで?」


「あなたが一人で何かを背負うと思ったので」


リディアは黙った。

図星だった。


「……私が馬鹿みたいですね」


「どうして?」


「誰にも頼らず、自分で何とかしようとして」


「それを馬鹿とは思いません」


エドガーは窓の外を見た。


「むしろ、あなたらしいと思います」


「私らしい?」


「誰かに迷惑をかけるくらいなら、自分が傷つけばいいと思っている」


リディアは返事ができなかった。


「違いますか?」


「……違いません」


「なら、少しずつ変えればいい」


「そんな簡単に……」


「僕がいますから」


あまりに自然に言われて。

リディアは顔を逸らした。


「そういうことを、簡単に言わないでください」


「なぜ?」


「期待してしまいます」


エドガーは黙った。

しばらくして。


「期待していいですよ」


そう言った。

王宮へ着くと、二人は魔術院へ向かった。


そこで待っていたのは、王宮魔術師団長グレン・ハルフォードだった。

五十代ほどの男で、白髪混じりの髪を後ろへ撫でつけている。


「来たか、ヴァレンタイン」


「団長」


グレンの視線がリディアへ移る。


「アストレア公爵令嬢」


「はい」


「昨日の治療、ご苦労だった」


その言葉に、リディアは警戒した。


「……ありがとうございます」


「三百人を救ったという結果だけを見れば、素晴らしい功績だ」


「結果だけを?」


「問題は、その後だ」


グレンは書類を机に置く。


「治療を受けた者の大半が、あなたへの強い嫌悪を訴えている」


「分かっています」


「これは危険だ」


「私の魔法が?」


「そうだ」


グレンは冷たく言った。


「人を救うたび、その人間との関係を壊す。そんな魔法を、王国として放置するわけにはいかない」


リディアは拳を握った。


「では、どうしろと?」


「魔法の使用を禁止する」


「……」


「今後、王宮の許可なく治癒魔法を使うことを禁ずる」


エドガーが口を挟んだ。


「待ってください」


「何だ」


「彼女が自分から使っているわけではないでしょう」


「しかし、彼女には力がある」


「力を持つことと、危険人物であることは別です」


グレンの目が細くなる。


「お前は随分と肩を持つな」


「事実を述べているだけです」


「なら聞こう」


グレンはエドガーを見る。


「お前は、彼女の魔法を受けても平気なのか?」


一瞬。

部屋が静かになった。


「はい」


「本当に?」


「ええ」


「なら、証明してみろ」


グレンは立ち上がった。


「アストレア公爵令嬢。彼に治癒魔法を使え」


リディアの顔が強張る。


「……嫌です」


「なぜ?」


「彼を実験にしたくありません」


「実験ではない」


グレンは笑った。


「お前が本当に危険な魔法を使う人間ではないと証明する機会だ」


「そんな……」


エドガーが手を上げた。


「僕が受けます」


「エドガー!」


「大丈夫です」


彼はリディアに向き直る。


「少しだけ怪我をします」


「そんな必要はありません」


「あります」


そう言って、エドガーは机の上の短剣を取った。


「ちょっとだけ」


「待って」


刃先が指先に触れた。

赤い血が一滴落ちる。

リディアは思わず息を呑んだ。


「こんな傷……」


「だからこそ、確認しやすい」


エドガーは手を差し出した。


「お願いします」


リディアは迷った。


怖い。

また彼の気持ちが変わるかもしれない。

それでも。

彼の手を取った。

銀色の光が広がる。

傷が消える。

魔法が終わった。


エドガーは目を閉じたまま、しばらく動かなかった。


「……どう?」


リディアが尋ねる。

ゆっくり目を開ける。


「昨日より」


「……?」


「もっと好きになりました」


「……!」


リディアの顔が赤くなる。

グレンが眉をひそめた。


「馬鹿な」


エドガーは笑った。


「これで証明できたでしょう」


「逆に危険ではないのか」


「彼女の魔法が僕に危害を与えていないことは証明できました」


グレンは黙り込む。


その日の夕方。

王宮を出たリディアは、エドガーと並んで歩いていた。


「……本当に、平気なんですか?」


「何が?」


「魔法です」


「はい」


「あなたの気持ちが変わっていくこと」


エドガーは足を止めた。


「リディア」


「はい」


「僕は、あなたに魔法を使われる前から、あなたに興味を持っていました」


「……」


「最初は、噂と違う人だと思った」


「どこが?」


「嫌われるのが怖いのに、それでも人を助けてしまうところ」


リディアは何も言えない。


「魔法は、その気持ちを大きくしているのかもしれない」


エドガーは続けた。


「でも、最初のきっかけまで魔法に奪われたとは思っていません」


「……信じてもいいんですか?」


「信じてもらえるようにします」


その言葉が嬉しかった。

けれど。

同時に怖かった。

もし、いつか彼まで。

自分を嫌いになったら。

そのとき、自分は耐えられるだろうか。


その夜。

王宮の地下では。

グレンが一人、古い記録を広げていた。


「反転者……」


指で文字をなぞる。

その横には、古い肖像画があった。


三百年前。

一人の女性魔術師と。

彼女の隣に立つ、若い男。

グレンは低く呟いた。


「また同じことが起きるのか」


そして。

肖像画の裏側から、もう一枚の紙を取り出した。


そこには。


『反転者が術者を愛した場合、救済魔法は本来の代償を失う』


と書かれていた。


グレンは紙を握り潰した。


「それだけは、絶対に起こさせてはならない」


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