あなたを嫌う理由
翌朝。
リディアのもとへ、一通の封書が届いた。
王宮からだった。
差出人はエドガー。
けれど、内容はいつもの彼らしい軽いものではなかった。
『昨日の記録について、少し気になることがあります。今日、時間をいただけますか』
リディアは返事を書く前に、屋敷の外を見た。
空は薄曇りだった。
嫌な予感がする。
それでも、王宮へ向かった。
指定された場所は、昨日の地下資料室だった。
「何があったんですか?」
エドガーは返事をする前に、扉を閉めた。
「新しい記録を見つけました」
「反転者について?」
「はい」
机の上には、古い羊皮紙が置かれていた。
「ただ、全部は読めません」
「破られているから?」
「それもあります」
エドガーは一枚の紙を差し出した。
「この記録を書いた魔術師は、反転者についてこう書いています」
リディアは読む。
『反転者は、救済を受けるほど術者への好意を強くする』
そこまでは知っている。
その下。
『しかし、それは魔法によって作られた感情ではない』
リディアは顔を上げた。
「……どういう意味?」
「僕もそこが気になっています」
「魔法じゃない?」
「魔法は、僕の感情を増幅しているだけなのかもしれません」
リディアは黙った。
それなら。
少なくとも。
エドガーが自分を好いている理由のすべてが、魔法というわけではない。
けれど、それを喜ぶのはまだ怖かった。
「……エドガー」
「はい」
「一つ、聞いてもいいですか」
「どうぞ」
「あなたは、魔法を使わない私をどう思っていますか?」
彼は少し考えた。
「面倒な人だと思っています」
「……え?」
「すぐ謝るし、すぐ自分を悪者にするし、助けたいくせに助けたことを後悔する」
「それは……」
「でも」
エドガーは笑った。
「そういうところも含めて、知りたいと思っています」
リディアは視線を落とした。
胸の奥が、少しだけ温かい。
そのとき。
扉の外から声がした。
「副団長。国王陛下がお呼びです」
エドガーの表情が変わる。
「今ですか?」
「すぐに来るように、と」
エドガーは立ち上がった。
「リディアはここにいてください」
「何があるんですか?」
「分かりません」
彼は扉に手をかける。
「ただ、昨日の市場の件が関係している可能性があります」
嫌な予感が現実になる。
数時間後。
王宮から発表が出た。
――アストレア公爵令嬢の治癒魔法について、王宮による正式な調査を開始する。
理由は。
「他者への感情を変化させる可能性のある危険魔法であるため」
だった。
その日の夕方には、噂が王都中に広がっていた。
「公爵令嬢は人の心を操っている」
「治癒魔法なんて嘘で、本当は呪いなんじゃないか」
「助けた人間を嫌わせるなんて、普通の魔法じゃない」
リディアは屋敷の窓から街を眺めた。
昨日までと同じ景色。
けれど。
今日は、どこか違って見えた。
魔法を使わなくても。
もう嫌われ始めている。
その夜。
屋敷の門が激しく叩かれた。
使用人が慌てて駆けてくる。
「リディア様!」
「どうしたの?」
「王宮から使者が」
「何と?」
「明日の朝、王宮へ出頭するように、と」
リディアは封書を受け取った。
そして。
その封書の裏側に、小さく見覚えのある文字があることに気づいた。
エドガーだった。
『この命令には裏があります。絶対に一人で来ないでください』
リディアの指が震える。
王宮が、自分を調べる。
それだけならまだいい。
けれど。
なぜエドガーは、そこまで警戒しているのだろう。
その答えは、翌朝になって分かった。
王宮へ向かう途中。
馬車が止まった。
「どうしたの?」
返事がない。
扉が開く。
そこに立っていたのは、王宮魔術師団の制服を着た男だった。
「アストレア公爵令嬢」
「はい」
「申し訳ありません」
その男が杖を向けた。
「あなたには、これから魔法を使っていただきます」
リディアは目を見開く。
「何を……」
「王都の治癒施設で、重傷者が三百人出ています」
「三百人……?」
「全員を治してください」
「そんなことをしたら――」
男は淡々と告げた。
「あなたは、三百人全員から嫌われるでしょう」
その瞬間。
リディアの背筋を、冷たいものが走った。
これは事故ではない。
最初から。
誰かが、自分に魔法を使わせるために仕組んだのだ。
そして。
遠く離れた王宮の一室では。
エドガーが、一枚の命令書を握り潰していた。
そこに書かれていたのは。
リディアに魔法を使わせ、彼女を王都中の人間から嫌われさせる計画だった。
そして、その計画の署名欄には。
王宮魔術師団長――グレン・ハルフォードの名があった。




