↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
2/14

第2章 一回だけ

挿絵(By みてみん)


 検索結果の上位には、いかにもそれらしい求人が並んでいた。

 イベント設営、倉庫の夜勤、短期スタッフ、家庭教師。

 高嶺ノゾムは帰り道、端末を片手に一つずつ条件を開いていった。

 時給を見て、一日に入れる時間を考える。個展が終わるまでに何日働けるか数え、今の口座残高を足してみる。

「……足りない」

 別の求人を開く。

 今度は深夜勤務で、時給も少し高い。

 それでも足りなかった。

 もちろん、働き続ければ金は貯まる。何週間か、何か月か続ければ、いずれ手が届くかもしれない。

 それは分かっている。

 けれど、ギャラリーで見たあの階段が頭から離れなかった。

 真夏の光が差す古びた階段。その端に置かれた鉢植え。

 あれを、自分の金で買いたい。

 できれば、今。

 ノゾムは検索結果をさらに下へ送った。

 そこで、やけに明るい広告動画が自動再生された。

 抜けるような青空の下を、白を基調に明るく塗り分けられた走行服姿の若い男が走っている。肩も胸も分厚く、脚には機械式のフレームまでついていた。

 画面が切り替わる。

 大理石で造られた、城と見紛うほどの豪邸。その正面階段に、豪華なドレスを着た若い女性が立っている。

 金髪を長く伸ばした、妙に顔の濃い男前のランナーが、光沢のある走行服のまま大型カーゴを開いた。

 深い青のクッションの中央で、赤いガラスの靴がきらきらと光っている。

 女性が両手を胸元で合わせ、嬉しそうに笑った。

 画面いっぱいにコピーが浮かぶ。

あなたがかなえる特別なお届け。

それは素敵な未来のはじまりです。

 最後に、丸みを帯びた軽いロゴが現れた。

デリQ便

「……デリQ?」

 名前だけなら、近所の店から弁当でも運んできそうだった。

 ノゾムは広告を開いた。動画がまた最初から流れ始める。

 今度は、男の着ている装備の方へ目がいった。

走行服・装備一式貸与

「走行服……」

 明るくカラフルに塗られてはいる。

 けれど形だけ見れば、どこかの紛争地帯で兵士が使っていそうな装甲服にしか見えない。

 これを「服」と呼ぶらしい。

 ページを送ると、走行服を着たランナーが大型コンテナを背負い、荒れた道路を走る映像が出てきた。

 そこでようやく思い出した。

 聞いたことがある。

 いや、配信番組で何度か見たことがあった。

 防壁の向こうにある高級都市。

 番組の中では、天へ伸びるガラス張りの建物が並び、その足元には手入れされた緑と水があふれていた。夜になれば、街そのものが巨大な照明みたいに輝いて見える。

 通称――ガラスのお城。

 こことはまるで違う、夢の世界。

 本当に配信で見るような場所なのか、ノゾムには分からない。

 この街を出たことがないのだから。

「これ、あそこに行く仕事か……」

 ノゾムは広告を読み進めた。

 高級都市へ行くには、防壁の外に広がる都市間地域を越えなければならない。

 求人ページには、戦争や社会崩壊のあと十分な管理がされなくなった土地が残り、場所によっては道路や橋が壊れ、治安も維持されていないと書かれている。

 それでも、都市同士の物流が途絶えているわけではない。

 食料や燃料、医薬品のような生活に欠かせない物資には護衛がつき、大規模な輸送隊が都市間を往来しているらしい。

 でも、花束一つのためにそんな輸送隊は動かない。

 そういう、社会全体には必要ではなくても、誰か一人には必要な荷物を運ぶのが、デリQ便のランナーだった。

 ノゾムは広告動画をもう一度見た。

 赤いガラスの靴を受け取った女性は、本当に嬉しそうに笑っている。

「……わざわざ、これを?」

 靴なら、向こうにもありそうなものだ。

 それでも別の街から、自分のためだけに届けさせる。

 しかも、あんな装備を着た人間に。

 金持ちの考えることは、よく分からない。

 ページを送ると、さっきまでの華やかな画面から色が引いた。

都市間配送には危険が伴います。

 崩れた道路や廃墟、水没した地下道の写真が並び、道路や橋の損壊、治安の維持されていない地域、危険生物の存在などが説明されている。

「いや、普通に危ないじゃん」

 ノゾムは画面を閉じかけた。

 その直下で、ページはまた急に明るくなった。

でも、ご安心ください!

「……軽いな」

 走行服の図解が表示される。

 長距離歩行や荒地の踏破を補助し、荷物は専用コンテナで保護。護身装備にルートナビゲーション、緊急時のランナーサポートも用意されている。

 別の映像では、走行服姿の若者が大きなケースを軽々と持ち上げていた。

 少なくとも、生身で荒野へ放り出される仕事ではないらしい。

 装備は貸してもらえる。道も案内される。危険があるからこそ、それに対応するための道具も用意されている。

 さらに、

未経験からスタート可能

 とある。

「未経験でもいいんだ……」

 広告動画に出てくるのは若い男女ばかりで、軍人にも傭兵にも見えない。

 ノゾムはそのまま案件情報へ進んだ。

 配送距離や装備貸与、契約形態などの項目に続いて、

危険度 B

 と表示されていた。

「……B?」

 言われても、何がBなのか分からない。

 Aよりは下。

 そのくらいしか分からない。

 ノゾムは一度デリQ便のページを離れ、検索窓を開いた。

危険度A 仕事

 出てきた結果を見て、眉を寄せる。

 武装警護に、戦闘経験必須の危険地域勤務。立入制限区域での作業や、ほとんど傭兵としか思えない契約まで出てきた。

「……いや、Aは無理だろ」

 試しに何件か開いてみる。

 どう考えても、デリQ便より物騒な仕事ばかりだった。

 ところが報酬欄を見ているうち、ノゾムは妙なことに気づいた。

「……あれ?」

 一つ戻って別の求人を開き、また戻る。

 そして、もう一度デリQ便のページへ戻った。

 成功報酬。

480,000

「……四十八万?」

 一瞬、桁を読み間違えたのかと思った。

 四万八千ではない。

 四十八万。

 さっきまで見ていた危険度Aの求人をもう一度確認する。

 戦闘経験必須。武装警護。傭兵まがいの仕事。

 どう考えても、こちらの方が危険そうだ。

 それでも、一日で四十八万なんて報酬は出てこない。

「……なんで配達の方が高いんだよ」

 デリQ便の広告へ戻る。

 動画の中では、女性が笑顔で赤いガラスの靴を受け取っている。

あなたがかなえる特別なお届け。

セレブがあなたを待ってます。

「金持ちって……」

 その先は言葉にならなかった。

 もう一度、四十八万を見る。

 ギャラリーの作品票が頭に浮かんだ。

 昼飯代を一か月削ったくらいでは、どうにもならなかった金額。

 それが、一件で手に入る。

 ノゾムは危険度の表示へ目を戻した。

B

 Aではない。

 危険度が何段階あるのかも、Bが実際どの程度なのかも知らない。

 それでも、さっき見たAの求人よりは、少しだけましに見えてしまう。

「……Bだし」

 口にしたあとで、自分でも苦しい理由だと思った。

 けれど画面には、あの分厚い走行服がある。護身装備も、ナビも、サポートもついている。

「装備もあるし」

 未経験者応募可。

 危険度B。

 四十八万。

 一回くらいなら。

 ページの一番下には、

ENTRY

 のボタンがあった。

 押せば応募手続きへ進む。

 ノゾムはしばらく見つめたあと、端末を閉じた。

 押さなかった。

 まだ。


    *


 深夜。

 自室の机には、いつもの画材とヨルコの個展案内が並んでいた。壁際には、描きかけの都市風景が立てかけてある。

 その前でノゾムは、端末に表示された文字を読んでいた。

デリQ便 パートナーランナー応募手続き

 昼間に見た広告と同じサービスなのに、こちらの画面には青空も笑顔もない。

 最初のうちは、報酬や装備、サポートについて昼間と同じ説明が続いた。

 その先から、急に文章が長くなる。

 事故が起きた場合の扱い。装備を破損したときの負担。契約解除や自己責任についての規定。それに「独立契約者」という、読んでもいまひとつ意味の掴めない言葉。

 細かな文字が何ページも続いた。

「長……」

 それでも読んだ。

 全部理解できている自信はない。

 だが、何も読まずに応募するほど度胸もなかった。

 ページを送り続けていた指が、途中で止まった。

死亡

「…………」

 ノゾムは端末から顔を上げた。

「いやいやいや」

 その二文字だけが、急に画面から浮き上がって見えた。

 危険なのは知っていた。

 防壁の外へ出る。治安の維持されていない地域を通る。護身装備まで貸し出される。

 安全な仕事のはずがない。

 分かっていた。

 それでも、画面の中で「死亡」という言葉を目にすると話が違った。

「普通やらないだろ、これ」

 自分でもそう思う。

 ここで画面を閉じればいい。

 明日になったら、また普通のアルバイトを探す。夜勤でも倉庫でもいい。時間をかけて働けば、いつかは金が貯まる。

 それだけの話だ。

 ノゾムは椅子にもたれた。

 机の端に置かれた個展案内が目に入る。その向こうには、自分のキャンバスがあった。

 綺麗に整った建物。

 誰もいない風景。

 ノゾムは端末へ視線を戻した。

 画面を少し上へ戻す。

危険度 B

「……Bだし」

 昼間に見たAの求人とは違う。

 さらに戻ると、明るく塗られた走行服が表示された。あれだけの装甲があり、護身装備まである。

「装備もあるし」

 そして、その下。

480,000

 結局、そこへ戻ってきた。

 ギャラリーの絵が浮かぶ。

 あの絵を、自分の金で買いたい。

 欲しい。

 結局、それだけだった。

 ノゾムは契約内容へ戻った。

 事故についても読んだ。自己責任についても読んだ。

 死亡する可能性があることも、読んだ。

 そのうえで最後まで画面を進める。

 中央にボタンが表示された。

ACCEPT

 指が止まった。

 戻るなら、ここだった。

 まだ何も始まっていない。

 机の上には個展の案内。その向こうには自分の絵。そして、目の前の端末。

「……一回だけなら」

 押した。

 短い電子音が鳴り、画面が切り替わる。

ENTRY ACCEPTED

 ノゾムはしばらく、その文字を見つめていた。

「…………マジで応募しちゃったよ」

 誰も答えない。

 部屋の隅で、描きかけのキャンバスだけが黙って立っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。