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第7話 未定研究部

扉の向こうは、校門に繋がっていた。

緩い傾斜の上り坂になっていて、校門の向こうに、のぼり旗がいくつも揺らめいていた。

バンドの生演奏らしい音楽が鳴り、大勢の人の気配がする。


「よく気づいたな」


アイエルが声を弾ませながら聞いてきた。


「最近、仕事で契約書ばっかり扱ってるから…なんか、裏読みする癖がついちゃって」

「ふーん」


アイエルはもっと深く尋ねようか迷っているようだったが、すぐに彼の興味は奪われた。


「おおっ!」


校門の前に立つと、校庭にテントやのぼり旗が立ち並び、学生服に身を包んだ百人近い大人たちが、左右に分かれて我々の通り道を作っていた。

新入生が足を踏み入れると、その先輩たちから熱烈な拍手で迎えられたのである。

バンドの生演奏と相まって、まるで舞台の主役にでもなった気分だ。


「さあ、好きな部活を選んでくれ。期限は一週間だが、今日決めてもらってもかまわない」


喧騒の中、背後から閑院の声が聞こえた。よく見ると、のぼり旗には部活の名前が記されている。

セレモニーとは部活の勧誘だったのだ。

チラシやノベルティのようなものを抱えた生徒たちが、両サイドから手招きしている。


「すげえ、俺…部はもう決めてたんだけど、見るだけ全部、見ておこうかな…」


アイエルはそう言ったが、ユメジも同じ気持ちになりかけていた。

たちまち、ママンが手を引かれて『生カラオケ部』のテントに吸い込まれていった。


「でも全部見てたら、逆に決められなくない?概要はMovitoで見れるし、行きたいところにまず行ってみたら?」

「確かに…じゃあ、お前も来るか?シネマ部」

「シネマぁ?」


あまねく誘いを断りながら、アイエルはユメジの肩を抱えて、ぐいぐいと進んでいった。

確かにゆっくり歩くと目移りしてしまう。『儀式体験部』や『ビオトープ部』といった男心をくすぐる部活が目白押しなのだ。

中でもシネマ部は、一際大きなブースを構えていた。テレビモニターや音響設備を置き、何やら映像を流している。

その前でチラシを抱えた数人の若い男女が、爽やかな笑顔で迎えてくれた。


「コマチさん!」


アイエルが突然、声を弾ませた。どうやら、その中の女性に目を奪われているようだった。

童顔のかわいらしい女性で、女子高生と言われても疑わない容姿である。

現にセーラー服を着ているのだから、頭が混乱してくる。

そういうお店――いや、そういう詐欺なのではないかと考えてしまうほど、異様な世界に思えた。

彼女はにっこり笑って、「ご存じなんですか?」と聞き返した。


「もちろんですっ!『聖女シリーズ』なんて、何回も見ましたっ!」

「まあ、ありがとうございます」


アイエルは嬉しそうに手をもじもじさせながら、彼女に導かれてテントの中へ入っていった。

会いたいと言っていたのは彼女のことか。単純なやつめ。

しかし、これからどうしたものかと思っていると、ユメジを気遣ったのか、一人の男が近づいてきた。


「彼女の名前はコマチ。うちのメイン女優でね」


すらりと背の高い長髪の男だった。知的な顔立ちで、歳もユメジとそれほど変わらないように見えた。


「僕はローレンス。一応、部長なんだ」

「部長さんでしたか。わざわざありがとうございます。女優というと、シネマ部は映画を撮ってるんですか?」

「まあね。『聖女シリーズ』は、市内のローカルテレビで放送されてるよ。よその部のPVなんかも作ってる」

「へえ、でも…映画は世に出たらマズいんじゃないですか?校則的に」

「そう思うかい?」


ローレンスはクスクスと笑った。


「第二条には抵触しないよ。実名や肩書を開示するわけじゃないし、仮に誰かが気づいたとしても、本人が意図的または重大な過失によってそれを招いたのでなければ、第二条には違反しないのさ」

「そうなんですか?」

「法律論っていうのかな。条文の主体は生徒であり、主眼はその生徒の『行為』であって、第三者が気づいたという『結果』は違反にならないとされている。まあ、判例が出ているわけさ。要するに、故意だったりSNSで安易に漏らす行為がアウトってことだね。我々の目的は部活動だから、行為は正当なものだよ」


彼は部長として有能なのだろう。論理的で落ち着いた話し方をする男だ。

だが、ユメジは唸った。ローレンスもそうだが、校則に感心したからである。

絶対的な校則であっても、生徒は大人。あえて解釈の幅を持たせるようにできているのかもしれない。


「なるほど…行為の結果ではなく内容…であれば、ほぼグレーになるような…それで生徒会の裁量が大きくなるわけか…」

「君、なかなか鋭いね」


ローレンスは意外に思ったのか、少し眉を上げた。


「そういう条文解釈を楽しんでいる連中もいるよ。ま、活動は生徒会で認められているから、安心していいよ。よかったら君も入部してくれ」


ローレンスが背中を向けると、ユメジの興味は完全にシネマから離れた。

気づいた時には、アイエルが「ごめんごめん」と戻ってきたところだった。


「ヤバいだろ、コマチさんさぁ!あんなかわいい制服姿を毎日見れるんだぜ」


心から嬉しそうな顔をしているアイエルに、ユメジは頷いて見せた。


「正直、かわいいと思うよ」

「じゃあ、お前もシネマ部に入れよ。俳優デビューしてさぁ!」

「だが、断る」


ユメジが一刀両断すると、アイエルは口を開けたまま固まった。


「悪いな。俺も行きたい部活があるんだ」


ユメジはアイエルを残して、シネマ部のブースをあとにした。

一人で向かったのは一番奥の小さなブースだった。

ここの雰囲気は他の部と全く違う。活気のない連中が、ただ座っているだけの陰気なブースだった。

手書きの小さなボードに無骨な字体で、『未定研究部』と書いてある。

ユメジがその前に立つと、座っていた男女四人のうち、一人の男だけが顔を向けた。


「おや…?あなた、ご興味がありますか?」


三十代後半から四十代に見える。細い眼鏡を中指で押し上げながら、老人のように腰を押さえて立ち上がった。

人当たりの良さそうな細い目が、辛うじて年齢を若く見せている。


「何をやってる部か気になったんでしょう?だいたいシネマとか生カラに行っちゃうんだけど、覗いてくれただけでありがたいことで…」

「いえ…」


ユメジは愛想ではなく否定したのだが、男は悟ったように頷いて、説明を始めた。


「未定研究部はですね…文字どおり、何もやることが決まっていない部でして、活動は気分で決めるんですよ。だから、パンフレットもビラも作れません。こんな風に、だらだら過ごすことが多いですねえ」


そう言って笑みを浮かべると、スマートフォンをいじっている残りの三人に顔を向けた。

女性二人と男性一人で、期待の新入生がやって来ているというのに、気にする素振りも見せなかった。


(辛気臭せぇ…)


これが、ユメジの未定研究部に対する第一印象だった。


「申し遅れました。私は部長の猫又(ねこまた)と申します」


この部長はマイペースなのか、そんな部員の態度にも飄々としていた。


「入部したいんです」

「入部ですか…」


猫又部長はなぜか残念そうに下を向き、急に背中をビクつかせたかと思うと、表情を一変させて目を丸くした。


「ええっ?入部っ?」

「はい。入部です」

「ほんとかい?オイ…みんな」


慌てた部長が気になったのか、座っていた男が立ち上がった。

三十代前後の気弱な感じで、いかにも真面目そうな制服の着こなしをしている。

第一ボタンまでしっかり留め、白い運動靴には汚れひとつなかった。


「部長!さてもさてもです。我々の地道な活動がこうして実を結んだのですぞ」

「いや…副部長。べつに何もしてないのに…」


猫又部長は先ほどまでの落ち着きを無くし、副部長らしき男に肩を揺らされながら、ユメジの顔を見つめていた。


「さっそく入部手続きをしてしまいましょう。いい青年じゃないですか。やっと雑用から解放されますね!」


副部長がまくしたてると、コントのような二人の向こう側から、大きな声が飛んできた。


「オタク君は黙ってろ」


パイプ椅子の上に胡坐(あぐら)をかいていた女性が、立ち上がって近づいてきたのだ。


「シ、シャロン君っ!」


この女性は明らかに男たちより年下だ。しかし、彼女の迫力に男たちはたじろいだ。

赤みがかった髪が腰のあたりまで伸び、歩くたびに香を漂わせるように揺れている。

その美貌は息をのむほどで、彼女のセーラー服姿は妖艶というほかなかった。

ユメジは気づいていた。彼女こそ、まりんが母親と信じる女性なのである。


(名前はシャロンというのか)


シャロンは部長と副部長を押しのけ、ユメジの至近距離まで顔を寄せてきた。

ユメジは気圧された。美しさもさることながら、すべてを見透かされそうな大人の女性の匂いを嗅ぎとれたからだ。

その顔を斜に傾け、ユメジを()めつける。


「お前、スパイだろ?」

「え?」


耳の奥で「ゴゴゴ…」という不協和音が鳴る。


(まさか、バレたのか?)


「なんとか言えよ。こんな部にいきなり入りたいヤツなんか、いるわけねぇ」


シャロンの指先が頬に触れたかと思うと、そのまま胸元に滑っていく。


「破壊工作だろ?え?ゴムベースか雑煮あたりの連中がやりそうなことだな?」

「いえ…違います」


ユメジは声を絞り出したが、内心安堵した。さすがに娘が送り込んだスパイとは思わなかったようだ。


「じゃあ、なんでだよ?」

「皆さんと同じだと思いますよ。ゆるくダラダラするのが好きだからです。スポーツも目立つのも苦手なので」


そう答えると、シャロンは驚いたように目を見開いたが、すぐに興味を失ったのか、フンとそっぽを向いてしまった。

疑いは晴れたのだろうか。


「まあまあ」


猫又部長が割って入った。


「新入生をスパイに使うわけないでしょう。ねえ、副部長」

「そのとおり。去年、コノハ君にもそんなこと言ってましたよ」


今度は男たちがシャロンを押しやって壁を作ると、彼女は不機嫌そうに、また椅子の上で胡坐をかいた。


「あの人は口と態度が悪いだけだから」


副部長が小声で言った。


「僕は副部長のギンブナ。そこの子がコノハ君。彼女は去年入ったんだ」


シャロンの隣にいる若い女性のことだ。

二十代前半といった感じで、背筋を伸ばして上品に座っている。束ねた長い黒髪がシャロンとは対照的に、いかにも優等生という印象を与える。

コノハは言われていることに気づいたのか、向き直ってユメジに丁寧なお辞儀をした。


「というわけで、君を歓迎するよ」


猫又が言った。


「君の名は?」


ユメジはちらりとシャロンに視線を向けたが、こちらには興味がないようだ。


「ユメジです」


声は届いていたはずだが、彼女はスマートフォンを見つめたまま、視線すら変えなかった。


「じゃあ、ユメジ君。さっそく書類にチャチャっとサインしてくれないか」


たちまち猫又とギンブナに囲まれ、書類に記入させられた。


「明日は君の歓迎会をするから来てくれよ。着いたらMovito(モビト)で教えてほしい」


そう言ったきり、他には何の説明もなかった。

よほど活動をしていないのだろう。部長も副部長も椅子に座ってしまった。

こうしてユメジは、あっさりと未定研究部への入部を決め、その場をあとにしたのだった。


最後までお読みいただきありがとうございます。

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