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第6話 副生徒会長

 降ろされたのは、くたびれたフェンスに囲まれた多目的グラウンドのような場所だった。


 ずらりと車が停まっているところを見ると、現在は駐車場として使われているらしい。

 高級車もちらほらあるが、大衆車や軽自動車も多い。さすがに関東ナンバーばかりで、傾向は読み取れそうもなかった。

 駐車場の向こうには、明らかに最近建てられたと思われる建造物がある。

 おそらくそれが案内にあったクラブハウスだろう。屋根の上には、先ほど見えた古めかしい校舎の上半身が覗いている。


 バスは俺たちを降ろすと、さっさと行ってしまった。あの運転手に説明を求めるほうが無理だろう。

 とりあえず、そこに向かうしかない。一行は、誰ともなくぞろぞろと連なって歩いていった。

 今のところ怪しい雰囲気はどこにもないが、緊張しているのか誰も口を開かなかった。

 クラブハウスの近くまで行くと、入り口の扉の前に学生服姿の男が立っているのが見えた。


「入学おめでとう!ようこそ、学園へ!」


 男はいきなり、応援団のごとく声を張り上げ、目いっぱい両手をあげた。

 一瞬、時間が止まり、風が吹き抜けた気がした。

 誰も反応しなかったからだ。いや、あっけにとられたというべきか。


(え?何、この人)


 思わず声に出ていたのか、アイエルが顔を覗き込んできた。

 その顔に驚きの色がないから、この男のことを知っているのだろう。

 大丈夫だよ。聞かねーから。


 男は凍った空気を気にする様子もなく、両手をあげたまま笑みを浮かべている。

 しかし、何なんだ、この人は。何かを試しているのか?それともただのクレイジーか?

 おそらく後者だな。ここはそういう連中の巣窟なのだろう。


「驚いたか?副会長だ」


 アイエルのドヤ顔に、とりあえず苦笑いを返しておく。

 まあ、これでわかった。ここから先は、理解できない人間がうじゃうじゃ出てくると。

 それに、アイエルの言葉の意味は理解できたのだ。

 男はスクリーンから抜け出してきたような美男子だった。化粧をしたような肌に整った顔立ち、モデルのような体躯にヘアーカタログのような髪型。

 わずかながらだが、すべてにおいて俺を上回っている。ゆえに年齢もわからない。年下には見えないけれど。


 芸能人でも見たかのように眺めていると、男は笑みを消し、右手を胸に当ててかしこまった。

 中世の貴族でも意識しているような動作がいちいち鼻につくが、なぜか息をのむ迫力があった。


「諸君。我が名は、閑院(かんいん)。副生徒会長である」


 その宣言に、跪けと命じられている気にさえなる。

 新入生の誰かが「閑院様」と呟くのが聞こえた。


「なんてね」


 閑院と名乗る男は、すぐに態度を一変させ、眩しいほどのハリウッドスマイルを見せつけた。

 やっぱりな。確実にクレイジー君だ。しかし、副生徒会長というからには、黙って聞いておくしかない。


「副生徒会長だからって偉いわけじゃないから、リラックスしてね、リラックス~」


 閑院は両肩をグルグルと回して、新入生にも同じ動作をするように促した。

 ハイハイ。やりますよ。


「今日は僕が君たちの案内役を務めます。車で来たのが二人いるから…全員そろってるね」


 閑院は軽やかに指で人数を確認すると、クルリと背を向けて、クラブハウスの両開きの扉を開け放った。

 そして扉の横に立ち、どうぞと我々を招き入れたのだった。


 建物の中に入ると、高い天井のホールになっていた。

 左右には健康ランドのように、男女ののれんが掛けられている。大浴場なわけがないから、奥が更衣室なのだろう。

 ホールの中央まで行くと、二人の男女が待っていた。

 どちらも三十代前後に見えるが、こちらも緊張しているのか、借りてきた猫のようにソワソワしている。彼らが車で来た新入生に違いない。


「みんなのロッカーは『R』の区画に用意してあるから、四十秒で支度して集合してください。なんてね」


 新入生はクスリともせず、男女に分かれて左右ののれんをくぐっていった。というか、笑う要素は今のところどこにもない。

 のれんの奥は、ロッカーの列が長く伸びていた。

 どこにでもある縦長のロッカーで、天井から区分けを示すアルファベットのプレートが釣り下がっている。

 Rエリアは奥の突き当りだった。どのロッカーも使いこまれた年代物で、無機質なねずみ色とテプラで貼られた名前のシールが、いかにも学校の更衣室でござい、と主張しているようだった。

 それらが並んだところどころの柱に、学園のフリーWi-Fiの掲示が貼られている。


 ≪SSID:finalgakuen≫

 ≪Password:gakuentengoku≫


「ここは電波が悪いんだよな」


 アイエルが知った風に言う。確かに廃校しかない山の中に基地局は整備されなかったのだろう。

 Rエリアのロッカーも新調されたものではなく、誰かのお下がりに違いなかった。

 ゴシック体で『ユメジ』の文字が大きめテプラで貼られている。12mmだろう。ファイル整理でよくやってるよ。あ…いや、そんなことはどうでもいい。

 新入生は全員同じ並びのロッカーだった。

 無言で学ランに着替える大人たちの姿は滑稽なのだが、しんとした空気に包まれて誰も笑わなかった。

「似合わねぇな」と言ったアイエルの声が妙に響いた。


 再びホールに戻ると、閑院が歓談用の椅子から立ち上がって、パチパチと拍手をした。


「初々しいね!みんなよく似合ってるよ」


 そして、手のひらで立ち位置を指示しながら、全員を一列に整列させた。


「それでは、これより入学式を執り行います」


 ――は?

 俺はアイエルと顔を見合わせた。ここで?今?という当然の反応である。

 しかし、閑院はそんな空気を気にする素振りもなく、「んん~…」と鼻先から締まりのない声を発し始めた。


「パ~~パ~~パ~~パァ、パ~~パ~~パァー…」


 なんと、国歌の前奏を口ずさんでいたのだ。まさかと思ったが、そのまま続けて歌い始めた。


「き~~み~~が~~あ―…」


 突然の国歌斉唱。くぐもった新入生たちの声が、少しずつ重なっていく。


「さあ、大きな声で」


 閑院は興に乗ったのか、指揮者のように両手を動かした。つられて新入生の声量も上がる。

 完全に乗り遅れたが、ここで恥ずかしがってはいられない。俺も声を絞り出す。なかなか音程が合わない。ヤバい。国歌が終わってしまう。もうどうにでもなれっ!

 俺は初めて本気で国歌を歌った。吹っ切れると音程も合うものだ。そういえば、甲子園の応援席もこんな感じだったな。なんて、歌いながら思っていた。

 閑院が顔の前で力強く拳を握り締めて静止すると、誰からともなく拍手が起こった。


「いやぁ、お見事!」


 奇妙な一体感が生まれた瞬間だった。互いに顔を見合わせ、握手をする者もいた。

 しかし、その余韻に浸ることなく、閑院はスッとどこかへ行ってしまった。

 新入生たちは顔を綻ばせて、小声で名乗り合い始めた。これから同期というわけだ。

 よろしくです~、なんて軽やかに握手なんかしたりしていると、閑院が帰ってきた。


「さて、リラックスできたところで、適当にかけてくれ」


 戻ってきた閑院は、手に書類を抱えていた。


「では、これから真面目な話を二つするよ。まず学園の重要事項から…」


 そう言いながら、一人ずつに紙を手渡した。


「知っている人もいるかもしれないけど、うちは校則が絶対だよ。覚えることは強制はしないけど、知らなかったというのは通らないから、事前にはっきり言っておく。いいね?ここでは校則が絶対だ」


 また急に口調と態度を変えていた。強く重い口調。閑院の目に冗談の色は一切なくなっていた。

 用紙に視線を落とす。



第一条(入学資格)

満二十歳以上かつ仏土市に在住歴がなく、理事会の非公開審査を通過した者のみ入学を許可する。


第二条(匿名原則)

学園内外を問わず、現実社会の氏名・肩書・経歴による名乗り・特定・開示、またはそれと同等の結果を招く行為を禁止する。


第三条(基本義務)

生徒は在籍期間において最低一つの部に所属し、活動に関与するものとする。

なお、活動中は制服または体操服の着用を原則とするが、活動に支障がある場合は生徒会に申請し承認を得ること。


第四条(活動と寄付)

仏土市民に対する営利活動は原則禁止とし、非営利であっても、学園の風土・秩序に著しく反する場合は処分の対象とする。

学園への寄付行為および外部資格・技術・設備等を学園内で用いる場合は、事前に理事会の許可を要する。


第五条(違反と処分)

日本国の法律によって罰金刑以上を受けた者は退学とし、それが学園内での活動によるものであれば、所属部の部長も連帯責任を負う。

校則に違反する行為は、生徒会の過半数決議と理事会の承認により処分される。校則の改定は認めない。


第六条(生徒会の権限)

生徒会は年度予算案を作成し、生徒会長の承認を経て施行する。予算の上限額は理事会が定める。

その他、学園の運営における判断は、校則の範囲内で多数決により決議される。


第七条(生徒会の構成と議決)

生徒会は十二名で構成される。議決は多数決により行い、可否同数の場合は会長が決定権を持つ。

審議内容は原則非公開とし、理事会のみに報告される。


第八条(生徒会長の選出)

生徒会長は在学生による選挙で選出され、副会長一名は会長が任命する。

会長・副会長は部活動に属してはならない。その他の役員・一般会員は各部から抽選で選出される。


第九条(部活動の費用)

部活動費は申請に基づき生徒会が審査・配分する。個人支出は認めるが、年間部費と同額を上限とする。


第十条(部活動と審査)

毎年、仏土市民による投票により、各部および生徒会長の評価を行う。最上位の部には生徒会の二議席が与えられ、最下位の部は廃部とする。

廃部となった所属者は、転部または退学のいずれかを選択するものとする。新規部の設立は、廃部によって空きが出た場合に限る。

生徒会長の審査は、裁判官の国民審査に順じ、投票者の過半数を持って罷免となる。


第十一条(理事会の責務と限界)

理事会は決議および運営内容について仏土市議会による非公開監査を受けるものとする。

また学園の自主性と生徒の自由を尊重し、校則の範囲内での生徒会の運営に不当な干渉をしてはならない。



 校則の条文だった。

 といっても、普通の校則ではなかった。第一条からすでにマトモじゃない。


「そういうことか…」


 俺が呟きが聞こえたのか、アイエルは首を傾げた。


「君が仏土市とつながってるって言った意味がわかったよ。異常な校則だな。理事会というのも意味がわからないし」

「それは誰にもわからないらしいぜ。運営はワイナテックだけど、理事会のメンバーは謎なんだってさ」

「住民投票と監査があるにしても、生徒会の権力が強くないか?」

「だけど、このくらいのほうがいろいろ決めやすいんじゃないか?生徒会長だって校則は守るわけだし」

「まあ…」


 ひと通り目を通した新入生たちは、ヒソヒソと感想を言い合っていたが、閑院が咳払いをして遮った。


「当面、君たちが注意しなければならないのは第二条の匿名原則だ。間違ってもすぐに処分されることがないようにね」

「ふ…副会長!し…質問をよろしいでしょうか?」


 新入生のひとりが手を上げた。ママンという神経質そうな男だ。

 閑院がどうぞと手を向けると、ママンは続けた。


「り…理事会というのは生徒会ではないようですが、また別の監視組織でしょうか?」


 いい質問だ。親指を立てたい気持ちだったが、閑院は静かに首を振った。


「ここに監視組織なんてないよ。もちろん生徒会もね。むしろ市民の皆さんに監視してもらっていると言える。絶妙なバランスで学園は成り立っているんだよ。すぐにわかるさ。決して難しいことは書いていないだろう?それから、理事会のことはわからない。はぐらかしているわけじゃないが、気になるなら探ってみればいい。校則違反ではないからね。ただ、我々生徒会も理事の方にお会いしたことはないんだ」

「し、しかし…理事会の承認が必要だと書いてありますが?」

「オンラインで報告するだけさ。向こうのカメラはOFFだけど。まあ、知る意味はないかもね。みんなここに第二の青春を楽しみに来てるんだ。理事会が誰だろうと校則は変わらないし、学園が脅かされることはない」


 ママンは質問を後悔したのか、口を震わせた。


「こ…この書類は、いただいてよろしいのですか?」


 閑院は再び首を振った。


「いや、回収させてもらう」

「やはり…外に漏れる危険があるから?」


 閑院は反応しなかった。黙って用紙を全員から回収していった。

 それに違和感があった。閑院の態度ではなく、ママンの質問にである。


「いや、それは校則に書いてない」


 アイエルが、「え?」と意外そうな顔をした。


「個人の実名が漏れるのは違反だけど、学園のことを公開しても違反になるとは書いていない」


「ほう」と閑院は手を止めて、ユメジを見つめた。


「さっそく気づいた生徒がいたね。君は確か…ユメジ君。そのとおりだよ。学園をアピールすることはなんら問題ない。誰もやらないだけさ。顔も名前も公開できないから、承認欲求が満たされないんだ。もし誰かが映り込んでいたりすれば、校則違反になるリスクがあるし、投稿するメリットがないってことだね」


 閑院はまた爽やかに笑った。「それに…」と続けて、学生服の内ポケットからスマートフォンを取り出した。


「紙を回収したのは必要がないからさ。Wi-Fiの掲示は見たかい?あれに接続すると学園のポータルサイトに行けるから、専用の『Movito(モビト)』ってアプリをダウンロードすれば、校則も読めるし、生徒間でメッセージのやり取りができるよ。もちろん学園名でね」


 閑院はスマートフォンを向けて、Movitoの画面を見せた。


「これは強制じゃないから、セキュリティーが気になる人は使わなくてかまわないけど、本アカで生徒とやり取りしたらアウトだから、気をつけるように」


 俺はアイエルとさっそくWi-Fiに接続して、Movitoをダウンロードした。


「へえ、部活ごとにルームが設定できるわけか」


 アイエルが言うと、閑院が答えた。


「生徒の検索も可能だよ。わかるのは学園名と年齢、所属している部活だけだけどね。君たちの名前もすでに入ってる。部活はこれから決めるんだ。ちょうどいい時間になったね」


 その時、建物の外からチャイムの音が聴こえてきた。

 続いて、エレキギターの歪んだストローク音とドラムロールが重なる。


「さあ、行こう」


 閑院は入り口とは反対側の扉へ歩み寄り、勢いよく押し開けた。

 同時に、外から差し込んだ眩い光に、思わず目を細める。


「セレモニー開始だ」


最後までお読みいただきありがとうございます。

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