第46話 覇者
暗転していたステージの照明が点灯し、体育館全体に明るさが戻った。
しかし、拍手も歓声も起こらなかった。静けさに包まれたフロアには、子どものはしゃぐ声だけが響いていた。
誰もが圧倒されていたのだ。ステージの六人が立ち上がり、同時に頭を下げたところで、ようやく拍手が起こった。
次第に歓声が起こり、割れるような拍手に包まれるのに時間はかからなかったが、コマチもクフオーも笑顔で手を振る光景が、俺には理解できなかった。
いや、理解はできるが、想定していなかった。まんまとしてやられた気分だった。
「皆様、お楽しみいただけましたでしょうか?ご覧いただいたのは、事件の真相を撮影したVTRでございます。演者の六名、実際にVTRに出演されたのは四名でしたが、いま一度、盛大な拍手をお願いいたします」
閑院の言葉で、また盛大な拍手が起こった。
「それでは、生徒会長より事件の解説をさせていただきます」
閑院は一歩下がり、アドロが演台に立った。そして深々と頭を下げると、いつものように歓声が止んだ。
「皆様、こうしてミステリーウィークを盛大に開催できましたこと、心より御礼申し上げます。今年は昨年を踏襲しつつ、新たな試みとして、容疑者役となられた方にご承諾をいただき、その模様を撮影しておりました。VTRには多少の効果を付与したものの、事件そのものは当日の映像に間違いございません。編集にご協力いただいたシネマ部の皆様、そしてエキストラとして出演を快諾いただきました儀式体験部の皆様に、この場を借りて御礼申し上げます。演者の皆様の迫真の演技はいかがでしたでしょうか?今一度、盛大な拍手をお願いいたします!」
アドロが両手を広げると、再び大きな拍手と歓声が巻き起こった。
俺は呆然としたように、立ち尽くしていた。
凄いな、という感想しかなかった。もちろんVTRではなく、アドロの手腕にである。
(すべて演技だったことにして、こうも完ぺきに終わらせるとはね…)
アドロは顔を上げ、スクリーンに右手を向けた。
すると、ステージの照明だけが落ち、ピンキーとコマチが対面するシーンが表示された。
「今回のミステリーについて解説いたします。ご覧いただきましたとおり、犯人役はコマチ氏でした。当日19時、旧音楽室でコマチ氏とピンキー氏が対面します。コマチ氏は犯人役の指示書を、ピンキー氏は被害者役の指示書を持ち、互いに見せ合って配役を確認しています。その後、コマチ氏はピンキー氏を刺殺し、ロッカーに身を潜めます」
画像が切り替わり、アデルがピンキーの指でダイイングメッセージを記すシーンが表示された。
「19時02分、アデル氏が旧音楽室に入ります。彼はそこでピンキー氏の死体を発見し、左手から指示書を抜き取り、ダイイングメッセージを書き残します。この行動はアデル氏が持つ指示書によるものですが、その指示書は生徒会が作成したものではありません。コマチ氏によって偽造されたものです。
つまり、アデル氏は偽の指示書に従って現場を訪れ、死体を発見したのです。しかし、自分が犯人役に任命されていると信じ、疑うことなく犯人として行動してしまいます。指示書の偽造によってアデル氏を犯人に仕立てる。それがミステリーの核心的なトリックになります。当初に申し上げましたとおり、まさにイベントならではのトリックと言えます」
大きなどよめきが起こる。感嘆の声のようだ。アドロは微笑を浮かべながら、声が静まるのを待った。
画像が切り替わり、コマチがピンキーに耳打ちするシーンが表示される。
「コマチ氏はロッカーに身を潜め、アデル氏をやり過ごします。これは、アデル氏と廊下や教室で鉢合わせになるのを避けるためでした。アデル氏が去ったのを確認して教室をあとにします。ヒントとして提供したのは、コマチ氏が着替えた証拠写真です。そこに注目していただくと真相にたどり着けたはずですが、新聞部の号外で生徒の悪質行為が報道されたことで、着替えの理由が誤解されることになってしまいました。本当の理由は、衣服に染みついたロッカーの匂いを落とすことだったのです」
再び会場がざわめく。俺は思わず舌打ちした。
白々しいことを。偶然、号外が出たなどあり得ない。
記事が捏造だったと言っているに等しいし、新聞部がそんな行為に加担するとは思えないからだ。
ただ、あの記事が真実だとすると、クフオーを庇う理由もなくなってしまう。すべて演技だったことにはならないはずだ。
しかし、アドロは淡々と続けた。
「新聞部の名誉のために申し上げますが、当期間中の号外記事は本イベントとリンクしたフィクションになっています。通常の紙面でこのような報道がされることは決してありません。その証拠として、号外のタイトルに『ミステリーウィーク用』と明記してありますので、ご確認いただければと思います。新聞部のヤツメ部長はじめ部員の皆様、ご協力に感謝いたします」
そういうことかよ!まんまとやられた!
俺は唇を噛んだ。そんな逃げ道を用意していたとは、さすがに気づけなかった。
用意周到にクフオーの醜態をミステリーに組み込んだのだ。これだけ公にされた以上、彼が再び悪事を働くことはないだろう。
むしろ、アドロに心底恐怖したに違いない。アドロにしてみれば、自分の忠実な駒を手に入れたことになる。
やはり、すべてアドロの掌の上か。そう思うと力が抜けてきた。太刀打ちできる相手ではなかったのだ。
「そしてクフオー氏の名誉のために、申し上げます。彼の行動もすべて演技でございます。迫真の演技をありがとうございました」
アドロは口許だけに笑みを含ませて、クフオーに拍手を送った。会場から歓声と拍手が注がれる。
「このように、比較的単純なトリックを使いながら、皆様の思考を誘導するように仕向けました。コマチ氏がクフオー氏に強引に誘われていたように見せかけること、またコマチ氏が二度も現場に入ったと思わせないことで、アデル氏が犯人だと推理されるようにいたしました」
感嘆の声が広がっていく。またスクリーンが切り替わり、ピンキーの死体のアップが表示された。
「さらに、ダイイングメッセージによってタマル氏への思考誘導を行うと同時に、左手から指示書が抜き取られていることをカムフラージュしました。握りしめた不自然な指先を観察していただくと、何かが抜き取られたことを推理できたのではないでしょうか?
これを男子控室に放置しておりましたので、もう少しヒントとして活用されるかと思いましたが、残念ながら該当する質問はほとんどありませんでした。儀式体験部の皆様へ『控室の忘れ物』ではなく、『控室に入った人物』についての質問があれば、アデル氏またはコマチ氏の目撃証言が得られたはずでした。ですが、防犯カメラの映像をもとにアデル氏の虚偽を見抜かれたご質問は、お見事でした」
アドロが正面に向き直ると、スクリーンの画像が消え、ステージに照明が戻った。
感嘆の声が次第に歓声へと変わっていく。
「今回、対象者への質問は会見および紙面上で行うという試みでしたが、いかがでしたでしょうか?公平性の観点からも、概ね良い結果が得られたと考えております。とはいえ、会見での挙手や紙面でのご質問が採用されず、苦い思いをされた方には、次回への反省点とさせていただきますので、どうかご容赦くださいますようお願い申し上げます。また、本イベントのためにステージ発表の対象とならなかった部の皆様につきましても、来年度は優先的に選出されるよう取り計らいますので、ご容赦いただきますとともに心より御礼申し上げます」
アドロが頭を下げると、大きな拍手に包まれた。
「以上、簡単ですが解説とさせていただきます。詳しい事件の顛末は、後日発行される最終の号外をご確認ください。それでは、お待ちかねの結果発表に移りたいと思います」
体育館全体の照明がスーッと落ちていった。ワッと歓声が沸き起こる。
やがて、一筋のスポットライトがステージの中央に小さな円を描いた。そこにはマイクスタンドが一本だけ立っている。
アドロがそこに向かう。円の中心に立つと、彼女の髪が黄金色に輝いた。
左脇に抱えていたバインダーを両手で開くと、少しだけ視線を落としてまた顔を上げた。
「第二回ミステリーウィークの覇者を発表します」
意図したように間をおくと、会場は水を打ったように静まり返った。
ドラムロールは流れないが、まだかと思うほどの間のあとに、アドロのブレス音をマイクが拾った。
「投函日時、10月27日17時13分。未定研究部、ユメジさんです!」
この発表は、静寂を破るものではなかった。
空白のような時が流れていた。誰もが言葉を失ったのだろう。
やがて「え?」「は?」という声が、ぽつりぽつりと漏れ始める。
俺もドキリとはした。だが、それも一瞬だった。だって確信していたから。
アドロは美しい笑顔で一礼し、ステージを横切っていく。その足音がはっきりと聞こえた。
彼女が着席すると、多くはそこでようやく発表が事実であることを悟った。そして、会場は騒然となった。
素直に拍手をする者もいれば、悪態をつく者もいる。 ほとんどが後者なのだが、その雰囲気に泣き出す子どももいた。
まあ、気持ちはわかる。あれだけ不利だの何だの言っていた男が、覇者になるとは夢にも思わないだろう。
仲間ですら引いている。特にギンブナは声すら出ない様子だった。
いつの間にか、俺の周りに円形の空間が生まれていた。まるでスポットライトが落ちたかのように、フロアの視線が一点に集まっていた。
「それではユメジさん、壇上にお上がりください」
閑院の声が喧騒を少しだけ落ち着かせた。
俺が動き始めると、十戒のように人の道が割れていった。彼らの目には祝福も称賛もない。その視線も痛いし、スポットライトがどこまでも追跡してくる。
やがてステージの中央に立ったとき、俺は緊張からか得も言われぬ恐怖からか、足が震えていた。その崩れそうな両足で、立っているのが精一杯だった。
眩いスポットライトで聴衆の顔が見えないのが救いだった。コツコツと誰かが近づいてくる音がする。
スポットライトが消え、全体の照明に切り替わると、すぐ隣にアドロの横顔があった。
「生徒会長より栄誉を称え、メダルの贈呈を行います」
まだ会場はざわついている。拍手はまばらだった。
閑院が盆を手に近づいてくる。盆の上には、見るからに安っぽい小さな金メダルが乗せられていた。
アドロがそれを手に取り、顔を近づけてくる。アドロが首掛けのリボンを広げると、俺はぎこちなく頭を下げた。
耳をかすめるリボンの感触のあとに、ホワイトムスクの柔らかな香りが鼻腔を抜ける。目を開けられなかった。彼女の吐息が耳に触れたからだ。
「あなたのおかげで盛り上がったわ。これからも色々とよろしくね」
罵声も歓声も、もう耳には入らなかった。いや、もしかすると会場は静まり返っているのかもしれない。
「覇者よりスピーチを賜りたいと存じます。ユメジさん一言お願いします」
閑院の声で我に返った。当然、一言くらい必要だろうと覚悟はしていたものの、アドロのおかげで頭が真っ白になった。この状態でスピーチなどできるはずもない。
そもそもアドロに負けた気分になっていたのだ。嬉しいのか悲しいのかもわからない。
「え…っと」
声は出たが、言葉が紡がれない。聴衆がじれていくのがわかる。
破れかぶれに、口から出た言葉はコレだった。
「オイーッス!」
反応はまったくなかった。その静けさの中で、ようやく気づく。
歓迎ムードではなかったことに。むしろ、皆の頭は『なぜこいつが』という思い出いっぱいなのである。
もうどうにでもなれ。そう覚悟を決めた。
俺は咳払いをひとつして、素直な気持ちを語ることにした。勝ち負けのことなどもうどうでもいい。
「失礼しました。あの…自分が選ばれたことを不思議に思われていることはよくわかります。それは当然です。俺も金曜日まで、アデル氏が犯人だと考えていました。あの会見の目的は、俺が自白に導くことで、実質的な覇者として認められると考えたからです。なぜそんなことを考えたのかというと、単純なことです。我が未定研究部の支持率を上げるためです。俺が有名になろうとか、そういう気持ちはまったくありません。ただ、自分が地に落とした評価を上げたい一心でした。
なので、我々は部員全員で協力してこの問題の解決を目指しました。毎日ミーティングを行い、調査にも行きました。たまたま俺がリーダーになっただけで、未定研究部の誰もが覇者になれたのです。実際に覇者になってみて…うれしいとか、やったとか、そういう気持ちはありません。正直な気持ちは…」
なぜか、ここで言葉に詰まった。言葉が浮かばなかったわけではない。胸に込み上げるものがあったからだ。
「それは…あ…あれ?」
突然、視界がぼやけてきた。
それが涙のせいだと気づいた時には、もう止められなくなっていた。
涙を手で拭っているうちに、思わぬことが起こった。パチパチという拍手の音が聞こえたのだ。
それは次第に大きくなっていった。涙のせいで聴衆の顔はよく見えないが、怒号も歓声もなく、ただ拍手の音だけが大きくなっていった。
「あ、ありがとうございます。何を言おうとしたっけ…あ、そうです。いま正直に思うのは、『ああ、もう終わっちゃったんだ』って気持ちです。文化祭の準備から始まって、未定研究部のみんなでやってきたこの数週間が本当に楽しかったからです。実際の学生時代にあまりいい思い出はないんですけど、心の底から楽しめました。リアルの生活では自分の本性を出せないのに、この学園では本当の自分を出せるんです。不思議ですよね。気づいたら夢中になっている自分がいて、ここに来たくてたまらなくなっている自分がいるんです。その場所を守ろうと思っていたんです。最後は…少し卑怯な手でライバルを削ってしまいましたけど、後悔はありません。みんなのおかげで覇者になれました。どうか皆様、我が未定研究部をよろしくお願いいたします」
俺は素直に、そして勢いよく頭を下げた。
どんなスピーチだったのだろう。支離滅裂で滑稽だったに違いない。頭を下げているのも下手な演出だと思われているかもしれない。でも、これが俺の本心だから。
ふと、ギンブナの声が耳に入った。声が割れて何を言っているのかわからない。叫んでいるらしい。
部長の声もコノハの声も混じっている。顔を上げると、ステージの最前列に未定研究部の部員が集まっていた。
口を大きく開け、ステージの床を両手で叩いている。
意識が飛んでいたのだろうか。
回路がつながった耳には、轟音のような歓声が鳴り響いた。
最後までお読みいただきありがとうございます。ユメジが覇者になりました。これで謎は解決…とはなりません。お話はまだまだ続きます。




