第47話 祭りのあと
部室にはいつもの面々が揃い、押し黙ったままお茶をすすっていた。
西日が奇跡的な角度で差し込み、部室の窓が珍しく光り輝いている。
「な~にが、誰でも覇者になれただよ」
ギンブナが背伸びをしながら言うと、猫又部長が苦笑いをした。
「そうですよ。私だって犯人はアデルだって思い込んでたんですよ?」
そう言うコノハもどこか気の抜けた顔だった。壁に寄り掛かかり、だらしなく足を伸ばしている。
俺は顔がほころんでいくのを感じた。この雰囲気がたまらなく好きなことに気づいたからだ。
「部長と副部長が裏切るのは想定内でしてね。おかげで狙いどおりでした。このメダルは俺のものですよ」
首からぶら下げたままのメダルを掴むと、シャロンが鼻で笑った。
「いつの間に投函に行ってたんだ?」
「昨日、部長たちが抜け駆けして投函しに行ったあと、空いてから行ってきました。ムーンディス作戦も成功しましたしね。副部長のヤジはよく聞こえてましたよ」
部長と副部長は、ばつが悪そうに視線を泳がせている。
「まあ、今回は市民に不利な設定だったし、お前が目立ってたのは確かだ。世論調査が楽しみだな」
そう言うシャロンの視線は、雑誌に向けられていた。
「確かにユメジさんは活躍したよね」
「頭よさそうに見えないけど」
レンジャー二人も続いた。若干ディスられている気がするけど、今日はまあ許そう。
「最下位は脱出できるかもな」
山辺社長も今日は参加している。嬉しそうにガハハと笑った。
「あー、終わったね。これで、しばらくやることがなくなったよ。次の活動を考えないと」
猫又部長も背伸びをして、床にゴロリと寝転がった。
「何か考えてよ、ユメジ君」
「俺ですか?俺の企画はロクなことになりませんよ」
猫又は天井を向いたまま笑った。
「確かにそうだ。支持率が下がるのだけは勘弁だな。そういえば、君は権利をどうするつもりなの?」
「権利?」
「特典の処分免責権だよ。君は新入生だし、問題なんか起こしてないだろう?」
「ああ、何も考えてないですよ。譲渡禁止だって言われましたし、何かの保険で持っておくしかないですね」
「ふーん」と言って、猫又は黙り込んだ。
「今日はどうしますか?解散の流れですか?もう俺はリーダーじゃないですから、部長にお返ししますよ」
誰も口を開かなかったが、ギンブナがいつの間にか立ち上がっていた。
「解散なんかするかよ」
「え?でも、みんな疲れ切ってる感じだし…」
皆が顔を見合わせ、同時に笑みを浮かべた。
次の瞬間、パンッという破裂音が鳴り響いた。コノハがクラッカーを鳴らしたのだ。
続けてレンジャー二人が俺に向けてクラッカーを打ち鳴らす。紙屑が顔に降りかかった。
「な、何する気…」
山辺社長がガハハと大笑いし、いつもの酒瓶をテーブルにドンと置いた。
「お前さん、まさか帰る気か?」
「え?」
「お前の祝勝会だよ」
シャロンが雑誌を閉じて、微笑みかけた。
「ええっ?」
「残念ながら、部長と副部長が用意してたんだよ。自分らの祝勝会用にな」
「あー残念、残念」
ギンブナがボヤキながらキッチンへ向かっていく。
「未定研究部の脱力鍋にとりかかろう。なぜか、社長から松茸の差し入れもあるんだよな」
猫又も立ち上がってキッチンへ向かった。
山辺社長に背中をドンと叩かれた。するともう、また込み上げてくるものを堪えるしかなかった。
やがて未定研究部名物の全力鍋が雑炊に変わるころ、お腹をさすりながらギンブナが近寄ってきた。
「ところで、君はなんで僕らまでダマしたんだ?アデルが犯人だって言ってたじゃないか」
目の座り具合から見ると、もう夢と現実の区別がついていないようだ。
「そうですよぉ。何でですかぁ?」
コノハも同じように思考が渦を巻いているのだろう。頭を大きく揺らしている。
「いやあ、気づいたのは前日なんですよ。言う暇がなかったっていうか…」
「なんで気づいたんだ?」
猫又が穏やかな表情で言う。この男は酔っているのかすらわからない。
「ダイイングメッセージの本当の意味に気づいたからです。それで、左手から何か抜き取られたことに気づきました。実際に取ったのはアデルで、その指示書を使ってコマチとクフオーを逢引きさせたことになるんですけど、本当にアデルが犯人なら、指示書を抜き取ったように見せる必要がないですよね?自分が疑われることになるわけで。だから、アデルを犯人だと思わせるように仕組まれていたと思ったんです。それができるのはコマチだけです。クフオーが悪でコマチが被害者だっていう先入観がありましたからね」
よもやシャロンの娘に気づかされたとは言えない。
ちらりと視線を向けると、シャロンは雑炊をすくったレンゲに息を吹きかけていた。ちょっと色っぽいんですけど。
「でもさぁ、クフオーってあのブイに出てたじゃん?あれが演技だって信じられないレベルだったね」
青レンジャーが割り込んできた。
「えっ…まあ、それはそうだよ。クフオーのあれは演技でもなんでもない。すべて真実なんだ」
「え?」
「演技じゃないってことさ。クフオーだけマジなんだよ。台本も何もない素の反応かな。悪徳行為をアドロに利用されたってことさ」
「はあ?じゃあ、なんで演技なんて…」
「うん…これは想像だけど、下手に糾弾して退学にさせるより効果的だと思ったんじゃないかな。退学にしたら自暴自棄になって、何を発信するかわからないし、あの性格なら突撃してくる可能性だってある。だから、撮影していた真実を公開しておいて、フィクションだったことにしたんだよ。もう悪事は行えないよね。クフオーからしたら、心底アドロを恐れているし、敬ってもいると思う。アドロにしてみれば、なんでも言うことを聞く忠実な駒を手に入れたってところかな。反省の色がなかったら、やっぱり公開処刑されていたはずだけど。被害者とも示談にしたんだと思う」
「そ…そうなんだ…」
青レンジャーは言葉が出ないようで、苦笑いを浮かべただけだった。
「すごいね、アドロさんって」
黒レンジャーが呟いた。
「それは、本当にそう思うね」
「でもさ、いくらコマチちゃんが犯人だったとしても、指令書を控室に置いとくってのはどうかと思ったけどね。クフオーが見るとは限らないじゃん」
「そこは計算ずくさ。雑煮倶楽部はクフオーのイエスマンばかりだし、誰が手に取っても報告が行くだろう。その前はゴムベースボール部で控室は使っていないし、後ろは儀式体験部で着替えが忙しいうえに小道具が多い。だから、いちいち封筒を開けて中身を見る時間はないはずだよ。ステージの順番はアドロが決めたからね」
「ああ、なるほどね」と、黒レンジャーは納得した。
そのタイミングでシャロンがお腹を押さえながら、ふうと息を吐いた。
「そろそろお開きだな」
珍しく早い宣言だと思ったが、異を唱える者はいなかった。明日からオモテの生活に戻らなければならないからだろう。
こうして、祝勝会はお開きとなった。
片づけを終えて部室を出たのは、午後八時前だった。
外に出てみると、辺りは闇に包まれていた。空は雲に覆われているようで、月どころか星さえ見えなかった。
ほかの部室の窓にも明かりはない。グラウンドまで出ると、闇の中に校舎の窓が二つだけ明るくなっていた。
「生徒会と新聞部だろうな」
ギンブナが目ざとく言う。それにしても忙しいことだ。プレーヤーは去るのみである。
だが、ここで一行の隊列が乱れた。
シャロンが立ち止まっていたのだ。スマートフォンのバックライトが彼女の顔をぼんやりと照らしている。
「どうしたんですか?」
声をかけると、シャロンは笑みを浮かべていた。
「私はちょっと用事がある。お前たちは帰りな」
「用事?今からですか?」
シャロンは何も答えなかった。立ち止まったまま手の甲を向けて、帰れとジェスチャーした。
ギンブナと猫又は気にするそぶりもなく、ずいぶん先を歩いている。コノハに至っては、レンジャーに支えられながら社長に悪態をついていた。
俺は軽く頭を下げて、前方の集団に加わった。
シャロンが見えなくなり、グラウンドの端まで歩いた時、俺はふと立ち止まった。
先の集団が闇に溶けて見えなくなるまで、息を殺して立っていた。そして方向転換し、グラウンドの中央まで戻ったのだ。
シャロンはどこに行ったのだろう?気になって仕方がなかった。
見渡しても、闇が深く人影は見えない。とすれば校舎の中か。誰かと落ち合っているのかもしれない。
昇降口に行ってみる。ガラス戸を軽く押すと、ギイと小さな音を立てて開いた。
耳を澄ますと、微かに人の声が聞こえた。体を中に押し込み、そっと戸を閉める。
下駄箱に背を当て、息を殺して耳を澄ます。次第に声が大きくなっていく。
ハッと気づいた時、背後のガラス戸を人影が横切った。中に入ろうとはせず、声は遠ざかっていった。その人影を追う。
外に出ると、闇の向こうから会話が耳に入ってきた。
「安珍さんよ、あんたが容疑者役とはヤキが回ったな」
シャロンの声だ。相手は安珍法師だろうか。
足元を照らすライトによって、二人の顔がぼんやりと見えた。
「ふぉっほっほ。下手に動かれたくなかったんじゃろうな」
「やっぱり、わかってんな。ちょっとスマホ見せてくれよ」
「何を言うておる。お気に入りの画像コレクションを見られたらたまらんわい。断る」
「そんなもん見ねーよ。証拠を見たいだけだ。どれだけズレてたか知りたい」
「お前さんにはかなわんな。断片的じゃし、ほぼ推測になるが…18時から19時までに5分、19時から20時にかけて5分てとこじゃろうな」
「メールで確認したんだろ?」
「まあ、そんなところじゃ」
「よし。じゃあ、帰っていいよ。ありがとな」
会話が終わった。と思ったら、シャロンは急に方向を反転させ、こちらに歩いてきた。
俺は咄嗟に植え込みへ身をねじ込んだ。足音がすぐ脇を通り過ぎていく。
シャロンはまた昇降口に向かい、今度は中に入っていった。
少し待ってからガラス戸を開け、耳を澄ますと、微かに足音が聞こえた。生徒会室のほうに向かって行くようだ。
下駄箱から廊下の先に目を凝らすと、生徒会室の明かりで人影の姿が浮かび上がる。
そう思った瞬間、影は忽然と消えてしまった。別の教室に入ったのか、足音も聞こえない。
これ以上の追跡はリスクが高いか?
思案していると、廊下の先でガラガラとドアが開く音がして、また誰かが出てきた。
そのシルエットから閑院だとわかる。閑院はそのままドア前で後ろ手を組み、門番のように仁王立ちの体勢になった。
さすがに近づけない。ここで諦めるしかなかった。
俺は校舎を出て、昇降口が見えるグラウンド脇の茂みに身を潜めて待つことにした。
寒さに身を縮めながら、永遠とも思える時間に悶え始めたころ、昇降口の電気がつき、アドロと閑院が出てきた。
すぐに電気は消え、ガラス戸が閉まる。
二人はグラウンドを歩き、クラブハウスのほうに歩いていった。帰宅ということだろう。
しかし、シャロンは出てこない。校舎を見ると、新聞部の部室の窓だけが明るく灯っていた。
まさか目的は新聞部だったのか?
運転のために飲酒はしなかったが、思考が正常に働かない。
かじかむ手に息を吹きかけ、その息を鼻から吸い込んでみると、ひどく嫌な臭いがした。
帰ろう。そう思って立ち上がった時だった。ギイという音が耳に入った。
暗くて誰かはわからない。しかし、確かめる必要はなかった。聞き覚えのある声が呼びかけてきたのだ。
「おい。いるんだろ?出て来いよ」
俺は天を仰いだ。バレたと思い、腰を半分浮かせたその時、思いもよらぬことが起こった。
「待ちくたびれましたよ」
闇の中からもう一人の声が聞こえたのだ。その声にも聞き覚えがあった。
「シャロンさん約束ですよ。付き合ってもらいますからね」
「わかったわかった。『ババアばぁ』でいいだろ?アイエル君」
「えー、勘弁してくださいよ」
二人は笑いながら寄り添い、闇の中を歩き始めた。
俺は、その場に膝から崩れ落ちた。
最後までお読みいただきありがとうございます。
謎はまだ終わりません。シャロンは何をしようとしているのか、推理してみてください。




