第45話 VTR②
最後までお読みいただきありがとうございます。
事件の全容が明かされました。さて、覇者は誰になるでしょうか。お楽しみに。
画面が白から黒へ移り変わる。
やがて暗闇の中から、星空を浮遊するような映像が現れた。
眼下に体育館の大きな屋根が見える。
眩いほどに明るいのは、側面の窓という窓から光が溢れ出しているからだ。
時刻表示は19時05分00秒。
カメラは旋回しながら、その光の帯をなぞるように一つの窓へ吸い込まれた。
だが、迫り来るのはアリーナではなく、その横の廊下の先にある控室だった。
廊下には出された体育用具と、奇抜な衣装を身にまとった一団の姿があった。
時刻から見て、儀式体験部がステージの準備をしているのだろう。
カメラはその一団をすり抜け、男子控室の中に入った。
外には人だかりができているのに、室内には誰の姿もなかった。
長机とパイプ椅子があるだけの控室は、対照的に静けさが漂っている。
ただ、長机の上や椅子には脱ぎ置かれた服やバッグが雑多に散らされていた。
儀式体験部あるいはステージ中の雑煮倶楽部の部員のものだろう。
時刻表示が19時06分に差し掛かる時、ガチャリとドアが開いた。
香るように外の喧騒が入り込んでくる。
ノックの音はしなかったが、堂々と入ってきたのはアデルだった。
アデルはドアを開けたまま、部屋の中央まで進み、服やバッグに埋もれた長机に視線を落とした。
僅かに視線を彷徨わせたあと、ポケットから封筒を取り出す。
一度だけ周囲を確認し、机上のわずかなスペースにそっと差し込むと、すぐに踵を返した。
時刻表示は19時06分16秒。ほんの数秒の滞在だった。
その後、映像がスキップして数分間進められた。画面は同じ控室の様子を映している。
19時10分00秒から通常の再生速度に戻ると、廊下にいた集団が続々と入ってきた。
自分たちの荷物を壁際の床に置いているところを見ると、机上の荷物は雑煮倶楽部のものか。
集団は呪詛のような呪文を口々に唱えながら、荷物を置いた者から順に出ていった。
ただ一人、最後に出ていく男が足を止め、机の上に目を留めた。
中世ヨーロッパの拷問具を思わせる仮面を被っているため、表情は読み取れない。
その手がアデルの残した封筒を持ち上げ、仮面がわずかに傾いた。
しかし、すぐに封筒を戻して立ち去った。
再び静寂が戻る。
映像がまたスキップし、19時15分00秒から再生された。
ガヤガヤと騒々しい声が漏れ聴こえる。大きな音を立ててドアが開き、法被姿の男たちが入ってきた。
映像でも見えるほどに体から湯気を立ち昇らせている。
その中心にいるのはクフオーだ。
取り巻きがクフオーのために椅子を引く。そこにドカッと腰を下ろし、もう一人の取り巻きが仰ぐタオルの風に当たった。
「エグい盛り上がりでしたね!さすがクフオーさんっす」
「当然だろ。餌に群がる鯉みてえだったな。うわははは!」
クフオーは上機嫌そうに足で机の上の荷物をどかし、そこに両足を伸ばした。
「これで世論調査もAクラス間違いなしっすよ」
「ああ…ん?」
クフオーは何かに気づいた様子で、足を下ろして座り直すと、荷物の隙間から封筒を取り出した。
その表裏を確かめ、躊躇することなく中身を取り出す。折りたたまれた用紙を広げると、しばらく読みふけってから封筒に戻し、机の上に放り投げた。
それを取り巻きが覗き込む。
「学園の封筒っすね。何かの書類っすか?」
「いや…衣装の申請書類だ。儀式体験部のやつだろ。それより、俺はちょっとクールダウンだ。お前らは好きにやってろよ」
クフオーが座したまま言うと、部員たちはお守りから解放されたためか、嬉々として着替え始めた。
それから、3分も経たないうちに控室はクフオーだけになった。
机の上には、白い封筒だけが残されている。
クフオーはクールダウンに行く様子もなく、ただじっと座って瞑想しているようだったが、ついに立ち上がると、ドアを開けて顔だけを外に出し、すぐに閉めた。
何かを見つけたのか、急いで体操服に着替え始める。
そして封筒を手にしたまま、再び椅子に腰を下ろした。
ノックの音がした。
クフオーは驚く様子もなく、「どうぞ」と声を発する。
ドアが開き、顔を隠すように下を向いた女性が、半身だけ体を中に入れてきた。
「すいません…忘れ物を探していまして」
「忘れ物?」
クフオーは白い封筒を軽く振り、自分の頬を叩いた。 その仕草を見た女性が、ハッと顔を上げる。
引きつった顔の主は、コマチだった。
「これはこれは、学園のアイドル様じゃないですか。何か御用ですか?それとも、男子更衣室に入らないと落ち着かない持病でもお持ちかな?」
コマチは唇を震わせていた。彼女の顔には絶望の色しか見えない。
「あっ、その封筒…それ、更衣室から持ってくるように言われてまして…お返しいただけますか?」
クフオーは頬を叩くリズムを崩さない。グフフ、と不快な声を漏らす。
「誰から言われたんだ?ピンキーか?それとも、アドロか?」
コマチの瞳が激しく揺れた。
「返して…ください」
クフオーは立ち上がり、ゆっくりとコマチに近づく。
「いいとも。ただし、ちょっと付き合ってもらおう」
「いえ…困ります」
コマチは視線を反らし、恐怖に耐えるように自分の二の腕を強く握った。
「嫌ならいいんだぜ?アドロの大事なイベントが台無しになってもいいならな」
コマチは視線を外したまま、微かに聞き取れる声で答えた。
「…わかりました」
クフオーの顔に獲物を愛でるような、恍惚の笑みが浮かぶ。
「よし!行くか」
クフオーがコマチの手を取ると、コマチはもう片方の手でそれを押さえた。
「その前に、着替えさせてください」
「あ?」
「汗をかいているので…すぐに済みます」
「着替えさせてくれだと?」
「冷たくなってきたので…」
クフオーは上を向いて高笑いした。
「ぐふふ。着替えるなよ。せっかくのお前のいい匂いが台無しじゃねぇか」
「そういうのが嫌なんです」
「まあいい。さっさと着替えろ。ただし、スマホは切っとけよ。電話がかかってきても面倒だし、録音でもされちゃたまらんからな」
「どこへ行くんですか?」
「俺がこっそり使ってる秘密の部屋だよ。誰も来ねえから安心しろ。ゆっくり話し合おうじゃねえか」
コマチはクフオーの手を解いて、部屋を出ていった。
画面は白くフェードアウトし、ガラガラと開くドアの音から次の場面が始まった。
時刻は、19時24分08秒。
「ここだ。入れ」
クフオーの声に押されるようにコマチが入ってきた。
ピシャリとドアが閉められる。
月明りと体育館の照明が左右の窓から差し込み、二人の顔に濃淡の影をつくる。
怯えた顔はさらに暗く沈み、勝ち誇った顔は壁に並んだ肖像画のように、おぞましさを際立たせていた。
「そこの椅子に座れ」
クフオーは無造作に置かれている机と椅子を指差した。
その一番窓側の椅子を引いて、コマチは座った。
「明るいところが好きか?」
クフオーは興奮を抑えきれない様子で、コマチの前の机に両手をついた。
「別に…」
「いいんだよ。お前の顔がよく見えるからな」
満月に照り返された淡い光が、コマチの顔に優しく降り注いでいる。
クフオーでなくても興奮を抑えられないかもしれない。コマチは静かに目を伏せていた。
「何をすれば、返していただけるんですか?」
うほっ、とクフオーは奇声を上げた。ヨダレを拭くような仕草が生理的な嫌悪を誘う。
「いいねえ。とりあえず、もっと近くで見させてもらおうか」
クフオーはコマチが座る椅子の背もたれに手を置き、横顔を至近距離からじっと見つめた。
コマチの表情は落ち着いて見えるが、微かに震えているのがわかる。
「お前は俺の言いなりなんだよ。もう逃げられねぇ。だから、これは返さねぇ」
クフオーはコマチの頬に、封筒の先を押し付けた。
「話が違います!」
コマチは怯えながらも、クフオーを睨み返した。
「話が違うか。そりゃあ、政治家の誉め言葉だってな。イベントが終わったら返してやるよ。こんな大事なもんを落とした、テメェの間抜けさを恨むんだな」
クフオーはついに我慢できなくなったのか、大声で笑い出した。
その咆哮のような笑いが、協奏曲のように月光と不気味に混ざり合い、おぞましさを掻きたてた。
「今はステージで騒いでるからよ。こんなとこに誰も来やしねえよ。ククク…」
だが、有頂天になって体を一回転させた時、それが視界に入ったようだ。
笑い声の残響が、音楽室の壁に吸い込まれるように消えていく。
「お、お前…こ、ここだったのか?」
コマチは何も答えず、視線を落としている。
カメラがコマチとクフオーの延長線上に人影を捉えた。
不気味に月光を反射する床に、月と同じ色の髪の女が横たわり、毛先を鮮血で染めている。
彼の視界が捉えたのは、ピンキーの死体だった。
「冗談じゃねぇ…」
クフオーは慌てて椅子を転ばせた。
「早く戻らねえと俺が犯人扱いされちまう。指紋もつけちまったし…お前、まさか俺を嵌めたんじゃ…」
コマチは伏せていた視線をクフオーに切り替えた。
その瞳は氷のように冷たいが、唇の端が小さな弧を描いている。
クフオーは一歩、後ずさりした。
「嵌めようとされたのは、あなたじゃないですか。さあ、返してください」
冷たく感情の読めない瞳、そして大きな弧を描いていく唇。
月光に照らされた彼女の顔は、クフオーをはるかに凌駕する不気味さを含んでいた。
コマチが近づくと、クフオーはよろけながら後退し、逃げるように教室を飛び出していった。
その様子を動じることなく見送ったコマチは、クルリと体の向きを変え、ピンキーの死体へと歩み寄る。
頭の前で身を屈め、右手を口に当てて囁いた。
「終わりましたよ。もう誰も来ませんので、終わるまで少し楽にしていてください」
コマチは立ち上がると、窓辺に近寄り、月を見上げた。
月光に照らされたその横顔は、いつのまにか穢れを祓い、これまでどの映画で見た彼女よりも美しく見えた。
画面が白くフェードアウトし、それきり次の場面は映らなかった。




