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第44話 VTR①

 最終日の体育館は、和やかな雰囲気に包まれていた。

 まるで戦隊ヒーローショーの開幕を待っているかのように、大人たちは柔和な笑顔を浮かべ、子どもたちが走り回っている。

 投函が締め切られたせいか、緊張感もなくガヤガヤと騒がしいのだ。


 未定研究部のメンバーは、なぜかやる気を漲らせているギンブナを先頭に、ステージにほど近い前方の位置を確保していた。

 15時に差しかかると、次第に静かになっていく体育館。まあ、ショーを見に来たわけじゃないからね。緊張感もそれなりに抱いているのだろう。

 だが、しかし。時間になると、いつものように音もなく緞帳が上がり始めたのだが、この日は様子が違った。

 俺は緞帳が上がりきる前に、目を見開いていた。


 ステージの中央に、容疑者五人と被害者役のピンキーが、横一列に整列していたのである。

 フロアの聴衆も驚いたのか、伝播するように低いどよめきが広がっていった。

 ステージの左側には彼らが腰かけるであろう六つのパイプ椅子、右側には演台を置いて、アドロと閑院が立っていた。

 だが、それよりも目を引いたのは、全員の表情が晴れやかなことだった。

 ピンキーもクフオーも隣のコマチも、満面の笑みを浮かべている。


(どういうことだ?なぜ笑っていられる?)


 そう思うのも無理はないだろう。特にクフオーなど、笑っていられる状況にないからだ。

 ただ、聴衆は素直に反応した。五人が息をそろえて一礼すると、歓声とスコールのような拍手が巻き起こっていた。

 当然、俺は納得いかないし、理解できない。

 何なんだ、この演出は?と、訝しむしかないのだった。


「皆様、お待たせしました。イベント最終日を迎え、フィナーレとなる結果発表会を執り行います」


 閑院の声が拍手に乗り、軽やかに体育館を満たす。容疑者たちが手を振ると、さらに大きな歓声と拍手が起こった。

 その表情は、まるで試合後に健闘を称え合うスポーツ選手のようだ。

 クフオーを徹底的に叩く計画だっただけに、戸惑いが半端ない。

 想像のはるか上を行く演出に、俺は言いようのない苛立ちを募らせていた。


「本日は我々学園の生徒だけで運営いたします。本イベントにご協力いただいた関係者の皆様には、心より御礼申し上げます。神田署長をはじめ警察関係者の皆様、会見を中継していただいた『仏土いきいきTV』の皆様、そして市民および視聴者の皆様、本当にありがとうございました。本日はフロアから、またはテレビ画面からフィナーレを見届けていただければと存じます」


 閑院は優雅に演台で一礼すると、アドロも合わせるように頭を下げて着席した。容疑者たちも席に着いていく。


「それでは、本日のプログラムをご説明します」


 スクリーンが下りてきた。同時にカーテンが閉められ、ステージの照明が絞られていく。

 投影されたスライドには、次の三項目が表示されていた。


 ≪1.真相発表≫

 ≪2.覇者発表≫

 ≪3.表彰式≫


 ざわめきが静まった頃、一人だけ立っていた閑院にスポットライトが当たる。


「レディース アーン ジェントルメーン」


 閑院は陽気に声を張り上げた。


「これからお送りするのは、極上のエンターテイメント。我が学園の生徒たちが、己の名誉をかけて演じた殺人事件。その真相を明かすべく…あの日、あの時、あの場所で、起きた事件をVTRでご覧いただきます!」


(VTRだって?まさか…)


 フロアから歓声が巻き起こる。

 しかし、俺の頭は混乱していた。事件の一部始終を撮影していたというのか?

 そんなことが可能だとは思えない。

 いや、もしかして――。

 閑院が続ける。


「これからご覧いただく映像は、当日の本物の映像です。こちらに登壇されている演者の皆様には、承諾済みでカメラを仕掛けさせていただきました。このほかに出演されている方の個人情報には十分配慮し、承諾を得られた方のみ顔を表示しております。編集にはシネマ部のご協力をいただきました。最高のクオリティに仕上がったと自負しております。それでは、ご覧ください。演じるのは、もちろんこの6名!犯人は誰なのか、刮目せよッ!」


 ステージの照明が落とされると、轟音のような歓声が沸き起こった。

 周りはまるでロックコンサートだ。猫又もギンブナも手を振り上げ、コノハもそれに続く。

 ただ一人、シャロンだけが腕を組み、落ち着いた表情でステージを見つめていた。


(マジかよ…)


 俺は素直に感心するほかなかった。カメラを仕掛けていたとは思わなかった。

 いや、それよりもとんでもない事実が隠されているのではないか。

 それは、ほぼ確信レベルの事実だ。クフオーの晴れやかな笑顔がそれを示している。

 すべてアドロの掌の上だったというわけか。いいだろう、どれほどのVTRなのか観てやろうじゃないか。

 俺はシャロンと同じように腕を組み、スクリーンに注目した。



 スクリーンに映り始めたのは夜の校舎。上空からドローンで撮影していると思われる。

 やけに明るいのは、さらに上空で満月が太陽光を全反射しているからだろう。

 画面の右上に時刻表示が現れた。18時59分00秒。

 ドローンはゆっくり旋回しながら校舎全景を映す。最後に急加速して、旧音楽室の窓に飛び込んだ。

 カメラが教室の後方から前方に向いて固定される。

 左側の窓から月光、右側の窓から体育館の照明が差し込み、室内全体がよく見える。

 ガラガラとドアが開く音がする。何者かが教室に入ってきた。

 ドアを閉める音。その人物がカメラの前を横切る時、捉えた横顔に寒気が走った。

 恐ろしく冷たい目をした女。それは、コマチだった。


 コマチは椅子と机をすり抜け、前方のがらんとしたスペースまで行くと、おもむろに立ち止まった。

 左腕の時計を確認してから、両手の手袋を外すと、肩から下げている小さなバッグではなく、体操服のポケットに捻じ込んだ。

 それから窓際に行き、1分近く外を眺めていた。視線の先にあるのは月だ。

 もう一度、時計を確認する。時刻表示は19時00分11秒。

 再びドアが開く音がした。コマチは顔を向け、小さく頭を下げる。

 もう一人、誰かが入ってきた。コマチは声を殺し、ジェスチャーでこちらへと合図を送った。

 カメラが捉えた横顔は、ピンキーだった。薄暗くても派手なアイラインと髪の色が見てとれる。

 聖女と言われる女性と、見るからに派手な女性が体操服姿で対峙している光景は、妖艶でもあり恐ろしくもある。

 二人はよく似たショルダーバッグから、白い封筒を取り出した。

 中身を互いに確認し、すぐにバッグに戻す。その動作は洗練された儀式のようだった。

 カメラがズームして、二人の横顔がスクリーン左右に分割された。顔見知りの雰囲気はない。

 しかし、二人とも口元には僅かな微笑を浮かべていた。


「シネマ部のコマチです。よろしくお願いします」


 コマチが微笑を送ると、ピンキーも白い歯を見せた。


「もちろん知っていますよ。それで驚きました。ビオトープ部のピンキーです。お互いがんばりましょう」


 二人は右手で軽く握手を交わし、左手を相手の肩に添えた。


「では、これから刺殺します」


 コマチの表情は、映画で見た主人公の顔だ。

 ピンキーが静かに頷くと、コマチも頷き、ポケットの手袋を装着して、バッグからナイフとチューブ状の容器を取り出した。


「このナイフが凶器です。うつ伏せに倒れてください。顔は右向きで。あとは私が体を少しだけ動かします。このチューブは血のりです。洗濯で落ちるタイプと聞いていますので安心してください。それに、衣装代が生徒会から出るみたいです」


 ピンキーは言われるがままに床へ膝をつき、うつ伏せになった。


「封筒を左手で握っておいてください。失礼します…」


 コマチはピンキーのバッグから封筒を取り出し、頭の上に伸ばしている左手に握らせた。


「あとから抜き取られると思いますが、握っていた感じを出してくださいね。いまから一時間くらい身動きできませんが、よろしくお願いします。では、死んでください」


 ピンキーが目を閉じたのを確認すると、コマチはいたわるように微笑んだ。

 そしてチューブのキャップを外すと、中身の血のりをピンキーの腹部にためらいなく絞り出した。

 広がっていく血だまりに触れないよう、同じ速度で後退する。その表情は、聖女のそれではなく悪魔を宿したようだった。

 眼下の惨劇に笑みを浮かべ、ナイフをそっと足元に置く。

 周囲を見回したあと、最後に窓から月を見上げて、錆びついたロッカーの中に身を潜めた。

 ガタンという大きな音が、建付けの悪さを示す。

 その音だけが静かな教室に響いた。


 画面に残されたのは、ピンキーの死体だけになった。

 ピクリとも動かない。時刻表示が進んでいることから、時間は流れているようだ。

 19時02分。再びドアの開く音がした。

 次に閉める音。足音もなく画面にぬっと現れたのは、アデルだった。

 アデルは落ち着かない様子で、キョロキョロと教室内を見回し、すぐに固まった。

 両側から差し込む明かりが、埃か何かの粒子に反射して、帯のように死体を照らしている。

 アデルは数秒ほど立ち尽くしていたが、次第に彼の顔から困惑の色が消え、何かを決意したように口を結んだ。

 死体の頭側に移動し、静かに身を屈める。全身に視線を這わせ、左手の封筒をそっと抜き取った。

 次に死体の背中にまたがるように立つと、尻のポケットへ封筒を差し込んだ。そして再び身を屈め、ピンキーの右手を取り、軽く握られていた指を解いて人差し指を伸ばした。

 血だまりに足をつけないように何度か立ち位置を変えながら、その指先を血に浸し、床に文字を描いていく。

 息を弾ませながらも、口許に浮かぶ笑みは本性の表れだろうか。

 最後の『R』で力尽きた様を見事に描き切ると、満足そうに頷いて立ち上がった。

 お尻に手を当てて封筒があることを確認すると、周囲をもう一度見まわして、アデルは教室から出ていった。


 時刻は19時04分25秒。再び画面に動きがなくなった。

 月光がわずかに陰り、雲の流れが教室の窓に映り込む。

 その間、教室内の輝度は明滅を繰り返したが、暗転の瞬間、ガタンという音が鳴り、次に明るくなった時にコマチの姿がそこにあった。

 コマチは大きく深呼吸すると、肩口に鼻を寄せて匂いを嗅いだ。ロッカーの匂いが服に染みついたのだろう。

 しかし表情を変えることなく、死体に視線を落とす。 ピンキーの顔の前に膝を着き、静かに囁いた。


「お疲れ様です。またのちほど参りますので、がんばってください」


 口に添えられた手を離すと同時に微笑は消え、コマチも颯爽と教室をあとにした。

 画面は白くフェードアウトし、次の場面へ切り替わった。


最後までお読みいただきありがとうございます。

実際の映像を公開するというサプライズで謎解きが開始されました。真犯人はコマチでした。VTRの続きをお楽しみに。

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