第43話 犯人
計画どおりの展開に、口元が緩むのを抑えきれなかった。
じつはコマチのくだりも予想外ではあったが、何か行動を起こすと思ってはいた。
まさかこここまで派手に動くとは思わなかったが、結果的には計画どおりになった。
少しばかりクフオーに同情してしまうよ。ほんの少しだけど。
「かなり減ってしまいましたね」
静かになった体育館に、俺の声が軽やかに舞った。
誰もが呆然としているような、空虚な沈黙が広がっている。
まあ、そうなるだろうね。とりあえず、大人しく聞いてくれそうなのでよしとしよう。
「残念ですが、身から出た錆ですよ。ただ、別の問題がありましてね。それは、残念なことに、あなたがこのイベントの犯人ではないということです。あなたには殺害に行く時間がありません。コマチさんと共謀したのでなければですが、その点はいかがですか?」
クフオーは視点の定まらない表情で、何も耳に入らない様子だった。
フム。完全に魂が抜けているようだな。
「ここまで撃沈されるとは思いませんでしたね。その封筒をどうやってゲットしたのか聞きかったのですが、アデルさん、代わりにお答えいただけませんか?」
ここで俺は、唐突にアデルに質問を投げかけた。
当然ながら、アデルは驚くどころか無反応だった。
俺がもう一度、言おうとした時になって、ようやくハッと気づいたようだ。
「ぼ…僕ですか?すいません。完全に終わった感じになってました。封筒が…何でしたっけ?」
「ハハハ。いいんですよ、しょうもない演技は。あなたが封筒を男子控室に置いたんでしょ?」
こう言うと、ずいぶんと寂しくなったフロアに、小さなざわめきが起こった。
「え…っと、何を言っているのか…な?封筒なんか知りませんよ。クフオーさんが犯人でしょう?」
うーん、こいつは演技がぜんぜんダメだな。慌て方がヘタクソすぎるよ。
もう一気に決めてしまおう。
「いいえ。犯人はアデルさん、あなたです。認めていただけると、すごく楽なんですけどね」
すると、カチンときたのか表情を強張らせた。
だからダメなんだよ、と言いたいのを我慢する。
「ちょっと待ってくださいよ。これまでの話のどこから僕になるんですか?なんで僕が封筒を置く意味があるんです?バカげてますよ」
俺はマイクに向けて、フウと大きく息をつく。
「やはりイチから説明させますか。惨めな思いをするだけですよ?」
「その言葉、そっくりそのままお返ししますよ」
アデルは自信があるのか、力強く反論した。
「では仕方ありません。あなた、当日は19時前から10分程度、校舎一階のトイレを利用されたと証言されていますよね?それは認めますか?」
たちまち、アデルが眉を寄せる。すぐ態度に出すよね、君。
そして、ムッとしたような口調で答えた。
「そうですよ。それが何か?」
「問題大ありですよ。あなた手を洗わなかったのですか?トイレのあとに」
「は?何を言って…」
アデルはまた表情を変えて困惑した。もう動物みたいだよ。
「いえね、サバゲー部員はトイレのあとに手を洗わないと聞いていたもので。実際のところ、どうなんです?」
「ふざけてんのか、あんた!洗ったに決まってんだろ」
ほら怒った。よしよし、いい子だ。
「じゃあ、わざわざ校舎側のトイレに行って用を足し、手を洗って戻ったということですか?」
「そうだよ。それのどこが問題なんだよ」
俺は笑った。その声をマイクが拡散させる。
アデルの顔に血の気が増していくのが見てとれるが、こうも簡単に引っかかるとはね。
「手を洗ったんですか?そりゃあマズイ」
「何なんだ、お前!手ぐらい誰でも洗うだろ」
ク…笑いを抑えるのに苦労するよ。
決して煽っているわけではないのだが、面白いほど怒っている。
「あなた気づいていないようですが、絶対にそれは不可能なんですよ。検証しましたから」
「はあ?」
アデルは頬を紅潮させたまま、失態を晒していることに気づいていない。
バカなやつだ。もしかすると、ギンブナといい勝負かもしれない。
そう思うとかわいそうではあるが、俺たちのために犠牲になってもらうしかないのだ。
「いいですか?監視カメラの映像をじっくりチェックしました。校舎の正面を映したやつです。19時から20時までの間、トイレの電気は一度もついていません。部員全員で確認済みです。あなたは電気もつけずにトイレで用を足したと言っているんです。我々は夜のトイレにも調査に行きました。真っ暗で何も見えませんでしたよ。たとえ満月でもね」
「あ…」
アデルは声を詰まらせた。
「ス…スマホだよ。スマホの明かりで大丈夫だったんだ」
「なぜ電気をつけないんですか?もっとマシな言い訳をしてくださいよ。あなた手を洗ったと言ったじゃないですか。スマホ片手にどうやって手を洗うんです?」
「う…ぐ」
レベルの低い言い訳だ。たちまち言葉を失っている。
こういう男だからこそ、犯人役に選ばれたんだろうけどね。
「これで、あなたがトイレに行っていないことが証明されました。その時間、どこに行かれてたんですか?どうなんです?次の言い訳をしてみてください」
アデルは悔しそうに歯を食いしばっている。
この男の思考では、もう状況を打破することはできないだろう。
「そ…そうだよ。音楽室に行った。だけど行っただけだ。何もなかった…」
「言うに事を欠いて、なんてバカなことを!体育館から音楽室を目指して行った理由は何ですか?」
「な、なんとなく…」
「なんとなくそんな行動をとるバカなんですか?」
「ああバカだよ!バカだから…」
「もうよしなさい」
俺はアデルの抵抗を遮った。
「これ以上は醜態です。市内全域に醜態が晒されるんですよ?自白するか抵抗を続けるか、どちらにメリットがあるか明白でしょう」
ここでアデルは頭を抱えた。彼が落ちた瞬間だった。
――勝ったな。
俺は心の底からそう思い、込み上げてくる笑みを表情に出さないように苦心するのだった。
「わ、わかった…自白します」
その呟きに、フロアからささやかな歓声が起こった。拍手する者もいた。
大半の者はすぐに出て行ける体制で待ち構えている。すでに、何人かは出ていった。
まあ、テレビカメラが残っていれば俺としては問題ないのだ。
「ありがとうございます。では、あなたが持っている指示書を出して、読み上げていただけませんか?」
アデルはうつむき、しばらく黙り込んでいたが、諦めたように内ポケットから封筒を取り出した。
クフオーと同じ白い封筒のようだ。
そして、ここがアデルらしいと言えばそれまでなのだが、封筒の確認は不要と思ったようで、そのまま中身を取り出した。
なんか、ホントに思慮が浅いのか、単純そうだね。いつの間にか表情もスッキリしているし。
「では…」と前置きして、アデルは姿勢を正した。
ああ、バカ真面目なんだな――と俺は理解した。
「サバゲー部アデル様、あなたを犯人役として指名させていただきます。ご了承いただけない場合は、この封筒を生徒会へご返却ください。ご了承される場合は、以下のとおり指示させていただきます。
10月20日(土)19時、校舎三階の旧音楽室にお越しください。そこで被害者役の生徒と対面する運びとなります。殺害のシナリオは被害者役の生徒に一任しています。被害者の左手から指示書を抜き取り、右手の示指に被害者の血液を付け、ダイイングメッセージを床に残してください。文字は『TAMAR』です。
その後、速やかに立ち去り、男子控室のテーブルに抜き取った指示書を置いてください。そして、体育館のステージイベントを見学し、できるだけ大勢の人に見られるよう心がけてください。体育館の入り口付近に、シネマ部のコマチ氏が現れたら、雑煮倶楽部のクフオー氏が控室で待っていると伝えてください。以上、よろしくお願い申し上げます」
アデルが指示書を読み終えると同時に、床が振動し、残っていた聴衆が一斉に体育館を飛び出していった。
俺はその流れに逆らうように、マイクの前に立っていた。
ほどなく喧騒は消え、体育館にはわずかな人影だけが残った。
「あっという間に寂しくなりましたね。他に言い残すことはありますか?」
アデルは天を仰ぐように視線を彷徨わせ、思わせぶりに笑った。
「ゲームセット…かな」
俺もフッと笑みをこぼす。何をカッコつけてやがる。
まあここは俺も乗ってやるよ。
「そのようです。残念でした」
両手のひらを上に向けて、肩をすくめてみせた。
さて、見せ場は終わった。終わり方も完ぺきだ。
これで世論も見直すだろう。間違いないと、俺はほくそ笑んだ。
軽く頭を下げてマイクから離れると、ガラガラになったフロアには、ざわめきも熱気も残っていなかった。
しばらく静寂の時が続き、閑院が演台に立った。
「他に質問はございませんか?」
手を挙げる者は一人もいない。
そりゃそうだよ。誰もが俺の推理ショーに釘付けだったんだから。今さら質問などあろうはずもない。
会場を見回すと、壁際にシャロンとコノハの姿を捉えた。
シャロンは珍しく微笑み、コノハはガッツポーズをして見せている。
俺は親指を立てて返事をした。
「では、挙手がないようですので、以上で閉会とさせていただきます。投函の締切は明日の正午まで。結果発表は15時からを予定しております」
こうして、最後の会見はフィナーレにふさわしい盛り上がりもなく、なんとも静かに幕を下ろしたのだった。
最後までお読みいただきありがとうございます。
アデルが自白しました。どのようなトリックが使われたのか推理してみてください。
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