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第42話 自白

 アドロが席に戻ると、俺は深呼吸してマイクに向き直った。


 ここから、俺の匿名人生をかけた勝負が始まる。

 こっちの世界でも失敗すれば、悲惨な人生が待っていることだろう。

 シャロンを連れ戻すどころではなく、まりんからも見放され、会社にもいられなくなるに違いない。学園も退学せざるを得ないだろう。


(なんでこんなことになってるんだっけ?)


 と、こんな状況で疑問を抱く。

 人生とはままならぬもの。何が起きるかわからないから面白い。そんな漫画かアニメのセリフがあったような気がするが、今さら気休めにもならないよね。

 だが、リーダーとして部員の期待を裏切るわけにはいかない。ここで人生修了するわけにはいかないのである。

 恐れるものなどない。そう言い聞かせて――。


「では、コマチさんに質問します。あなたがクフオー氏と19時20分頃、旧音楽室にいたのは事実です。堂々巡りは時間の無駄なので、はっきり言いましょう。あなたはクフオーさんの仕返しを恐れているのですよね?」


 コマチと視線が交差した。クフオーは目を見開いてこちらを見ている。

 何かを言い出す前に、俺は続けた。


「でも、今日をもってそれは起こりません。なぜなら、クフオーさんはここで失脚するからです。心配ご無用なので、もう認めていただけませんか?」


 すると、クフオーがいきなり割り込んできた。


「ちょっと待てよ。失脚とはどういう意味だ?」


 まあ、そうなるよね。

 俺は視線を合わせなかった。凄みは相当な迫力だけど、今日はこっちが上からいくから。

 決してビビっているわけではないのだ。


「まあまあ。あなたが素直に出してくれそうにないから、コマチさんから裏付けをいただくのです」

「何だと?」

「少し黙っていてください。コマチさんに聞いているんですから」


 恐らくクフオーは鬼の形相になっていることだろう。でも俺は、コマチを見つめたまま視線を外さなかった。


「と言われましても…」


 コマチは困ったような仕草で顔を傾けた。

 フム、ここから彼女を落としていかなければならない。クフオーのような直情型の男より、千の顔を持つ彼女のほうがよほど強敵なのだ。

 でもね、勝つべくして勝つだけの理論武装はしているんだよ。


「タイミング的には今しかないですよ。あとになって認めても、あなたを信じられなくなります。先(・)に(・)お認めになったほうがよろしいかと思いますが」


 この言葉には多くの意味を込めている。それを受け取ってくれると信じるしかない。

 コマチは沈黙した。さて、どう出る?


「しかし…」


 呟くように言ったのは、疑問符ではなかった。俺はこの時点で勝ちを確信した。

 それなら、もう一押ししてあげますよ。


「それとも、クフオーさんに質問を戻しましょうか?クフオーさんが、何かを隠しているんですよね?」


 コマチは目を閉じ、表情を髪の毛で隠しながら、マイクに届くほど大きな深呼吸をした。


「…わかりました」

「ま、待て!」


 クフオーが慌てて遮ってきた。慌てなさんなって。


「あなたの順番はまだですよ。ちょっと静かに聞いていてください」


 冷たくあしらうと、クフオーは机をドンと叩いて上体を起こした。


「ちょっとちょっと、ここで暴れるおつもりですか?」


 クフオーは神田署長のほうに顔を向けて、悔しそうに掴みかけていたマイクから手を引っ込めた。


「賢明ですね。さて、コマチさん。あなたはクフオーさんがステージを終える19時20分頃に、控室に呼び出されたのですね?」


「はい」とコマチが答えると同時に、クフオーが「違う!」と否定した。


「俺は呼び出してねえ!その時間にコマチが来たんだ」


 うん。ここまで想定どおりだと逆に不安になるな。

 でもまあ、ここで緩めるわけにはいかない。


「だから黙っていてくださいよ。そんな言い訳を信じるわけがないでしょう。あなたの話はあとで聞きますから、コマチさんの話が終わるまで、黙っていてください」


 クフオーは憮然とした表情で、ストンと腰を落とした。諦めたわけではないだろうが、もはや何もできまい。

 対照的に、コマチは覚悟を決めたように顔を上げ、表情を引き締めていた。


「おっしゃるとおりです。以前からクフオーさんに声をかけられていて、当日も二人きりで会いたいと言われていたんです。怖くて、お芝居にも身が入らなくて…本当に悩んでいたんです」

「どのように呼び出されたのですか?」

「私物を預かっていると…それが何か教えてくれませんでした。会って渡すと…」


「違う!」と、クフオーがまた遮った。うーん、逆効果だってことがわからないんだよね。

 でも、ありがとう。君の単細胞ぶりに感謝すら覚えるよ。


「いい加減にしてください。閑院さん、ちょっと黙らせてもらえませんか?もうマイクを切っておいてください」


 すると、閑院が舞台袖に向かって何か指示を出した。こうなっては、クフオーも大人しくせざるを得ない。

 悔しそうに頭を抱えた姿を見て、会場は息を呑むように静まり返っていた。

 では、調理にとりかかろう。


「さて、コマチさん。あなたは19時20分頃、クフオーさんに連れられて旧音楽室に行ったのですね?」

「そうです」


 コマチは、あっさりと肯定した。


「19時頃に一人で音楽室に行ったというのは嘘ですね?」

「…はい」


 少し言い淀んだが、これも否定しない。


「その時間は、何をされていましたか?」

「あの…控室に行って探し物を…」

「男子控室に、ですね?」

「…はい」

「つまり、クフオーさんが預かっているという私物を探しに行ったと?」

「そのとおりです」


 ふむ、いい感じだ。クフオーの地声が聞こえるが、それを無視して続ける。


「その時間は、ゴムベースボール部と雑煮倶楽部のステージの時間ですよね。誰も使っていなかったから、入れたわけですか?」

「えっと…一応ノックをしましたが、返事がなかったので開けて入りました。でも何もなかったので、一旦フロアに戻って…また指定時間に控室を訪ねました」

「なるほど。それで音楽室に連れて行かれて、私物は返ってきましたか?」


 コマチは下を向いて、沈黙した。


「返ってこなかったんですね?何か言いたくないことをされたんですか?」


 コマチは沈黙したまま、首を振ったらしく、少しだけ髪の毛が左右に揺れた。


「いえ…椅子に座らされて、お話をされました。その…付き合わないかというお話だったと思います」


 生々しい話だな。ヘンに想像してしまうよ。


「思う、とは?」

「お話は頭に入りませんでした。月をずっと見ていたのと…すぐに立ち去ることになってしまったので」

「ほう。なぜですか?」

「し…教室に死体があったからです」


 俺は、アハハと笑ってしまった。場違いな笑い声が体育館に拡散された。

 やべ!と思いつつ、咳ばらいをしてごまかす。


「オホン、で…でしょうね。私も行きましたが、机と椅子の死角になっていて、すぐに気づかないと思いますよ。驚いて出たということですか?」


 コマチは下を向いたままだ。


「ダイイングメッセージみたいなものがあったので、イベントの死体だとすぐにわかったのですが、さすがに出ようとなりました」


 ふう、と俺も心の中で息をつく。よくがんばった、俺。という気分だった。

 さて、それでは最後の仕上げに入りましょうかね。


「ありがとうございます。これで周知の事実となりましたので、あなたは守られますよ。閑院さん、マイクを入れてあげてください。というわけでクフオーさん、詰んだお気持ちはいかがですか?」


 オー、という低い声が沸き起こってくる。フロアの唸(うな)りだが、クフオーの呻(うめ)き声のようだった。

 そして、クフオーはコマチを睨みつけ、肩で息をしながらマイクを掴んだ。

 ホント獣のようだね。


「まったく事実と異なる。どういうつもりで嘘を言っているのか知らんが、コマチの言うことはデタラメだ」


 コマチはうつむいたままだった。会場もしーんとなっている。そりゃそうだよ、誰が信じるのって話だし。

 だから、ここで俺が言ってやるのだ。


「まだ言いますか。もはや全員コマチさん側だというのに。違う違うと言うだけでは誰も信じません。あなたは女性の弱みに付け込んで、脅して従わせるクソ野郎だと証明されたんですよッ!」


 語気を強めて断罪すると、フロアから歓声が上がった。クフオーに対するヤジも飛び交う。


(勝ったな)


 俺は心の中で、勝利のブイサインを高らかに掲げていた。


「わ…わかった」


 マイクが諦めの言葉を拾う。そして、このキメ台詞の出番だ。


「それは、自白と受け取ってよろしいですかぁ?」


 会場の騒音がピタリと止んだ。静まり返った会場に、俺の声が反響している。

 これは、決まったな。まるで古畑…じゃなくて、覇者の誕生を予感させていることだろう。


「そうじゃない…」


 クフオーは声を絞り出すように言った。

 さあ、ここからは君の自白の時間だよ。

 クフオーはおもむろに、学生服の内ポケットから何かを取り出した。


「証拠を出す。これだよ」


 それを見えるように掲げた。握りつぶしているが、白い封筒だった。

 先ほどまでの攻撃性は影を潜め、諦めのようにその表情は沈んでいる。

 淡々と静かな口調――といっても地声が大きいのだが――で話し始めた。


「カメラがあるなら映してもらいたい。生徒会からピンキーに宛てた指示書だ」


 クフオーがその封筒から、折りたたまれた一枚の紙を取り出す。

 閑院の指示で、小型カメラを持った生徒が向かうと、天井からスクリーンが下りてきた。

 封筒は長3サイズで学園のロゴと名称、住所などが印刷された封筒だった。

 中身の用紙も通常の印刷紙で、横書きの文字が印字されており、最後に自筆の署名が記されていた。


「ここを映してくれ。アドロ会長のサインと印が押してある」


 スクリーンに映し出された映像には、確かに自筆の日付とサイン、その横に『生徒会長』の文字が入った角印が押してあった。


「内容を読む前に会長に確認したい。これはあんたのサインで、本物に間違いないか?」


 アドロは立ち上がり、ステージの中央を横切っていく。俺は放置プレイになっているが、ここは待つしかない。

 アドロはクフオーから封筒と紙を受け取ると、その場で封筒の中を覗き込んだり、紙をライトにかざしてみたり、詳細にあらためてから演台に戻った。


「封筒についてはわかりませんが、中身は生徒会からピンキー氏にお渡しした指示書です。偽造防止用の透かしが入っていますし、サインも私の自筆で間違いありません」


 クフオーはその証言が嬉しかったようだ。気の抜けた表情がみるみるうちに、気味の悪い笑みに変わった。


「ということで、これが本物だと証明された。内容を読むぞ」


 会場はざわめきを残していたが、それでもクフオーの息遣いまではっきり聞こえる。


「ビオトープ部ピンキー様、被害者役をお引き受けくださり誠にありがとうございます。中略…10月20日(土)19時ちょうど、校舎三階の旧音楽室にお越しください。そこで犯人役の生徒と対面し、腹部をナイフで刺される運びとなります。うつ伏せに倒れてください。犯人役の偽装工作のため、お体に触れて動かされますが、十分に注意していただきますので、どうか死体になりきっていただきますようお願いいたします。また、犯人役を明かすことができないように、被害者役も明かせませんので、お互いの確認のためにこの書類を当日お持ちください…後略、だ。

 これは控室で見つけた。この際だから言うが、その時から俺が隠し持ってる。コマチの言うことは嘘だ。これを探しに来たんだよ!19時じゃねぇ、19時20分だ。その時、ピンときたね。コマチが犯人だって。これが証拠なんだよ!」


 クフオーは封筒を顔の前で力強く振った。

 勝ち誇ったように笑みを浮かべているのだが。

 えっと、演説はもう終わったのかな?

 俺はマイクに向けて、フウと大きなため息をついた。


「確かに、ピンキーさんが素晴らしい演技をされたことが証明されましたね」

「は?」


 クフオーは意味がわからないとばかりに、動きを止めた。


「証明されたのはそれだけですよ。コマチさんが犯人だなんて証明されちゃいません。だいたいそんな大事なものを、男子更衣室に落とすわけないじゃないですか。あなたが犯人だって吐露しているようなものですよ」


 そして、例のごとく慌て始める。


「ち…違う!そうだろコマチ!お前はこれを探してたんだろうがっ!」


 リアクション芸人かよ、お前は。

 そんなことを思いながら、畳みかけて自白させようとタイミングをうかがっていると、思わぬ事が起こった。


「いい加減にしてくださいッ!」


 コマチが叫んだのだ。音響がハウリングし、耳鳴りのような残響を残して消えた。


 ――エッ?


 俺もビックリして固まっちゃったよ。まさかここでコマチがキレるとは思はなかった。

 いや、キレたというより…。

 まあ俺がそうなのだから、聴衆も驚いたのだろう。コマチの息遣いだけが、フロアに響いていた。

 そして、続ける。


「あたなの名誉のために…黙っていようと思っていましたが、そこまで認めないのなら仕方ありません」


 コマチはスマートフォンを取り出し、机の上に置いた。

 怒りが込められたような動作で、ゴンゴンと机が音を立てている。

 そしてマイクをスタンドから外して、スマートフォンに押し当てた。

 操作のタップ音さえも静寂の中で鮮明に響き、ガサゴソというノイズ音が流れ始めた。

 録音された音声を再生しているようだ。

 まさか――と思ったが、それは完全なる悪事の証明だった。



『…着替えさせてくれだと?』


 クフオーの声だった。


『はい…汗が冷たくなってきたので』


 コマチの声だ。クフオーの下品な高笑いが耳を貫く。


『ぐふふ。着替えるなよ。せっかくのお前のいい匂いが台無しじゃねぇか』

『そういうのが嫌なんです』

『まあいい。さっさと着替えろ。スマホは切っとけよ。電話がかかってきても面倒だし、録音でもされちゃたまらんからな』

『どこへ行くんですか?』

『俺がこっそり使ってる秘密の部屋だよ。誰も来ねえから安心しろ…ゆっくり話…じゃ…』



 ここでノイズが大きくなり、音声は終了した。

 わずかな会話だが、それで十分だった。

 誰もがそう理解したはずだ。

 ただ、そのあまりに衝撃的な内容が会場から音を奪っていた。

 コマチはマイクをスタンドに戻す、その小さな残響がしばらく漂っていた。


「これが、あなたが私を脅迫していた事実と、いつも音楽室を利用していた動かぬ証拠です」


 コマチは映画で見るような凛とした表情で言い放った。

「ちが…」とクフオーが何かを言いかけたが、ここでフロアから一斉に巻き起こった怒号によってかき消された。

 何を言っても無駄だと悟ったのか、クフオーは力なくパイプ椅子にもたれかかった。

 その光景がクフオーの敗北を物語っていた。

 ドンドンとフロアに振動が起こる。

 クフオーを犯人と見て取った聴衆たちが、一斉に投函所に駆けていく音である。

 大きく開け放たれた入口のドアから、クフオーの嘆息のような生ぬるい風が吹き抜けていった。


最後までお読みいただきありがとうございます。

クフオーが落ちました。犯人は誰なのか推理してみてください。

ご感想などお待ちしています。

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