第41話 ムーンディス作戦
会見の一時間前にもかかわらず、体育館はガヤガヤと騒がしかった。
久しぶりの会見のためか、意気込んだ連中の声が不自然に大きい。
だが、こうして態度に出している連中は恐れるに足りない。
こういうのはね、静かに精神を落ち着けておくべきなのだよ。
まあ、俺も正解は知らんけど、実際キャッキャ言っているやつはたいしたことないだろう。
ただのガヤだな。
「多くなる前に最前列を確保しておきますよ」
俺はさっそくメンバーと離れ、フロアの前方に歩を進めた。
やはりというか、このあたりにいる者たちは雰囲気が違った。
会話をしている者はほとんどおらず、決意めいた目をして闘志を燃やしている感じだ。
その入りがたいオーラの中にそっと加わり、直立不動で待つ。
まあね、彼らとて作戦の養分でしかないのだ。よろしくお願いしますよ。
ふつふつと湧き出てくる笑みを押し隠した。
後ろを見ると、すでに入り口が見えないほど人が集まっていた。
もう仲間の姿は見えない。直立不動のまま――腕組みなんかして――胸の高鳴りを押さえながら、幕が開くのを待った。
この日も、開始を知らせるブザーはなかった。突然、緞帳がスーッと上がっていく。
それに気づいた者から声が漏れ、幕が上がりきる頃には「オー」という歓声に変わっていた。
ステージの面々は見慣れた顔だ。配置もほぼ同じ。向かって右側に演台を置いてアドロと閑院、中央に長テーブルを置いて五人の容疑者、左側に益本氏である。
一点だけ違うのは、益本氏の隣に神田署長と西谷刑事が座っていることだった。
なるほどね。
これが最後の会見というのもあるが、現職の警官を配置することで、クフオーをけん制する狙いもあるのだろう。
追い詰められて逆ギレされると、会見そのものが台無しになってしまうからだ。
間をおかず、閑院が前に出てきて、演台に立った。
「ただいまより、ミステリーウィーク最後の会見を開催させていただきます」
静かな拍手が起こった。ざわざわとした雰囲気はいつの間にか消え去っていた。
次いで、アドロが挨拶に向かう。凛とした動作で一礼すると、緊張感がさらに増した。
会場から音が消えていく。聴衆の視線を一身に受け、美しい微笑を見せつけていた。
「本イベントはいよいよフィナーレを迎えます。前回の会見と新聞部のご協力によって、必要な情報は概ね提供されたものと考えておりますが、この会見をもって推理を確固たるものにしていただきたく存じます。本日のルールをご説明いたします。持ち時間はお一人三分。ただし、質問者がいなくなるまで続けさせていただきます」
会場にどよめきが起こった。
は?質問者がいなくなるまでだって?
これには俺も驚いた。
「本日の終了時間は定めておりません。必ず質問する機会がありますのでご安心ください。ただし、繰り返しになりますが、覇者となるのは最初に正解を投函した唯一名です。現在、正解者は出ておりません。そのため、この会見中に退席されて投函されても結構です。それでは、始めさせていただきます」
アドロは淡々と説明を終えると、一礼して席に戻った。
唖然とした者がほとんどだろう。つまり、最後までここにいる必要がないと言っているわけだ。
とにかく、今日は凄いことになりそうだ。そう思うしかなかった。
すべてにおいてアドロが一枚上手。彼女のフィールドで勝負するしかないのである。俺は目を閉じて深呼吸した。
「では同様に、挙手のうえご質問をお願いします」
閑院のよく通る声が、ざわめきの収まらないフロアに響いた。
クフオーの顔は苦渋に満ちていた。
予想どおり彼に質問が集中し、疑惑を否定し続けている。
しかし、質問者も攻め手に欠け、堂々巡りが続いていたのだ。
「コマチさんは、あなたから接触があったことを認めているじゃないですか?いつどのような目的でお話されたのか、お答えください」
市民の男性からの質問だ。
「ですから…何度も言ってるように覚えてませんよ。かわいいねとか、そんな感じだったと思いますよ。不快に思ったんなら、申し訳ないとしか言えないっすね」
溜め息をつくクフオーの姿は見ていて新鮮だったが、こうなることは彼も想定済みだろう。
しかし、この状況を覆せる秘策があるのかどうかは、甚だ疑問だ。
「ではコマチさんだけではなく、女性なら誰にでも、そういう風に声かけしているということですか?」
容赦ない質問に、クフオーの顔が歪む。
「誰にでもって、そういう意味じゃねえ…ないですし、特定の誰かを付け回すようなマネはしませんよ」
こうしたやり取りが何人も続いている。曖昧な逃げに徹するつもりなのだろう。
だがね、今日は時間無制限なのだ。逃げられるとも思えないよ。
そして質問の矛先は、コマチにも向いた。
「コマチさんにおうかがいしますが、クフオー氏からどのような声かけがありましたか?」
この質問にコマチはうつむき、固く結んだ口から、声を絞り出す。
「私がそう感じていただけなのかもしれませんが…一人の時に、その…いつも来られて…」
「どんなことを言われましたか?」
「調子はどうだとか…そんな感じです。直接誘われたかと言えば、そうでもないというか…」
質問者が間を置く。フッと笑みをこぼしたような吐息をマイクが拾った。
「つまり、精神的にプレッシャーを感じていたというわけですね?それは、何回くらいありましたか?」
「十回…近くあったと思います。今年の春くらいから…」
「クフオーさん。これを社会一般ではハラスメントと言うんですよ。コマチさんをターゲットにしていたのは明白じゃないですか」
今度は、明確な舌打ちの音をマイクが拾った。
まるで政治家の会見を見ているようだ。エンターテイメントとしては低俗だが、こうした晒しや吊し上げの手法は、ゴシップ嗜好を持つ層には確実に刺さるのだ。
俺はわかっているけどね。これがアドロの演出だと気づいている人間は、それほどいないだろう。
「ハラスメントに感じたのなら謝るしかない。今後は改めますよ」
クフオーも自制を身に着けているようだが、それがいつまで続くか見物である。
ショーを盛り上げるために、クフオーの凋落が必然としてアドロのシナリオに組み込まれているはずだ。
次に質問に立ったのは、ゴムベースボール部の玄能。
タイプ的には彼と同類に見える。見るからに体育会系のワンマンタイプだ。
「クフオーさん、あんた三日前に行ったとか言ってましたよね?その時も誰か連れ込んでたんじゃないですか?」
クフオーは玄能を睨みつけた。
このやり取りだけで、人間関係がわかるようだ。
「証言したとおりで嘘はない」
「納得できねえっすねェ。あんたの部はイエスマンばかりだから、女の子の調査でもやらせてたんじゃないすか?」
もうねちっこい。クフオーでなくてもイライラしてくるのだが、質問者の態度としてはベストだ。
「あり得ん。そう思うなら部員に聞いてみるといい」
「あり得ん?あんたがあの教室を使ってたのは事実でしょ?なんなら生徒会に名前を発表してもらいましょうか?」
クフオーは怒りを飲み込むように目を閉じた。
「一度だけだ…記事の女性と行ったのは認める。それだけだ」
「信じられるわけないっしょ!どうせ他にも被害者が出てくるんだから、今のうちに言っといたほうがいいっすよ?」
「お前の質問は、このイベントと関係のないものばかりだ。女性には謝罪する。イベントの質問に徹してもらいたい」
玄能は、カカカと乾いた笑いをマイクに乗せる。
ああ、イラつく。だが、最高の煽りだ。
「だからさ、関係なくねーんだって。三日前にコマチさんと行ったんじゃないのって聞いてんですよ。どうなんですか?」
「違う。コマチ…さんも一人で行ったと言っていたはずだ」
クフオーがコマチに顔を向けると、コマチは前を向いたまま答えた。
「私も…証言のとおりです。当日に一人で行きました」
「さすがに一人で行くとか、もう考えられないんですって。ぶっちゃけましょうや。クフオーさんに言い寄られてたんなら、あの教室に誘われたことぐらいあるでしょ?そんなとこに、一人になりたくて行くわけがないんだよ。本当は三日前の指紋なんじゃないですか?」
「いいえ、三日前は行っていません」
ここで、玄能の質問は終了を告げられた。
いや、よくがんばったよ。友達にはなれないけど。
しかし、コマチは堂々としているな。さすがだ。
次に指名されたのは、ビオトープ部の葦人だった。
「コマチさん、じゃあ当日に二人で行ったということですね?」
優しい口調で、さらりと言った。
普段から大人しい感じの男だが、こうしてズバッと切り込まれると、ドキリとする。
防波堤で釣りをしている時に、常連ぽい釣り人に『それじゃ、釣れないよ』と言われて固まったことを思い出した。
「え…と」
コマチも口ごもる。
「答えにくいでしょうから言いますね。あなたの指紋はドアに付着していませんでした。ドアが開いていたとおっしゃいましたが、これはなかなか苦しい言い訳です。本当はドアを開けてもらったんじゃないですか?そこにいるクフオーさんに」
玄能よりも、はるかに知的で論理的な追及だ。
「あ…の」
コマチは動揺を隠せない。クフオーは沈黙を続けている。
「さらに言いましょうか?時間もわかるんですよ。19時20分から19時30分までの10分間です。雑煮倶楽部のステージの直後、あなたはクフオー氏に呼び出されていたのでしょう。だから演技の調子も悪かったし、着替えと化粧直しも必要だった。どうです?違うと言われるなら、納得できる説明をお願いします。これは、お二人にお願いしますね」
会場がざわついた。拍手をする者もいた。
俺としても、やっぱりわかっているやつはいるよね、と思ったわけだ。
だが、これは想定内である。
コマチの様子は明らかに変わった。マイクが大きくなる息遣いを拾っているし。
「俺から答えていいか」と、クフオーが切り出した。
「説明も何も、これまで証言しているとおりだ。俺が違うんだからコマチさんも違う。俺は行っていないし、犯人でもない。だから、俺を嵌めるトリックを誰かが使ったんだろう」
クフオーがマイクから顔を離すと、コマチも続けた。
「私も…証言したとおりです」
ここで葦人の質問時間は終了した。
すると、会場はしんと静まり返った。
誰もが理解したのだ。いくら追及しても、同じ答えが返ってくると。
玄能も葦人もよくやったが、コマチを少し動揺させた程度のことだったのだ。
言い逃れできない証拠がなければ、知らぬ存ぜぬで押し通すだろう。
それでも集中砲火を浴びせれば、クフオーは自滅すると思っていたが、甘かったようだ。
まあ、予定どおりではあるんだけどね。しかし、予想に反して挙手の数が激減した。
もう?という感想しかない。閑院も意外だったのか、次の指名に時間がかかった。
その隙間のような静寂が、さらに緊張感を高める。なんせ、ローカルとはいえテレビ放送されるからだ。
無様な質問で、お茶の間に恥を晒すわけにはいかないと考えているのだろう。
冷や汗が背中から滲んでくる。ただ俺の場合、それが理由ではない。恥などとっくに晒しているからだ。
ここか?今なのか?その判断だった。
ここまで挙手をせずに機会をうかがっていたが、思いのほか早くチャンスが巡ってきてしまった。
手が上がらなくなるのが作戦の必要条件だったのだが、すでにその状況になってしまったのだ。
作戦の成功の鍵は閉塞感だ。もう少し場が煮詰まっていてほしかった。
つまり、聴衆のフラストレーションが高まっている必要があったのである。
もう少し待つべきか?
いや、誰かに先を越されたら元も子もない。
やるしかない、と俺は決断した。
もう一人の質問のあと、俺は挙手が増えていないことを確認して、手を挙げた。
すると、閑院と目が合い、さっそく指名されることになった。
深呼吸してマイクに向かう。
そのわずかな時間に仲間の姿を探した。部長と副部長が入り口付近にいる。
合図を送るまでもなく理解しているだろう。作戦開始だ。
よし!やってやるよ。
「未定研究部のユメジです。生徒会に質問します。一人三分の制限を外していただくことは可能でしょうか?」
こう言うと、ピタッと雑音が止んだ。
は?という反応だと思う。
その沈黙のあとに会場の空気が揺れた。ざわざわとノイズが膨れ上がり、ヤジに近い声も聞こえ始める。
俺はそのまま反応をみた。
すると驚いたことに、閑院ではなくアドロが立ち上がった。
「お答えする前に、質問者の意図をお聞かせください」
ですよね。
アドロが出てきたのは想定外だし、彼女の視線のほうが、その他大勢を足した分より冷たい。
しかし、即座に否定しないのが演出を物語っている。
想定どおりだ。受けて立つ。
「今日の会見は、質問者が尽きるまで行くということですよね?私の質問は三分では終わりません。質問が終わるごとに手を挙げて指名をいただく必要があります。であれば、同じことではないでしょうか?質問回数の制限は聞いておりませんので」
アドロは表情を変えなかった。
「確かに質問回数の制限は設けておりません。ただ、今回は公平性を重視しておりますため、お一人が無制限に時間を使われることは好ましくありません。であれば、お一人三分とし、時間が足らなければ再度挙手していただく手法で問題ないと考えます」
会場のざわめきが大きくなった。そうだそうだ、とヤジを飛ばす者もいる。
「では、私の質問が尽きるまで、お付き合いいただけると考えてよろしいですね?」
アドロが答える前に、ヤジが飛んできた。火に油を注いでいるのは、わかっている。
『なに言ってんだ』、『そんなこと言い出したら誰だって質問し放題だろうが』、『ひっこめ!』
中には罵倒に近い言葉も混じっている。
「ルールは説明のとおりです。質問者の良識にお任せします」
アドロの回答に、野次馬たちはさらにヒートアップした。
『じゃあ、こいつの演説を終わるまで聞かなきゃなんねーってことかよ』、『ふざけんな!』
ここで、俺はマイクに向かって呟く。
「そんなに嫌なら、出ていけばいいじゃないですか」
嵐の前の静けさのように、長く感じるほどの静寂があった。
あ?と聴衆にカチンとスイッチが入った瞬間だったのだろう。
瞬く間に怒号が巻き起こった。
それでも俺は落ち着いていた。あえて煽ったのだ。
「私は犯人に自白させることができます。私を利用しませんか?」
怒号は一向に収まる気配がない。アドロはそれを鎮めることもなく、席に戻ってしまった。
俺はこの状況で、ニヤリと笑う。
「会長が言われていたように、覇者となるのは最初に投函した人であって、この会見で自白させた人ではありません。ですから、私は非常に不利な状況なのです。皆さんは犯人と方法がわかった時点でポストに走ればいい。自白までは私がさせると言っているのです」
少しだけ静かになった。まだ煩いのだが。
「信用できませんか?では、証拠をお見せしますよ」
さらに静かになった。これはかなり効いたようだ。
しばらくして、『見せてみろよ』の声が飛んだ。
「私は持っていません。犯人が今、この場に隠し持っています。それが何なのか私にはわかっていますが、それを三分で出させるのは無理なんですよ。だから、いよいよ最後でかまわないのです。質問がないのなら、と思いまして…」
『じゃあ、やってみろ!』と大きな声が飛んだ。
俺はあえて何も言わずに待つ。
『できるのかよお前に』、『できなかったら覚悟しろよ』、『見せてもらおうじゃねえか』
罵倒のトーンが変わった。いい頃合いだ。
「お任せください。必ず犯人に自白させ、証拠を自ら示すように仕向けてご覧に入れます」
ついに会場から歓声と拍手が沸き起こった。
よし!と俺は密かに感動していた。こうも計画どおりに物事が運んだ経験がなかったからだ。
つまり、そう。
ムーンディス作戦が成功した瞬間だった。
なんせ悪口とヤジを言わせたら無敵の連中が仲間なのだ。ヤジを誘導するのは造作もない。
アドロは拒否できないと踏んでいた。ここでクフオーに制裁を加える機会を逃すはずがない。
さらに、生徒会長自身も市民の評価を受ける立場にある。世論を敵に回せないのだ。
とまあ、作戦どおりにその制裁役が俺に与えられたのである。
拍手が鳴り止む頃、アドロは再び演台に立っていた。
「わかりました。皆様がご納得されるのであれば問題はありません。ですが、もし何も出なければ、あなたは信用を失うだけでなく、軽蔑の的となるでしょう。その覚悟がおありですか?」
(言うねぇ…)
もちろんですとも。匿名人生かけてますよ。
「当然、覚悟の上です」
足は確かに震えていた。恐怖なのか武者震いなのかもわからない。だが、引く気はない。
――今の俺は間野じゃねえ。未定研究部のユメジだ!
最後までお読みいただきありがとうございます。
ユメジが示す証拠とは何か推理してみてください。ご感想などお待ちしています。




