第40話 決戦の土曜日
土曜日は朝から快晴だった。
気温が上がり始めそうな日差しをサングラスで受け止めながら、俺はフリーフェイ――じゃなかった、国道かどこかを社用車で走っている。
まあ、すでに俺の車のようなものだし、もはや通い慣れた道である。
今日のサウンドは、紅…いや歌うなら、トレイントレインかな。
という感じで、俺は気分よく11時過ぎに部室に到着したのだった。
会見は15時からなのだが、リーダーたるもの仕事前にその日の朝刊に目を通しておく、くらいの心意気は必要だ。
要するに、未定研究部の活動がなかった昨日の動向をチェックしておかなければならない。
さすがに誰も来ていないだろうと思っていたが、なぜかこの日も最後だった。
「やっぱり、君が最後だね」
ギンブナに嫌味を言われるのは仕方ないにしても、一体どうしたことだろう?
「みなさん、なんでこんなに早いんですか?」
そう言うと、ギンブナはフッと鼻で笑った。
「愚問だな、リーダー。昨日の号外をチェックしておくためだよ」
なんだって?あんたが?
という違和感が拭えないのだが、俺が最後なのは変わりない。
早く来てやる気を見せておきたかったのに、これじゃあ、逆にやる気がないみたいじゃないか。
そう思ったが、室内に目をやると、なぜか落ち着いた空気が流れていた。
部長は優雅に紅茶を啜っているし、シャロンとコノハはレンジャー二人とおしゃべりに興じている。
「そうでしたか。で…号外はどうでしたか?」
「予想どおりだ」
ギンブナは、ニヤリと左側の口角を上げた。やめろ、その顔は。頭から離れなくなるから。
その顔のまま、器用にクイと顎を向けたテーブルの上に、号外が置いてあった。
今日はコノハが掴んではいないようだ。どれどれ。
≪疑惑の男子生徒はクフオー氏か≫
≪コマチ氏が接触を認める≫
なかなか、エグイ見出しだね。認めちゃったか。
さらに、この二人へのインタビュー記事が掲載されている。
概要は以下のとおりだ。
生徒および市民から、クフオーへの質問総数が500件を超えている。
その多くが、『旧音楽室を不正利用し、女子生徒を連れ込んでいたのではないか』という内容だったが、クフオーは全面的に否定している。
また、コマチを脅迫していたのではという質問にも、事実無根と答えている。
一方、コマチは『脅迫と言えるかどうかわかりません』と回答し、明確な否定は避けつつ、接触があったことを認めた形だ。
クフオーはこの点について、『話くらいは誰にでもする』と答えている。
文化祭当日にも旧音楽室に連れ込んだのではないか、という質問も多く寄せられたが、これについては二人とも会見で述べたとおりと回答している。
奇しくも、ミステリーウィークの容疑者として渦中の二人が、本件の当事者でもあるのは皮肉なことだと締めくくられていた。
その他の主な質問と回答は、以下のとおり。
≪質問:アデル氏へ。校舎のどのトイレを利用したのか?≫
≪回答:本人へ聞き取り。一階の一般用トイレに行った≫
≪質問:儀式体験部男子部員へ。ステージ前の控室に忘れ物や落とし物がなかったか?≫
≪回答:部員へ聞き取り。学園名の封筒があったが、雑煮倶楽部の部員のものだと思った。ステージ後にはなくなっていた≫
≪現在、投函者496名。正解者なし≫
「なるほど。俺の予想どおりですね。投函者が増えたのは、クフオーが犯人だと考えたからでしょう」
ここで、俺のをつけておくのを忘れない。
しかし、アドロも思い切ったことをする。新聞部を巻き込んだということは、やらせやドッキリの類ではなく、マジのやつだ。
天下の新聞部が事実を捻じ曲げてしまうと、今後はもう誰も記事を信用しなくなるからだ。
会ったことはないが、ヤツメが『テッテレー!』なんて真似をするとは思えない。
これ以上ないというタイミングだし、満を持して、というほうが正解だろう。
(だが、この質問は…)
視線をシャロンに向けると、彼女が視線を外したように見えた。
「あとは君がアデルに自白させるだけだ」
猫又部長がいつの間にか前に立っていて、笑顔で俺の右肩に手を置いてきた。
「左様。君が自白させるんだよ」
ギンブナが続いて左肩に手を置く。
この男たちの気持ち悪い笑顔の意味は、なんとなく想像できる。
たぶん、間違いないだろう。
「そうですね。部の名誉を挽回してみせますよ」
「だから今日はね、僕たちは挙手しないつもりだ。君に任せる。邪魔にならないように後方で待機しておくことにしたから、がんばってほしい」
「部長…」
とりあえず、感動したふりをしておく。後方で待機とな。ふーん。
「では、今日の戦略を聞いておこうじゃないか。昼ご飯でも食べながらじっくりとね」
ギンブナがそう言い、シャロンとコノハに目配せした。
するとコノハが立ち上がり、キッチンから大皿を抱えて戻ってきた。
皿には、おにぎりがぎっしりと並べられていた。
「コノハ君とシャロン君のお手製だ。戦の前に腹ごしらえをしないとね」
部長が言うと、レンジャー二人が歓声を上げている。
部長にしては気の利いた演出だ。俺も予想できなかったよ。しかし、シャロンがよく同意したものだ。
「無理に食べなくていいぞ」
まんざらでもない顔でシャロンが言う。
「いえ、もちろんいただきます」
さっそく皿に手を伸ばした。くすぐられるだけの男心がまだ残っていたことに驚く。
戦場に赴くには、やはり女性の声援が必要だろう。
「旨っ!」と漏れ出た声は、レンジャー二人にかき消されたが、静かになるのを待って口を開いた。
「名付けて、ムーンディス作戦です」
「ムーンディス作戦?」
全員が復唱した。シャロンが訝しげに目を細めている。
「なんだ、そのメルヘンなネーミングは?」
そうかな。我ながら、いい感じにハマったと思ったのに。
まあ、ここは感性の問題だし。
「ムーンはこのミステリーを象徴する『月』、ディスは『ディスリスペクト』です。要約すると、月に代わってディスるわよってことです」
「はぁ?」
シャロンは、さらに怪訝な目を向ける。
いつかのアニメを思い浮かべているのかもしれないが、『お仕置き』するわけではない。
俺は作戦の内容を説明した。
「今日の作戦はみなさんの協力にかかっています。しっかり、食べておいてください」
すると、話を聞いているのかいないのか、男どもは夢中でかぶりついていた。
あっ、俺のぶんがもうない…と思った時には手遅れだった。
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