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第3話 ファイナル学園

カーテンの隙間から差していた日差しは、反射する室内灯の淡い光に変わっていた。


さすがに夜に子どもを一人で帰すわけにはいかない。

そう思い、一着だけクローゼットに掛けてある上着を取り出そうとした時だった。


「何してるんですか?今日はここに泊まります」


などと、まりんが言い出した。


「何を言っているんですか?送っていきますよ」


間野は毅然とした態度で言ったつもりだったが、まりんは鼻で笑ってどこかへ電話をかけ始めた。

そして無理やり電話を代わられると、案の定、父親だった。

落ち着きのない声で、丁寧にお礼を言われた。


「わがままばかり聞いていただいて申し訳ありません。ありがとうございます」と。


反論する余地もなかった。

矢継ぎ早に、明日、出勤の時に娘を会社に連れてきてほしいとだけ頼まれた。本当に社長のようだった。

もう何を言えばいいのかもわからない。

とにかくこの親子には苦労させられる。


間野は息をついて、スマートフォンを返そうとしたが、まりんはバッグから数枚の印刷物を取り出して、小さな丸テーブルに広げていた。


「それが入ってたのか。着替えは?さすがにお前のサイズはないぞ」


まりんはスマートフォンを受け取りながら、床をポンポンと叩いて間野に座るように促した。


「管理人さんが持ってきてくれます。そんなことより、まず作戦会議です」

「は?」

「なに寝ぼけてるんですか!もう入試が近いんです」

「いや…」


間野が腰を下ろすと、まりんは不満そうに頬を膨らませた。


「落ち着けって。ゆっくり聞くからさ。この際だから、最初から聞かせてくれよ。なんでママがその学校にいるのか、わからないんだよな?」

「はい…まあ」

「てことは、まずその学校のことを知っておかないといけないだろ?どんな学校なんだ?」

「だから、それを説明するために泊まるんですよ」


ハイハイ、と降参のポーズをとり、間野は姿勢を正した。この子にはかなわない。


「学校の名前は『ファイナル学園』です」

「ファイル学園ん~?」


声が裏返った。

シリアスな話が全部ギャグだったのかと思えるほどの情けないネーミングだ。

これには、まりんも同意のようだ。苦笑いを浮かべている。


「人生最後の学園生活という意味らしいですね。これが学校案内です」


テーブルに広げた印刷物には、確かに『ファイナル学園』の文字があった。


≪青春を再体験しよう≫

≪現実世界にある異世界体験≫

≪現実世界の肩書を捨て、ストレスフリーの学園生活を≫


いかにも怪しいキャッチコピーが並んでいる。


「こりゃ、詐欺師の学校か?」

「違います」


まりんはいたって真剣な顔で続けた。


「写真がまったくないのに気づきませんか?学校案内なのに一枚も」

「そう言われるとそうだが」


間野は学校案内らしき用紙をパラパラと流し見た。


「現実社会と完全に切り離されているからなんです。これは一般に出回っていないリーフレットなんですよ。企業向けの案内で、パパの会社に届いたものです。しかも、今年は来ていません。パパの会社はどんなDMでもスキャンして保存してあるんです。あとから何かあっても対応できるようにって、パパの指示らしいんですけどね」

「へえ、さすがパパだな」


まりんはまた、ハッと目を見開いた。


「そ…それで残っていたわけですが、今は大々的に募集していないみたいなんですよ。たぶん、人気が出すぎたんじゃないかと…」

「待て待て。話が飛びすぎだ。そもそも、なんで企業向けなんだ?」

「そうですね…」


まりんは普通の子どもが親にするように、欲しいモノの価値を熱弁しているのだろう。

間野にはその様子が微笑ましかった。


「もともと、ファイナル学園は企業の福利厚生施設だったという話です」

「福利厚生?」

「はい。仕事のあとの部活という立て付けです」

「立て付けねぇ…」

「ですがっ!」

「お…おぅ」


まりんの演説はさらに熱を帯びてきた。テーブルに両手を置いて身を乗りだしてくる。


「普通の部活ではありません!学園では実社会の名前や肩書を使ってはいけないんです」

「と…というと?」

「つまり、全員ニックネームで活動するのです。本名をバラすことは一切禁止!」

「そりゃあ、普通じゃないな」

「でしょう!それに部活も普通のやつじゃなくて、いろいろ変わった部ばかりみたいなんですぅ」


まりんはこの学園に行きたくてたまらないのだろう。遠足の前夜のように瞳を輝かせている。

話だけでも付き合ってやるしかないか、そう思った。


「で、その変わった部活だけをやる学校なんだな?」

「はい。イベントもたくさんあるみたいで、地域の人たちと交流したり、すごく楽しそうで…」


ここでようやく自覚したのか、まりんはオホンと咳払いをした。


「とにかく…今や大人気で入試は相当な倍率です。まず、それをクリアするのが間野さんのミッションです」

「そうは言ってもなぁ、俺に勉強なんて無理だよ。運だけでここまで来たんだぜ」


まりんは、なぜかにっこりと笑った。


「安心してください。そんな入試なら間野さんに頼みません。テストは正解のない選択式です。心理テストみたいなものですよ」

「なんだそれ?」

「だって、部活だけするんですから、頭の良さは関係ないじゃないですか。なんでも、AIが回答の傾向を分析して学園に適正な人が選ばれるらしいのです。噂では、現在学園にいない性格とか考え方を持った人が選ばれてるみたいですね。間野さんなら可能性ありますよ」


褒められているのか、けなされているのか。

だが、それならいいかと間野は思った。入試で落ちても文句を言われずにすむからだ。


「でもさ、今ごろ入試っておかしくない?ていうか、卒業ってあるのかな?なんで毎年入学者を募集するんだ?」

「いい質問です!」


まりんは勢いよく人差し指を間野に向けた。


「それが、毎年住民投票で部のランキングが決められるらしいのです。最下位になったら廃部になるというウワサです」

「へえ」


すまして答えたが、間野にも興味が湧いてきたのは事実だった。


「しかし、よく調べたな。俺もたいがいネット中毒だけど、『ファイナル学園』なんて初めて聞いたぜ」

「住む世界が違うからですよ」


オイオイ。これが純粋な子どもの残酷さというやつだろうか。確かに如何ともしがたい家柄の差があるわけだが。


「ま…まあ、体育会系のしんどい思いをする必要はなさそうだな。結構早い入試みたいだけど、来春からか?」

「いいえ。九月入学です」

「そこは先進的なんだな。で、学園はどこにあるんだよ。まさか二次元か?」

「仏土市です。この写真も仏土市から転校して来た子にもらったんです」

「仏土市か…」


間野は少し興が覚めた。仏土市ならここから片道一時間以上かかるだろう。

自然の中で外界と隔離するには好都合かもしれないが、仕事終わりに通うのかと思うと、身体的苦痛のほうが先に立つ。


「大丈夫です。毎日行かなくても、週末とか休みの日に行く人も多いみたいなので」

「そうなのか。入試の手続きは?」

「ネットで申し込んで、試験もネット上です。すでに申し込みはしておきました。所属はパパの会社になってますからね」


手際のよいことだ。この子にはかなわない。

と思っていたが、力説を終えた少女は、シャワーを終えると食事もそこそこに寝落ちしてしまった。

ベッドに運びながら、体重の軽さと寝顔の幼さに安心した。


その夜、間野は寝付けなかった。

人生が大きく動き出した気がする。冗談のような学園があり、大の大人が学生服で青春を再体験しているのだ。正直、興味は尽きなかった。


最後までお読みいただきありがとうございます。

学園に興味をもっていただけるとうれしいです。

ご感想などよろしくお願いいたします。

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