第38話 現場検証
「ま、まあ…部長のおかげで、嘘は証明されたといっていいんじゃないでしょうか」
マジかよ、この男。ギンブナも大概だが、甲乙つけがたいコンビだ。とても手に負えない。
「そ…そうだな」
シャロンが珍しく口ごもったほどだ。
電車ごっこも自然にほどけていた。それぞれが距離をとり、足音だけが廊下に響いていた。
この部長と密着して歩くのと、お化けの恐怖を天秤にかけたら、無理からぬことだろう。
そして、最上階の三階を目指して、静かに階段を登っていく。
あまりにも静かなので、もう一度、幽霊のくだりをやってみようかと思ったが、階段から突き落とされたら死んでしまう。二度目はマジで容赦がないだろう、と思い自重する。
旧音楽室は三階の一番奥の教室だ。階段を上って右に進路をとる。
廊下の左手には外向きの窓があり、カーテンもないその窓は、外の闇で鏡のように作用し、ライトに照らされた未定研究部の面々を映していた。
右手には教室が続いている。そのほどんどの窓のカーテンが束ねられて開けられた状態だった。
よってこちら側も自分たちの顔が反射するだけで、中の様子はよく見えなかった。
そのまま最奥の教室まで進む。そこが旧音楽室だ。
手前の施錠式の開き戸を通り過ぎ、奥の引き戸のあたりまで進む。
やはり窓のカーテンは開いていた。
ライトを中に向けると、床や机が微かに光を反射させている。
まるで、取り残された備品たちが息を潜めて手招きしているようだった。
「さて、どうする?一人ずつ入るのか?」
ギンブナがまた偉そうに言う。
その気もないくせに、本当に一人で行かせてやろうか。
「ご自由に入っていてください。ちょっと確認したいことがありますので」
そう言ってやると、やはり慌て始めた。
「え?いや…君から」
面白いのだが、ここはスルーして、外向きの窓に顔を近づけて外を眺めてみる。
すると、ちょうど体育館が斜め下に見えた。
フロアの照明がついていれば、上部にずらりと並ぶ窓越しに中まで見渡せそうだ。
やはり、思ったとおりだ。捜査方針は間違っていない。そう確信した。
こうなるともう、俺の長所なのか短所なのか、余裕が出てくるんだよな。
左の口角が上がってくるのを止められそうもない。いやらしい顔が窓に浮かび上がっている。
ヤバいヤバい。こんな顔をシャロンに見られたら、何をされるかわかったものではない。
そう思って窓を開けると、ブワっと生ぬるい風が吹き込んできた。
フム、まだ空は曇っているようだな。
麓の町の灯りか、あるいは上空の月明りを取り込んで、少しだけ明るさの範囲を増しているように見えた。
「おい」と呼ぶギンブナの声は耳に入っている。もう少し待ちたまえよ。
というか、まだそこにいたんだね。あの夜の根性はどこに行ったのだ。
「そっちの窓なんか調べてどうする?中に入ろう」
ハイハイ。わかりましたよ、先輩。
「いえ、これが現地調査の大きな目的です。どうしても俺自身が確認したかったことなんです」
「どういうことだよ」
誰かのライトの光が向けられた。声の主はわかっている。シャロンさんですよね。
「眩し…じゃあ、ちょっと皆さん来てください」
窓を閉めると、全員が窓際に集まってきた。
「昨日、月明りでも見えるように、生徒会が教室のカーテンを開けたと言いましたよね?それにはもう一つ意味があって、廊下側のカーテンも開けておかないといけなかったんです。この窓ではなくて、そっちの教室の廊下側の窓のことです」
「まあ、カーテンを開けるなら全部開けるよな。片側だけ開けるのは違和感があるからだろう」
ギンブナが珍しくまともな意見を言った。こういう時は、なぜか恐ろしいのだが。
「残念ですが違います。確かに昨夜のような満月なら、月明りだけで十分見えるでしょう。しかしですね、月が都合よくその時間に出ているかなんて、いくらアドロでもわかるはずがないんです。つまり、グラウンド側のカーテンは保険です。月が出てくれたらいいなって感じだったんですよ」
「いいなって…」
ギンブナの顔は明らかに納得していない。でも、それで結構。その反応こそ、君に期待しているやつだよ。
「実際にそうです。本当に必要なのは反対側で、こちら側のカーテンを開けておくことなんです。体育館に煌々と照明がつけば、その明かりが教室まで届くはずです」
俺はライトを外窓から教室の窓に向けた。光の筋が教室の中の闇に溶け込んでいく。
「でも、だからといってそれが何になるんだ?」
「非常に重要なことです。もし月が隠れていて、かつ体育館の照明がなければ、ここは今と同じ状態になります。真っ暗闇ですよ。とても殺人なんて行えないじゃないですか。いくらステージ中とはいえ、目撃リスクを考えると電気はつけられません。コマチとクフオーの密会も同じです。スマホのライトでも、どこから光が漏れて目撃されるかかわかりませんからね」
「でも…」と、今度は猫又が何かを言いかけた。
「納得できませんか?」
「うーん、僕たちは正座していたから、ステージを見てはいないわけだが…照明は暗かったと思う。儀式体験部とか生カラのライブなんか、特に暗くしてたような気がするけど」
フフフ。もう笑っちゃう。見事な合いの手を入れてくれたからだ。それを待っていましたよ。
「そのとおりです。普通は舞台以外の照明を落とします。なので、その間はここに光が届きません。でも、絶対に照明を落とさない時間帯があるんですよ」
「えっ、そうなのかい?いつなの?」
「それは…」
「それは?」
ああ、たまらない。皆が固唾を呑んで俺に注目している。
わかっちゃいるけど、やめられないんだよね。
「CMのあとで!」
そう言うと、コノハが恐ろしい速さで殴りかかってくる気配を感じた。
わかってましたよ、こうなることは。決してMっ気があるわけではないのだ。
俺も成長――いや、ここの水に馴染んで変人の仲間入りを果たしたということだろう。
「というのは冗談で、ステージの終了時と雑煮倶楽部の餅投げの時間ですよ」
コノハの手が止まった。
「餅投げは言わずもがなです。照明を落としたら危険極まりない。確実に照明は全開です。それと、ステージの進行はきっちり時間どおりでした。入れ替え準備のために、終了3分前には合図が出ていました。つまり、雑煮倶楽部のステージが行われた19時から19時15分の間は、照明がマックスに点灯されていたはずです」
誰も反応がなかった。思い返しているのだろう。
俺も思い出してみれば、つくづく惜しいと思う。あと20秒あればシャロンの胸…じゃなくて、ホクロが確認できたのに。
ふと関係のないことを考えていると、そのシャロンが口を開いた。
「なるほど。だからアドロがステージの部を独断で決めたわけか。19時にここに光が届くように」
「そういうことです。犯行時刻が19時だと証明していますよ。そして、もうひとつ確認しておきたいことがあります」
ここで、満を持して教室に入っていく。
もう余裕があるからね。夜の音楽室に恐怖などないのだ。
だから、ドアを勢いよく開けて堂々と入りましたとも。
なんか空気が冷たいのは気のせいだろう。気にしない気にしない。
ライトを向けて教室内を確認する。グラウンド側の窓のカーテンも開け放たれている。
こちら側の空には、月の輪郭がぼやけて見えている。雲がなければ室内を見渡せていただろう。
だが隠れてしまえば、このとおり光は届かない。
無造作にまとめられた机と椅子の向こうの壁に、ピアノや楽器が無造作に押しやられている。
廃校になって引き取り手がないということは、楽器としての価値もないのだろう。
錆びたロッカー、空の本棚、そして壁に並ぶ大作曲家たちの肖像画。
不気味にこちらを見つめてくるその目は、今ではコノハとシャロンをおとなしくさせる効果しかない。
その絵から少し離れた壁に生徒会が設置した監視カメラがあるが、停電のおかげで沈黙しているようだ。
死体があったのは、壁際の楽器と机の間にある不自然なスペースだ。
鑑識を終えて原状復帰され、何事もなかったかように冷たくライトを反射させている。その床を踏みしめながら、『人型テープ』でも残しておいてくれたら雰囲気が出たのに、と残念に思う。
楽器に目をやると、アコースティックギターの弦が目視でわかるほど緩んでいた。
だが埃はない。ピアノも同じだ。屋根は外され、内部はひどく痛んでいるのに埃は払われている。
本棚もロッカーも傷んではいるが、埃やクモの巣といった風化の跡が見当たらなかった。
「何をしているんだ?」
気がつくと、ギンブナが背中に張り付いていた。
これにはマジでビビったが、こいつらの特技だったな、と心を落ち着ける。
「見てください。こんな物も掃除されているんです。号外の回答にもありましたが、ここも指紋を採ったはずです。でも、出てこなかった。普通こんなもの触りませんからね。クフオーの痕跡を一度、徹底的に消したのでしょう」
次にロッカーを開けてみる。
背丈より少し低い細長のロッカーで、くたびれたT字ほうきが一本だけ入っていた。
「この中も埃がないですね。少し臭いますが、ピカピカにする必要はありませんからね」
「そりゃあ、掃除するんなら全部するんじゃないかな?ネズミのフンとか虫の死骸が出てきたら興ざめだし」
さらに背中に張り付いている猫又の言うことにも一理ある。でもね、これで俺は確信を深めましたよ。
「そうかもしれませんね。とりあえず、確認したいところは見ました。電気がきてカメラに映る前にドロンしますか」
そう言うと、俺は足早に音楽室を出た。
背後霊のように張り付いていたギンブナと猫又が、悟ったようにあとに続く。
やはり、言わずとも心で通じ合っていると思った次第だ。
だがね、この件は俺の責任ではないから。
コノハは悲鳴を上げ、シャロンは何やら悪態づいている。教室から出たギンブナがドアを抑えているからだ。
「ぐふふふ。怖いか?跪け!命乞いをしろ!」
ギンブナは愉悦の表情を浮かべていた。最高だよ、アンタ!でも、知らねーぞ。
その時、電気が一斉に灯った。意識の逸れたギンブナの力が弱まり、ドアが勢いよく開く。
そこには、悪魔の笑みを浮かべた女二人が立っていた。
「命乞いをするのは、貴様らだったようだな」
――ら?
「いや、悪いのは副部長…」
言い訳する間もなく、三バカトリオが超絶的なお灸を据えられたことは言うまでもない。
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