第34話 捜査会議
歓喜のハイタッチが行われていた。
「もー、ビールかけやっちゃいますぅ?」
「俺も飲みてえ!」
「レンジャーもコノハ君も飲んじゃダメ~」
「アハハ」
まるで優勝が決まった雰囲気になっていた。なんて単純な連中だ。
だから野球拳でドツボに嵌まるのだ。
俺の案に簡単に乗っかる前に、冷静に意見してほしかったよね。主婦層から反発が来ますよって。
まあ、ここの連中には無理な相談か。
「待ってください。まだ…」
「ハイハイ!まだマジックも点灯してねーぞ」
シャロンの声と手を叩く音で、動きが止まった。
「座れ、お前ら」
そうたしなめられると、犬のように全員おとなしく座ったのだった。
さすがシャロンさん。ただウザかっただけだろうけど。
「まだ50点なんだよ。アデルが犯人だとしても、こいつの言うトリックは解明できてねーだろ。19時に音楽室いたってコマチに証言させるのがトリックだってのか?」
そう思うよね。俺でもそう思うもん。
息をついてハイタッチ組み目をやると、ポカンとしていた。
いや、犬か?
幸せだな、アンタたちは。リーダーは大変なんだよ。
「そのとおりです。19時の証言もそうですが、最大の問題はどうやってコマチとクフオーを引き合わせたかです。アドロが示唆したとおり、このイベントだからこそのトリックがあるはずなんです。それがわかれば、事件は解決なんですが…」
「なるほど。トリックがわかれば解決ってことか。50点でも多いくらいじゃねーか」
「それは言えるな」
ギンブナがあっさり態度を変えた。
「トリックこそがミステリーのメインディッシュ。それがわからないんじゃ、薄いねェ。水炊きの雑炊より薄いねェ」
くっ、この男に言い返せないのが、こんなに悔しいとは。
とりあえず、目を閉じて心を落ち着ける。
「そう言いますけどね、かなり絞れたと思いますよ」
「そうですよぉ。私は凄いと思いましたよぉ」
コノハが援護に回ってくれた。
ありがとう。涙が出そうだよ。
「ねっ、ユメジさん」
「ねー」
「やってろよ、バカどもが。だけどよ、これからどうすんだ?そこは考えてんだろうな?」
シャロンの視線が痛いが、ちゃんと考えてますよ。アナタたちと違って。
ホワイトボードに向かい、マーカーのキャップを外す。
「ハイ。これから捜査会議をします。役割分担をしたいと思います」
「役割分担~?」
部長と副部長の声が重なった。
そんなに嬉しそうな声を出さないでくれるかな。特に副部長。君にはしっかり役割を与えてあげるから覚悟しておくといい。
「トリックの前に、確認しておかなければならない事項がいくつもあるんですよ。平日続きなので、分担してやっていただきたいんです」
ホワイトボードを裏返し、新しいシートを貼り付ける。
そして、手早く書きつけたのは以下のとおりである。
・音楽室の調査
・控室の調査
・体育館から月が見えるか?
・シネマ部への聞き取り
・雑煮倶楽部への聞き取り
・ゴムベースボール部への聞き取り
・監視カメラの確認
「これらを分担して調査しようと思います。まず音楽室の調査ですが、これは当然、死亡推定時刻の間になります…ここが今、どうなってるか知っている方はいますか?」
ざっと見回すと、部長が手を挙げていた。
「昨日はめっちゃ込み合ってたっぽいよ。今日も多いみたいだね。ジギィが部室でシャウトしてたもん。みんなその時間に入りたいだろうし、だからリアタイの配信してるんだと思うよ。映像じゃダメなのかい?」
「ダメですね。ここはどうしても直接行きたいんです。もし順番待ちがあるようなら、並んでほしいんですよ」
「じゃあ、僕が引き受けるよ。明日でいいよね?」
「ありがとうございます。では次に、控室の調査を…コノハちゃんにお願いしたい」
「わ、私ですか?」
「うん。時間はいつでもいいから、写真や動画を撮ってきてほしいんだ」
「そのココロは?」
シャロンが目ざとく質問してきた。
「人が隠れる死角があるかどうか、と言いたいところですが、シャロンさんがいたのに隠れていたとは思えません。でも、コマチの演技を狂わせるほどのショックを与えたとなると、ステージの直前に何かあったと考えるべきです。だから、控室が一番あやしいとなるんですが、とりあえず、何か手掛かりがあれば程度のことです」
シャロンは無言で視線を外した。同意したということだろう。
「わかりました。がんばります」
コノハは両手で拳を握った。がんばるほどのことでもないのだが。
「次に、体育館から月が見えるのかの確認を…副部長、お願いします」
「そのココロは?」
ギンブナがこのように被せてくるのは想定済みだ。
逃がすつもりはない。
「クフオーの証言を検証します。クールダウンで月を見たと言っていましたが、実際は音楽室から見たのだと考えています。体育館のどこから月が見えるのか、また見えないのか、それを確認してください。時刻は19時20分…」
ここでチラリと時計を見て、わざとらしく頭をポンと叩いてみせる。
「アイヤー、ちょうど今ですねェ。できれば、確認してきていただけませんか?」
「な…ナウ?」
そうだよ。今すぐ行け。
その思いを込めて大きく頷いた。すると、ギンブナは慌てて出ていった。
さすが副部長。未定研究部の掟には抗えない。やるときは全力でやるしかないのだ。
少しスッキリしたな。
「あとはメールで質問する事項です。これをシャロンさんと俺で分担します」
シャロンは胡坐をかいたまま、面倒くさそうに顔を向けた。
「二人でいいのかよ?」
「紙面上の発表は匿名でした。重要な質問なら…いや、生徒会にとって提供すべき情報なら、同じ人物の質問でも取り上げるはずです」
「わかった。何を聞くんだ?」
「本当にコマチの演技の出来が悪かったのか、部員の評価を知りたいんです。それから、ステージ前の彼女の様子がどうだったか、その二点です。次に、雑煮倶楽部の部員にクフオーがクールダウンに行くところを本当に見たのかどうか、つまり、いつまで一緒にいたのかを知る必要があります。そして、ゴム部には控室を使ったのかどうかを尋ねます。確かゴム部は、制服のまま男女対抗でラップバトルをやっていたと思います。もし控室を使わなかったのなら、その前後はシネマ部と雑煮倶楽部なので、接触の機会があったかもしれません。最後に監視カメラですが、対象は校舎とグラウンドを広角に写しているやつです。これを公開請求します。理由はアデルの証言を検証するためです。請求は多いほうがいいので、理由をつけて全員でやりましょう。では、開始してください」
こうして、各々に役割を振って、以下のように分担が決まった。
・音楽室の調査 → 部長(順番どり)、実地調査は全員
・控室の調査 → コノハ
・体育館から月が見えるか? → 副部長
・シネマ部への聞き取り → シャロン
・雑煮倶楽部への聞き取り → ユメジ
・ゴムベースボール部への聞き取り → シャロン
・監視カメラの公開請求 → 全員(レンジャー含む)
そして、メールの送信は30分ほどで完了し、なかなか帰ってこない副部長を待つことになった。
部長とコノハは時間を持て余し、ホワイトボードや壁のシートを眺めたりしていたが、早々に諦めてスマホゲームに興じている。
時刻が21時に差し掛かる頃になって、ようやく問題の男が帰ってきた。
「遅かったですね。何かあったんですか?」
さすがに遅すぎる。嫌がらせ90パーセントで送り出したわけだが、何かあったのかと心配だったのだ。
しかし、ギンブナは不気味なほど左の口角をつり上げていた。
「観測のために、月の基本動作を知っておこうと思ってね。ネットで調べてたんだが、1時間あたり約15度動くらしい。月の満ち欠けは約29.5日周期で繰り返す。だから、今の時間の月の角度と形は当日とほぼ同じってことだ」
「当たり前だろ。二日しか経ってねえんだから」
シャロンは呆れたように言ったが、ギンブナは鼻で笑った。
何事もなかったようだが、言っている意味はわからないし、何を考えているのか理解不能だ。
「まあ聞け。僕はあらゆる地点、あらゆる角度を踏査したのだ。それがこの論文にまとめてある」
「論文?」
広げて見せたそれは小学生の絵日記か、古代文明の象形文字のように謎めいていた。
シャロンの舌打ちが聞こえた。
「ああ、お前はよくやったよ。とりあえず、みんなにわかるように説明してやってくれ」
「よかろう。図示してあるように、よく見えたのは体育館の入り口付近だ」
どれが図なのかもよくわからないが、ギンブナは得意げに続けた。
「この時間、ちょうど校舎の屋根の高さに月が来ていた。入り口は校舎から少し距離があるから見えたんだ。でも、体育館の壁側まで行くと校舎に隠れて見えなかった。だから、控室のあるステージ側の勝手口から出たところでは見えない。喫煙所でも屋根で見えなかった」
「なるほど。みんな普通の入り口から出入りしてたから、クフオーの証言を疑わなかったわけか」
「うむ。全体がはっきり見えたのはそこだけだった」
「これはいい。すばらしいですよ、副部長!」
俺は素直にガッツポーズを作ってみせた。
能書きは多いが、いい仕事をしてきてくれた。
「これでクフオーを追い込むネタができました。体育館のどこで月を見たのか質問すれば、自ら墓穴を掘ってくれますよ」
「そこまでバカとは思えないが…」
「聞き方次第ですが、ネタは多いほうがいいでしょう。副部長、お手柄ですよ。それから言っておきますが、この件は他言無用でお願いしますね」
「当然だ」
ギンブナはよほどうれしかったのか、腕組みをしたまま顔を緩ませていた。
「よく調べましたね。副部長!」
コノハが褒めると、ヘロヘロと顔を緩ませていた。
確かにクフオーがそこまで単純なら苦労はないのだが、これ以上、面倒なことを言い始める前に、褒め称えて終わらせておくべきだろう。
「では、今日はこれくらいにしますか」
こう言うと、場の空気が少し緩んだ。
皆、連日の活動でさすがにお疲れなのかもしれない。異論を唱える者はなく、これで本日の活動は終了となった。
それぞれが帰り支度を始めるのを見て、俺もほっと一息つく。
まさか世論調査をこのタイミングでねじ込んでくるとは思いもしなかった。意気込んではみたものの、あとがないのも事実だった。
外から聞こえる虫の声が、どこかもの悲しい。
部長が部室に鍵をかけたのを見届けてから、とぼとぼと歩いていると、いつの間にか一人になっていた。
話し声も聞こえず、さっさと帰ってしまったのだろう。やがて森を抜け、グラウンドに出ると、大きな月が真上にきていた。
学園の敷地に外灯や屋外照明はないに等しいが、月明りのおかげでライトは不要だった。
校舎に灯りが残るのは一階の生徒会室と、新聞部の部室だけだ。旧音楽室は三階の一番右端になる。
そういえば、クフオーが音楽室を使ったのはなぜだろう?
ふと、そう思った。
そして疑問が湧いてくる。普段使用していない教室に偶然行くだろうか、と。
いや、ありえない。女を連れ込んだとなればなおさらだ。
そこにヒントがありそうな気がする。
(そういえば…聖女シリーズにも月が出ていたな)
俺の脳裏に、コマチの剣術シーンが流れ始めた。
(待てよ。月も必然だろうか?いや…)
映像にノイズが入り始める。ある考えに思考が上書きされていったからだ。
いくらアドロでも、自然現象をトリックに組み込むのは不可能だ。
じゃあ、どうやって…?
スマートフォンを取り出し、画像で保存していたステージの時刻と順番表をあらためた。
映像はさらに上書きされ、最初の会見の様子がリプレイされる。
閑院はこう言っていた。
『不要な証拠の採取を防ぐ目的で、掃除機による埃の除去と拭き取りを行いました』
『捜査に影響のない範囲で手を入れております』
手を入れたのはカーテンを開けたことだろう。トリックのために備品を入れるようなことはしないはずだ。
ひっかかるのは、埃の除去と拭き取りだ。未使用の教室でなぜそこまでする?
(もしかして未使用じゃないのか?誰かが何かの目的で使っていたとか…ああ、そうか!)
左の口角がギンブナのように吊り上がっていくのがわかる。
そのまま俺は、スマートフォンから一つの質問を送信した。
最後までお読みいただきありがとうございます。
ユメジが何に気づき、何を質問したのか推理してみてください。ご感想などいただけると幸いです。




