第33話 ユメジの推理
いつの間にか、ホワイトボードがえらいことになっていた。
俺っぽいイラストに吹き出しのセリフで、『俺はユメジ、野球拳で勝負だ!』なんて落書きがされていて、見るも無残なクソアートと化している。
妙に上手だから、消すのに忍びないのだが、大事なボードに何してくれてるの。
本当に必要な情報はライティングシートにうつして壁に貼ってあるが、油断も隙もないな、こいつらは。
そして誰だよ、書いたのは。怒らないから目を閉じて手を挙げてみろ。
俺は息をついて、新しい情報を書き込んだシートをもう一度、整理しなおした。
18:00~18:15 未定研究部…野球拳
18:15~18:30 フットサル部…ブレイキングダンス
18:30~18:45 シネマ部…短編舞台劇
18:45~19:00 ゴムベースボール部…ラップバトル
19:00~19:15 雑煮倶楽部…餅投げ
19:15~19:30 儀式体験部…悪魔召喚儀式
19:30~19:45 社交ダンス部…全員社交ダンス
19:45~20:00 生カラオケ部…アニソンライブ
≪コマチ≫
・シネマ部員、26歳、女
・アリバイ 18:30~18:45、19:16、19:46
・現場のイスの背もたれから指紋検出(ドアは開いていた)
・18:45~19時過ぎまで音楽室にいたと主張(一人になりたかった)
・校舎の裏口から進入
・19:10までに(雑煮倶楽部の途中には)体育館に戻ったと主張
・19:16から19:30の間に着替えと化粧直しをした(シャロン不在時)
・19:20にクフオーが控室付近で見たと証言
≪クフオー≫
・雑煮倶楽部部長、31歳、男
・アリバイ 19:00~19:15、19:31以降あり
・現場のイス、机、ドアの内外両側から指紋検出
・19:20にクールダウンで外に出て月を見た(控室付近でコマチを見た)
・音楽室に入ったのは3日前の夕方と主張(何気なく入った)
・19:30には体育館にいたと主張
≪アデル≫
・サバゲー部員、26歳、男
・アリバイ 19:08以降あり
・ドアの内外両側から指紋検出
・音楽室に入ったのは2日前と主張(夜の校舎を見回っていた。物音がした)
・19:00前から10分程度、校舎のトイレに行った(校舎には入っている)
・校舎でコマチとニアミスなし
≪安珍法師≫
・社交ダンス部員、68歳、男
・アリバイ 18:10~19:45
・ドアの外側から指紋検出
・事件当日以外の日中に入った
・19:45以降は外の喫煙所にいたと主張
≪タマル≫
・陶芸部員、50歳、女
・アリバイ なし
・指紋検出なし
・ダイイングメッセージに「TAMAR」の血文字
・音楽室に入ったことはないと主張
・部室にいたと証言したが18:29に体育館にいた(シネマ部を鑑賞)
・部員に嘘がバレるので黙っていた
・校舎では誰も見ていないと主張
「では、みなさん…」
ホワイトボードの落書きを無慈悲に消し、パンと手を叩いて皆を注目させた。
「この号外にもあったとおり、会見は土曜日のあと一回だけになりました。捜査対象への個別接触は禁止されていますので、メールでの質問とその回答が頼りです。これは公平な仕組みではありますが、レスポンスが非常に悪いです。ゆえに今後、新しい容疑者が浮上してくることはないと思っています。すでに63人も投函していることを考えれば、5人の中に犯人がいると断定していいと思いますが…この点に異論のある方はいますか?」
全員キョトンとしていた。
情けない連中め。この状況で、なんと危機意識のないことか!
散々責め立てておきながら、当事者意識がないとは。
まあ、あの落書きを見ればわかることだが、喝を入れたくなる気持ちをグッとこらえる。
リーダーとしては寛容な心が必要だ。
「シャロンさん、どうですか?」
「まあ、異論はない。もともとそういうゲームだろうしな」
シャロンも興味なさそうに、髪の毛を指で弄りながら答えた。
くっ、やはり難しいな。リーダーというやつは。
「では、その前提で話をすすめます。まず、この中に嘘をついている人物が少なくとも三人います。コマチ、クフオー、アデルの三人です」
壁に貼り付けていた三人のシートを剥がして、ホワイトボードに貼り付け直した。
「なぜ嘘と言えるのか…それは…ンフフフ…え~、よろしいですかぁ?ハイ」
「似てねぇからやめろ」
俺は、眉間に当てていた指をそっと離した。
こういう時だけ、容赦なくツッコんでくるんだよな。
いいだろう。目を覚まさせてやるよ。
「コホン。では真面目に。現在、質問が集中しているコマチですが、やはり疑惑の総合商社でした。演技に納得できず一人になりたかったとか、殺人現場に入ったけど月を見ていたとか、汗が冷えてきて着替えたとか、証言もどこかフワっとしていて嘘っぽい。しかし、真実はこうです。それは…クフオーと密会していたのです!」
ホワイトボードをバシッと叩く。
だが、皆驚くどころか瞼を半分閉じて、疑いの視線を向けていた。
冷たい沈黙が場を支配する。
え?これでも無反応なの?どれだけ鈍感なんだよ。
「ま…まあ、驚かれるのも無理はありません。しかし、だんだんそう信じて疑わなくなりますよ。コマチはドアが開いていたと証言しています。指紋を残していないので、ドアが閉まっていたのなら、手袋をしてドアを開けたことになります。犯人以外で、そんなことをする理由はありません。ただ、本当に開いていたとすると、18時45分より前からドアが開いていたことになるし、彼女が出ていったあとに、誰かがわざわざ閉めに来たことになります。そんなことをする理由も見当たりません。しかし、こう考えれば説明できます。誰かと一緒に入った…と」
何人かの瞼が上がった。
ニヤリ。ようやく餌にトイトイし始めたようだ。俺はさらに続ける。
「つまり、一緒に来た誰かがドアを開け、コマチを招き入れて閉めた。そして帰る時には、そいつがドアを開けて彼女を先に出したということです。いかがです?エスコートした男がいるのですよ」
シャロンは表情を変えなかったが、コノハは露骨に顔をしかめた。
いいね、その反応!君なら、期待どおりの反応をしてくれると思っていたよ。
て、アブない男の思考になりかけてるな。ギンブナのようにはなりたくない。ここは冷静に。
「それが同意の上なのか無理やりなのかはわかりませんが、音楽室で二人の密会があったのです」
「どうして、クフオーだと言い切れるんだ?」
こう質問する部長の表情は、いつもどおり読めない。
ミスターポポかと思うくらいだが、無になっているわけではなく、何も考えていないのだろう。
「いい質問です。まず、除外されるのは安珍法師です。19時45分までしっかりアリバイがあります。次にタマル。彼女の指紋はどこからも検出されていません。仮に入ったとすると手袋をしていたことになり、タマルが犯人で確定的になってしまいます。何より、自分を想起させるダイイングメッセージを残すはずがありませんし、ずっと校舎にいたのだから、確認に行く時間はいくらでもあったはずです。なので、この二人は除外していいでしょう。結果として残りは、クフオーとアデルになります」
「なるほど。そこからクフオーになった理由を聞こうか?」
ギンブナがいつもどおり、偉そうに横やりを入れてくる。
本当にあの醜態を覚えていないんだな、この男は。まあ、お前にはしっかり雑用を押し付けてやるよ。
「最初の会見の時点で、コマチが誰かと一緒に入った可能性を考えていました。決め手になったのは、『着替え』と『化粧直し』です。控室でそれをしたわけですが、たまたまシャロンさんが不在だっただけで、コノハちゃんが起きる可能性もあったし、誰かに見られる可能性が高いわけです。もし彼女が犯人なら、後々怪しまれる行動をとるはずがありません。つまり、どうしても着替えざるを得ない状況だったと考えます。ただ、いつ誰と密会したのか定かでなかった。当初、相手はアデルだと思っていました。しかし、蒼井君が言ったことで考えをあらためました」
「俺ぇ?」
青レンジャーが間の抜けた声で聞き返した。
いいね、君の反応も。真の仲間はお前たちだけだ。
「19時16分から19時46分の間に殺しに行ったんじゃないかって言ったよね?殺しは別として、本当はこの時間に音楽室に行ったのかもしれないと思ったんだ」
「ん?てことは、18時45分から音楽室にいたってのは嘘ってこと?」
「そうなるね。まず、19時またぎで校舎のトイレに行ったはずのアデルと接触していない。まあ、アデルの証言も嘘だろうから信用できないんだけど、アデルと会っていたとすれば、この時間しかない。となると、密会後に着替えて化粧を直したことになる。イチャついて乱れたって可能性もあるけど、19時16分の写真にそんな様子はなかった。実際、そのあとに着替えているわけだから、この線は消していいと思う」
「まあ、乱れるまでイチャついてる時間はないか」
青レンジャーはさらっと言い放ったが、コノハは何を想像したのか身震いした。
だよね。その描写はやめておこう。
「残るはクフオーだけ。二人が密会できる時間は、アリバイから19時16分から19時31分までの15分間。十分可能だね。この場合、着替えと化粧直しは密会前で、時間的にも理由的にも説明できる」
「じゃあ、クフオーとイチャついたってこと?」
黒レンジャーが真面目な顔で聞いた。コノハが顔を歪ませている。
うーん、その反応、たまら――じゃなくて、微笑ましいね。
「その可能性もなくはないが…逆だと思う」
「逆?」
「うん。そもそも人に会うためとはいえ、着替えはやっぱり不自然なんだよ。この場合だと、常識的に考えて二回着替えたことになる」
「は?なんで?」
レンジャー二人は顔を見合わせた。
「シネマ部のステージは18時30分から18時45分だった。そのあとに、ステージ衣装から体操服に一度着替えているはずだよ。聖女シリーズの短編だったらしいから、巫女の衣装を着ていたと聞いた。その下に体操服を着ていたとは考えにくい」
「言われてみると、そうだね」
「だから、規格の違う体操服しかなかったんだ」
レンジャー二人の首が、同じ方向に傾いていく。
君たちの反応もベストだ。説明しがいがあるよ。
「体操服が二着必要だったってことさ。予定外の何かがあったんじゃないかと思う。あながち汗が冷えてきて着替えたというのは、本当かもしれない。これは想像だけど、クフオーと会わないといけないから演技の調子が悪かったんじゃないだろうか。弱みを握られていたとかそんな理由で、密会せざるを得ない状況に追い込まれていた。それで姿を消して、どこかで精神を落ち着かせていたか…もしくは、クフオーがステージにいる間に、着替えを理由に控室で探し物でもしていたのかもしれない。何かを奪われていたとか…いずれにしてもクフオーが昨日の会見中に、シビレを切らしてゴネたって聞いて確信したよ。コマチが質問攻めにされて、自白すると思って焦ったんだろうけど、墓穴だったな」
「なるほど」
と、ここでシャロンがようやく口を開いた。
さすがに理解が早い。食いついてくれたようで何よりだ。
「お前が叩きたいのはクフオーってことだな?」
「そのとおりです。学園のアイドルを手込めにしようとしたことを、暴露してやりますよ」
「あくまで想像だろ?」
「まあ聞いてください。雑煮倶楽部のステージは、19時15分まででした。コマチは19時16分に体育館にいたことが証明されています。控室付近でクフオーと落ち合い、二人で音楽室に行った。その時刻が19時20分とみています」
「じゃあ、クフオーはコマチを見たんじゃなくて、19時20分にコマチと落ち合ったってことかい?」
部長がめずらしく、理解しているような口調で口を挟んできた。
そうだった。この男はミステリー小説を読むんだったな。じつは考えていたわけか。
「そうです。そう考えれば説明できます。コマチが19時頃、音楽室にいたというのは偽証です。行ったのは19時20分頃で、クフオーと一緒でした。月はその時間に二人で見たんです。クフオーの証言にも月が出てきましたよね?月が出ていたのは音楽室のグラウンド側の窓、体育館は反対側です。はたして体育館から月が見えたでしょうかね?まだあります。クフオーはステージが終わって、着替えてからクールダウンに行ったと証言しています。クールダウンに着替えていく人間はそういません。やつの性格なら衣装のまま外に出てイキってほしいくらいです。彼も密会のために着替えたのです。そして、二人で音楽室に行った。しかし、想定外の事件が起こった――いや、起こっていたのです」
「想定外の事件…?」
コノハが声を震わせて呟いた。
ああ…ゾクゾクするよ。
「クフオーのアリバイ写真から、19時31分には帰ってきています。本人の証言は30分ですが、早いお帰りですよね。何かが起こったからですよ」
「ひいい…」
別に怪談を話しているわけではないのだが、コノハはシャロンに抱きついた。
もう待ちきれない。
「そう…死体です!ピンキーの死体があったから、慌てて帰ってきたんですよ!」
コノハを指差した時の慌てぶりが愉快だった。
気持ちいい~!反応を楽しめるのは、リーダーの特権だね。ごめんね、コノハちゃん。
部長と副部長は半口を開けているだけなので、無視でいいだろう。
シャロンは落ち着いてコノハの頭を撫でていた。反論しないところを見ると、納得しているものと思われる。
「確かクフオーの写真の顔は引きつっていましたねぇ。ワタクシの仮説が証明されていくようじゃあないですか」
「うーむ、そう聞くと可能性はあるねぇ」
部長がまだ考えているふうな感じで腕組みをした。
考えるのはいいことですよ、部長。
「でも…だからどうだというんだ?コマチもクフオーも犯人じゃないと考えてるんだろう?」
「はい。コマチには18時45分から19時16分までの約30分間のアリバイがありません。もし犯人だとしたら、『19時頃に音楽室にいた』と危険な証言をしているのに、この時間のアリバイがないのは不自然です。逆に、こう証言させることが狙いだったと考えます。つまり、コマチに19時に音楽室にいたと偽証させることです」
「しかし、そんなことができるのかね?」
部長は頭を捻りながら言った。
「指紋を残してますからね。音楽室に入った事実は否定できません。かといって、クフオーとの密会がバレるのは困る。であれば、違う時間を証言するしかありません。日付を変えなかったのは、逆にアリバイがあったからでしょう。シネマ部は稽古や撮影に忙しいですから、ここ数日は純粋に一人でいた時間がなかったんだと思います。それに容疑者としていきなりステージに上げられて、証言を求められました。よりによって、一番先に発言することになりましたし、あとからクフオーが何を言うかわからない状況で、全然違う日付を証言するのは、リスクが高いと思ったんじゃないでしょうか」
「うん…でも、それって偶然の要素が入ってるよね?」
部長はさらに頭を捻った。
アンタにしちゃ、よく粘るね。
「いえ、ステージの順番と時間割りは生徒会が決めています。この時間が空くように仕組まれていたと考えます。さらに言えば、因果関係がないのは犯人役と被害者役の間の話であって、容疑者間にないとは限りません。穿った見方をすれば、容疑者は全員、意図的に選出されているとも受け取れます。どういう方法かはわかりませんが、コマチはクフオーから呼び出しを受け、この時間を一人で過ごしていたと考えます。相当、思い悩み冷や汗をかいたことでしょう。相手はクフオーだけに、何をされるかわかりません。ですので、コマチの証言は犯行時刻を示唆するものだと思っています」
部長は考え込んだ。もはや理解しているのか理解しようとしているのかわからない。
「で…結局、どうなんだっけ。クフオーが悪い奴…ではあるけど、犯人ではないってことだよね?」
「ええ、その理解で合ってますよ。コマチとクフオーの関係を犯人…というかアドロに利用されたんです。ゆえに犯行時刻は、19時ジャストだと考えます」
「ってことは…」
全員(シャロン以外)が顔を見合わせて、声を張り上げた。
「犯人は、アデル!」
最後までお読みいただきありがとうございます。ユメジはアデルが犯人だと推理しました。一緒にお考えいただければ幸いです。ご感想などお待ちしています。




