第32話 世論調査
「おはようございますぅ」
午後六時。
部室の周囲はすっかり暗くなっているが、何時になろうと『おはよう』が基本である。
唯一経験した居酒屋のアルバイトを思い出しながら、部室のドアを開けると、俺以外は全員集合していた。
しかし、皆一様に無反応だった。
どうも雰囲気が違うなとは思ったが、またギンブナが場を凍らせたのだろう。
「あれ…どうしました?」
昨夜、みんなが帰ったあと、俺は一人でシートに新しい情報を書き込んで整理していた。
それを壁に貼り付けてあるが、見ている様子もなかった。
「お通夜の練習ですか?オナラでも我慢してるのかな?」
「……」
渾身の洒落も通じない。まるで石にでもなったかのように誰も動かなかった。
副部長の鼻息が荒いので、生きているのは確かなようだが、それほどスベったのか?
いや、なんか違うな。コノハを見ると、失神しそうなほど顔を青くしていた。
「やってくれたな、お前…」
やっとシャロンが口を開いたかと思うと、なぜか怒りに満ちた顔で睨みつけてきた。
いや、怖いんですけど。
「や、やったって何を…?」
シャロンは顎を動かして、コノハが手にしている新聞に視線を誘導した。コノハは微動だにせず、固まったままだ。
それを、そっと抜き取る。新聞部が発行した一枚ものの『号外』だった。
「おおっ、昨日の会見の様子じゃないですか!これですね、クフオーのくだりは」
クフオーがマイクを掴み、凄みのある形相で吠えている写真が目に飛び込んできた。
さらに、コノハから聞いたとおりの経緯が大きな見出しで掲載されていた。
なんだよ、驚かせやがって。サプライズなら素直にそう言ってほしかったよね。
どれどれ。
≪次回が最後の会見、週末の土曜日に開催へ≫
≪難問に苦戦、締切は日曜日正午≫
≪質問はメールで受付、回答を本誌で公開≫
号外のためか記事の量は少ない。会見であったような個人の詳細な供述は載っていなかったが、会見後に寄せられたであろう質問と、その回答がわずかに掲載されていた。
「メールの質問と回答も載ってるじゃないですか。なになに…あっ、シャロンさん、いいのがありますよ」
≪質問:旧音楽室は、楽器、ピアノ、ロッカーなどの備品にいたるまで調査したか?≫
≪回答:した。調査結果はこれまでの発表のとおり≫
「ですって。他にもありますねぇ、またまとめないと…」
「裏面も見てみろ。ヨダレもんだぜ」
シャロンは横を向いたまま、ボソッと呟いた。
「え?ヨダレって…」
ちょっとそれは、比喩が下品ですよ。へんな想像しちゃうじゃないですか。
顔の綻びを感じながら紙面を裏返してみる。そこには、写真が大きく二枚掲載されていた。
上段はシネマ部がステージで披露した舞台劇、下段はなんと、我が未定研究部の野球拳だった。
「おおー!盛大に載ってるじゃないですかぁ!そりゃあ、盛り上がりましたから…ん?」
よく見ると、見出しにこうあった。
≪第一回世論調査≫
≪一位はシネマ部≫
≪最下位は未定研究部≫
「えええ―――ッ!」
俺は新聞を掴んだまま、固まった。
穴が開くほどその文字を見つめ、間違いではないことを確認すると、あまりのショックで震えてきた。
サ…サプライズ…。
「どうするつもりだ、テメェ」
というシャロンの声が耳に入ったが、寒風のように吹き抜けていく。
「理解不能理解不能理解不能…」
「理解不能じゃねーよ。お前の企画だろうがよ。記事を読んでみろ」
記事の内容は、目を覆いたくなるようなものだった。
≪子育て世代に猛烈な嫌悪感≫
≪主婦層からも非難の声≫
≪今年社会人になったAさんは「野球拳なんてパワハラもいいとこですよ。本当にくだらない」と憤る≫
≪「バカ殿ならいいけどさ。本物のバカがバカやったらお終いだよ」と農家のBさんも一刀両断≫
「う…嘘だ…」
「嘘じゃねえし。世論調査で嘘なんか書くわけねーだろ」
「し、信じられない…あんなに盛り上がってたのに…ね、コノハちゃん」
コノハは小刻みに震えていた。
「わ、私が…こんな…司会を…」
(あ、ダメだコレ)
「部長!副部長!おかしいっすよ!めちゃくちゃ盛り上がってたのに」
助けを求めて部長と副部長にしがみついたが、その手はあっさりと引き剥がされた。
「ああ…ユメジ君。僕たちが身命を賭して築き上げてきた信用を、君が地に落としてしまった。だが、これは部長である僕の責任でもある。君があんな蛮行を企てていることを知っていたら、僕は止めていたよ」
「はぁッ?」
完全に切り捨てられた。なんと卑劣な男か。
ほっかむりさせたら世界一だな、アンタ。
「知らねーわけ…」
「冷静に考えてみると、冷静さを失っていたかもな」
ギンブナが微笑を浮かべて被せてくる。もちろん、その目は笑っていない。
くっ、昨日の恩を忘れやがって。さっそく仇で返す気かよ。
「野球拳という言葉の魔力に支配されていたのだろうな。あの体育館は一種の催眠状態だった。君が魔術を使って、我々を惑わしていたのだな?」
「冷静になに言ってんだよ。そんなわけねーでしょうが。だいたいアンタが昨日…いや、おかしい…こんなはずでは…」
俺は頭を抱えた。ちょっと待ってほしい。
こんな展開は想定外だ。また株が暴落したのか?世界が終わるのか?
「おかしい…気分が…」
「キサマの気分など、クソどうでもいい!」
ギンブナは溜まっていたうっ憤を晴らすかのように、キレ気味で言い放った。いや、キレていた。
「このままでは我が部は廃部になってしまうのだぞっ!君は責任を取れるのか?ああん?」
「いや…」
「取れねーだろうがよッ!税金…じゃなかった、責任をよォー!ああん?」
「まあ、待て」
ここでシャロンが見かねたのか、副部長をいさめた。
「お前らは同罪なんだよ。お前らが謀って私とコノハを嵌めたんだろうが。それに市民の皆さんからしたら、私もコノハも同罪だ。いや、逆にビッチのレッテルを貼られてるかもしれねぇ。当分、街を歩けないんだよ。お前ら三人、市中引き回しにしてもいいんだぞ」
シャロンの瞳が、赤く光ったように見えた。
怒った顔は、それはそれは…恐ろしいのだ。
「申し訳ございませんでしたぁ!」
三人は一斉に土下座をして頭を垂れた。
「それから、あのクソボックスを手伝ってくれたおっさんも被害を受けるかもしれねぇ。会ったらちゃんと謝っとけよ」
部室の片隅に据え置かれている、例の半透明ボックスのことだ。
ここで着替えてくれたら嬉しいな、なんて茶目っ気でそのまま置いてある。
こいつの呪いなのか?
「ぎ…御意」
言い訳できる状況ではないし、この件に関する言い訳など、この世に存在しない。
ただ、説教はこれで終わったらしい。
シャロンとしても俺を責め上げたところで、状況は好転しないのだ。
だが、俺は震えていた。恐怖ではなく、言いようのない焦りからだ。
(なんでこんなことに…どうする…マズイマズイ…)
「もう一度聞くが、どうするつもりだ?」
(いや…こうなったら…)
「オイ、聞いてんのか?」
ええ、聞いていますとも。めちゃくちゃ凹んでいますが、この事態を引き起こした責任がありますしね。
俺は、顔を上げた。
「それは…このイベントで覇者になるしかないと思います」
「だよなあ。こうなったら変に目立てば逆効果だろうよ。ゲームに勝つしか生き残る道はないってことだ。見てみろ。その新聞の一番下だ」
質問と回答の下に、小さな記事でこうあった。
≪現在、投函者63名。正解者なし≫
「まだ火曜日だが、すでに63人も投函してる。明日はもっと増えるだろう。こいつらと競ってんだぞ」
「わかっています。ただですね…部を存続させるためには、もっと簡単な方法もあるんです。とりあえず、それを実行してやりますよ」
無意識のうちに笑っていたらしい。
ついに頭がおかしくなったのか、それとも怒りのオーラでも出ていたか。
シャロン以外は驚いた顔をしていた。
「なあに、簡単なことです。我々以外のやつの評判を叩き落とせばいいんです。ちょうど、適任者がいますよ」
こう言うと、さすがのシャロンもたじろいだ。
「だ、大丈夫なのかよ…」
「問題ありません。そいつを叩くことで覇者への道も開けるってもんです。とりあえず、私の考えを聞いていただきましょうか」
最後までお読みいただきありがとうございます。ユメジの狙いは誰なのか推理してみてください。ご感想などいただけると嬉しいです。




