第30話 二回目の質疑応答
前が見えないとはこのことだ。
誰もが手を挙げているから、まるで広島カープの応援団に放り込まれたようだ。
ハイハイ!と声を張り上げる者や、閑院の名を叫ぶ者の声が入り混じり、異様な熱狂に包まれている。
だが、ここで日和っているわけにはいかない。
我ら未定研究部も、目いっぱい手を挙げて、ジャンプしたりしながら必死でアピールした。
だが、すんなり当ててもらえるほど甘くなかった。
閑院は大勢の中から最初の質問者を指名したようだ。
視界は人で遮られている。落胆の溜め息が広がる会場に、質問者がマイクに向かう足音が微かに聞こえた。
「シネマ部のアイエルです」
スピーカーが拡散する声に、俺はドキリとした。
(アイエルだって?)
まさかアイエルが一番指名されるとは、夢にも思っていない。
いつも不意打ちのように現れるやつだが、サラサラヘアーが閑院の目に留まったか?
ミステリーとは対極のキャラに思えるだけに、この男が目立つのは妙に悔しい。
あ、そうか。もしかしてこいつも目立つのが目的なのでは?シネマ部だけに。
とりま、質問を聞いてみよう。
「生徒会に質問です。現場を調べたいのですが、旧音楽室には入らせていただけるのでしょうか?」
――やられた!
早くも質問のストックが一つ消えてしまった。
しかも、アイエルによって。
特技はそうめん流しだけではなかったのか。横取りもお前の特技なんだな?
くそう、このカオスぶりに、予想だにしていない男の登場。こんな状況でどうやって目立てばいいというのだ。もはや推理どころではない。
とにかく、落ち着け。そう言い聞かせて、混乱している頭を左右に振った。
「お答えします。旧音楽室は本会見の終了をもって開放いたします。自由にお入りいただいてかまいません。ただし、教室内のいかなる備品の持ち出しも禁止といたします。対策としてイベント終了までの間、教室内に監視カメラを設置させていただきます。その様子はMovitoおよびケーブルテレビのウェブサイトにて、リアルタイムで配信する予定です」
閑院がマイクから顔を離すと、体育館が一瞬、鎮まった。
(おいおい…マジかよ)
無秩序に入られたら現場がめちゃくちゃになってしまう。
かといって、順番制にしても結果は同じだ。現場では何も見つからないと言っているに等しい。
そう思ううちに、会場がざわつき始め、気がつくと質問者が指名されていた。
アイエル、ご苦労様。まあまあだったよ。
次は、市民の男性だった。
「コマチさんにお伺いします。19時16分と19時46分のアリバイしかないようなのですが、昨日、雑煮倶楽部のステージからご覧になったとおっしゃっていましたよね?19時16分は彼らのステージが終わった直後です。また、19時46分までの間のアリバイもないことになります。本当に体育館にずっとおられたのですか?」
まさにド直球の質問だった。会場がどよめいたほどだ。
ただ、当然の疑問であるだけに、コマチとしても想定していたはずだ。平然とした表情でマイクに顔を近づけた。
「雑煮倶楽部さんのステージ以降は見ていますので、必要であれば、各部がどんなパフォーマンスをされたのか、お答えすることはできます。でも、どうして写真に映っていないのかわかりません。ずっと立っていたわけではなく、座っていた時間もありましたので、そのためだと思います」
淡々と答えて、すっと顔を離した。これに困惑したのは質問者のほうだった。
「それはさすがに…」と、質問を被せようとしたが、閑院に制止された。
「質問は一つまでです。申し訳ございません」
さすが名女優だ。勝負ではないにせよ、これはコマチの勝ちだろう。
この会見、じつは容疑者側が集中砲火を浴びて気の毒、という部長の感想は正しくない。
もちろん容疑者の頭が悪ければそうなるのだが、一人一質問であるために、コマチのように曖昧な返答に終始することも可能なのだ。
逆に質問者が力量を試されることになる。悪乗りは逆効果にしかならなかっただろう。
部員たちの顔をチラリと見る。特にギンブナだ。普通の質問をしてくれ、と心から願うしかなかった。
次に指名されたのも、市民の男性だった。
「コマチさん、その答弁には無理がありませんか?でも、そう言われてしまうと、こちらもお手上げでしてね。生徒会に頼んで、あなたが体育館にいなかったことを膨大な画像を突合させて証明してもらうしかないのですよ。閑院さんにお伺いしますが、そういった依頼は可能でしょうかね?」
質問者側も負けてはいなかった。追従したのだ。逃がしてなるものかという決意を感じる。
閑院は言葉に詰まり、答えに窮したようだった。少しの沈黙のあと、視線をアドロへ送る。すると、アドロが立ち上がり演台に向かった。
「お答えします。発表したとおりです。我々や鑑識の皆様が特別に追加調査することはありません」
「ということは、コマチ氏は体育館にいなかった。そう受け取れますが?」
「申し訳ございません。ご質問は以上となります。次の方へ」
アドロがコマチ以上の鉄仮面ぶりを発揮したことで、質問者は沈黙するしかなかった。
アドロはマイクから離れて、再び椅子に鎮座した。これに会場はしんと静まっていく。
ああ…カッコいい。なんて呆けている場合ではなく、アドロの真意が読めない。
さすがに、今のは質問者の理解が正しいと思える。コマチのアリバイはないに等しい。
そう考えさせるように誘導しているのかもしれないが、どう受け取るべきか。
しかし、熟慮している時間は与えられない。閑院が即座に次の質問者を指名していた。
「サウナ部の蒸波です。法師に…じゃなかった、安珍法師氏にお尋ねします。19時45分までは多くの画像が提供されたということでしたが、それ以降はパッタリないようです。何をされていましたか?」
これは、可もなく不可もない質問だ。
いつも陽気な蒸波が、真面目な口調で喋るのに違和感があったが、まあ悪くはないと思う。
安珍法師としては想定内だろう。髭を撫でながら不気味に笑っていた。
「さてな…最後のライブは年寄り向きじゃないと思ったのでな。そうそう。ダンスも終わったし、体育館裏の喫煙所で一服しておったんじゃ。さすがにワシ一人じゃったがのう」
だろうな。蒸波よ残念。こう答えられるともう何も引き出せない。次の質問者に移行してしまう。
次に指名されたのは、市民の女性だった。
「タマル氏にお伺いします。ずっと部室におられたと証言されていましたけど、それが偽証と証明されました。18時29分はシネマ部のステージの直前ですが、説明していただけますか?」
これも当然の疑問だ。だが、この質問は上手い。
説明を求めることで一点に絞った問いではなくなる。タマルは喉を広げるように軽く咳ばらいをして、マイクに向き直った。
「私は、シネマ部の…えっと、コマチさんのファンで、他の部員には行かないと言ってたんですけど、シネマ部の舞台だけはどうしても観たくて、それでこっそり行ってしまったんです。まさか写真に撮られているとは思いませんでした。部員にバレたくなかったので嘘を言いました。申し訳ありません」
うーん。もっともらしい回答だ。嘘を言っているようには見えない。
しかし、タマルはずいぶん流暢に話すようになった。環境が人を育てるとはよく言ったものだ。なんか、タマルさんにシンパシーを感じるんだよな。余計なことが頭に浮かんだが、次の質問者が指名されていた。
「美術部のシマウリです。アデル氏にお伺いします。昨日の会見では、雑煮倶楽部の餅投げを避けたようなご発言でしたが、なぜ餅投げに参加されているのでしょうか?」
確かにそのとおりだ。だが、質問としてはやや弱い。
アデルも表情を引き締めているようだが、その顔には余裕が感じられる。
「昨日もお答えしたように、トイレに立ったからです。未定研究部の伝説の野球拳からすべて見ていますよ。だから避けたのではなくて、席を立って申し訳ないという気持ちです。途中から参加して、揉みくちゃになったんで後悔していますけどね」
やはり逃げられた。
だから、質問者のレベルも問われてんだよ。もっと頭を使わないと。
なんで、そう質問するかなぁ。などと思ううちに思いもよらぬことが起こった。いや、耳に入った。
「では、次の方…はい、未定研究部のギンブナさん」
――え?
一瞬、時間が止まり、音が消えたような気がした。
ギンブナ?指名されたのか?
やった!と思うと同時に、ギンブナに恐れを抱く。ここで引き寄せるかよ、と。
やはり、何かを持っている男なのだ。アイエルなんか目じゃないよ。
ギンブナを見ると、いつものように不気味な笑み――ではなく、頬を引きつらせていたが、逆にそれでいい。
目立つのはアンタの悲願だが、ここは絶対に悪ノリしてはならない。
そもそも認識が甘かったとリーダーは反省している。満員の聴衆の中から質問権を得ること自体が困難だったのだ。
半ば諦めかけていたが、運が巡ってきた。よりによってギンブナだが、贅沢は言えない。
この様子では、未定研究部に次の指名は回ってこないだろう。最初で最後のチャンスだ。
(頼むから、真面目に質問してくれ!)
もう祈るような気持ちだった。ギンブナは左右同じ側の手足を揃えて歩きながら、マイクに向かっていった。
「ご…ご指名いただきました、未定研究部のギンブナである…じゃなかった、ギンブナと申します」
案の定、大観衆の前でガチガチになっているようだ。俺の心臓も破裂しそうだった。
「コマチちゃ…コマチ氏にお尋ねします。あなたは音楽室のドアが開いていたと証言されました。指紋が残っていないことからも信用に足る証言ではありますが、鑑識が公開された現場写真では、ドアは閉まっていました。これはどういうことでしょうか?鑑識が現場保存せずに閉めたということですか?それとも、あなたが嘘を言っているのですか?」
俺は口を開けたまま固まった。
またしても時間が止まった。嘘だろ?って。
とてもギンブナの質問とは思えなかった。質問内容も素晴らしいし、聞き方も非常に上手い。
いや、マジで凄い男なんじゃ…と思ったその隙間のような静寂に、マイクが耳障りなしゃっくり音を拡散した。
「ヒックっ!」
俺は我に返った。
ギンブナに目をやると、半目になって左右に揺れていた。
え?まさか、こいつ――酒を?
嘘だろ、オイ!なんで、どいつもこいつも想像の上を行くんだよ!
俺は頭を抱えた。そこまで根性が曲がっている…じゃなくて、ガラスのメンタルだったとは。
いや待て…質問は素晴らしい。どうなる?
恐る恐る、視線をコマチに向けた。
「昨日もお答えしましたとおり、ドアは開いておりました。出る時もそのまま出たのです。なぜ閉まっていたのかはわかりません。鑑識の方が閉めたのかは…いかがでしょう?」
コマチは相変わらず淡々と答えて、益本氏に顔を向けた。すると、それまで地蔵のように動かなかった益本氏が、腕組みを解いてマイクに顔を寄せた。
「お答えします。我々は現状保存を徹底しております。ドアのみならず、机、椅子、カーテンに至るまで必要な作業以外で位置を変えたものはありません。なお、カーテンは当初から開いており、公開された写真は、20時時点の現場の状況に相違ございません。以上です」
おお…と声が漏れそうだった。凄い貫録だ。
益本氏が体を預ける椅子の軋みが聞き取れたほど、彼の言葉に聴衆は静まった。
だが俺は安堵した。的確な質問だったからだ。しかも、二人から回答を引き出せた。
ギンブナめ、この際だから常に酒を与えてやろうか。調子に乗るだろうが、あとで褒めてやる必要がありそうだ。
「では、ご質問は以上とさせていただきます」
閑院の声が心地よかった。しかし、安堵も束の間、ここで異変が起こった。
「よろしいですね?ギンブナさ…ちょっと…」
閑院の声に異変を感じ、ギンブナを見ると、フラフラと目を回していた。
なんとか持ちこたえてマイクを両手で掴んだかと思うと、燃え尽きたボーカリストのように項垂れて止まった。
マイクが拾ったのは、彼の最後の言葉だった。
「ビ…マイ…ベイベー…」
そして、そのまま前のめりに倒れた。
キャッっという悲鳴が反響し、未定研究部の部員たちが慌てて駆け寄っていく。
ギンブナは半目を開けたまま失神していた。
どうもこうもない。もう連れ出すしかなかった。
その役目は、俺に回ってきた。
俺、リーダーなんですけど…なんて言える状況じゃなかった。
「とりあえず、部室に放り込んでこい。こっちはなんとかするから」
シャロンが呆れ顔で言った。部長は案じるように膝をついているが、おそらくフリだろう。
行く気がないのは無言なことが証明している。唯一、コノハだけが本気で心配そうな表情を浮かべていた。
「じゃあ、あとは任せましたよ。できるだけメモしておいてくださいね」
こうして俺は、何より大事な時に、酔っぱらいを背負って部室まで運ぶハメになったのだった。
終わったな、と外に出て心の中で嘆息する。
誰がどう見ても終わったよ。最悪の意味で目立ってしまったし。
部室にたどり着くまで、かなり時間がかかった。普段の運動不足に加え、『荷物』が非常に重かったからだ。
人間は力を抜くと重くなるというのは本当らしい。なんとか部室にたどり着くと、心のままに放り投げておこうかと思ったが、さすがに気が引けて座布団を枕にして寝かせてやった。
「じゃあな。ホントに大物だぜ、アンタは」
立ち去ろうとしたその時、何か囁く声が耳に入った。
「アイル、ビー、バック…」
俺は吹き出した。
あまりにもふざけた男だが、不思議と腹が立たなかった。
この男のことを気に入っていることに気づいたからだ。すると、体の力が抜けていった。
そのまま床に腰を下ろすと、ギンブナがまた何かを呟いた。
「すまない…」
「あら、正気に戻ったんですか?」
「申し訳ございません…すいません…って、毎日毎日…公務員を目の敵にしやがって…」
(ダメだ、こりゃ)
おいおい、身の上話は校則違反だろ。まあ、胸の内に留めておいてやるけど。
これは貸しだぞ。絶対に返せよ、この野郎。
「税金払ってねえやつが文句ばっかり言いやがってよー。ここはいいよなぁ…自分が自分でいられる」
俺は黙って耳を傾けた。
「ここが僕の居場所なんだよぉ。失敗しても、どんなに恥をかいても平気さ…」
「そうですね」
確かにそれが一番大事なことだ。イベントはたかがイベントに過ぎない。
俺は壁にもたれかかり、天井を仰いだ。あっちは任せることにしよう。
「でも、手は離してくださいね」
右手を固く握って離さないギンブナの手を、俺は力いっぱい引き剝がした。
最後までお読みいただきありがとうございます。
ギンブナの活躍はまだまだ続きます笑。ご感想などいただけると嬉しいです。




