表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/30

第29話 アリバイ写真

週が明けて月曜日。

ユメジは表の仕事を片づけると、息つく間もなく車を飛ばして学園へ向かった。


とてもストレスフリーな異世界体験をしているとは思えないが、この一週間だけは仕方がない。

あっという間に休日が過ぎ去り、日常と学園の二重生活の境界も曖昧になってきているが、不思議と体は元気だった。

職場では下っ端なのに、学園ではすでにリーダーの座を獲得している。そんな意味不明にも思える事実が、ユメジの気分を高揚させていた。

殺し屋と学生、ヤクザと会社員、そんな二重生活はドラマでよくある設定かもしれない。しかし、実際にそうした環境にいることが面白くて仕方がないのだ。


ユメジは仏土市の標識が見えてきたあたりで、サングラスを装着した。

西日に向かって走っているわけではないのだが、ドラマの主人公が表の顔を隠すように、高揚する気分がそうさせているのであった。

それに、ユメジは一人になれるこの『通学時間』が好きだった。自然と鼻唄も弾む。

社用車であれど、自分だけの空間。そして、特別な世界に向かっているという境遇の特別さを感じられる。


だが、現実はそんなに単純ではない。時間はギリギリだった。

リーダーとして皆を待たせるわけにはいかない。駐車場から部室まで駆け上がり、到着したのが午後六時だった。

部室のドアを開けると、山辺社長を除いてレンジャー二人と部員全員が集合していた。


「は、早いですね、皆さん…」


反応は薄かった。リーダーの到着を待っている様子はなかった。普段どおりのまったりとした空気が流れている。

「君が遅いのだよ」と、ギンブナだけは嫌味を忘れないのだが。


「さっそく打ち合わせを始めてくれたまえ」

「はい…」


車中の勢いはどこへやら、ユメジは大人しく従ったのだった。

さっそく今日の作戦を説明する。

といっても大層なものじゃない。とにかく全員挙手し、指名された誰かが質問するという単純明快な作戦である。


「今日の目標は目立つことです。必ず誰かが質問権を得ましょう。ただし、ウケ狙いはご法度です。逆効果だと思いますし、堂々と正攻法で行きましょう」


オー、という唱和もなく、覇気のないまばらな反応だったが、理解はしてくれているようだった。

打ち合わせを終え、全員で体育館へ向かった。

すでに大勢の人が詰めかけ、むっとするほどの熱気が充満していた。

「君が遅いからだよ」と、ギンブナにまた嫌味を言われたが、なんとか前方のマイクの近くに陣取ることができた。

今日はフロアのマイクの本数が倍以上ある。やがて体育館は満員状態になったが、囁き声だけがちらほらと聞こえる程度で、静かに緊張感が高まっていくようだった。


午後七時。

ユメジがスマートフォンの時刻表示に目を落としている間に、音もなく緞帳が上がっていた。

ざわめきによって顔を上げると、吸い込まれていくように、わずかに空気が前方に流れた。

薄明りのステージには、中央に長机と椅子を置き、五人の容疑者たちが横並びに座していた。

各自マイクが一本ずつ。 左側には鑑識の益本氏が離れて着席し、右側には演台を置いて、生徒会長と副生徒会長が座っていた。

緞帳が上がりきると、閑院(かんいん)が立ち上がって演台のマイクに向かった。

一筋の強烈なスポットライトが彼を照らす。


「皆様、お集まりいただきましてありがとうございます。お時間も限られますので、さっそく会見を始めさせていただきます」


陽気なキャラ設定はどうしたのか、この日はキリっとした表情で話し始めた。


「本日、鑑識からの新たな報告はございません。皆様よりご提供いただいた画像をもとに、こちらの容疑者五氏のアリバイについてご報告したのち、質疑応答に移らせていただきます」


パチンと指を鳴らすと、ステージの照明が落ち、スクリーンに一枚の写真が浮かび上がった。

体操服姿のコマチが、この体育館の入り口付近の壁を背に立っている写真である。

誰かと一緒という感じではなく、腕組みをしてステージのほうを見つめているようだ。表情もどこか冴えない。


「こちらはコマチ氏の画像です。タイムスタンプによれば、撮影時刻は19時16分。同じ構図で、19時46分に撮影された画像も提供されています。これにより、19時16分と19時46分には体育館におられたことが確認されました」


閑院が間を置くと、次の写真に切り替わった。

ほぼ同じ位置で、同じような構図の立ち姿である。

館内にざわめきが広がる。30分後に同じような写真が撮られているわけだが、アリバイというには、あまりに心もとない。

時間的には、雑煮倶楽部の餅投げと生カラオケ部のアニソンライブの頃だろう。


「一点、補足いたします。監視カメラでは五氏の映像は確認できませんでした。我が校の監視カメラは、敷地の出入り口にのみ設置されており、校内の映像は校舎とグラウンドを広角に捉えたものしかございません。そのため、アリバイは皆様からの情報提供のみに基づいております」


ユメジは天井を仰いだ。


(それじゃあ、あえて画像を出さないやつがいるかもしれないじゃないか)


それこそ、後出しされると厄介極まりない。

しかし「大丈夫だろ」と、シャロンが心を読み取ったように耳打ちした。


「なぜですか?」


ユメジが顔を向けると、シャロンはステージを向いたまま答えた。


「今回は公平性を重視しているらしいからな。公開情報だけで不足があるなら、生徒会から何かあるだろ。みたいなこと言ってたしな」

「そうでしたね」


ユメジもステージに視線を戻すと、スクリーンの画像がまた切り替わった。

次は、学生服姿のクフオーが女性とダンスを踊っている写真だった。

周りに雑煮倶楽部の部員と市民が映り込み、楽しげに踊っている。社交ダンス部の『全員社交ダンス』の時間に違いない。

クフオーだけ顔が引きつっているのは、相手が好みの女性ではないからだろう。

顔を歪めているのは痛快だが、この男のイメージでは、そう思わずにいられない。五十代くらいのノリのよさそうな市民のオバちゃんだった。


「こちらはクフオー氏の画像になります。撮影時刻は19時31分。これ以降にも多数の画像が寄せられています。これにより、19時31分から20時まで体育館におられたことが確認されました」


似たような画像がいくつもスライドショー表示されていくと、ユメジは唸った。

思っていた以上にアリバイがおおざっぱだ。クフオーは19時15分から19時31分までの16分間アリバイがないことになる。コマチと同様に十分犯行が可能だ。

質問で切り崩していくしかないというわけか。

クフオーのスライドショーが停止すると、体操服姿のアデルが餅を拾っている写真がスクリーンに固定された。一目瞭然に雑煮倶楽部のステージだろう。


「こちらはアデル氏の画像になります。撮影時刻は19時08分。これ以降にも多数の画像が寄せられています。同様に、19時08分から20時まで体育館におられたことが確認されました」


アデルの写真がスライドショー表示されていく。

場面は違っていても体育館内の写真であることは疑いようもなかった。

一番怪しいやつが、ほぼ鉄壁のアリバイを持っていた。しかし、犯行が不可能というわけではない。

ざわめきがさらに大きくなった。誰もが同じようなことを考えているのだろう。


だが、次の写真でフロアから笑いが起こった。

学生服姿の安珍法師(あんちんほうし)が、大笑いしている写真だったからだ。アデルと同様にアリーナで観客となっている様子だが、仙人のような風貌とのギャップが可笑しかったのだろう。顔をくしゃくしゃにして笑っている。

思わず写真に見入ってしまったユメジだが、閑院の声で我に返った。


「こちらは安珍法師氏の画像になります。撮影時刻は18時10分。死亡推定時刻より前ですが、これ以降に多数の画像が寄せられています。同様に、18時10分から19時45分まで体育館におられたことが確認されました」


ユメジは鼻頭がむずがゆくなった。これは我が部の野球拳を見て大笑いしている瞬間なのだろう。

嬉しいような、嬉しくないような。

しかし、野球拳は置いておくとて、見事にアリバイが分散された。こうなると、すべてアドロの思惑のように思えてくる。


(とにかく、余計な詮索は沼にハマる。事実だけを選別しなければ…)


ユメジはメモをとりながら、情報を追記していった。

安珍法師のスライドショーが停止して、次に表示されたのは、体育館の入り口のあたりに立っているタマルの写真だった。

構図はコマチのそれに似ている。この写真にも体育館がざわめいた。

当然だ。タマルは部室で片付けをしていたと証言していたからだ。明らかに嘘の証言である。

閑院は鎮めるように、声を少し強めた。


「最後にタマル氏ですが、19時以降の画像提供はありませんでした。この画像の撮影時刻は18時29分。提供があったのはこの一枚だけでした。以上になります」


――どういうことだ?


と誰もが思ったはずだ。生徒会が、わざわざタマルの嘘を暴くためにこの写真を公開したというのか。

意図がわからない。時間帯はシネマ部のステージの直前だが、死亡推定時刻とは関係がないからだ。

そう思ううちに、スクリーンから画像が消えた。すると、さらに会場がざわめきはじめる。

しかし、会場の動揺をよそに閑院は淡々と進行していった。


「これより、質疑応答に移ります」


待て待て!とユメジは異議を唱えたかったが、それが許されるはずもない。

とにかく推理は後回しだ。

閑院は演台のマイクをスタンドから外して、ステージの中央に出てきた。

少しだけ表情を柔らかくしているが、今日は最後まで紳士路線で押し通すつもりらしい。


「本日は多くの質問が予想されますので、質問はお一人につき一つとさせていただきます。同様に挙手のうえ、市民の方はお名前から、生徒の方は所属と名前からご発言をお願いいたします」


すると、会場が沸き立つように、一斉に手が挙がった。


最後までお読みいただきありがとうございます。

この五人をどのように切り崩していくのか。雑魚部の活躍をお楽しみに。ご感想などいただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ