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第28話 相棒

ベランダの窓を開けると、暖かい風が吹き込んできた。気持ちのいい日曜日の午後である。

捜査会議は午前中のうちに終わり、昼過ぎには解散となっていた。まだ夕方にも早い時間だったが、西日に染まり始めたビルの稜線を眺めながら、ユメジは目を細めた。


てっきり、まりんが部屋で待ち構えていると思っていたので、静かな日常がどこか懐かしい。

外泊したのも久しぶりだった。濃密な時間を過ごしてきたせいか、頭がふわふわしていた。

しかし、シャワーを浴びて戻ってみると、いつの間にか少女がソファに座っていたのであった。


「うわぁっ!びっくりさせんなよ」

「今さら間野さんの裸を見ても、なんとも思いませんよ。もっと遅く帰ってくると思っていましたので。さあ、早く教えてください」

「そ…そうだな」


確かに、この子に気を遣う必要もない。

間野はお気に入りの錦鯉の絵柄のTシャツを来て、冷凍庫に保存しておいたカレーを温める。何も食べていなかったことを思い出したのだ。


「私にも少しください」


リビングから、まりんの声が飛んできたので、食事をしながら話すことにした。


「それにしても間野さん、なんとなく余裕が出てきましたね」


まりんは少量だけよそってやったカレーのスプーンを咥えながら、じっと見つめてきた。


「そうか?満員の観客の前でパンツ一丁になったら、怖いもんなんかないかもな」

「垢ぬけた気がしますねぇ。まあいいですけど。では、聞かせてください」


間野はカレーをかき込むと、文化祭からミステリーウィークについて、一部始終を話して聞かせてやった。

野球拳のくだりでは嫌そうな顔をしていたが、ミステリーイベントでコマチが容疑者になっていることを説明すると、意外にもうれしそうに笑みを浮かべていた。

ミステリーイベントの様子は、Movitoに現場写真が配信されているので、それを見せてやった。


「というわけで、濃い週末を過ごしてきたわけだよ。考えることが多すぎで頭がパンクしそうなんだが」


まりんは、食べ終えたカレーの皿に小さな手を合わせた。


「確かに盛りだくさんでしたね。思うところが多々ありますけど、文化祭は間野さんのアイデアで大成功だったと。それで一皮むけたというわけですね?」


かわいい手とは裏腹に、言葉には嫌味が込められている。


「ま…まあ、そういうことだな。野球拳は怒涛の盛り上がりだよ。もう少し時間があったら、ママのホクロが確認できたかもしれないけど、さすがに無理があったな」


まりんは呆れたように瞼を落とした。


「それは、残念でしたね。で、今度は何を考えているんですか?リーダーなんか引き受けたりして」

「フフフ…」


ユメジが笑うと、まりんはジト目のまま見据えていた。


「何ですか?気持ち悪いですよ」

「わからないかね?覇者の特典は処分免責権なのだよ。これをなんとしてもゲットするのが目的だ」


まりんは目を見開いた。


「もしかして、間野さんが覇者になるつもりですか?」

「当然だろ。そのためにチームを組んだんだからな。個人でやるより可能性があるってもんだ」


どうやら驚いているらしい。というより信じられないのか。


「そこまでがんばるのは想定外でしたよ…まあ、勝てるかどうかは置いておくとして、処分免責権でどうするつもりですか?」


この質問こそ想定外だった。珍しく動揺しているのだろうか。


「何言ってんだ。ママのためじゃないか」

「ママの?」

「そうだよ。免責権があれば、表の生活を調査しても免責になるってことだろ?ママを調査してもお咎めなしってことだ」


まりんは口を開けていたが、すぐに瞳に意思を戻した。


「あっ!」

「ホクロと免責権の二段構えだ。すばらしいアイデアだろ?」

「しかし、ですね…権利を後出しで行使できるでしょうか?確信犯的に校則を犯すってことですよ?」

「確かにな。でも、権利を行使した者はまだいないんだよ。去年は市民が覇者になったらしいから、生徒はまだ権利を得ていないわけだ。最初なら、やっちゃえばいいんだよ。たぶん譲渡なんかはダメだろうけど、こめんなさい、知りませんでしたってトボケたら、大丈夫なんじゃないか?」

「なっ…う、うーん」


まりんは考え込んだ。


「そもそも、免責権を生徒会が持つって根拠自体あいまいだろ?処分権があるから免責権もあるってことだろうけど、最悪ゴネたらいい。明確な根拠がないんだから」


まりんはまだ考えていた。即答しないのは珍しい。


「まあ、退学になることはないでしょうね。間野さんが勝てば…の話ですが。勝算はあるんですか?」

「ない」

「でしょうね」


まりんは、ふうと息を吐いた。


「でも、未定研究部でチームを組んだのは正解かもしれませんね」

「だろ?これでも少しは考えてんだぜ」


さすがだな、とユメジは思った。こういうところはシャロンにそっくりだ。理解力を試してみたり、理解している前提で話を進めてみたり。頼りになる相棒である。


「間野さんと猫又部長、ギンブナ副部長の三人は、ママにお仕置きされていたのでシロ確定ですからね。コノハさんはお酒を飲まされて寝込んでいたみたいですが、ステージを含めてそれが演技だとは思えません。唯一、ママだけが安心できない存在ですけどね」

「そういうことだな。コノハの様子は見てないけど、ママが付き添っていたはずだ。仮にママが犯人だったとしても、コノハの暴走を予見できたとはとても思えない。控室にいた連中に聞き込み…というか質問すれば、ママのアリバイは証明できると思うよ」

「そうですねぇ。ママが犯人だったら面白いのですけど、その可能性は低そうです。未定研究部はシロでしょう。でも、どんなふうに捜査を進めるつもりですか?」


ユメジは頭の後ろに手を組んで、宙を見上げた。


「それなんだよ。どうしたもんかな。とりあえず、容疑者一人ずつ情報を書き出してみたんだけど、情報が足りないよな」

「書き出したとは?」

「ああ、ちょうどパパの会社でBCPってやつの訓練があってさ。それを流用したんだよ。一人ずつライティングシートに情報を書き出して、壁に貼り付けてみたんだ」

「BCP?」


まりんは首を傾げた。


「さすがに知らないか。事業継続計画っていうんだけどな。災害が起きた時に会社を維持できるように、計画を立てておく必要があるんだよ。電気とか水みたいなライフラインが止まった時に、どうやって会社を回していくかってことだ。さすがパパの計画でな、ライティングシートに時系列で情報を書き込んで、情報を共有しながら整理していくんだよ。そのワザを使ったってわけだ。お前にも正確に教えることができたしな」

「へえ、パパがねぇ」


壁に貼ったシートの画像を見せてやると、まりんは他人事のように素っ気なく言った。


「それで、明日の会見を待つ感じですか?」

「そうなるな。とりあえず今日は質問を考えた。俺の目的は権利をゲットすることだけど、部長たちの目的は目立って市民にアピールすることだからな」

「どんな質問を?」


ここにきて、ようやくまりんはテーブル越しに顔を近づけてきた。いよいよ本題ということだろう。


「まずコマチに、ドアを閉めて出て行ったのかを質問する。現場写真ではドアが閉まってるけど、彼女はドアが開いていたと言ってた。指紋も残ってない。それから、生徒会に音楽室の調査に入れるのかどうか、クフオーと安珍法師には、音楽室に入った時間を質問する。昼か夜かってことだな」


まりんは、「ん~」と唸った。


「なんとなく考えはわかります。ですが、もっと核心に迫れると思うのですが」

「おかしなことを言ってるやつがいるのはわかってるよ。みんなには言ってないけど、ママは気づいてる」

「コマチちゃんとアデルですね?」

「お…おう」


ユメジはさすがに驚いた。話を聞いただけでここまで見抜くとは。恐ろしい子だ。

ユメジは咳払いをして続ける。


「コマチ以外は自分でドアを開けたと言っていた。コマチが音楽室に行ったのは死亡推定時刻の前だから、開いていたとすると、殺人現場のドアがずっと開いていたことになる。さすがに無理があると思う。ただ、ドアに指紋がないのが解せない。椅子にはちゃっかり指紋を残しているからな。となると…」

「誰かと一緒に入った、ですね?」


まりんは瞳を輝かせながら、即答した。


「ああ。で、怪しいのはその時間にアリバイがないアデルと安珍法師になる。クフオーはステージだろ。でも、そう思わせるためにドアに指紋をつけなかったのかもしれない。だから、もう少しアリバイがはっきりするまでなんとも言えないな」

「なるほど…」


まりんは視線を伏せて、思考モードに入った。


「アデルもウソを言っているのは間違いないでしょう。物音がしたから入ったというのは、嘘にしてもレベルが低いですよ」


間野は笑った。やはり、まりんはその先までわかっている。


「だよな。ドアを閉めないと内側に指紋がつくはずがない。すぐ出たと言っているくせに、丁寧にドアを閉めて物音を確認したことになる。どんな弁明をするつもりだろうな。てわけで、今のところこいつが筆頭の容疑者なんだが、問題は質問したら全員にバレるってことなんだよ。思慮が浅いっぽいだけに、下手につつくと何を言い出すかわからない。こいつの質問は慎重にやるべきだって、ママと意見が一致したよ」

「でも、市民の皆さんが黙っているでしょうか?誰かが問い詰めそうなものです」

「だよなぁ。絶対に誰か気づくよなぁ。だから、困ってるんだよ」


ユメジは再び宙を仰いだ。


「そういう駆け引きも計算のうちでしょうね。さすが、アドロ会長って感じです。コマチちゃんが推すのもわかりますね」


まりんはいつかの探偵ごっこのように、立ち上がってフムフムと歩き始めた。


「そう思うよ。さすがのお前でも難しいだろうけど、協力してくれよな」


こう言うと、まりんは急に鋭い視線を向けてきた。


「当然です。アドロ会長に勝って、コマチちゃんのサインをもらってきてほしいところですが、ママには負けたくないのですよ。絶対に間野さんを覇者にしてみせます」


(おいおい、目的が変わっていないか?)


そう言いたかったが、間野は黙って可愛らしい探偵の姿を眺めていた。


最後までお読みいただきありがとうございます。

まりんとユメジの裏の捜査会議が始まりました。これから表と裏で本格的に捜査を開始します。ご期待ください。ご感想などいただけると嬉しいです。

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