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第27話 現状分析と課題

ユメジはホワイトボードの横に立ち、軽く咳ばらいをした。全員が大人しく座り、珍しくユメジに注目していた。


「それでは、まず現状分析から行っていこうと思います」


こう言うと、ギンブナが即座に「現状分析ぃ?」と聞き返してきた。


「はい。とりあえず、提示されている情報を整理しておこうと思います。我々はチームなので、それぞれが闇雲(やみくも)に推理しても、いい結果にならないと思うんです。まず、情報を整理して全員で共有しながら、分析を進めていきましょう」


ユメジがまともなことを言ったのに驚いたのか、反応が薄かった。


「え…いや、別に難しいことじゃないですよ。容疑者の情報を書き出して、貼り付けるだけですから」


すると、ギンブナが無表情で口を開いた。


「まあ、君がリーダーだ。思うようにやってみたまえ」


なぜかイラっとするのだが、とりえず大人しく従ってくれそうだ。


「ということで、一人ずつ情報を書き出して、時間軸とともにまとめます。会見で容疑者がそれぞれ何を言ったか、覚えていますか?」


ギンブナは、すんと横を向いた。まあそうだろうな、とユメジは思う。いちいち気にしてはいられない。


「ホワイトボードは一枚しかないので、ライティングシートを使いましょうか。静電気で貼れるシートです。ちょうど押し入れに眠っていました」


シートを破ってホワイトボードに貼り付けていると、またギンブナが口を開いた。


「ところで…君は、なんでそんなに段取りが上手なんだ?いや…表の仕事を教えてくれってわけではないんだが、その若さでプロジェクトリーダーの経験でもあるのかね?」

「まさか。俺はまじめに仕事をした経験なんてほとんどないんです。最近、知り合いの会社でお世話になってまして、ちょうど災害時訓練があったんですよ。それが応用できそうなので」


笑顔で答えると、ギンブナはフムと口許に手を当てて黙った。

ついでに周りを見ると、コノハは目を輝かせているが、シャロンは相変わらず無関心そう、猫又はボーっとしていた。


(俺をリーダーにしたからには、働いてもらうからな)


ユメジは、込み上げてくる笑いを飲み込んだ。


「まず死亡推定時刻ですが、発表は19時から20時の間でした。常識的に考えて、19時00分の殺害はあり得るとしても、20時00分という可能性は低いでしょう。イベントの開始が20時10分だったので、時間的に難しいと思います。ですが、アドロ会長がイベントならではのトリックだと言っていたので、ここは先入観なしでいきましょう」


全員異論はないようだった。


「次に、重要なのがステージの時間です。ステージ出演中のアリバイは鉄壁なので、その時間割りを頭に入れておきましょう」


ユメジは、ステージイベントのラインナップをシートに書き出した。



18:00~18:15 未定研究部…野球拳

18:15~18:30 フットサル部…ブレイキングダンス

18:30~18:45 シネマ部…短編舞台劇

18:45~19:00 ゴムベースボール部…ラップバトル

19:00~19:15 雑煮倶楽部…餅投げ

19:15~19:30 儀式体験部…悪魔召喚儀式

19:30~19:45 社交ダンス部…全員社交ダンス

19:45~20:00 生カラオケ部…アニソンライブ



「ステージはすべて時間どおりでした。タイムキーパーが指示を出していましたし、我々のステージが時間切れで終了したように、ずれ込むことはなかったと記憶しています。出演していたのは、シネマ部のコマチ、雑煮倶楽部のクフオー、社交ダンス部の安珍法師(あんちんほうし)の三人です。ほかの二人も含めて、一人一シートにして、情報を書き出します。意見があれば、どんどん言ってください」


時間割りを書き込んだシートをホワイトボードから剥がして、壁に貼り直す。

そして、一人につき一枚ずつシートを貼り付けて、情報を書き込んでいく。

ライティングシートは、どこでも貼れるから非常に便利だ。部員たちは、こうした経験がないのか、無言でユメジの作業を見ていた。

会社の災害時訓練でこの手法を体験したときは、ユメジも戸惑った。しかし、情報共有と方針の周知には、ローテクが効果を発揮する。

一目瞭然だからだ。書き込みも自由だし、時系列で経過を追っていけるうえに、修正履歴も残る優れモノだ。これを使わない手はなかった。

こうして、容疑者五人に対して情報を出し合い、整理していった。

できあがったのが、以下のとおりである。



≪コマチ≫

・シネマ部員、26歳、女

・アリバイ 18:30~18:45

・19:00以降のアリバイなし

・現場のイスの背もたれから指紋検出(ドアが開いていた)

・18:45~19時過ぎまで音楽室にいたと主張(一人になりたかった)

・19:10までに(雑煮倶楽部の途中には)体育館に戻ったと主張


≪クフオー≫

・雑煮倶楽部部長、31歳、男

・アリバイ 19:00~19:15

・19:15以降のアリバイなし

・現場のイス、机、ドアの内外両側から指紋検出

・音楽室に入ったのは3日前と主張(何気なくドアを開けて入った)

・19:30には体育館にいたと主張


≪アデル≫

・サバゲー部員、26歳、男

・アリバイ なし

・ドアの内外両側から指紋検出

・音楽室に入ったのは2日前と主張(夜の校舎を見回っていた)

・19:00前から10分程度、校舎のトイレに行った


≪安珍法師≫

・社交ダンス部員、68歳、男

・アリバイ 19:30~19:45

・ドアの外側から指紋検出

・記憶にないと主張(事件当日ではないのは確か)


≪タマル≫

・陶芸部員、50歳、女

・アリバイ なし

・指紋検出なし

・ダイイングメッセージに「TAMAR」の血文字

・音楽室に入ったことはないと主張



同じように、一人ずつ壁に貼り付けていく。

ずらりと並んだ情報を眺めると、なかなか壮観だった。

全員が情報を共有することで、個人の力量に頼ることなく、議論によって捜査をすすめることができる。

仲間外れを出さないのもチーム戦では重要だ。チームの力を発揮できなければ、チームを組む意味がない。

ベースは完成した。あとは、さらに情報を追加して分析に入る。そのための作業なのである。


「こんな感じですかね。補足や追加があれば書き込んでいくようにします。明日の会見でさらに情報が追加されていくと思いますが、こうしてみると、誰でも犯行が可能のようです。体育館から現場まで約2〜3分。理論上10分あれば犯行が可能だと、市民の方の質問で明らかになっています。まだ犯人を特定するには情報が足りませんが、ここからは問題点や課題をあげていきましょう。それらを解決していくことが、今後の捜査方針になります」


全員、壁のシートを眺めながら黙りこくっていた。

ユメジのリーダーシップに驚いているというよりも、意味があまりよくわかっていないようだ。


「えっと…難しく考えないでいいですよ。もっとほしい情報だとか、ここに引っかかるとか、ちょっとした疑問とか、そういうのをあげていって、潰していきましょうってことです。一人ずついきましょうか、まずはコマチさんからです。何か気になる点はありますか?」


こう言っても、皆、腕組みをしていた。難しそうな顔をしているので、考えているのは確かなようだ。

誰も答えないので、指名してみることにした。


「部長、どうですか?」


猫又は腕組みをしたまま、さらに首を(かし)げた。


「う~ん、どうかねぇ。アリバイもないし、現場に当日入ってるとなれば一番怪しいというか、怪しくなっちゃうよね。市民の方が質問されてたけど、月を見てたってのも疑わしいかもね」

「月ですか…」


ユメジは、ふとコマチの映画のワンシーンを思い出した。


(月は確かに印象的だったが…)


「まさか…満月に含まれるというブルーツ波によって聖女に変身を…」


ギンブナが何か言ったが、ユメジの耳には入らなかった。


「本当に窓から月が見えたのか確認する必要はありそうですね。それに、月明かりだけでどこまで見えるのかも確認したいところです。問題は教室に入れるかどうか…あ、そうだ!明日、それを確認すればいいんですよ。さっそく質問の候補が一つできましたね」


全員、何も言わなかった。異論はないということだろう。


「ほかにはありませんか?さすがに情報が少ないので、会見を待つしかないですかね。では、クフオーについてはどうでしょう。副部長いかがですか?」


ギンブナは意味ありげに顎をさすった。


「そうだな。こいつが犯人だとすると、ステージ後の19時15分から30分までに殺してきたことになるが、余裕で可能だろう。現場に汗が落ちていたと言っていたし、こいつが犯人のイメージしか浮かばないね」

「ふむ…ですが、そうなると指紋が残っていないんですよね」


ユメジが即座に疑問を呈すると、ギンブナは立ち上がるように片膝を立てた。


「ナニ?指紋は机と椅子と、ドアにまで残してるじゃないか」


ユメジは落ち着くように、両手で制した。


「いえ、そこではなくて凶器のナイフにです。指紋は検出されずに、柄の部分から汗の成分だけが検出されています。手袋をしていた可能性が高いと言っていました。となると、刺す時だけ手袋をして、ドアを開けるときには手袋を外していたことになると思うんです」

「う…む、確かに。しかし、それは全員に言えることじゃないか?」

「そうなんです。だから、どうして指紋を残したのかってことになりませんか?」


全員が顔をしかめた。ギンブナも静かに座り直した。

唯一、シャロンを除いて。シャロンだけは澄ましていて何を考えているのかわからない。


「シャロンさん、どう思います?」


ユメジが問いかけると、シャロンはニヤリと笑った。


「ま、考え方はそうだろうな。タマルはひとまず置いといて、コマチ以外の三人がドアに指紋を残してる。コマチが嘘を言っていないとすると、開いているドアから入って、そのまま出ていったってことだ。コマチが来る前に開けて、帰ったあとに閉めたやつがいることになるな」


ユメジも平然と笑みを返す。


「そうなりますね。現場写真ではドアは閉まっていました。ただ、鑑識後に閉めたのかもしれないので、それも質問することにしましょう。死体発見時にドアが開いていたのか閉まっていたのか。そのあとで、コマチさんにドアを閉めずに出て行ったのかを確認します」


シャロンは小さく頷いた。


「となると…三人の男のうち、誰かが嘘をついていることになりますね」

「よろしいでしょうか?」


コノハが手を挙げた。ユメジは、どうぞと手を差し向ける。


「アデルは夜に行ったと証言していますが、クフオーと安珍法師は明確になっていません。何時ごろに行ったのか聞いてみてはいかがでしょう?」

「それも必要なことだね」

「昨日は月明かりで明るかったかもしれませんけど、アデルが入った二日前はどうだったかとか、電気はつけなかったのかとか、そんな感じで追及してみたらどうかと思います」

「アリだね。じゃあ、三日前からの天気を調査しておきましょうか」


コノハは嬉しそうに微笑んだ。


「ほかにご意見はありますか?」


コマチとシャロン以外は、静かに視線を外した。


「何かありますか、シャロンさん?」


シャロンは含みのある笑みを浮かべていた。


「そうだな。お前も気づいているかもしれないが、少なくとも一人、おかしなことを言っているやつがいる。でも、それを追求するのは早急な気がするけどな」


ユメジは思った。これは力量を図られているのかもしれないと。いや、そうに違いない。

シャロンの言うことは理解できる。違和感のある発言をした者がいることは確かだ。

だが、まだ一日目で証拠も何もない。不用意な質問は、ライバルにヒントを与えることにもなりかねないのだ。


「アデルですよね?わかっているつもりです。彼を追求するのは、時期を見たほうがいいと思います」


シャロンは笑みを浮かべたまま頷いた。

二人以外はキョトンとして理解できていない様子だったが、誰も口を挟まなかった。おそらく、理解できていないことを悟られたくないのだろう。


「では、アデルや安珍法師についてはどうでしょう?レンジャー君たち、どう思いますか?」


レンジャー二人は腕組みをしたまま、同じ角度で頭を傾けた。さすがに高校生では荷が重いか。


「アデルが嘘をついている感じなんすよね?」


黒レンジャーがボソッと言った。


「アデルもだけど、全員が嘘をついているかもしれないね」

「でもさ、文化祭の準備でテンション上がって、夜の校舎を探検したってのはわからなくもないけど、逆にテンション上がったら一人で行かないよね?それに音がしたけど空耳だったって、つくならもっとましな嘘つけよって感じだけど」


なかなか目の付け所がいい。が、まだ甘いな、とユメジは思う。


「そうだね。だからアデルが犯人で、単純に頭が悪いのかもしれない。でも、アドロがそんな人物を犯人に仕立てるとは思えないし、この証言はよく考えると巧妙なんだ」

「どこが巧妙なのさ?」


青レンジャーが加わった。


「尋問が質疑応答形式だからだよ。一人三分の持ち時間で自白させるのは難しいよね?時間的な制約に守られるから、ユルい言い訳のほうが時間が稼げるんだ」

「じゃあ、どうやって…いや、待てよ。てことは…」

「そういうこと。証拠も自白も必要ないんだ。犯人と殺害方法を書いて提出すればいいんだから、ぶっちゃけ想像でいい。まあ、自白はさせたいとこだけどね」


レンジャーたちは沈黙した。ユメジは少し気分が良かった。大人の実力を見せつけることができたようだ。


「では、安珍法師についてはどうですか?何かありますか?」

「法師が一番のクセ者だろうね」


猫又が答えた。


「法師?」

「うん。学園の最年長者で、老師ならぬ法師と呼ばれてる。素性は謎だよ。まあ全員そうなんだけど、どこかの大学教授なんて噂もあるし、一筋縄じゃいかないだろう」

「そうですか。ダンス部だから足腰に問題はないでしょうし、失言も期待できそうにないですね」

「それに、社交ダンス部は生徒会の運営には口出ししないんだ。だから何というか、ちょっと引っかかる」


猫又は珍しく眉を寄せて、考え込んだ。


「というと…つまり、犯人役なんて大役を引き受けるとは思えないと?」


猫又は迷っているようだった。


「うん。まあでも、あの法師のことだからね…法師だけは社交的だから」


ユメジは唸った。こう言われると彼も十分怪しい。もう少し情報が欲しいところだが、ほかに意見は出なかった。


「では、ほかにありませんか?ないようでしたら、最後にタマルさんについて少し。この方は指紋が残っていないので、ただの当て馬として組み込まれたか、手袋をして進入したかです。いずれにしても、ダイイングメッセージがある以上、調べないわけにはいきませんので、意味を調べてみました」


ほう、という顔で副部長が視線を向けているが、見なかったことにして続ける。


「『TAMAR』は、やはり『タマル』と読んで、旧約聖書に登場する女性の名前でした。なぜか二人いて、一人はユダを誘惑した知恵と行動力のある女性、もう一人は権力の犠牲となった悲劇の女性です。これがどのような意味を持つのかわかりませんが…」


すると、まだ思案しているふうなポーズのまま、部長が呟くように言った。


「シャーロック・ホームズの緋色の研究みたいだ」

「ホームズの…研究ですか?」


顔を上げた部長が爽やかに笑う。やはり何を考えているのかわからない。


「読んだことないかな?緋色の研究っていう最初の長編で、犯人が残したダイイングメッセージだよ。確か『RACHE』の血文字を、警察が『レイチェル』という女性の名前を書こうとした途中だと判断したって話さ。ドイツ語で『ラッヘ』と読んで、『復讐』を意味するってホームズが見抜くんだけど、犯人は捜査かく乱のために残したんだよ。それに似てる気がするなぁ」


ほう、と今度はシャロンが声に出して反応した。


「珍しく冴えてるじゃないか。その可能性はあるかもな」


猫又は少しだけ嬉しそうに、眼鏡を押し上げた。


「なるほど。ありがとうございます。とりあえず、現時点での情報が整理できましたね」


ユメジはマーカーのキャップをパチンと閉じた。

一日目にしてはこれで十分だろう。今日はチームの土台作りをすることが裏の命題だった。

議論ができる土台さえあれば、あとは流れに乗って進むことができるだろう。


「皆さんのおかげで、ひとまず明日の方針が決まりました。今日出てきた質問をすることです。全員でやりとげましょう」


オー!という団結こそなかったが、まんざらでもなさそうに、皆が頷いたのだった。


最後までお読みいただきありがとうございます。ユメジはリーダーとして部員たちを率いていくことができるのか?出だしは順調のようです。ご感想などお気軽にいただけると嬉しいです。

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