第25話 質疑応答
一斉に手が挙がるかと思われたが、挙手はまばらだった。
様子見というより、二の足を踏んでいるのだろう。満員の観客とテレビカメラのプレッシャーに尻込みしているのだ。
ここで真っ先に手を挙げることができる者は、それだけで強敵と言える。
「ハイ、ではそちらの男性。グレーのスーツの方」
ステージ上を陽気に闊歩しながら、閑院が右手を差し向けて指名した。
最初に指名されたのは、五十代前後の市民の男性だった。
未定研究部と同様に前方に陣取っており、前列のマイクに向かった。
「市内の金融機関に勤めている鈴木道夫と申します」
落ち着いた声がアリーナに響く。この状況で動じないとは大したものだ。
さぞかし名のある紳士に違いない。知らんけど。
「容疑者の皆さんは、全員犯行が可能ということだと思いますが、この体育館から旧音楽室までの移動時間はどのくらいでしょうか?お答えいただける方にお願いいたします」
――ほう。
というのがユメジの素直な感想だった。
ドキッとするような質問ではないが、手堅い質問だ。
「ありがとうございます。では、わたくしがお答えいたします」
閑院がそのまま答えた。
「ご存じのとおり、体育館は校舎のすぐ裏手にあります。旧音楽室は三階、階段から最奥の教室になりますが、夜間ということを加味しても、5分とかかりません。実際のところ、2~3分であろうと思います」
「では、刺殺して戻るだけなら、10分以内というところですね?」
「時間的な観点だけで言えばそうです。ただし、犯行時間が10分以内と申しているわけではございません」
閑院が笑顔で答えると、鈴木氏は沈黙した。
「では、次の方…」
閑院は間を置くことなく打ち切って、ステージからフロアを見回した。次に指名されたのは、また市民の三十代前後の女性だった。
同じくフロアの前方から、前列のマイクに向かった。
「美容室を経営している草加真奈美と申します」
低い感じの声だった。シャロンとは違う、仕事がデキる女性といった感じだ。
「タマルさんにお伺いしますが、お名前のローマ字綴りは決められているのでしょうか?タマルさんの場合、ヘボン式でも訓令式でも同じだとは思いますが、いかがでしょう?」
これも地味だが重要な確認だ。まあ、聞かなくてもわかるのだが。
閑院がタマルにマイクを渡した。
「えっと…入学の書類に学園名とローマ字を記入しました。Movitoにもローマ字表記があります。なので、『TAMARU』となります。ダイイングメッセージでは、最後の『U』が欠けていますので…タマルではないのだと思っています」
喋り方は相変わらずだが、それでもタマルは堂々と答えているように見えた。
「なるほどですね。では、被害者のピンキーさんとは面識がありましたか?」
「いえ…私はまったくありません」
だが、ここで唐突に閑院がタマルからマイクを引きとった。
「ご質問の途中に失礼します。ただいま、フロアから非常に重要な質問が出ましたので、補足させていただきます。今回、犯人役と被害者役ピンキー氏の間には、一切の利害関係がないことをお伝えさせていただきます。両者の間に殺害に至る動機はないということです。これは、我々がそのストーリーを創作することができないためです。したがいまして、殺害動機および被害者との関係については推理の対象外としてください」
フロアにざわめきが広がっていく。閑院はさらに続けた。
「加えて、仮にここにおられる容疑者の方が、過去にピンキー氏とトラブルがあったとしても、本イベントとは無関係です。逆に言えば、ピンキー氏と面識がないからといって犯人ではないと断定できないということを申し添えます」
閑院はタマルにマイクを返そうとしたが、草加氏が質問を被せた。
「では、殺害動機や人物像は捜査対象とせずに、誰がどのように殺害したかを特定するだけ、ということですか?」
閑院はにっこりと笑う。
「おっしゃるとおりです」
会場がしんと静まった。
おそらく、多くがピンキーとの関係を質問しようと思っていたはずだ。まったく関係がないとなると、犯人像は無限に広がってしまう。ステージ上の五人に絞るわけにもいかなくなる。
これもアドロの戦略なのだろうが、ユメジは頭を変えるしかなかった。
「では、次の方…中ほどの、ああ、ナッティさんお願いします」
次に質問に立ったのは、丸々と太った講座部の部長ナッティだった。
マイクまでの距離を歩いただけで疲れたのか、「ふぅ」という息をマイクが拾っている。
「講座部のナッティと申します。えっと…アリバイの証明はどうやって行われますか?これは生徒会でしょうか。我々が証明できる人物を捜査して証言を得るという、去年と同じやり方になるのでしょうか?」
ユメジには質問の意味がわからなかったが、ああそうか、とすぐに理解した。
壇上の容疑者や彼らの接触者たちに、この人数で押しかけられると、捜査どころではなくなるからだ。
この会場だけでも千人近い参加者が集結している。おそらく、去年はそれで混乱したのだろう。
「貴重なご意見をありがとうございます。それにつきましては、昨年とやり方を変えまして、より公平に情報を提供しようと考えております。そのため、会見を適宜行い、会見によって情報提供させていただきます。したがいまして、容疑者等の学生への接触は学園の通常活動の範囲内とし、捜査として接触することはご遠慮願います。つまり、質問は会見においてのみ行っていただくということになります」
やはりそうか。去年の反省をいかして今年はいろいろと趣向を変えているということだろう。
ナッティも満足したのか、さらに大きな息をマイクに吹きかけていた。
「では、会見の情報だけで犯人が特定可能ということですね?」
「そのとおりです。仮に情報が不足していると判断した場合は、新聞部にプレスリリースし、号外で発行していただきます。最後に会長からお願いしていただく予定でしたが、ここで皆様にお願いさせていただきます。こちらの容疑者となられた五氏のアリバイを証明することができる方、また画像や動画をお持ちの方は、生徒会までご提供をお願いします。のちの会見で発表させていただきます。明日からは平日になりますので、次の会見は、明日の午後七時を予定しております」
閑院は一礼してマイクを下げた。ナッティは軽く頭を下げて、のしのしと戻っていった。
「では次の方…はい、どうぞ」
次に指名されたのは、四十代くらいの市民の女性だった。
彼女は中列のマイクから質問した。
「歯科クリニックを経営をしている笹岡智子と申します。コマチさんに質問です。死亡推定時刻は19時以降ですが、教室に入られた時には、死体はなかったのですか?」
これは、まさにユメジが聞きたい質問だった。
当日、現場に入ったと証言しているのはコマチだけだ。素直に見たと答えるはずもないが、どんな回答をするのだろう?
閑院はコマチにマイクを渡した。
「わかりません。ただ座ってぼーっとしていました。落ち着いたら出た感じなので…教室の前のほうまで見ていないんです」
「しかし、立ったら教室の全体くらい見えそうですが、一心不乱に椅子に向かわれたのですか?」
「いえ…単純に暗かったからだと思います。電気はつけませんでしたし、月明かりだけだったので。というか、月を見ていて落ち着いたんです。たぶん…死体はなかったと思います」
やはり、はぐらかされた。
質問の聞き方が悪いのかもしれない。これは、思っていた以上に難しい。
質問の角度が甘ければ、いくらでも逃げ道を作られてしまう。政治家のように言葉尻をとらえてかわされてしまうからだ。
ただ、さすが歯科医師。頭の回転が速いのか、笹岡氏は質問の手を緩めなかった。
「では、カーテンはどうですか?画像を見る限り、カーテンが閉めてある様子はないようでしたけど、あなたが月を見るために開けたのですか?」
コマチは、逡巡するように首を傾げた。
「いえ、ドアも開いていましたし、カーテンも閉まってなかったです」
「では、生徒会にお伺いします。一週間前に清掃を行ったと理解しておりますけれど、こうした環境整備も含まれるのですか?」
閑院がコマチからマイクを受けとった。
「お答えします。不要な証拠の採取を防ぐ目的で、掃除機による清掃と拭き取りを行いました。このほかに実施した作業があるのかどうかは、お答えしたとおりです。捜査に影響のない範囲で手を入れております」
「普段の教室の管理はどうされていましたか?」
「未使用の教室につきましては、部または生徒からの申請によって使用許可を出していますが、施錠管理をしているわけではありません」
「わかりました」
笹岡氏はここで納得した。一人の質問としては充分だろう。
会場もこのやり取りに聞き入っていたのか、彼女の足音だけが静かに響いていた。
「では、次の方…」
そして、手を挙げる者がいなくなっていた。
「よろしいでしょうか…」
ユメジはもう理解していた。聞きたいことはまだいくらでもあるだろう。しかし、現時点でこれ以上の質問にメリットがないのだ。
会見では、これだけの人数を今後も捌いていかなければならない。いま質問をしても核心的な情報が得られる可能性は低い。
だから、『見』に徹しているのだ。逆にここで指名されてしまうと、のちの会見で不利になるというわけである。
だが、いまは絶好のチャンス。ユメジは奮い立って手を挙げた。
「えっ」という声が仲間から飛んだ。閑院が気づいて、すかさず指名してくれた。
「おお、未定研究部のユメジ君。どうぞ」
ユメジは前列のマイクへ進んだ。
誰だこいつ、という視線が刺さるようだが、もはや怖いものなどないのだ。
思わせぶりに咳払いをする。オホンと喉を鳴らすと、スピーカーから不快な高音が鳴り響いた。
「ああっ、失礼しました。えっと…未定研究部のユメジです。昨日は野球拳でお見苦しい…じゃなかった、そんなことはどうでもいいですね」
シーンとしていた。
思ったよりも緊張していたらしい。そして、思い切り外してしまったようだ。スピーカーが沈黙という無常の音を拡散しているようだった。
笑いはとれそうもない。空気に動じない閑院というお手本が目の前にいるが、彼もまた顔から笑みを消していた。早く喋れという顔だ。
「では…生徒会にお伺いします。動機が不問というのと、個別捜査の制限については理解しました。私は今年入学なので、去年のイベントを知りません。ほかに留意事項や制限される事項などがあるのでしょうか?」
閑院は一瞬、目を見開いたが、すぐにその目を細めたのがわかった。
「お答えします。もう一つ留意事項がございますが、それは会長から最後に申し伝えさせていただきます。基本的にはお答えしたとおりで、公平に提供する情報から、犯人を推理していただける環境を提供しております」
ユメジは相づちを打って理解の意を示すと、閑院と視線が交錯した。
すると、なぜか緊張が解けた気がした。
「もう一つあります。犯人役の方には了承を得ていると言われていましたよね?それは対面で接触し、直接了承を得たということでしょうか?」
「そうですね…」
閑院は返答に困ったのか、視線を外して数秒間考えた。
「対面…というわけではありません。昨年はMovitoのメッセージ機能を利用しましたが、関係者の操作ミスによって情報が流出しかけました。その反省から、今回は生徒会長の直筆の署名を入れた封書を渡しております。その方法はお答えできません。承諾の証として、同封の書類に直筆のサインを入れて返送していただいております」
「返送とは、どうやって…」
「お時間です。申し訳ございません」
閑院はここで質問を打ち切った。
明らかに三分経っていない気がしたが、まさかタブーにでも触れたのだろうか。
こうして、ユメジの質問はあっけなく終了したのだった。
マイクを離れて戻る間、周囲の冷ややかな視線を浴びた。おそらく質問の真意を測りかねているのだろう。
当然だ。質問できることなら何でもよかったなどとは言えない。適当な質問をしたに過ぎないからだ。
そして、ユメジのあとに手を挙げる者はいなかった。
「ほかにご質問はございませんか?ないようでしたら、一回目の質疑応答を終了させていただきます」
閑院はステージの中央に躍り出て、フロアに向かって一礼した。
「以上で本日の会見は終了となります。閉会に際し、生徒会長よりごあいさつ申し上げます」
美しい姿勢で座ったまま微動だにしなかったアドロが、すっと立ち上がった。
もう歓声を上げる者はいなかったが、わずかに会場がざわめいた。
「本日はお集まりいただきましてありがとうございました。ここで留意事項を再度、説明させていただきます。副会長が申し上げましたとおり、被害者役と犯人役の間に特別な関係はございません。こちらで創作したストーリーもございませんので、殺害動機については推理の対象外としてください。
次に、容疑者としてご登壇いただいた五名の方、また今後の捜査で容疑者として浮上する方も含めて、個別の接触はご遠慮いただきますようお願いいたします。質問は適宜開催する会見内の質疑応答においてのみ、許可させていただきます。こちらの五名の方以外に質問されたい場合は、生徒会にその旨をお知らせください。また、基本的には会見において提供される情報で十分だと見込んでおりますが、不足と思われる場合には、新聞部にプレスリリースさせていただきます」
さわめきがどよめきに変わっていく。
アドロは静止するように、右手の人差し指を軽く上げた。
「そして、最後に申し添えますが、今回の殺人トリックは、このイベントだからこそ可能なトリックとなっています。そのため、リアルな殺人には使用をおすすめいたしませんので、ご留意ください」
アドロは笑顔で一礼した。
わずかな静寂のあとに、大きな拍手が起こった。笑い声も混じっている。
さすがの一言だ。
「以上で、本日の会見のすべてを終了いたします」
閑院の宣言とともに、緞帳が下りはじめた。
アドロの最後の言葉は冗談なのだろう。しかし、何らかのトリックが使われていることが明白になった。
アドロとは何者なのだろう。これだけの関係者を動かしながら、これほどのイベントを仕掛けたことに畏敬の念すら抱く。
そうめん流しと野球拳でレベルアップした気になっている男とは、文字どおりレベルが違った。
(手のひらで踊らされなきゃいいけど…)
ユメジの心の声が漏れ出ていたのかもしれない。
体育館を出る誰かの声が耳に入った。
「やれやれ、今年もアドロ様にゃ、かないそうもねえや」
「そうでヤンスね」
誰だよお前らは、とツッコミたかったが、どうでもよかった。
ユメジは、ふつふつと闘志のようなものが沸いてくるのを感じていた。
最後までお読みいただきありがとうございます。
いよいよ容疑者たちの供述がはじまりました。ユメジの質問は、のちに重要な意味を持ちます。ご感想などいただけると喜びます。




