第24話 五人の容疑者
ステージ上の空席に、五人の生徒が着席した。
その様子を見て、ユメジはようやく『会見』の意味を理解する。
(マジかよ…)
唖然とするほかなかった。リアルな鑑識報告こそが会見だと思っていた。それだけでも十分に驚かされたのに、まだ仕掛けがあるなんて。
演台の後ろに座っているアドロに目をやる。無表情だが何を思うのか。
想像していた以上に、恐ろしく手強い女のようだ。
「これより、容疑者となられた五氏による会見に移ります」
閑院がマイクを手に、ステージの中央に出てきた。
「まさか容疑者をステージに上げるなんてなぁ。去年はこんな演出なかったよ」
猫又がステージを見上げながら、呆れ顔で言った。
(今年からの演出ってことか…)
ユメジはしばらく声にならなかったが、無理やり唾を飲み込んだ。
「そういえば、犯人役だったんでしたね」
「ああ。マジでやったわけでもないのに、テレビ中継なんて気の毒だねぇ」
笑顔を浮かべている閑院とは対照的に、登壇した五人の表情は一様に暗い。
あのクフオーでさえ、苦虫を嚙み潰したような表情で視線を落としている。
閑院はいつものように爽やかな笑みを浮かべ、ステージの中央で両手を広げた。
彼だけにスポットライトが当たっているわけではないが、光を浴びるようにしばらくポーズを決めたあと、右手をバッと壇上の五人に向け、マイクをクルクルと左手で回した。
「さァて、皆さん!これより、容疑者会見を始めま~っす!」
体育館に風が吹き抜けた。
ユメジも開いた口が塞がらなかった。突如として陽気なキャラ設定を展開する閑院に、反応がついていかなかったのだ。
しかし、閑院はフロアの空気を気にする素振りもなく、飄々として続けた。
「こちらに登壇されましたのは、現時点で容疑者と思しき皆様でぇーっす。それでは、簡単に自己紹介をお願いしまっす!」
閑院は左端に座っているコマチにマイクを渡した。
さすがのコマチも、表情を引きつらせて固まっている。は?という思いが伝わってくるようだ。
閑院は笑顔で両手を差し出す。どうぞどうぞ、とコマチに圧をかけているのだ。
「えっ…あの…シネマ部のコマチです。二十六歳です。で…いいですか?」
コマチはマイクを返そうとしたが、閑院が何かを囁いたようだった。
「えっ…好きなものですか?じゃあ…アニメとアドロ会長です」
これには、会場から失笑が漏れた。
閑院は嬉しそうにマイクを受け取ると、胸に手を当ててコマチに礼を返した。
「ハイ〜、ありがとうございました。いいですねェ。『私が殺しました~』なんて言われたら、イベントが終ってしまうところでしたよ。まさか生徒会長に告白とは素晴らしいっ!では、次の方…」
場の空気が変わった。
ほっと緩んだような安堵感が漂う。閑院の軽いノリと、コマチの天然ぶりに緊張がほぐれたのだろう。
こうした雰囲気を醸成するために、あえてキャラを前面に出してきたのかもしれない。
しかし、このノリで容疑者全員をいじっていくつもりだろうか?
「お…俺はクフオー、三十一歳。好きなものは…ア、アニメだ」
今度は会場から大きな笑いが起こった。「餅じゃねーのかよっ!」とツッコミが飛んでくる。
「いや…」と何かを言いかけたクフオーだが、恥ずかしそうにうつむいて、マイクを返した。
「では、続いてアデルさん。お願いしまーす」
次は、アデルという短髪の若い男だった。小柄だが筋肉質で、まじめそうな顔をしている。
「アデル、二十六歳です。サバゲー部所属です」
さらっと答えてマイクを返そうとしたが、また閑院が何か言ったようだった。
「僕もですか?言うまでもないかと…もちろん、アニメです」
アデルが真顔で答えると、会場から拍手が巻き起こった。
打ち合わせをしていたわけではないだろう。すべて閑院、いやアドロの演出に違いない。
「では、安珍法師さん。お願いしま~っす」
次にマイクを受け取ったのは、安珍法師という初老の男性だった。
白髪に長い顎鬚をたくわえた魔法使いのような風貌だ。
「わしは安珍法師、六十八歳じゃ。社交ダンス部に所属しておる。ホホホ」
作ったような喋り方は、わざとだろうか。方言でもないのに、『じゃ』を語尾につける老人には出会ったことがない。
それに、六十八にしては年老いて見える気もする。
「好きなもの?閑院さんや、年寄りをいじめなさんな。わしはこの学園こそが生きがいなんじゃ。この歳で仲間に囲まれてダンスを踊れる。それだけで幸せなんじゃよ。それ以外に何が必要かね?」
安珍法師がマイクを返すと、「オー」という歓声が上がった。
(なんだ、これ?)
ユメジには違和感しかなかった。和気あいあいの会見に何の意味がある?
犯人役がこの中にいるなら、発言をそのまま信じるわけにはいかない。逃げ切れば特典が与えられるからだ。
すでに化かし合いが始まっていると見るべきだが、容疑者の口を軽くするのが狙いなのだろうか。
いや、今そんな詮索をしても意味がない。発言だけに集中しよう。ユメジは気持ちを切り替えた。
「いやあ、さすが法師!いちいち含蓄のある言葉ですねェ。では、タマルさん。トリをお願いしま~す」
最後にマイクを渡されたのは、タマルという女性だった。
地味な顔立ちで、まさに主婦という感じがする。セーラー服を着ていても若く見えない。
「タ…タマルと申します。ご…五十歳です。陶芸部に所属しています」
消え入るような声だった。彼女の緊張が伝わってくる。
「好きなもの…私もですか?はい…鍋焼きうどんです」
しかし、ここでまさかの回答だった。『鍋焼きうどん』が放り込まれてくるなど、誰も予想できない。会場は大爆笑に包まれた。
閑院は両手の人差し指を向けて、いいね!のポーズをとっていた。
「ありがとうございました~!いやァ、皆さん、なかなか個性をお持ちのようですね~。最後にトマホークが落ちてきましたね~。では次に、なぜ現場に痕跡が残されていたのか、またお一人ずつ聞いていきましょう」
コマチにマイクが渡された。
ここで急に話題がシビアになる。この緩急によって容疑者の動揺を誘うつもりなのか?
しかし、コマチは先ほどまでの戸惑いを消し、禅のように無の顔になっていた。すでに自分の立ち位置を理解しているのだ。
とはいえ、彼女の指紋が椅子の背もたれから検出されている。
――さて、どう答える?
「昨日のステージなんですけど、ちょっと自分で納得できないところがあって、それで…少し一人になりたかったんです。みんなステージに行ってるから、校舎には誰もいなくて。どこでもよかったんですけど、三階に行ってみたら音楽室のドアが開いていたんです。それで、どの椅子か忘れましたけど、そこに座って…たぶん10分くらいいたと思います。それから、ステージを見に戻りました」
口調も映画のセリフように感情がこもっている。さすが女優、切り替えはパーフェクトだ。
「証明できる人はいますか?」
閑院がマジシャンのように、もう一本のマイクを出現させて、そのまま尋ねた。
「いえ、一人になりたかったので…」
「なるほど。それは何時のことですか?」
コマチは少し考えるように、斜め上を向いた。
「ステージが終わったのが18時45分なので、19時を少し回るくらいの間じゃないかと…雑煮倶楽部のステージは、途中から体育館の入り口のあたりで見ていました。5分くらい…かな。19時10分には戻っていたと思います」
閑院はもう質問しなかった。これ以上の質問は、フロアに控えている聴衆が行うことになるのだろう。
次は、クフオー。彼の指紋は、椅子と机、そしてドアの両側から検出されている。
「俺が入ったのは、三日前だったかな。ステージと模擬店の演出を考えながらフラフラしてたんだ。サプライズが欲しくてな。まあ、結局何も思いつかなかったが、5〜6分椅子に座って瞑想してたよ。誰だって何気なしにドアを開けてみたりするだろ?そしたら、鍵がかかってなくて入れたんだよ。まさか、こんな目に合うとは思わねえし」
「では、昨日ではなく三日前ということですね?」
「そうだ。残念ながら証明する人間はいないな」
コマチと同様に、質問はそれだけだった。
閑院はアデルにマイクを渡した。
彼の指紋は、ドアの両側から検出されている。
「僕も入ったのは昨日ではなくて、二日前の文化祭前夜です。準備が終わってから、一人で校舎を見回ってました。テンションが上がってたとしか言えないっすね。サバゲー部の性かもしれないです。人気のない建物って、妙に落ち着くんですよ。三階に上がったら、音楽室から物音がしたような気がして、ドアを開けました。入ってみましたけど、何もいなくて。空耳だったと思って帰りました」
「アデルさんは、二日前ということですね?」
「はい。同じく証明してくれる人はいません」
もっともらしい理由をスラスラと答える容疑者たち。
すべてが事実というわけではないのだろうが、この段階では何もわからない。
それに怪しさからいえば、次の男が一番だ。
安珍法師という男。彼の指紋は、ドアの外側から検出されている。
「さてな、なぜわしの指紋があるのか、まったく思い出せん。行ったような気もするし、指紋があったということは、行ったんじゃろうな。すまんが記憶にござらんのう」
「では法師、記憶にございませんというお手本のような答弁をされるのですね?」
「そうじゃ。確実なことは、昨日は行っていないと断言できることかのう。わしの記憶は昨日まで正確じゃからな。ホホホ」
ユメジは唸った。
さすがにこれでは推理も何もない。やはり、質問で切り崩していくしかないということか。
最後は、タマル。彼女は、ダイイングメッセージが残されているのみだ。
「わ…私は音楽室には一度も行ったことがありません。どうして、私の名前が書かれていたのか見当もつきません。お答えできることは…ほ、本当にないんです」
「それは、大変お気の毒なことになりましたね。確かに『タマル』ではなく『タマラン』と書く途中だったという可能性もありますからねえ。おっと、今のは笑うとこですよ?」
笑いは起きなかった。ユメジも確かにそうだな、と思ったくらいだ。
すでに和やかな雰囲気は消え去っていた。誰もが頭の中で情報を組み立て始めている。勝負はもう始まっているのだ。
閑院は、それでも満足げにフロアのほうに向きなおった。
「皆様、この会見の模様はケーブルテレビとMovitoでゆっくり視聴できますので、どうぞご安心ください。では次に、死亡推定時刻のアリバイを確認していきたいと思います。また、お一人ずつお願いしましょう」
マイクが順にリレーされていった。
まずは、コマチ。
「申し上げましたとおり、ステージが終わった18時45分から、雑煮倶楽部のステージが始まった19時頃まで一人でした。体育館に戻ってきたのは確かですが、それを証明してくれる人はいないかもしれません」
次に、クフオー。
「ステージが19時から19時15分まであった。そのあとは、クールダウンで外に出ていたよ。でけえ月が見えたから、ちょっと長居したかもな。帰ってきたら、社交ダンス部のステージだったから、19時30分頃には戻っていたと思う。証明する人間は、うちの部員に誰かいるだろう」
次に、アデル。
「申し訳ないですが、雑煮倶楽部さんのステージが始まる直前にトイレに行きました。体育館は混雑していると思ったのと、餅投げで揉みくちゃにされたくなかったので、校舎側のトイレに行きました。10分ほどで戻ってきたと思います。そのあとは、サバゲー部員と一緒にいました」
次に、安珍法師。
「当然、ステージに参加しておったよ。それから終了までここにおった。誰かと一緒だったということはないのう」
最後に、タマル。
「そ…騒々しいのは苦手なので…部員の皆さんが体育館に行かれてから、一人で部室の片付けをしていました。あ…部室というか、模擬店に出品していた陶芸作品の片付けです。皆さんが帰って来られるまで一人でした」
マイクが閑院に戻された。
全員そうなのだが、特にタマルは最初の自己紹介の頃より、声がずっと聞き取りやすくなっていた。
これが何を意味するのかはわからない。アドロの狙いのようでもあるし、ただ盛り上げたかっただけかもしれない。
(これは、質問が難しいな…)
ユメジは腕組みをして思案する。が、真剣に質問を考えてこなかった自分にイラついていた。
野球拳と同じノリでは勝負にならないと、今になって自覚したのだった。
「質疑応答に移る前に、ルールの説明をいたします」
考えているうちに、閑院はどんどん進行していく。
(ひとまず、様子見だ)
「お時間の都合上、質問はお一人につき、三分以内とさせていただきます。質問は容疑者の皆様に対してでも、鑑識の皆様に対してでも、生徒会に対してでもかまいません。挙手のうえ、市民の方はお名前から、生徒の方は所属とお名前からご発言をお願いいたします。それでは、質問をお受けいたします」
唐突に、質疑応答が始まった。
最後までお読みいただきありがとうございます。
容疑者の尋問を会見形式でやったらおもしろいかな~なんて思いながら書きました。
すでに、おかしいことを言っている人がいます。考えてみてくださいね。




